第57話 参陣!美しき来訪者(後編)
大学時代の同期・永瀬一香。東京で絡まれてこの異世界ガターニアに連れてくる羽目になったおれは、この女に振り回されていろいろとこの世界の案内をさせられていた。
次におれたちが“逆召喚”でやって来たのは王都フルマティに隣接するハクサーン市にある王立会館。キャパ3000人の中規模ホールだ。今日はイセカイ☆ベリーキュートのコンサートがあるため会場は既に満員だ。
永瀬「こっちの世界にもこういう文化があるんだね」
ミキオ「無かった。おれが日本から持ってきたんだ。今日はおれとヒッシーがプロデュースしたイセカイ☆ベリーキュートのコンサートがある」
永瀬「え? え? 辻村クンがアイドルをプロデュース? なんで?」
ミキオ「なんとなく流れでだな。楽屋に入れるから行ってみよう」
永瀬「ちょっと、どうなってるのキミ!」
開演まで半刻(1時間)足らず、イセカイ☆ベリーキュートのメンバーは全員楽屋入りしている模様。おれは彼女たちの楽屋をノックした。
ミキオ「邪魔する」
チズル「どうぞー、わ、ミキオP! みんなー、ミキオPだよ!」
ユキノ「お疲れ様でーす」
リンコ「どぞ! 中へ!」
ミキオ「すっかり売れっ子だな」
コマチ「そんなそんな、みんなプロデューサーのおかげでしゅ」
コマチの舌ったらずキャラもすっかり板についている。
ミキオ「フレンダがいないな」
リンコ「ちょっと遅れてるっす」
チズル「ミキオP、その人は?」
ミキオ「ああ、おれの同期でイチカ・ナガセだ」
永瀬「こんにちは…」
メンバーたちは浮気だ浮気だと囁き合ってる。またこいつらはかわら版の芸能記事を鵜呑みにしてるな。
ミキオ「ま、いいからこれ食べて。スタッフの皆さんもどうぞ」
そう言っておれはさっきマックで買ってきたホットアップルパイ30個をマジックボックスから取り出した。マジックボックスの中は時間の停止した世界なのでまだ温かい。
リンコ「やった! 異世界(日本)のスイーツ!」
チズル「ありがとうございます♡」
リンコがアップルパイを配っていると、永瀬が不思議そうな顔でおれを見ていた。
永瀬「…辻村クンてこういう気配りできる人だったんだね…」
当たり前だろ、おれを何だと思ってたんだ。そこに遅れてフレンダが到着した。
フレンダ「お疲れ様ですの〜」
ミキオ「お前遅いな」
フレンダ「え、ミキオ?! そしてその気合いの入ったデートウェアの女は何者ですの!?」
ミキオ「いや、色々おかしい。おれがどんな服装の女子を連れていても何も悪くないし、お前のその言い方もトゲがある」
コマチ「ミキオPの同級しぇいだって〜」
フレンダ「ふ、ふーん。同級生」
チズル「焦ってる焦ってる〜」
フレンダもユニット組んだ当初はお姫様だ王女様だと持ち上げられていたが、もうすっかりメンバーたちにイジられるくらい馴染んでいるようだ。
永瀬「みんなすごい辻村クンに懐いてるじゃん。このコたちがそのイセカイ何とかいうグループ?」
ミキオ「いや、こいつだけは違う。この国の王女だけど1曲限定ユニットで参加してる」
永瀬「王女!? 辻村クン、王女様をお前よばわりしてるの!?」
ミキオ「まあそんな大した問題じゃない。もう公演始まるから退散しよう。じゃみんな頑張って」
イセキューメンバー4人「はーい♡」
フレンダ「ミキオ! あとで話がありますの!!」
フレンダがなにでイライラしてるのかサッパリわからんが、おれと永瀬は再び“逆召喚”で移動した。
永瀬「ここは…」
ミキオ「連合王国マギ地方ウルッシャマー村。おれが領主やってる村だ」
永瀬「領主って、何でもやってるんだね…すごい、餃子屋さんがあちこちにある! これも辻村クンが持ち込んだ文化?」
ミキオ「まあな。ここの餃子は美味いぞ」
永瀬「本当だ、お店に辻村クンみたいなキャラクターの人形が置いてある!」
ミキオ「なんだこれは…“メガネっ子餃子”…あの村長の仕業だな…」
聞いてないぞ、何だこれは。こういうのはおれの許可得てからやるべきだろ。完全におれをいじってる感じじゃないか。
永瀬「すごいね辻村クン、まるでカーネルサンダースだね!」
ミキオ「…まあな。ここはそんな感じだ。じゃ次行こう」
次におれたちは王都フルマティにある“寿司つじむら”の前に移動した。通常召喚の10倍のMPを消費する“逆召喚”だが、成長の結果おれのMPも増えてこのように日に何度も使っても以前のようにMP切れする心配はなくなっている。
