第79話 神々の宴!笑っていいとも最終回(後編)
唐突なようだが、おれは笑っていいともの最終回こそ日本のお笑い界におけるひとつのピークポイントと考えており、その放映日である毎年3月31日には必ず録画した“いいとも”最終回を観るようにしている。今年もひとりで日本の実家に帰って観るつもりだったがなぜか成り行きでザザやアルフォードたちまで連れていって上映会を開く羽目になってしまったのだった。
ミキオ「さていよいよ夜の部、同日の3月31日20時から『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』が始まる」
ガーラ「これを観に来たわけか」
ミキオ「前半1時間は32年間のテレフォンショッキングの総集編だ。これも重要な映像だが、今回は割愛。いま見ても凄いメンバーと、そういやこんな人いたっけなみたいな人もいたりする」
アルフォード「情報量が多すぎて脳がクラクラする」
ザザ「酔いが早く回っていいじゃんか。ほれ、飲め」
ミキオ「それが終わると“日本一の最低男”のコーナーが始まる。昼の部の電話を受けての明石家さんま登場という形だな」
アルフォード「これがニホンのお笑い界の至宝か。異様によくしゃべる男だな」
ザザ「こんなんと結婚したらうるさくてたまんねーな」
ガーラ「しかし凄いぞこの男、1分間に何度も笑いを取っている。これは地上最強の芸人だな」
ミキオ「そう言っても過言ではあるまい。明石家さんまは落語家としてそのキャリアをスタートさせ、その後野球選手の形態模写で世に出てタレントに転身、メインのパフォーマーを務めた“オレたちひょうきん族”では裏のオバケ番組“8時だヨ!全員集合”を倒すというジャイアントキリングを達成、以後は半世紀近く第一線をトップで活躍し続けるという正しくお笑い界の最重要人物だ。お前たちは気軽に見ているが、これは何十年もの人生をお笑いに捧げた天才芸人ふたりだからこそ可能な奇跡のアドリブ芸なのだ」
アルフォード「な、なるほど」
永瀬「ものまねタレントだったんだ」
ザザ「話なげーなって印象しかねーな」
ミキオ「そこだ」
ザザ「へっ?」
ミキオ「このコーナー、1時間もやっておりどう考えても長過ぎる。後のダウンタウンらの証言によると本来は最初にさんまのコーナーが15分あって、次はダウンタウン&ウンナンで15分、その後ナイナイで15分、その次がとんねるず&爆笑問題で15分という予定だったそうだ」
アルフォード「つまりどういうことだ」
ミキオ「さんまとスタッフはダウンタウン&ウンナンのブロックを意図的に侵食することで彼らの乱入を誘発したとしか思えない。乱入はいちばん盛り上がるハプニングだからな」
ガーラ「なるほど」
ミキオ「これは後に松本人志が言っていたのだが『日本一の最低男』のコーナーが明らかに長過ぎるということで急遽浜田の楽屋に松本とウンナンが集まったらしい。これはもう乱入しろってことではないのか、と。芸人の勘でその意図を汲んだ彼らは『最低男』のコーナーに乱入してくる。ここだ」
-VTR開始-
さんま「大竹しのぶさん、どんなんやった?」
清水ミチコ「(モノマネで)えーっと、本当に…」
ここで舞台にダウンタウン、ウンナン登場。
客席「キャーッ!!」
浜田「長い!! めっちゃ押してる!」
内村「さんまさん時間ですよ」
松本「嘘ばっかり!」
さんま「何が嘘ばっかりや、松本…あっ!」
浜田、さんまの口にガムテープを貼る。さんまはその状態のままスキップで一周。客席は爆笑。
松本「まだまだ売れるわ、この人!」
-VTR終了-
ミキオ「この通り、さんまは客席の清水ミチコに大竹しのぶのモノマネを振るという、明確な引き伸ばし作業を行なっている。これに応えて2組が乱入してきた形だな」
アルフォード「確かに普通に出てくるよりも盛り上がっただろうな。この客席の反応は異常だ」
ザザ「この男たちも凄いのか?」
ミキオ「ダウンタウン、革新的なセンスでそれまでの漫才のスタイルを一変させ多くのフォロワーを産み、90年代のバラエティ番組を席巻したコンビだ。坊主頭の松本人志は天才的なワードセンスと斬新なアイデア、カリスマ性で瞬く間に天下を取った男だ。コント、トーク番組、音楽番組、著書、歌となんでもヒットさせた。映画はそんなにだが。こっちの輩みたいなのが浜田雅功。キレのいいツッコミとスピーディーな切り返し、抜群のコミュニケーション能力で司会業のオーソリティーとなった。この人の何が凄いって天才・松本のボケに毎回キッチリと回答を出す、それだけでももう一人の天才だ」
