第56話 参陣!美しき来訪者(中編)
異世界33日め。前日に地球で永瀬一香という、東大時代の同期と出会ったおれは銀行強盗に遭い、苦もなく対処したのだがその場で永瀬に絡まれ、この異世界ガターニアに連れてくることを約束させられるのだった。おれは召喚士事務所で友人かつ事務所の共同経営者そしてやはり大学の同期ヒッシーと事務員ザザにそのことを話していた。
ヒッシー「永瀬一香、覚えてるニャ。背筋のピンとしたスキの無い女だニャ。ていうかミキティは永瀬さんのこと1回振ってるよね?」
ミキオ「えっ、そうだったか? 記憶にないな」
ヒッシー「1年の時、永瀬さんが軽い感じで告って軽い感じで拒否されてる筈だニャ。軽い感じだったけど結構プライド傷つけられてたと聞くニャ」
そうだったか…どうもおれに対して当たりが強いとは思ってたが、もしかしたらその時の件が尾を引いてるのか。おれは当惑しながら地球から持ってきた日本時間のままの腕時計を見たが12時55分だった。
ミキオ「まあ、とりあえずあっちの午後1時に会うことになってるから、行ってくる。この事務所にも連れてくるから」
ヒッシー「行ってら〜だニャ」
ザザ「あいつの女運の悪さは筋金入りだな」
おれは“逆召喚”で地球のマクドナルド清瀬駅北口店に来た。店内に入ると永瀬一香が茶会の席のような姿勢の良さでシェイクを両手で持って飲んでおり、育ちの良さがわかるがやや滑稽でもある。
ミキオ「お待たせ、永瀬」
永瀬「そんなに待ってないから。で、今日はどこに連れてってくれるの」
永瀬はダークグレーの7分袖シャツにピンクベージュのチェック柄膝丈スカート、黒のショートブーツに黒のバッグという出で立ちだ。どう見てもデートウェアだが、なんでこんな気合い入ってるんだコイツ。
ミキオ「異世界ガターニアの4つの大陸のうち最大の中央大陸にある中央大陸連合王国、その王都フルマティにおれの事務所がある。とりあえずそこに行こう」
永瀬「…もう全然わかんないけど、いいよ」
永瀬はそう言って目を閉じ、やや震えながら胸の前で両手を組んだ。
ミキオ「いやそんな緊張しなくていい。楽にして。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら2人、意の侭にそこに顕現せよ、王都フルマティの王宮前広場」
おれは青のアンチサモンカードに呪文詠唱し、清瀬駅近くのマックから永瀬一香と共に消えていった。
ミキオ「永瀬、目を開けろ。着いてるぞ」
永瀬「わー…」
おれたちは王都フルマティの王宮近くの広場に“逆召喚”でやって来た。広場は多くの人々が行き交っており、エルフやハーフリング、ドワーフなどその人種は様々だ。おれ自身はいつものことで何の感動もないが、永瀬は信じられないといった表情でキョロキョロと辺りを見回している。
永瀬「本当だったんだ…」
ミキオ「いや、だからそう言ったろ。ここがおれとヒッシーで経営してる最上級召喚士事務所、兼おれの自宅だ。入って」
そう言っておれが指差した先は2階建ての立派な洋館だ。広場から歩いて3分、国王から居抜きで借りている物件だ。
ミキオ「戻った」
永瀬「こんにちは…」
ヒッシー「永瀬さん、久しぶりだニャ」
永瀬「本当に菱川クンだ、大学以来だね。こちらは?」
ミキオ「現地のエルフでうちの事務員のザザ」
永瀬「エルフ…はじめまして、辻村クンがお世話になってます」
ザザ「女房気取りかよ。あんたのために世話してるわけじゃねーぞ」
永瀬「えっ?」
ヒッシー「まあ、まあ、まあ。ここはそんなに地球と変わらないから、永瀬さんもいろいろ見てきたらいいニャ」
永瀬は聞いているのかいないのか、窓際にある鳩小屋を見ている。
永瀬「本当に伝書鳩なんだ…」
ザザ「どーも気に食わねえ女だな…」
ヒッシー「シッ! 聞こえるニャ」
今更だが、おれに召喚された者は召喚先での言語は自動的に母国語に翻訳されて脳内に届き、その発声も相手に自動翻訳される。これも最上級召喚士ゆえの召喚能力のひとつだ。
ミキオ「じゃ次は王宮に行くか」
ヒッシー「それがいいニャ。ミキティとなら中に入れるニャ」
永瀬「え、なんで? オウキュウって、王様の宮殿でしょ?」
ミキオ「ああ、おれはいまこの国の貴族で王国議会議員やってるから」
永瀬「え!? 辻村クン、貴族なの?! で国会議員!? 冗談でしょ?」
ミキオ「いや一応」
ヒッシー「ツジムラ男爵だニャ」
永瀬「なんで?! 貴族ってあれでしょ、代々続く家柄なんじゃないの? そんな簡単になれるもんなの?!」
ミキオ「いろいろあってな。とりあえず王宮に行こう」
ぽかんとしてこっちを見ている永瀬を促し、おれたちは事務所から歩いて5分の王宮に移動した。
ミキオ「これが中央大陸連合王国の王宮、ケンチオン宮殿だ。王家の居宅と行政府、王国議会がある」
永瀬「え、え、本当に入っていいの? 怒られない?」
ミキオ「大丈夫大丈夫」
衛兵に会釈し第一門から入って行くとエントランスにいきなり国王がいた。
ミキオ「お、国王だ」
永瀬「こ、国王!?」
津川雅彦似の国王がおれを見て機嫌良さそうに笑いながらこっちに寄ってきた。
国王「おう、ツジムラ子爵! 今日は何かの? 議会は閉会中だぞえ」
ミキオ「いやおれ男爵だから。あんたがくれた爵位だぞ」
国王「あれ? おぬしまだ男爵だったか? もしだったら陞爵しとこうか?」
ミキオ「いやまだいいだろ。男爵も子爵も変わらん」
国王「お主の領地の隣が空いたでな、そこをお主に任せようと思っとるんだが、そうなると陞爵も考えにゃならんわな」
永瀬「つ、つ、辻村クン! なんで王様にタメ口きいてんの?! 」
国王「娘御、この者は構わんのだ。わしも頼っておるゆえな」
永瀬「すご…」
ミキオ「おれの同期でイチカ・ナガセだ。こっちはこの中央大陸連合王国の国王でミカズ・ウィタリアン8世陛下。今日は彼女を見学に連れて来たんだ」
国王「イチカさん、ゆっくり見学していくといい。なんなら玉座に座ってみてもええぞ」
国王は永瀬にウインクして機嫌良さそうに去っていった。
永瀬「何なの、辻村クン! なんで王様とあんなフレンドリーな関係性築けてるの?」
ミキオ「何だったっけな、忘れた。まあ王宮はこんな感じだ。次はじゃあライブ会場に行ってみよう」