第71話 対バン!異世界アイドル頂上決戦(前編)
異世界49日め。おれとヒッシーがプロデュースしているアイドル“イセカイ☆ベリーキュート”の新曲の打ち合わせのためにおれたちは事務所奥にパーテーションで区切られた会議スペースに集まっていた。メンバーはおれ、ヒッシー、イセキューリーダーのチズル、マネージャーで事務所社長のクロッサー氏の4人だ。
クロッサー「で、2nd.シングルについてですが、僕としてはニホンのアイドルソングのカバー曲がいいと思うわけです」
ミキオ「まあ確かに、日本のアイドルソングは無限にあるし、綺羅星の如き名曲佳曲も数限りなく存在する」
ヒッシー「ぶっちゃけ異世界だから著作権料も払わなくていいしニャ〜」
クロッサー「リストも作ってきたんですよ。えー少女隊の『素直になってダーリン-Darlin' with my love-』、次にアップアップガールズ(仮)の『アッパーディスコ』、それに=LOVEの『ウイークエンドシトロン』…」
マネージャーのクロッサー氏が時代バラバラのアイドルグループの曲を次々と挙げた。よく勉強してるじゃないか。
チズル「いや、現状わたしたちのオリジナル曲は『イセカイズム』だけですし、やっぱりパフォーマンスに魂を入れるという意味でもオリジナル曲欲しいです!」
クロッサー「うーん、それはメンバーの総意なの?」
チズル「はい」
ミキオ「じゃ、あの天才、なんだっけ」
クロッサー「ジューゼン・ナッス先生ですか」
ミキオ「そうそう、その先生」
ジューゼン・ナッスはイセキューのデビュー曲“イセカイズム”を作曲した男で、ガターニアでは最高の作曲家と言われる。日本で言えば一時期の小室哲哉か小林武史みたいな人物だ。
ミキオ「その先生にまた作曲を依頼しよう。1st.シングルがややクセのある系だったんで今度はポップでアガる曲がいいな」
チズル「いいと思います」
クロッサー「じゃ両プロデューサー、近々一席設けますんで、ジューゼン先生もまじえて一杯やりながら詰めましょう」
マネージャー氏がやけに日本風の打ち合わせ方式を提案してきたが、こっちもこのやり方が一般的なのだ。おれも慣れた。
ミキオ「わかった。作詞の方もいつもの先生に連絡しとく」
クロッサー「お願いします」
話がまとまった頃、事務員のザザがこちらにやってきた。
ザザ「大変だミキオ、広場でこんなの配ってたぜ」
ミキオ「え?」
手に持っているのは、かわら版と呼ばれる粗悪な印刷物だ。テレビやラジオ、ネットの無いこのガターニアでは先進的なメディアのひとつである。
ヒッシー「真・異世界アイドルデビュー! その名は『黄金令嬢』…」
クロッサー「なんと!」
ヒッシー「今月5日氷曜日に無料デビューイベント開催!だって。こりゃライバル出現だニャ」
ミキオ「アイドルの存在しなかったこのガターニアに風穴を開けたイセキュー、そのフォロワー(後追い)ということだ。いつかこういうのが出てくるだろうなとは思っていた」
チズル「まあ、でもジャンル全体が盛り上がった方が華やかでいいです」
ミキオ「その意気や良し、我々も気合入れていこう」
チズル「はい!」
クロッサー「しかし黄金令嬢とはまた縁起の悪いネーミングですな。我々は金色には苦い思い出がありますから」
マネージャーのクロッサー氏はデビュー前に“卒業”した金色担当のイセキューメンバー、マルコのことを言っているのだ。正直そんなにアイドル向きのルックスじゃないのだが有力スポンサーの娘なのでコネで入れたらセンターにしろだピンクの衣装着させろだとさんざん振り回した挙げ句自分で辞めていった人だ。
ヒッシー「あの人には神経すり減らされたからニャ〜」
ミキオ「まあ正直言ってもうあの顔は見たくないな」
チズル「や、でも意外と真面目な人でしたよ」
その時、今度は秘書の永瀬一香がこちらにやってきた。
永瀬「子爵、お客様がいらしてます」
ミキオ「あーいま会議中だからお茶お出しして待って貰って」
永瀬「それが…」