ガーラ「ほほう…」
ミキオ「そしてウッチャンナンチャン、通称ウンナンはダウンタウンと同じ時期に世に出たコンビだ。ショートコントというものを世に定着させた存在と言われる。色の白い方が内村光良。映画監督志望だったが芸人となり融通無碍なキャラクターで世を席巻、様々な番組をヒットさせた。名伯楽でもありさまぁ〜ずやくりぃむしちゅー、有吉弘行などを世に送り出した。で滑舌の悪い方が南原清隆。この人も多岐に渡る活躍をしている」
ザザ「解説に熱が入ってるやつとそうじゃないやつがいるんだよな」
ミキオ「タモリさんは言うに及ばず、明石家さんまとダウンタウンとウンナンが同じ舞台に立っているというだけでも奇跡、そこにさらにとんでもない事件が起こる。松本人志によるこの発言からだ」
-VTR開始-
松本「早よしないととんねるずが来てネットが荒れるから!」
-VTR終了-
ミキオ「この発言を受けてわずか数分で再び乱入劇が始まる。さっきの作られた乱入とは違い、本物の乱入、本物のハプニングだ」
アルフォード「ほほう」
ザザ「登場人物がおっさんばっかりなんだよな」
-VTR開始-
客席「ギャーッ!!!」
石橋「長げーよ!!」
浜田「違う違う! いま出ちゃダメ!」
松本「ネットが荒れるから!」
石橋「長過ぎるんだよ!」
さんま「仕切ってる司会者が悪いんちゃいまっかー!」
-VTR終了-
アルフォード「なるほど、明らかにスタジオの緊張感が違う。出てきてはいけない人が出てきたみたいだ」
ザザ「この背の高いふたりもすげえ人なのか?」
ミキオ「凄いなんてもんじゃない。石橋貴明と木梨憲武のコンビであるとんねるずは文字通りのスーパースターだ。80〜90年代には番組も歌もすべて大ヒット。ゴールデンタイムで看板番組をやりながら歌手として全国ツアーをやったコンビは他にいないだろう。人気は頂点を極め、ハリウッドで主演映画が作られたりパリコレでファッションモデルをやったりした。二人とも超美人女優と結婚(当時)している」
永瀬「辻村クン、その時代には生まれてないでしょ…」
ミキオ「当時のお笑い界はビッグ3がやや力を失い、とんねるずとダウンタウンが東西の二大巨頭だった。両雄並び立たずというが、この2組が同じ舞台に立つなんて絶対にありえないことだ。実際、この番組のスタッフも2組の楽屋は遠く離し、偶然にでも顔合わせさせない予定だったという。その暗黙の了解を破ったのが石橋貴明であり、破るよう誘ったのが松本人志というわけだ」
アルフォード「なるほど、そう聞くと興味出てくるな…」
ミキオ「つまり、いま舞台上にいるのはタモさんに加え明石家さんま×とんねるず×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン。こんな奇跡は完全にありえない。奇跡の4乗だ。テレビの前の誰もが、いやテレビの中のタレントやテレビマンでさえも驚愕を禁じえない異常事態だ。全員が主役級の芸人ばかりで誰もこんなショットは見たことがないんだから」
ガーラ「客席の騒ぎようが尋常じゃないな」
ミキオ「そしてなんとここでまたもハプニングが発生。爆笑問題までもが舞台に現れるのだ」
永瀬「あっ、そうなんだ」
-VTR開始-
松本「ちょっと…あっ」
爆笑問題、舞台に登場。
観客「エーッ?!?!」
石橋「どうなってんだよ」
田中「いやしょうがない、しょうがない」
松本「もう一回言うけど、ネットが荒れるから!」
太田「荒れろ! 燃やせコノヤロー!」
タモリ「これプロレス?」
-VTR終了-
アルフォード「これは今までの乱入とはハッキリ空気が違うな。笑っている場合ではないというか、ビンビン緊張感が伝わってくる」
ミキオ「これがもう、お笑い好きには有名だが松本と太田は若い頃にひと悶着あった間柄。そのためかこの日この瞬間まで2組の共演は皆無だ。それを観客も皆ある程度知っているためこういうリアクションになる」
ザザ「ふーん。確かにこの猫背と坊主頭は目を合わせねーな」
ミキオ「爆笑問題は太田光と田中裕二のコンビだ。演劇志望の二人がお笑い界に身を投じて一躍スターとなった。太田はたけしの流れを汲んでおり毒舌と時事ネタが持ち味。何をしでかすかわからない危険な芸風だが実は深い教養の持ち主で著作も多数ある。田中はアナウンサーになりたかった人だが太田の相棒としてはこの人しかいない。一見常識人だが実はなかなかの奇人だ」
