第64話 地上最強の魔導師(第四部)
魔導十指のひとりである医療神君ニノッグスから連絡を受け、逆召喚によっておれが出現した先は中央大陸の北方シンハッタ国だった。西方大陸の南端である南ウォヌマー国とは大きく時差があり、既に夕刻、空も暮れなずみ立ち並ぶ石塔などを赤々と染めていた。
クロロン「ここはシンハッタ国ニノージ渓谷。敵は約1キロ向こうの荒野だよ」
現在地について、おれにしか見えない空中の妖精が教えてくれる。
ミキオ「やはりこちらも強力な魔法障壁が張られている、目の前には出現させてくれないな。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、魔導十指残り6人!」
おれが赤のサモンカードに呪文詠唱し召喚すると紫色の炎が噴き出し、ナイヴァー、カンダーツ、ナスパ、アルゲンブリッツ、マイコスノゥ、カグラムの6人が出現した。各人にはマイコスノゥ女王のテレパシーによって事前に伝えてあり、みな既に戦闘態勢だ。
ミキオ「医療神君と敵はここからこの方向に2トーク(=約1km)先で戦っている」
ナイヴァー「わかった。では行こう!」
魔導十指「おう!」
魔導十指たちは各自空中に浮かび飛んで行ったが、おれにはそんな能力はない。魔法障壁があるから逆召喚は使えないし、仕方ない、走っていくか。それもカッコ悪いから何か鳥型のモンスターでも召喚するか。
万物分断剣「若者よ、我に乗れ」
腰に具えたBB、万物分断剣が勝手に止め具をはずし空中に浮遊した。
ミキオ「え、まさかあんたをサーフボードのように使えというのか」
万物分断剣「そうだ。汝の身体能力ならば造作もあるまい」
ミキオ「簡単に言うが…」
剣が空中に浮いて人間を乗せて飛ぶなどと、物理法則はどうなってるんだと思うが、まあこの世界でそれを考えるのはやめよう。おれは剣に乗り、腰を落とし両手を拡げバランスを整えた。
ミキオ「掴むところもなし、このまま空中を飛んだら空気抵抗と慣性の法則で振り落とされそうだが…」
万物分断剣「汝の前にラム(衝角)型のバリアを形成するから大丈夫だ、行くぞ!」
本当か…? とおれが疑う間もなく万物分断剣はスーッと発進したが、確かに大して空気抵抗を感じない。直進中はバランスを取る必要さえ無いので腕を組んで行ける。最高速度は時速120キロくらいは出ているだろうか、2分ほどで現着した。この移動能力だけでもなかなかのアイテムだ。
現着すると既に“医療神君”ニノッグスは水晶化していた。彼はこの世界で最高峰の治癒系魔法の使い手だというが、その反面戦闘能力という点でやや厳しいものがあるかもしれない。
ミキオ「あれが魔導騎士ガーラか…」
夕陽を全身で反射しながら空中に仁王立ちする銀色の騎士。その威容は神々しくすらある。彼はゆっくりと振り返りその真紅の目をこちらに向けた。
おれが召喚した十指たちは次々に到着し、すぐにガーラを遠巻きに囲んでいく。急ぎおれもそれに倣った。
ナイヴァー「貴公子ナイヴァー」
カンダーツ「“怪腕坊”カンダーツ」
ナスパ「“月光卿”ナスパ」
マイコスノゥ「絢爛たるマイコスノゥ」
カグラム「“聖賢”カグラム」
アルゲンブリッツ「鉄壁のアルゲンブリッツ」
ミキオ「“ハイエストサモナー”ミキオ」
ガーラ「名乗り、感謝する。これで魔導十指が全て揃ったというわけだ」
魔導騎士は地の底から響くような低音で不敵にそう言い、恐れる素振りも見せない。
ナイヴァー「我々を狙う理由は何だ」
ガーラ「おれは太古のエッゴ文明にて、嵐の夜に錬金術師たちの工房で生まれた。その使命は最強の魔導師を倒し、おれが地上最強の魔導師となること。この時代では君たち魔導十指が最強なのだろう? ならば君たち全員を倒し、おれが最強であることを証明するだけだ」
なるほど、こいつはロボットだから起動時に入力されたコマンド以外のことができないのだろう。血気逸る魔導十指たちだったがおれは冷静に挙手して言った。
ミキオ「提案があるのだが」
ガーラ「…何だ」
ミキオ「地上最強の魔導師という称号が欲しいのなら別に我々と戦う必要はない。我々が認定するから堂々と最強魔導師と名乗れ。なんなら十指全員の署名入りの認定書も発行する。望むならおれの代わりに魔導十指に入ってくれてもいいぞ」
ガーラ「何だと…」
ナイヴァー「ハイエストサモナー! 何を言っている?!」
ミキオ「こいつに邪気も私怨もないことはわかった。破滅結社のコントロール下にもない。ならば最強魔導師の称号くらいくれてやればいい。実際、最強っぽいしな。君ら十指も名誉のために戦っているわけではないんだろ?」
ナスパ「それはまあ…」
カグラム「新人め、柔軟な発想をしよる」
アルゲンブリッツ「し、しかし! こやつは同志シャルマンとフュードリゴ、ニノッグスを倒しおったのだぞ!」
ミキオ「それも死んだわけではない、ガーラが術を解除すれば元に戻るのだろう? しかも不意討ちではない、堂々と勝負を挑まれての完敗だ。少なくとも負けた彼らより強いのは間違いない。我々が認定書1枚発行するだけで無益な戦いをせずに済む」
ガーラ「…む、む、む…」
魔導騎士ガーラが思考モードとなり腕を組んで沈黙している。おれの言葉が効いているのか。
マイコスノゥ「あいつ考え込んでるわよ」
カンダーツ「わしゃあ反対ばい! 魔導師狩りの無法者を魔導十指の仲間に入れるなんぞと!」
ナスパ「しかし、それで万事収まるなら考えてもいいんじゃないのか」
おれたち十指の議論が続き、戦場は膠着していた。