第69話 肉フェス!天国と地獄(前編)
異世界41日め。おれの学友であり事務所の共同経営者ヒッシーの結婚式も無事に終わり、ヒッシーはこの事務所兼住居を出て奥さんと近くの借家に住むことになった。当初は結婚に反対していた義父のナンバンビー伯爵とも和解し、ゆくゆくは伯爵家を継ぐという約束を交わし婿養子待遇となったとのこと。よって彼のフルネームはユーヘイ・ヒシカワ・ナンバンビーという長い名前になった。伯爵家次期当主であり堂々たる貴族だ。東京でアイドルばかり追いかけていた彼が今や貴族とは、人生わからないものである。
ヒッシー「まあ、そんなこんなでこれからもよろしく頼むニャ」
ザザ「あいよ」
永瀬「凄いね、うちの事務所。貴族が二人もいて」
ガーラ「まあ身分の違いなど気にするな。仲良くやろう」
ミキオ「どの立場から言ってんだお前は」
書生として雇った魔導騎士ガーラであるが、もう突っ込むのも面倒くさい。そもそも身長2m半もあるこいつが事務所にいるだけで邪魔くさい。
永瀬「で子爵、さっそく仕事の依頼なんですが、ミカラム国シェナミー市の市長から鳩が来てまして」
ミキオ「ミカラムとはまた遠方から来たな」
ミカラム国はここ連合王国と同じ中央大陸の最北端にある国である。
永瀬「子爵が魔導十指入りしてからハイエストサモナーの名はガターニア全土に轟いてますので」
魔導十指はこの異世界ガターニアで最高位の魔導師10人からなる最高会議メンバーのことである。6日前におれの力量と実績が認められ最年少メンバーとして加入することになった。後から知ったのだが月一度の定例会と年末の納会もあり、年会費も納めなくてはならないらしい。黄金聖闘士や鬼殺隊の柱みたいなもんかと思っていたがなんだか地方の消防団に入った気分だ。
永瀬「で、その市長が今日の午前にいらっしゃることになっているのですが…あ、来たみたい」
ドアがノックされ、開かれるとそこには汗だくの太った中年男性がいた。
市長「遅くなって申し訳ありません! ミカラム国シェナミー市長のハラッコ・メッスィーです!」
ガーラ「当事務所の書生、魔導騎士ガーラだ」
ミキオ「お前が名乗るな! 申し訳ない、ハイエストサモナーのツジムラだ」
市長「おお! お噂はかねがね」
永瀬「お待ちしておりました、こちらへ」
永瀬がパーテーションで仕切ってある応接スペースに客を促した。
市長「実はですな、我がシェナミー市のササガナガル公園で今週末にグルメイベントを準備していたのですが、一任していたイベンター会社が倒産して社長が夜逃げしてしまいまして」
ミキオ「またそのパターンか」
市長「今から他の会社に声かけて、入札して、なんてやってる時間はありません。こちらにお願いすればなんとかなるという噂を聞きまして」
ミキオ「グルメイベントねえ…」
ヒッシー「そういやおととい母ちゃんが言ってたニャ。埼玉県のX市で今週いっぱい肉フェスやってるんで友達と行くって」
ミキオ「肉フェス、なるほど」
市長「そ、その肉フェスというのは」
ミキオ「いや、おれも行ったことがないんでよく知らないんだが、おれの故郷日本という国は何かと食い物のことに熱心でな。聞くところによると肉料理を軸にしたイベントらしい」
ヒッシー「屋外で屋台を並べてお客に食べさせるニャ」
市長「おお、良さそうではないですか! ミカラムは農業国なので肉料理もいろいろありますぞ」
ミキオ「じゃ、その方向で。参考のために我々もその日本の肉フェスに行ってみよう」
市長「おお、噂の異世界!」
ミキオ「ヒッシー、ザザ、永瀬も着いてきていろいろ意見聞かせてくれ。ちょうど昼飯の時間だし、たっぷり食べたらいい」
永瀬「やった♡」
ザザ「話せるな、ミキオ!」
ガーラ「初の異世界か…緊張するな」
ミキオ「いやお前は居残り! お前、永久機関で動いてるんだから食事なんかしないだろ。じゃ4人、こっち来ておれの周りに集まって」
おれは青のアンチサモンカードを取り出し、逆召喚の呪文を詠唱した。
ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、X市、肉フェス会場!」
逆召喚という名の空間転移によって我々が出演したのは埼玉県᙭市の野球場で開催している肉フェス会場の入り口である。人も結構入っており賑やかだ。入り口の説明書きを読むと、まずは1口700円のチケットを希望枚数買って、そのチケットで料理を買うシステムである。つまり最安値が700円と決まっているわけだ。
ミキオ「これ何枚買えばいいんだ?」
永瀬「まあ料理も写真を見ると結構盛りがいいし、ひとり2枚も買えばいいんじゃない?」
ミキオ「とすると、この時点で7000円か。まあイベント価格だな」
おれはカラーコピー機でプリントアウトしたの丸出しのチケットを人数分×2枚購入し、会場内に入った。