おれの言葉を意に介さず、その客がこちらにすたすたと歩いてくる。ナマズ髭でオールバック、黄色い地に紫色のドット柄という鳩山由紀夫ばりにダサ…個性的なスーツを着た風変わりな御仁だ。
ネーギン「はじめまして、ツジムラ子爵。アタクシはネーギン芸能社のヤワーダ・ネーギンでござぁます」
ミキオ「どなた? 知り合い?」
ヒッシー「いや〜こういうカンジの人とはお会いしたことないニャ」
永瀬「あの今は会議中ですので、ちょっとあちらでお待ち頂いて…」
ネーギン「ふっふっふっ、イセカイ☆ベリーキュートのメンバーもいて好都合じゃござぁませんか。せっかくなので御挨拶させて頂きましょう。みんな入ってきて!」
勝手にぞろぞろと事務所に入ってくる女性たち。みんな金色の衣装を着ている。あれ、どっかで見たような顔もいるが…。
ジャコ「病み系令嬢、ジャコ・ギブン!」
モッチー「ゆるふわ天然令嬢、モッチー・オカーキ!」
ノリ「元ヤン令嬢、ノリ・マキミクス!」
マルコ「そしてリーダー、セレブ令嬢マルコ・ダイズセン!」
4人「わたしたち、黄金令嬢! 華麗にごきげんよう!」
チズル「え、マルコ?!」
なんと黄金令嬢のリーダーを名乗ったのは元イセキューメンバー、あのマルコ・ダイズセンだった。ポニーテールだった髪は縦ロールにしてボリュームアップしている。セレブ令嬢と名乗っているのでそのキャラ付けだろう。体型もボリュームアップしてる気がする。
チズル「えーマルコ久しぶり、元気だった?」
マルコ「元気だけど、馴れ馴れしい口きかないでよ! あたしたちライバルなんだから!」
チズル「ええー…」
ミキオ「マルコ、事情を聞かせてくれないか」
マルコ「ふん、いいわ。あたしは華やかなスターに憧れ芸能界に入った。過酷なレッスンに耐えてデビューが決まったけど、そこで待ち受けていたのはグループ内の非情な格差と壮絶なイジメ」
ミキオ「え、イジメがあったの?」
チズル「ないです!」
ヒッシー「別に過酷でも無かったニャ」
マルコ「そんな芸能界の光と影を知ったあたしはグループを脱退し考えたの、グループが思い通りにならないのならあたしがプレイングマネージャーになって自分の意のままにアイドルを作ればいいんじゃないかって」
ネーギン「そこでマルコお嬢様のお父上、ダイズセン社長の長年の友人であるアタクシが一肌脱ぎ、他のメンバーを募集したってわけでござぁます。これはマルコお嬢様に屈辱を与えたイセキューへの、いいえ芸能界への復讐劇なのでござぁますよ!」
マルコの父親は広告代理店の社長であり、かつてはイセキューの有力スポンサーだった。マルコの目が燃えている。マルコのアイドルにかける執念はすさまじいものがあるようだ。
ネーギン「黄金令嬢のデビュー曲は天才、ジューゼン・ナッス先生に書いて頂きましたよ。ポップでアガる曲をね」
クロッサー「あちゃ〜先に取られたか!」
ミキオ「まあ話はだいたいわかった。で、ここに来た目的は」
マルコ「今週末、あたしたち黄金令嬢はハクサーン公園で無料イベントを行います。そこでイセカイ☆ベリーキュートさんと対バンしませんか?」
クロッサー「た、対バン!?」
ネーギン「そう、互いの解散を賭けたデスマッチ。歌が終わった後に審査員に投票してもらい勝敗を決める。負けた方はその場で即解散。これは盛り上がるでござぁますよ」
チズル「そ、そんな!」
ミキオ「対バン結構。ライバルの存在はこちらにとっても嬉しいことだ。だが解散なんて賭けられないな。負けた方はその場で苦い薬草ジュースを飲むというのはどうだ?」
ネーギン「そ、それはあまりに緩い…!」
マルコ「それでいいわ。マネージャー、受けて」
ネーギン「え! で、でも」
マルコ「チズル、あんたたちに苦い思いさせてやるわ。魔法生配信も同時にやって全国にイセカイ☆ベリーキュートのブサイクなリアクション晒させてやる!」
チズル「ええーそんな、楽しくやろうよぅ…」
ミキオ「あいつあそこまで性格悪かったか?」
ヒッシー「キャラクターのチューニングおかしくなってるニャ」
こうしてライバルグループ“黄金令嬢”との対バンが正式決定してしまった。対バンライブまであと5日間。新曲は間に合うのか?