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第52話 熱唱! アマゾネス祭(前編)

 異世界30日め。うちの事務所はだいたい第4刻半(9時頃)に開けるのだが、半刻前にドアをがんがんと叩く者があった。


ヒッシー「うるさいにゃあ…どなた?」


 おれとヒッシーはまだ起きて2階から降りてきたばかりだ。おれは男爵の爵位を得た地方領主で王国議会議員だというのに未だ屋敷がなく、召喚士事務所の2階に住んでいるのだ。


ガギ「おう! 召喚士の旦那はいるか?」

挿絵(By みてみん)

 ドアを開けるとそのドアより背の高い女が入ってきた。アマゾネスのガギことガギ・ノッターニャ。“5人のドラゴンスレイヤー”の時におれとパーティーを組んだアマゾネスの闘士。2mを超える筋骨隆々の大女だ。


ヒッシー「わ、ひ、ひゃあ〜」


 思わずヒッシーは尻餅をついた。身長154cmのヒッシーとは50cm近い差がある。


ガギ「旦那、久しぶり! これ土産だ、食ってくれ!!」


 ガギがテーブルの上にばさりと置いたのは人間の子供の焼死体…かと思ったが数匹分の猿の干物だった。


ヒッシー「ひっ、ひいい〜!!」


ミキオ「蛮族はこれだから…」


ガギ「何だ、おめーら転生者は猿の干物食わねーのか? かじっても良し、ダシにしても良しだぜ」


 ザザがまだ出勤してなくて助かった。こんなもん事務所に持ってこられたら綺麗好きのアイツは激怒するぞ。それでなくてもエルフとアマゾネスなんて相性悪そうだし。


ガギ「相談事があって来たんだよ。旦那たちはアイドルとかいう歌い手を売り出したんだってな」


ミキオ「ああ」


 おれとヒッシーがプロデュースしたイセカイ☆ベリーキュートは3日前にデビューしたが、人気沸騰で今はちょっとした社会現象になっている。イベントや魔法配信などあちこちから依頼が殺到して半年先までスケジュールが埋まってしまった。


ガギ「んじゃあよ、アタイにも歌を教えてくれ!」


ミキオ「急に何を言い出すんだ、お前まさか、イセカイ☆ベリーキュートに入らせろってんじゃないだろうな」


ガギ「いやあんなチビの小娘どもに混じって歌う気はねえ! ナメんなよ、これでも代々戦士の一族だぞ!」


ミキオ「じゃあなんで歌なんて」


ガギ「明日うちの村で年に一度の祭があるんだよ。アマゾネス大祭。毎年いろんな競技で優勝者である“祭女(まつりおんな)”を決めるんだ」


ミキオ「どんな競技があるんだ」


ガギ「まあ、二人で目隠ししてお互いを槍で突いて先に血を出した方が負けの“闇槍突き”とか、飢えた犬を放った部屋で座禅組んで先に声を出した奴が負けの“犬がまん”とかだな」


ヒッシー「ひ、ひいっ!」


ミキオ「蛮族はこれだから…」


ガギ「そうやって毎年の“祭女”を決めてたんだが、それやってると必ず死傷者が出るからよ、今年はのど自慢大会で“祭女”を決めようぜって新族長が言い出したんだよ」


ミキオ「新族長がマトモな人で良かったな」


ヒッシー「なるほど、だから歌を習いに来たニャ」


ガギ「祭女に選ばれると大変な名誉だからな! 敵のうめき声や断末魔はよく聞いたが、歌なんて小学校以来聞いたことも歌ったこともねえ! 頼むよ旦那、アタイに歌の修行をつけてくれ!」


ミキオ「うーん…」



 おれは事務所の2階にある会議室にガギを案内した。ここはイセキューのレッスン場としてよく使っていたのだ。地球の金持ちの友人が使わないというので借りてきたカラオケのセットと家庭用バッテリーが置いてあり、歌のレッスンにはうってつけだ。


ガギ「おお! いい場所があんじゃねーか」


ミキオ「ちょっと歌の先生呼ぶから」


 そう言っておれは赤のサモンカードを取り出し、呪文詠唱した。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、イセキューのユキノ!」