ザザ「おーすげー! ホントに肉料理屋だらけじゃねーか!」
ブースの屋台はどこも看板に肉料理の写真を掲げている。ステーキ、肉串、肉寿司、唐揚げ、牛カツなどどれも非常に美味そうな写真だ。
市長「素晴らしい、さすが異世界ですな。看板だけでヨダレがでてくる」
ミキオ「まあ、見てても仕方ないのでとりあえず何か買ってみよう。店員さん、この松阪牛のやわらかステーキを2人前」
店員「あい」
なぜか店員はやや無愛想だ。
ザザ「おいおいミキオ、あのステーキを2人前なんて食べ切れるのか?」
ミキオ「多かったかな、まあでも5人もいるしな」
そう言いながらおれはチケット2枚を渡した。これで1400円でステーキが2人前ならまあまあお得じゃないか。
店員「お待たせしましたー」
店員が持ってきたのは小指ほどの大きさの肉片が4きれ、発泡スチロールの貧乏くさい皿に載せられたものだった。
一同「…」
ザザ「おい店員、うちらが頼んだのはステーキ2人前だぞ」
店員「はあ、それがそうです」
ザザ「え? これで合ってんのか?」
ヒッシー「周りはみんな納得して食べてるニャ」
ミキオ「まあ松阪牛だからな…とりあえず食ってみよう」
爪楊枝でひと切れずつ摘む一同。2人前のステーキがあっという間に半分以上無くなった。
ミキオ「味はどうだ」
永瀬「普通…かな」
ヒッシー「写真だと身の中心が半生であんなにピンクなのに現物はガッツリ火が通ってて茶色一色だニャ」
ザザ「こんな切れっぱしだけ食っても美味いかマズいかわかんねーだろ。値段と全然釣り合ってねーな」
市長「なるほどこれが異世界の肉料理ですか…」
ミキオ「いや! 待ってくれ! 誤解されては困る! 日本の食肉はどれも味が良くて栄養価も高いんだ!」
永瀬「ハズレの店に当たったかな」
ヒッシー「あのカルビ丼の店行くニャ。行列できてるからきっと美味いニャ」
ミキオ「そ、そうだな、よし」
おれは特撰A5ランク高級和牛カルビ丼と書かれ、大きな丼から湯気の立ち昇るうまそげな写真を看板に掲げている店の行列に並んだ。
ザザ「おお、今度のは看板だとすげーボリュームだな、食いきれるかねえ」
ミキオ「ははは、腹いっぱい食べてくれ」
そう言ってる間におれの順番が来た。
ミキオ「えーと、特撰A5ランク高級和牛カルビ丼を5つ」
店員「チケット10枚になります」
え! てことは1杯1400円!? そんなに高いの!?
ミキオ「すまない、もう8枚しか…」
永瀬「辻村クン、わたしが買っておいた2枚があるから、とりあえずこれで」
有能な秘書の永瀬一香が自分のチケットを差し出した。おおかたこれで土産でも買おうと思っていたのだろうが、とりあえず難は逃れた。
チケットを払って待っていると出てきたのは発泡スチロールの器に盛られたゴルフボール1個分の白飯、その上に載ったペラッペラの肉片3枚、それが5杯だ。
ミキオ「こ、これは…」
ザザ「おい! これも看板と全然違うぞ!」
ヒッシー「仏壇に備えるご飯くらいのサイズだニャ」
ミキオ「ま、まあ特撰A5ランク高級和牛だからな」
味は美味い…ような気がする。なにせ生ハムくらいペラッペラに切ってあるので良くわからない。
ザザ「イチカ、1杯いくらなんだこれ」
永瀬「連合王国の通貨だと2800ジェンくらい」
ザザ「ひいっ!! ボッタクリ過ぎだろ!! こんなもんネコの餌でも足りない量だぞ!」
ついにザザが“ボッタクリ”というワードを出してしまった。皆が思っても気を遣って口に出さなかったあのワードを。
ミキオ「おかしい…こんな筈は…」
おれは右手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。目の前がぐるぐるしている。
市長「残念です、異世界の料理とはこんなものですか。私は楽しみにしていたのですが…」
ミキオ「ま、待ってくれ市長!! 永瀬、チケットをもう10枚、いやもう20枚買ってきてくれ! 他にも店はいっぱいあるんだ!」
その後、おれたちは『国産三元豚やわらかトンカツ』や『北海道直産ラム肉串』、『高級地鶏から揚げ』などを買ってみたがどれも味は普通かそれ以下、量は試食コーナー並みの小皿を出されちっとも腹がふくれないまま購入したチケットは50枚、35000円分にも達していた。
ミキオ「…どうなってるんだ、肉フェス…」
永瀬「ネットで『肉フェス 評判』で検索するとろくな結果が出ないね。コスパが悪い、写真と全然違う、美味しくない、量少ない…」
永瀬がスマホをいじりながら言った。
ザザ「ニホンもいいことばっかじゃねーな、オイ」
ヒッシー「返す言葉が無いニャ」
市長「なんでこの来客たちは暴動を起こさないのですか?」
ミキオ「いや、よし、切り替えよう! 日本の肉フェスはなんかもう色々とダメだ!それならそれでおれたちの肉フェスをガターニアでやろう!」