ミキオ「腹減ったろ、ここで食べて今日のシメにしよう。おれがやってる寿司屋」
永瀬「辻村クン、お寿司屋さんの社長もやってるの!? ホントいったいどうなってるの?!」
シンノス「らっしぇい! 旦那、毎度! どうぞ奥へ」
久しぶりに登場したが、シンノスは“寿司つじむら”の板長だ。おれと同じ年齢で、おれが召喚した江戸前握り寿司の開祖華屋与兵衛に直接指導を受けてガターニア初の寿司屋の板長となった角刈りのナイスガイだ。
ミキオ「カウンターでいいか、永瀬」
永瀬「う、うん」
ミキオ「シンノス、おまかせで適当に。おれは青茶でいい。永瀬は飲む?」
永瀬「うん、じゃ何かこっちのお酒を」
ミキオ「こっちは泡酒で」
シンノス「あいよ! しかし旦那も隅におけないねえ。お姫様が怒るよ?」
ミキオ「こっちはただの大学の同期だし、あっちもただの友人だ!」
シンノス「へいお待ち! イクシオサウルスの中トロっす」
永瀬「オグシオ? 何?」
ミキオ「海棲爬虫類だな。地球じゃ白亜紀に絶滅したけどこっちじゃ普通に捕れる。まあ気にせず食べて」
寿司を口に入れると、永瀬は眼に涙を溜めた。
ミキオ「ワサビが効きすぎたか?」
シンノス「すいやせん、取り替えやす!」
永瀬「ううん、違うの。お寿司は美味しい。今日いろいろ見てきて、辻村クン本当すごいなぁって…わたしは昨日辻村クンに指摘された通り、やりたいことを見失ってて…」
シンノス「あ、旦那が余計なこと言ったんスね」
ミキオ「…いや、まあ、すまん」
永瀬「一人で頑張ってきたからさ、わたし。こんな時にお父さんが生きてたらいろいろ悩みを相談できたと思うんだけどな」
そう言えば永瀬もおれと同じ母子家庭だった。幼い頃に父親を交通事故で亡くしたとかいう話だ。
ミキオ「わかった。じゃちょっと待っててくれ」
おれは店の暖簾をくぐって一旦外に出た。少し間があってガラガラと引き戸を開けて店に入ったのは30代なかばのスラッとしたスーツ姿の男性、永瀬一香の父親の初郎氏だ。確か弁護士だったと聞いたがまさにそんな感じの印象だ。
永瀬「パパ…!」
初郎「一香、久しぶり」
初郎氏は右手を軽く挙げ、流れるような所作でカウンターの永瀬一香の横に座った。
永瀬「な、なんで…!?」
ミキオ「おれが召喚したんだ。5分間だけだがお父さんになんでも打ち明けろ」
初郎「一香、パパはあっちでお前のこと全部見てたぞ。お前頑張ってるじゃないか。何を悩むことがある」
そう言われて永瀬は立ったままぼろぼろと落涙し、ひと目もはばからず嗚咽して父親に抱きついていた。おれはこういう場面は苦手なので店外に出てとっぷりと日が暮れた王都フルマティを散歩することにした。少し羨ましいが、おれの父親は神王ゼウスなのでおれの召喚能力では呼び出せないし、仮に呼んだとしても喧嘩になりそうだ。
おれが繁華街を一周りして店に戻ると永瀬初郎氏は既に消え、永瀬一香は目を赤くしてはいたがすっかり泣きやんで冷静さを取り戻していた。
永瀬「辻村クン、今日は本当にありがとう。もう遅くなったから送ってくれる?」
ミキオ「ああ。じゃ帰ろう。東京はいま19時くらいだ」
永瀬「や、東京はもういいや。わたしはここで暮らすから」
ミキオ「え?! 永瀬、何を言ってる?」
永瀬「もう決めたから。週明けに一旦戻って辞職と引越しの手続きとかしてくるけど、とりあえず今日はどこかの宿泊施設に連れてって」
ミキオ「いや、永瀬、あのな…簡単に言うが、仕事はどうするんだ」
永瀬「辻村クン、社長で議員で地方領主なんでしょ。わたしが秘書やるよ。辻村クン仕事し過ぎだから業務を分担させた方がいいよ」
まあ確かにこの有能な女が秘書になってくれればおれも少し楽になるかも知れんが。
ミキオ「にしても拙速過ぎるだろ。もっとよく考えた方が」
永瀬「わたしがやりたいことやれてないって言ったの辻村クンでしょ。わたしはこれから自分の生きたいように生きていく。パパもそう言ってたし」
永瀬の眼光はその決意の固さを物語るかのように真っ直ぐで揺るがない。父親を召喚したのは失敗だったか…横で「ご愁傷さま」とでも言いたげに口がひん曲がってるシンノスと、空中で「なんでトラブルメーカー連れてくるの? バカなの?」と言ってる妖精を無視しながらおれは立ちすくんでいた。