第81話 灼熱のレース!南方大陸横断ラリー(第二部)
灼熱の大地、南方大陸で行なわれる魔馬を使った過酷なホースレーシング大会、その名も南方大陸横断ラリー。破滅結社が潜入しているとの情報が入ったためおれとガーラはレーサーとして参加し、内部から調査することとなった。
実況「さあ始まりました第32回南方大陸横断ラリー、猛烈な砂塵渦巻くなかダンゴ状態から躍り出た先頭集団はやはりチャンピオン、八脚馬スレイプニルを駆るジオエーツの偉大なる英雄ジンモティ!! 続くは恐るべき鋼鉄馬にて参戦の猛将ユヒムロ! その後方から猛追するは巨匠ピッツナス、イトイガの狂犬ジャクソヴァ、若き俊英ケイゾック! この過酷なレースを制するのは誰か!? 第1エリアのカキーザは地を這う蛇の如く曲がりくねった海岸沿いをひたすら走る地獄のロング・アンド・ワインディングロードだ!」
スタートから10分、おれたちはいま先頭集団を追う第2集団の30位くらいにいる。馬形態に変形したガーラは近くで見ると機械丸出しだが、もっと変なモンスター馬も参戦しているので大して目立たない。おれはガーラに話しかけた。
ミキオ「奴ら破滅結社が仕掛けるとしたらいちばん可能性が高いのは2万人あまりの観客がいるゴール近辺のフェイスイ峡公園、つまりおれたちは参加者の誰よりも早くゴール近辺に辿り着かねばならない。優勝する気は全くないがそれくらいのタイムを出さなければならないということだ」
ガーラ「心配するな、おれの体内には永久機関がありエネルギーは文字通り無限、休む必要はない。むしろ到着が早過ぎるかもしれないからそこを心配しろ」
頼もしい言葉だ。敵として出逢った時はどうしようかと思ったがこうして雇ってみると実に便利なやつだ。給料あげてやろうかな。
レーサーA「お前、馬と会話してない? 大丈夫?」
ミキオ「あ、いや、大丈夫だ、気にするな」
ガーラと会話してたら並走するレーサーに怪しがられてしまった。いかん、注意せねば…。
第2集団の競り合いを制し、石造りの街並みを駆け抜けて開けた道に出た。レースのために一般の馬車を封鎖した公道である。スタートから2刻半(5時間)ほど経過しており、そろそろカキーザ藩王国を抜けるようだ。思ったよりも早いな。神与特性の身体強化によりまったく疲れていないがやや尻が痛いし、1位になっても目立つのでそこの広場で少し休憩することにした。
カネッグ「兄さん、休憩かい」
おれとガーラが休憩していると参加者とおぼしき騎馬がやってきた。馬は青毛の一角獣であり、騎手はおれよりずっと若い。オリジナルのユニコーンは乙女にしか心を許さない筈だから、このユニコーンは品種改良で生まれたものなのだろう。
ミキオ「ああ、先は長い。馬を休ませながら行かないとな」
カネッグ「ちげえねぇ。どら、オレもご相伴しようか。止まれ、マダラオー!」
手綱をいっぱいに引いて青毛のユニコーンは嘶きをあげて止まり、若者は下馬しておれたちに近寄ってきた。このレースは確か18歳以上からしか参加できない筈だが、まだ少年のような顔つきだ。
カネッグ「オレはカネッグ・ナオウェイ。18歳だ。こう見えても下馬評じゃ優勝候補の一角だぜ」
ミキオ「お前が? その年齢なら初参加だろう」
カネッグ「ご挨拶だな、知らねえのかい? オレは自分で言うのも何だがジュニアホースレースのジオエーツ連邦V2チャンピオンなんだぜ?」
ミキオ「ふーん? おれも事前に少し調べたが、お前はノーマークだったな…ん? お前、チャンピオンに妙に似ているな」
前回王者のジンモティはジオエーツ連邦の国民的英雄なので街のあちこちに肖像画がある。褐色の肌にオレンジ色の瞳、赤茶色の癖っ毛でカネッグにソックリだ。
カネッグ「…まあ、隠してるわけじゃねえからいいけどな、オレはそのチャンピオン、シュッツ・ジンモティの息子なんだよ」
ミキオ「姓が違うぞ」
カネッグ「ヤツはオレがガキの頃に家庭捨ててこっちで別な家庭作っちまったからな。まあ今年はオレが優勝だ、そうなりゃあアイツも今までみてえにオレら兄弟や母さんを無視できねえだろうぜ!」
なるほど、こいつはそういう動機でこの大会に参加してるのか、ならまあ破滅結社のスパイではなさそうかな。そう考えながらおれはマジックボックスに収納していた弁当箱を取り出した。
