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第6話 異世界で人生最高の寿司を食う

ミキオ「すまない大将、ちょっと板場と包丁を貸してくれないか」


 中央大陸連合王国の王都フルマティにある海鮮居酒屋“コシヒッカ亭”でおれはあまりの料理の不味さに思わず立ち上がって大将にそう言った。


大将「…へい?」


 困惑する大将。短髪白髪頭の中年男でいかにも気の短そうな板前といった感じだ。


クロロン「ダメだよミキオ、酔っ払ってるの!?」


 目の前の妖精が止めるが、うるさい。言ってしまった以上もう1回言う。


ミキオ「だから、板場と包丁を貸してくれないかと言っている」


大将「お客さん、そりゃああっしの料理が気に食わねえから自分に作らせろと、そういう意味ですかい」


 大将の目がぎらりと光る。心なしか持っている刃物をやや上に向けたような気もする。


ザザ「大将、そうじゃないんだ。コイツは料理の腕に覚えがあるみたいでね、故郷の味をみんなに振る舞ってやりたいとこう言ってるんだ、お代はあたしが出すからいいだろ?」


 ザザが助け舟を出してくれた。こういう時にコミュ力強いやつがいると助かる。大将もやや不服そうだがじゃどうぞと言ってくれた。遠慮なくやろう。おれは海鮮料理に関しては我慢しないタチなのだ。


クロロン「何やってんだよミキオ!こんなところで騒ぎを起こして、ボク知らないよ!」


ミキオ「うるさい」


 空中の妖精をはねのけ、おれはサモンシートを取り出して店の床に放り投げた。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ!汝、太公望呂尚!」


 妖精があちゃーという顔をしていたが魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、中から古代中国の貴人姿の壮年男性が現れた。


太公望「…此は何処であるか?」


ミキオ「ようこそ異世界ガターニアに。おれは貴方を召喚したミキオだ。すまないがこの店の裏の堤防で魚釣りをしてきてくれないか」


 キョロキョロと辺りを見渡す太公望におれはそう頼んだ。


太公望「承った」


 あっさりと太公望は聞き入れ、すぐに堤防まで歩いていく。よく見ればご丁寧に最初から釣り竿と魚籠(びく)を持っている。


クロロン「ミキオ、酷いね!あのひと周の国の軍師だよ、それを釣りのためだけに呼び出すなんて…」


 妖精がわめいてるが、知ったことか。釣りの名人がそれしか思い出せなかったんだから仕方ないだろう。釣りキチ三平やグランダー武蔵は架空人物だから召喚できないし。


 ほどなくして太公望は3匹の魚を釣ってきた。流石だ。どれも前世の日本で見た魚とは微妙に違うが、まあアンモナイトよりは馴染みがある。


太公望「可為嗎(これでよろしいか)?」


ミキオ「ああ、バッチリだ、ありがとう」


 おれが謝辞を伝えると同時に時間となり、太公望は消えていった。唖然とする大将や店員、客たちを無視しておれは次の召喚を行った。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ!汝、華屋与兵衛!」


 魔法陣の炎の中から髷を綺麗に結った和装の初老の男が出現した。江戸時代の江戸前寿司の開祖、華屋与兵衛である。


与兵衛「…ここが何処かわかりゃしねぇが、俺は寿司を握りゃいいんだな?」


 さすが江戸っ子だけあって物わかりがいい。しかもちゃんと手にはおひつと醤油さしと生ワサビを持っている。


ミキオ「頼む、ネタはここにある」


 魚を渡すと、華屋与兵衛はじろじろ見ながらこう言った。


与兵衛「採れたてだな、板場借りるぜ」


 言葉少なだがキビキビした身のこなし、アッという間に与兵衛は魚を三枚におろし寿司ネタにしていった。最初はフテリ気味だったコシヒッカ亭の大将も与兵衛の華麗なる手さばきを食い入るように見ている。3分とかからぬ間に握り寿司が白い大皿を埋めていった。


与兵衛「へい、お待ち」


 完成した皿盛りを出し包丁を拭きながら与兵衛は言った。彼の時代の寿司は現代のものより倍は大きいと聞いていたが、どこで学んだのかちゃんと現代風に小ぶりの寿司になっている。横から見ると扇状にゆるく曲がったいわゆる地紙の形、素晴らしい出来栄えだ。まさか華屋与兵衛の寿司を異世界で食えるとは。


ミキオ「頂こう。ありがとう与兵衛さん」


 そう言いながらおれはマグロのような赤い寿司を持ち上げ醤油をつけ、ぱくりと口に入れた。


ミキオ「…美味い」


 食レポをする気もなかったが思わず口に出た。マグロではないがそれに似た濃い旨味と爽やかな酸味がたまらない。一度何事も経験にと2万円もする銀座の寿司を食ったことがあるが、それよりも美味いぞ。


与兵衛「さ、皆も」


 与兵衛さんが促すと、大将も店員も見ていた客も、それにザザも我先に手でつまみ口に入れていく。あちこちで感嘆があがり寿司は飛ぶように無くなっていった。


客A「こりゃあ美味い!」


客B「こんなのは初めてだ!」


客C「食い易いのもいいな!」


 客の声を聞きながら華屋与兵衛は満足げに消えていった。皆が寿司の感想を言い合ってる間におれはテーブルにお代を置き、ザザの腕を引っ張って店を抜け出た。人生最高の寿司も食えたしここにいる理由はもうない。いやあ美味かった。異世界転生した甲斐があった。

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