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第55話 参陣!美しき来訪者(前編)

 異世界32日め。この日は休日にあたる闇曜日で王国議会が休みのためおれは午前中は“逆召喚”で日本に生活必需品の買い出しに来ていた。ちなみにガターニアでは地水火風雷氷光闇の8つの曜日があり、光曜日と闇曜日が休みである。


 おれは異世界ガターニアでは


・男爵(マギ地方の地方領主)

・連合王国議会議員

・「寿司つじむら」の社長

・「最上級召喚士事務所」の所長

・アイドルグループ「イセカイ☆ベリーキュート」のプロデューサー


という5つの仕事をしているので収入はまあまああるのだが、日本ではもう東大大学院も除籍した一介の無職に過ぎない。なので日本でお金が必要な場合はガターニアの金貨(純金製)を日本円に換金して預金しておいた銀行口座から払い出しして使うことになる。なにせ日本での収入は全く無いのだ。おれは資金を得るため、いつものように地元東京都清瀬市内の帝都東京銀行清瀬支店に寄ったのだが、ATMに並んでいると後ろから声をかけられた。


永瀬「辻村クン、久しぶり」

挿絵(By みてみん)

 振り返るとその声の主は東大時代に同期で同じゼミだった永瀬一香(いちか)だった。成績もよく美人だが性格的に険のある女だ。ショートボブでグレーのスーツを着ている。大学時代からデキる女ではあったが、すっかりどこかの一流企業のビジネスウーマンといった印象だ。


ミキオ「ああ永瀬か、元気?」


永瀬「死んだって噂あったけど、普通に生きてるね。ていうか平日の昼間になんで私服で銀行にいるの?」


 おれはガターニアではだいたい白いコートにショーパンの召喚士スタイルだが、さすがに日本であの格好は恥ずかしいので日本へ来たらとりあえず着替えることにしている。今はダークブルーの半袖シャツにベージュのカーゴパンツだ。


ミキオ「いや、今日は闇曜日…いや、何でもない。ちょっとな。永瀬は仕事?」


永瀬「当たり前だよ。まだ午前中だよ。辻村クンはいま仕事は何してるの? 大学院辞めたって聞いたよ」


ミキオ「まあ、話すと長くなるがヒッシーと事業をしたりしてる。今日は休みだ」


永瀬「菱川クンと? …なんかアレだね、辻村クンは頭がいいから同期でいちばん出世すると思ってたけどな」


 いや、男爵で地方領主で王国議会議員だぞ! 相当出世してると思うけど、言えないのがつらい。


永瀬「LINE交換しようよ。同窓会の連絡とかあるし」


ミキオ「あ、いや、おれはスマホ解約しててな」


永瀬「スマホを? 解約?? どうしたの辻村クン、破産でもしたの?」


ミキオ「いや、そういうわけじゃないんだが…鳩もあるしな」


永瀬「鳩?? 何言ってんの、伝書鳩でも使ってるって言いたいの?」


 その通りなのだが、思わず言わなくていいことを言ってしまった。ガターニアには電波がないし、用事があれば召喚すればいい。検索したいことは異世界ガイド妖精のクロロンに訊けばいいからスマホなんか持っていても仕方ないのだ。こいつ問い詰めてくるタイプだな。


永瀬「ね、辻村クン本当に大丈夫? 平日の昼間に私服で街ブラブラして、ロン毛をしばって、スマホも解約しちゃって、ってもう完全に世捨て人だよ?! うちの会社の系列企業紹介しよっか?」


ミキオ「いや本当に大丈夫だ。仕事も本当にしてるから」


 思い出したがこの女は言葉はキツいくせに妙に世話焼きのところがあるのだ。面倒なのに見つかってしまったな…そう思った時、店内に銃声が鳴り響き、絹を切り裂くような女性の絶叫が聞こえてきた。


永瀬「なに!?」


ミキオ「ヤバいな、永瀬は早く逃げろ」


 そう言った先から店の電動シャッターがガラガラと降りていった。出入口付近の他の客たちは恐怖で固まってしまっており、人をかき分けなければ店外に出ることは難しい。シャッターは完全に閉鎖してしまった。


ミキオ「む…」


永瀬「辻村クン、これってもしかして」


ミキオ「ああ、たぶん銀行強盗だ」


 おれがそう言うと、店内から野卑な男の声が聞こえてきた。


強盗A「入り口のやつらも全員店に入ってこい!!」


強盗B「早くしろ!」


 おれは怯える永瀬の肩に手を置き、大丈夫だと言って店内に入った。店内に見える強盗は4人、みなマスクとキャップをしている。全員ピストルやショットガンらしきものを持っているが、さっきの銃声からして少なくとも1丁は実銃ということになる。


クロロン「ミキオ、中の客は22人、行員は10人。強盗犯はここにいる4人だけだよ」


 おれにしか見えない空中の妖精が必要な情報をくれた。おれは黙って頷いた。


強盗C「全員、携帯をここに出せ! 撮影なんかしたらブッ○すからな!」


 みな携帯を素直に出したが、おれは持っていないので出すフリをし、どうやって奴らを捕まえるか思案していた。例によって血液の6分の1召喚→貧血→マジックボックスに収納のブラッドスティーリングコンボが一番良いとは思うが、犯人が監視してる状態でカードを出すのが難しいかな、まあ見られても別にいいか。奴らのガンアクションよりこっちの呪文詠唱略の方が早そうだし。