ミキオ「まあ腹減ったろう、これでも食わないか。おれはミキ…いや、ラムジッツ・オーキミーだ」
カネッグ「なんだ! あんたどっからそんなもん出した!?」
ミキオ「気にするな。うちの板長に作らせた海鮮ちらし寿司弁当だ、美味いぞ」
たぶん今大会では相当にカロリーを消費すると考えたおれは事前に“寿司つじむら”の板長シンノスにいろいろ作ってもらってマジックボックスに入れておいたのだ。
カネッグ「海鮮て、この炎天下でナマモノなんて…」
ミキオ「大丈夫、おれは特別製の保冷庫を持ってるんだ」
カネッグ「う、うめえ! どの素材も新鮮そのものじゃねーか! あんた魔導師様かよ?!」
ミキオ「まあそんな感じだ」
相当に腹が減っていたのか、カネッグという若者は凄い勢いでちらし寿司をガツガツ食べている。いま体感38度ほどの炎天下で体力は減衰しているし、荷物になってはいけないのでみな水とパンと干し肉程度の食料しか持っていないのだ。マジックボックスなどと恵まれた能力を持っているのはおれくらいだろう。
カネッグ「美味かった、ごっそさん! 飯の礼に教えといてやるよ、“狂犬”ジャクソヴァには要注意だぜ。いつもヤバいが今日のあいつの眼はガンギマリだ。バッキバキにキマッてる。ありゃあ尋常じゃねえぜ」
ジャクソヴァと言えば優勝候補の一人だが…もしかしてそいつが破滅結社の手先なのか?
ミキオ「何かやらかそうとしてるってことか?」
カネッグ「まあそんなとこだ。さっさと行こうぜ、後ろから追い上げてきてらぁ」
ミキオ「…いや、あの鳴き声は馬じゃなさそうだが…」
ギャア! ギャア! 硬質の咆哮と砂塵をあげて怒涛の如く接近する一団、それは巨大な陸走性鳥類の群れであった。
ミキオ「おい、妖精! なんだあれは!」
カネッグ「…妖精?」
おれはおれの視界にしか存在しない空中の妖精クロロンを呼び出した。異世界ガイド役として神が遣わしたもので転生初期には相棒のように活躍していたがおれが異世界に馴染むにつれ滅多に呼ばなくなってしまった。そのためか呼んでやるとちょっと嬉しそうだ。
クロロン「恐鳥の一種、ガストルニスだね。30羽くらいいるかな」
恐鳥類とは恐竜の滅亡後、新生代暁新世において地球の全大陸で繁栄した大型の陸上走行性鳥類のことである。ガストルニスはその代表的な種でかつてはディアトリマと呼ばれた。体高は2〜3メートルもあり、その多くが強靭な嘴と鋭利な爪を持った獰猛な捕食者であったとされる。もちろん現代の地球ではすべて滅んでいるが、このガターニアにはまだ生きているのか。
ミキオ「恐鳥とはまた実に興味深い。古生物好きのヒッシーに見せてやりたいところだ」
カネッグ「言ってる場合じゃねえよ、食われちまうぞ! とっとと逃げるぜ、マダラオー!」
カネッグは急ぎ愛馬に乗って疾駆した。おれも遅まきながら馬モードのガーラに乗り追いかける。標本でなく生きて動いている恐鳥は初めて見たが結構地味な色合いで、話に聞くよりもうひと回りでかい。ほぼ恐竜だ。
恐鳥「ギャア! ギャア! ギャア!」
ミキオ「奴ら速いな…お前、ユニコーンよりあいつらに乗った方が良かったんじゃないか」
カネッグ「呑気なこと言ってんじゃねえよ! あんた魔導師様なんだろ、魔法で奴ら追っ払ってくれよ!」
ミキオ「いざとなれば助けてやるが、おれは基本的には野生動物には無益な暴力はふるわない性分だ。大丈夫、鳥類ってのは巣から離れない習性があるんだ」
カネッグ「クソ!」
実況「おっと、先頭集団より少し遅れて第二集団、今回初参加のラムジッツとカネッグが野生の恐鳥の群れに追われているようだ! 南方大陸横断ラリーとはこの灼熱の太陽と悪路、それに野生動物までもが障害となる過酷なレースなのです!」
恐鳥に追いかけられて1刻間(2時間)ほども走り、第2エリアのオーガティアに到着してしまった。鳥類は巣から離れないとは何だったのか。全速力で駆け抜けたせいでカネッグも愛馬マダラオーもすっかりヘバッてしまった。
ミキオ「恐鳥はもう行ったぞ、お前はここでちょっと休んでいけ。おれもゆっくり行く」
カネッグ「あ、あんたもその馬も、化け物かよ…」
ガーラ「若者よ、まだ先は長い、焦ることはない」
ミキオ「馬鹿、喋るな!」
カネッグ「う、馬が喋った!?」
ミキオ「気にするな。じゃあ先行ってるぞ」