第65話 地上最強の魔導師(第五部・完結編)
太古の錬金術師が生み出したという人造の魔導騎士ガーラ。地球の言葉で言うロボットだ。やつは南方大陸にてシャルマン、フュードリゴを、中央大陸にてニノッグスを討ち取り、魔導十指狩りを完遂せんとしていた。おれはガーラに、そんなに最強魔導師の称号が欲しいのならば魔導十指の署名入りの認定書を発行してやると提案するのだった。
魔導騎士ガーラはしばらく考え込んでいたが、やがてぶるぶると首を振り、決然として言った。
ガーラ「駄目だ、駄目だ、駄目だ! たとえ君たち魔導十指が認定したとて、おれが最強であることの具体的な証にはならない! おれはやはり君たち全員を倒して地上最強であることの証を立てるぞ!!!」
惜しい、駄目か。行けそうだったんだがな。
カンダーツ「うおおおお! 怒気来臨溟溟霊形、八臂怪腕衝!!」
さっそく怪腕坊カンダーツが討って出る。彼の背中からエネルギー体の巨大な腕が左右4対、千手観音のように生えてガーラを捕らえた。
ガーラ「むう!」
カンダーツ「このまま締め上げてやるったい!」
アルゲンブリッツ「怪腕坊、お見事! ならばこちらも行かせて貰おう! カルノ・ラレド・ゼラブル、ほとばしれ鋼のうねりよ! 鉄壁錬成!」
鉄壁のアルゲンブリッツは錬金術師、それも戦場で即席の錬成を行なう前線武闘派錬金術師だという。呪文と黒鉄色の手甲から放つ雷撃によって錬成が完成し、金属の塊がガーラの脚にまとわりついて彼を拘束した。
ナスパ「月光突棘!!」
ナスパの全身が満月の如く白銀色に輝き、伸ばした右腕の指からレーザー状の細い光線がガーラに向けて放たれた。八臂怪腕衝が上半身を、鉄壁錬成が下半身を物理的に拘束したままムーンライトスティンガーの一点集中攻撃でガーラの魔法障壁を突破する完璧な連携技だ。
ガーラ「ぬぐうううっ!!」
ナスパ「なんと頑丈な障壁だ、並の奴ならとっくに砕け散っているぞ!」
ガーラ「ふんっっっ!!!」
ガーラは力ずくで八臂怪腕衝を引きちぎり、鉄壁錬成を蹴散らした。ムーンライトスティンガーを受けて目の前の魔法障壁が目に見えて揺らいでいるが装甲自体には傷ひとつ付いていない。
カンダーツ「ぐぬ!?」
アルゲンブリッツ「なんて奴だ!!」
カグラム「気をつけよ、奴の魔力はむしろ増大しておるぞ!」
聖賢のご老人がそう忠告した通り、ガーラの全身を包む魔法障壁は今やはっきりと可視化しており、オレンジ色の魔力エネルギーが身体の表面を渦巻いてまるで巨大化したかのようにひと周りもふた周りも大きく見せている。
ナイヴァー「バカな、奴の魔力は無限か…?」
マイコスノゥ「ケタ違いの魔力量を魔法障壁に全フリしてるんだわ」
カグラム「あ奴に小細工は効かぬ、クロスファイア・ディザスターを使う他あるまいて」
カンダーツ「クロスファイア・ディザスター!?!」
ナスパ「我らの合体奥義を!?」
アルゲンブリッツ「し、しかし、この人数では…!」
魔導十指の連中が話し合っているが、クロスファイア・ディザスターというのはおそらく本来は十指全員が光線技で集中砲火を浴びせる技なのだろう。参ったな、おれにはそんな技は無いぞ。
ナイヴァー「来るぞ! 避けろカンダーツ、アルゲンブリッツ!!」
ガーラ「クリスタライザー!!」
魔導騎士ガーラが右腕を左腕で持って大砲のように構え、強烈な閃光を放った。刹那、近接していた怪腕坊カンダーツと鉄壁のアルゲンブリッツは直撃を喰らい、一瞬にして水晶に変化した。やや離れていた月光卿ナスパも片脚が水晶となってしまっている。あれでは間もなく全身が結晶化してしまうだろう。みな魔法障壁を張っているのだが、大技の発動直後は障壁が弱体化するため、そこを突かれた形だ。
ナスパ「お、おのれ…!」
カグラム「この人数では、もはやクロスファイア・ディザスターは不可能…」
ナイヴァー「みんな、どいていろ。おれがやる」
マイコスノゥ「ナイヴァー! まさかあなたファイナル・ファントム・キャノンを!?」
ナイヴァー「ああ。ファイナル・ファントム・キャノンならば奴の魔法障壁も突破できると思う」
カグラム「し、しかし、あれはお主の命を賭ける技…」
ナイヴァー「そのレベルの相手ということだ」
魔導十指も残り4人となり、何やら深刻な状況となってきたが、おれも十指のひとりとして何かやらないわけにはいかない。
ミキオ「そのファイナル何とかの前におれが行っていいか」
おれが挙手し発言すると、皆は一様に驚いていた。
マイコスノゥ「ちょっと、新入り! 空気読みなさいよ!」
カグラム「わきまえよ新人。ナイヴァーは覚悟を決めたのだ」
ナイヴァー「ミキオ、君はまだ若い。命を無駄にすることはない」
ミキオ「いや、たぶん死ぬことはないと思う」
おれは地上に降り、乗っていたBBこと万物分断剣を手に取り構えた。乗りながら剣を振るうことができないのは不便だな。しかしこの剣、エネルギーを斬るとか言っていたが本当だろうか。