永瀬「スラスラ出てくるね…」
ミキオ「同じ舞台に立ってはいけないこの2組が絡んでいる、この時点で奇跡の5乗だが、その爆笑問題が登場した直後にもう1組のコンビが慌てたかのように登場する。ナインティナインだ」
ザザ「まだいんのかよ! これで最後だろうな!」
ミキオ「ナインティナインはこのメンバーの中ではいちばん若くてひと世代下、と言ってもこの頃40代中ば。岡村隆史と矢部浩之のコンビだ。とんねるず・ダウンタウンらいわゆる第3世代のあと新世代の旗手として台頭してきた。岡村隆史はコミカルな動きとスピーディーな切り返しで確実に笑いをとってきた。矢部浩之はなかなかの男前だ」
ザザ「あ、また熱量の差が出た」
アルフォード「いま7組か、いよいよステージが渋滞してきたな」
ミキオ「見よ、この異様な光景。舞台にいるのは全員が全員ゴールデンタイムの看板番組持ち、この時代にお笑い界で天下を取った者ばかりだ。言うなれば全員が王者、こうなると牽制しあってしまい結果として膠着状態に陥ってしまう」
ガーラ「なんと」
-VTR開始-
木梨「鶴瓶さん! 入って入って」
鶴瓶「いやオレこんなとこよう入らん」
-VTR終了-
ミキオ「笑福亭鶴瓶は充分にこの舞台に上がる資格のある人だが、それでも怖がってこの有様。いかに凄い舞台であるかと同時に、ハプニングをやり過ぎたせいで台本が意味を失い舵取りができなくなってしまったかがよくわかる。台本無しの状態で天下取りの王者たちが7組も集まるとどうなるか、恐ろしいもので牽制しあってアドリブは噛み合わず空転し続け、結果番組は無秩序のまま収集のつかない状態になる」
アルフォード「うむ。これはもう番組として成立してないな」
ミキオ「この後、天才・木梨憲武がオスマンサンコンや柳沢慎吾、橋田壽賀子らをどんどん舞台に上げてカオス状態を敢えて作り出すことでオチとなった。王者たちの共演は決め手を出さないまま終わったが、この日のこの番組のこの16分間ほどが80年代から続く日本お笑い界の節目、ピークポイントだったとおれは思う。この後、さまざまなお笑いスターが誕生し天下取りに名乗りをあげ共演したがこの日のこの番組ほどの瞬間熱量はとても生み出せていない。このコーナーの後は番組レギュラー陣による笑いあり涙ありのスピーチコーナーになる。これも非常に興味深いのでじっくり通しで見ることとしよう。でお前たち、これまでの流れとしてはどうだった?」
おれが振り返ると全員、完全に寝落ちしていた。人造人間のガーラでさえも何が原因か知らないが機能停止している。飛ばし飛ばしとは言え昼の部夜の部合わせて現在3時間あまり、その間ずっと飲んでたわけだから無理もないのか。しかしこんな狭い6畳間に大の大人と人造人間合わせて4人、よくも雑魚寝できるものだ。
治八郎「三樹夫! お前帰っとるのか!」
1階の方から大きい声が聞こえる。やばい、祖父だ。スナック行ってると聞いたからもう少し遅くなるかと思ったが、帰ってきたのか。
ミキオ「ああじいちゃん、久しぶり。いま友達が来てるから…」
治八郎「それは玄関の靴を見ればわかる。おなごもおるな。お前、こんな夜遅くに家におなごを連れ込んで酒盛りとは、不良にでもなったか! とっとと切り上げて家に送ってあげなさい!」
何度も言うが祖父は元警官で非常に厳格な人なのだ。おれは母子家庭だったので祖父には厳しく育てられた。
ミキオ「あ、いや、もうみんな寝潰れてしまっていて…」
治八郎「なら起こしてあげんか! もう11時だぞ、親御さんも心配しとるだろうに」
どんどんどん、祖父が階段をのぼってくる足音が聞こえる。これはヤバい、さっさと逆召喚で帰ってしまおう。カードどこやったっけ、あ、あった。おれが呪文詠唱しようとした瞬間に部屋のドアが開いた。
治八郎「三樹夫! なんだこの有様は! まだ春先だというのにこんなに肌を出したおなごを二人も連れ込んで!!」
ミキオ「いや違うんだ、ガターニアではこれがフォーマルで…」
おれが弁解していると皆が目をこすりながら起き始めた。
ザザ「…ムニャムニャ…るっせーなー」
アルフォード「いかん、寝落ちしていた…」
ガーラ「…再起動…」
永瀬「あ、お邪魔してます…」
治八郎「君らなぁ、親御さんが心配しているぞ、今日はもう帰ってくれるかな」
ザザ・アルフォード・ガーラ・永瀬「いいとも〜!」
しまった、こいつらずっと番組見てせいか刷り込まれてる…。