永瀬「ね、なにさっきから考え込んでるの?」


ミキオ「あ、いや、別に」


永瀬「辻村クン、妙に冷静だね。銀行強盗だよ?」


 先月異世界転生して以来、大魔道士にドラゴンにケルベロス、中国のエージェントや韓国の特務機関らと渡り合ったおれが銀行強盗ごときに臆する筈もない。


ミキオ「静かに。やつらを刺激するな」


強盗A「さっさと有り金全部ここに詰めろ!」


強盗B「いいか! 我々は単なる強盗ではない、これは我々の掲げる理想社会実現のための闘争資金だ! 我々は君たち大衆の味方だが、邪魔をするようなら容赦はしない!」


 奴らのくだらない宣言を聞き流しながらおれは戦いを決意した。まあ別にバレてもいいや。どうせ異世界に帰る身だし。


ミキオ「永瀬、実はおれは神の子で最上級召喚士だ」


永瀬「え、何? こんな時になに言ってんの?」


強盗B「そこ! 勝手に喋るな!」


ミキオ「今から不思議なことが起こるが気にするな。詠唱略、ここに出でよ、この強盗どもの銃!」


 おれが床にそっと置いたサモンカードから紫色の炎が噴き出し、中から強盗たちの持っていたピストルとショットガンが出現した。


永瀬「…え? え? え?」


強盗B「な、何だ!?」


強盗C「どうなってんだ、おい!!」


ミキオ「マジックボックスオープン」


 おれは空中に人差し指で円を描き、その内部に特殊な空間を出現させた。時間の停止した世界“無明空間”だ。さっさと強盗どもの銃器を投げ入れた。


ミキオ「一応、礼儀だから着替えておこう」


 ぱちん。おれが指を鳴らすとこっちの普段着から白いコートの召喚士スタイルに瞬時で切り替わった。


永瀬「…辻村クン、何なのこれ? モニタリング? 水ダウ?」


強盗C「おい! 何をした、お前!」


ミキオ「諸君には人生をやり直して貰おう。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、この強盗4人の過去の記憶30年ぶん!」


 床に置いたサモンカードに、今度は正式な呪文を詠唱すると魔法陣から紫色の炎が上がり、中から紫色に光る球体が4つ浮かび上がってきた。おれは最上級召喚士(ハイエストサモナー)なので抽象概念でも召喚できるのだ。出現した彼らの30年間の記憶はさっさとマジックボックスに投げ捨てた。


強盗A「あれー、ここどこー?」


強盗B「おなかすいたー」


強盗C「ママー!」


強盗D「うえーん!」


 見た感じ30代~40代の彼らは、その人格を形成した30年分の記憶を失い、知能だけ乳幼児から小学校低学年くらいまで一気に退行した。強盗だか革命グループだか知らないが彼らも子供の頃は純粋無垢だったのだろう。マスクを外すとおっさん顔で子供のようなことを言っていて非常に不気味だ。


ミキオ「行員さん、シャッター開けて110番に通報して」


行員A「は、はい」


 おれがそう言うと行員の女性はすぐにシャッターを開け、警察に電話してくれた。


ミキオ「坊やたち、もうすぐパトカーが来るから今日はお巡りさんのところに泊まりな。明日ママが迎えに来てくれるから」


強盗A「ほんとー?」


強盗B「やったー! パトカーだ!」


強盗C「おまわりさんのところにお菓子あるかな?」


 すっかり人格だけ幼児になった強盗たちを見て唖然とする一同。永瀬も口を開けてこっちを見ている。


永瀬「…辻村クン、ホグワーツにでも入学したの?」


ミキオ「あっちは魔法使い、おれは召喚士。まあ似たようなもんだがな。永瀬たちの記憶も30分間くらい消しておく。じゃあな」


永瀬「ま、待って! その魔法みたいなやつってさ、辻村クンが東大大学院辞めてまでやることなの? 何か変な宗教みたいなのに騙されてない? もっと人生真面目に考えたほうがいいよ!」


 まだこんなことを言っているのか。まあ悪気はないのだろうが、どこまでもマウント気質の女だ。フレンダやエリーザもちょっとそういうところがあるが、こいつは人間のスケールが小さ過ぎる。


ミキオ「おれはいま異世界で充実した人生を送っている。何の後悔もない。永瀬こそ今の仕事は本当に自分のやりたいことなのか? さっき会った時の永瀬、死んだ魚みたいな眼してたぞ」


永瀬「…」


 ちょっと言い過ぎたかもしれない。永瀬は唇を噛み締めている。


永瀬「…じゃ、じゃあ、そこまで言うなら辻村クンの今の生活、私にも見せてよ! 明日の土曜日、午後1時にそこのマックで待ってるから! 言いたいこと言ったんだから責任取ってよね!」


ミキオ「えー…」


 おれにしか見えない妖精が空中でザマミロみたいな顔でにやついていた。



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