ガーラ「次の相手は君でいいのか?」
魔導騎士が問いかけてきた。
ミキオ「と、言うことになった。約束してくれ、おれが勝ったらお前が結晶化させた魔導師たちを全員元に戻すと」
ガーラ「勝てる公算があるのか? 君はハイエストサモナーと言っていたな、召喚士ごときがこのおれにどうやって勝つというのだ。言っておくがどんなモンスターを召喚したとしてもこのおれには無意味だ。ドラゴンの炎もグリフォンの爪も効かんぞ」
こいつよく喋るな、ロボットのくせに。
ミキオ「あらかじめ言っておくが、おれは最上級の召喚士だ。身体の一部から抽象概念までなんでも召喚できる。さっきの約束は守れよ」
ガーラ「おれを倒して魔法解除してみろ!!!」
魔導騎士ガーラは長槍を構えて突進してきた。やはり物理攻撃か。こちらの魔法障壁が万全なので奴の必殺魔法クリスタライザーは効果が弱い。物理攻撃しかないのだ。
ミキオ「行くぞ、BB」
万物分断剣「心得た」
こちらも剣を構え、その剣に合図した。恐るべきスピードで迫りくる長槍を避け、万物分断剣で薙ぎ払う。長槍の先端部は大根のようにスパッと斬れて飛んでいった。
ガーラ「…何だと…何だ、その剣は!!」
ミキオ「万物分断剣オール・シングス・ディバイダー。物質のみならず光や音、魔力までも切り裂く神剣…らしい。おれも初めて使うんだが」
ガーラ「ふざけたことを!!」
余裕綽々だったガーラが勢いに任せ、先の折れた長槍を上段に振りかぶって再び突進してきた。ボディががら空きだが、ヤツは全身に可視化するほどの魔法障壁を張り巡らせており、そういう意味では隙がない。試しにおれが上段からの槍を避け脇腹に剣を当ててみると、あっさりと魔法障壁を破り傷を負わせた。
ガーラ「な、何?!」
マイコスノゥ「どうなってるの!?」
カグラム「あ奴、あの幾重にも重ねられた魔法障壁を突き破りおった!」
ミキオ「うーむちょっと弱かったか、やっぱりちゃんと剣技を習わないとダメだな」
だがこれで本当に魔力が斬れることがわかった。とんでもないチートアイテムだな万物分断剣。
ガーラ「ぬぬぬ…なるほどな、よくわかったぞ、君が地上最強の魔導師か!! 君を倒せばおれの使命は果たせる! 喰らえハイエストサモナー、クリスタライザー!!!!」
魔導騎士ガーラが右腕を左腕で持ち、バズーカのように構えてクリスタライザーの発射モーションに入った。これを喰らえばこっちが魔法障壁を張っていても安心してはいられない。何発も直撃を受けたら障壁は破られおれの身体は結晶化してしまうだろう。おれは敢えて避けず、正面から受けることにした。
ナイヴァー「避けろ、ミキオ!」
ガーラ「はあッ!!!」
ガーラの右腕から閃光がほとばしり、一条の光線となっておれに襲い掛かってきた。おれは万物分断剣を振り下ろし、その光線を縦一文字に切り裂いた。自分でも信じられないが、確かに光線は剣身で半分にわかたれ、威力を減じて飛び散っていった。なるほど万物分断剣の名は伊達ではないな。
ガーラ「そ、そんな馬鹿な…」
ミキオ「まずはお前の魔法障壁を全部引っぺがす」
おれは神与特性で強化された筋力によってジャンプし、すぐにガーラの懐に入ると一気に万物分断剣を使ってヤツの全身に張り巡らされた魔法障壁を薙ぎ切り、地上に降りた。
ミキオ「太古の魔導騎士よ、何か言い残すことは」
ガーラ「信じられない…このおれが…負けるなんて…」
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム。我が意に応えここに出でよ、汝、魔導騎士ガーラの初期設定!」
サモンカードから噴き上がった紫色の炎の中に同じ色の光球が出現する。これがガーラの初期設定を象徴するものなのだ。おれが光球をマジックボックスに棄てるとガーラはがくんと擱坐し、シンハッタの荒涼たる大地に崩れ堕ちた。
翌日、おれが事務所に顔を出すと皆が既に揃っていた。前日にあんなことがあったとは思えないほどまったりとした日常的な光景だ。
ミキオ「おはよう」
ヒッシー「おはようだニャ」
ザザ「うぃーす」
永瀬「おはよう」
ガーラ「お早う」
魔導騎士ガーラは最強の魔導師を倒すという初期設定を失い、再起動した際にはすっかり戦闘意欲を失くしていた。あのまま放置しておいて何か問題を起こしたらまずいのでしばらくうちの事務所の書生として預かることにしたのだ。
ザザ「魔導十指から金の盾が来てるぜ。加入者証だとさ。あとコイツが水晶にしたメンバーも全員回復したってよ」
ミキオ「わかった。ガーラ、その盾をその辺に飾っといてくれ」
ガーラ「心得た」
永瀬「まさかこんなに早く後輩ができるなんてね。ガーラ君、玄関のお掃除お願いできる?」
ガーラ「心得た」
2m半もある巨漢の騎士がちまちまと小間使いをしてくれる様はやや珍妙でもあるが、おれの目の届かないところに置いてまた破滅結社だかに利用されるよりはマシだ。やれやれ、こいつにも給料やらなきゃならないのかな。