 サモンカードの魔法陣から紫色の炎が噴き出し、私服姿のハーフエルフが現れた。


ユキノ「おはようございまーす」


 イセカイ☆ベリーキュートのセンターにしてエース、ユキノである。3日前までは一般の女子高生だったが今やすっかりアイドルのオーラを放っている。


ヒッシー「うわ〜ユキノちゃんだニャ〜!」


 なんだこのヒッシーのキラキラした眼は。こいつプロデューサーのくせにすっかりユキノ推しになってやがる。なんだかんだで正統派に弱いなこいつ。


ミキオ「忙しいなかわざわざ来てもらったんだ。じゃご挨拶して」


ユキノ「はい私と一緒に言ってください。ウィーラブユキノ、アイラブユー! ピンクのエース、恋の魔法使いユキノです♡」


ヒッシー「おおおー!」


 ユキノは私服で、客もおれたち3人しかいないのに全力で自己紹介をやってくれた。ユキノは松田聖子や松浦亜弥と同じ、天性のアイドルだな。おれもヒッシーも思わず拍手してしまった。


ガギ「おめえ! なんだそれは! ひとが真剣に悩んでるのに失礼だろ! ちゃんと挨拶しろ!」


ユキノ「す…すみません…クロッサープロ所属のユキノ・ ヤードと申します…」


ガギ「おう、以後気をつけろよ」


ミキオ「いや、ユキノはお前の歌の先生として呼んだんだよ! イセキューの中ではいちばん歌が上手いんだから」


ヒッシー「うちのエースに失礼なこと言うなだニャ!」


ガギ「くっ、この踏み潰したら3秒で息絶えそうなチンチクリンがアタイの先生かよ…」


ミキオ「時間も無いんだ、とにかくお手本を見せてもらおう。ユキノ、いつもの練習曲歌える?」


ユキノ「は、はい」


 2m超えのヒグマみたいな大女に怒鳴られてまだ萎縮してるユキノだったが、果敢にマイクを取ってくれた。曲はレッスンの際にいつも歌ってた練習曲、渡辺美里の『My Revolution』だ。


ユキノ「さよなら Sweet Pain 頬杖ついていた…♪」


 1986年に発売された渡辺美里4枚目のシングルにして渡辺の代表曲である。作詞は川村真澄、作曲はTKこと小室哲哉。TRFやデーモン小暮など数多くのアーティストによってカバーされてきた日本歌謡界のエヴァーグリーンだ。転調が3度もあり低音から高音まで使って歌わなければならず、練習曲に相応しい。ユキノは甘いボーカルで丁寧に歌い上げた。


ミキオ「場数を踏んだせいかより上手くなってる。最高」


ヒッシー「おれこのユキノカバーバージョンの音源欲しいニャ〜」


ユキノ「ありがとうございます」


ガギ「う、うめえじゃねーか…」


ミキオ「じゃアマゾネス、歌ってみて」


ガギ「えっ、もうか?!」


ミキオ「時間ないんだよ、ホラ」


ガギ「う、う…」


 ガギは『My Revolution』を歌った。ユキノと真逆のハスキーでザラザラした歌声だ。よく言えばジャニス・ジョプリンみたいな感じか。音程は全然とれていないが、さっき聴いたばかりの曲だから仕方ない。


ミキオ「まあ、課題はいっぱいあるな」


ヒッシー「でもそんな聞くに耐えないってほどじゃないニャ。もっと藤波辰爾ぐらいの歌唱力かと思ってたニャ」


ユキノ「選曲もあるかもです。もっとアマゾネスさんの声質に合った曲を探してみるとか」


ミキオ「よくわかった、ありがとう。ハードスケジュールのなか時間を割いてくれてすまなかった」


ユキノ「いえいえ」


 タイムアップとなりユキノは消えていった。


ヒッシー「ユキノの言うとおりもっと彼女に合いそうな曲探した方がいいニャ。ロックとか」


ミキオ「そうだな…エル・ビドォ・シン・レグレム、ここに出でよ、イセキューのリンコ!」


リンコ「おはようございまーす」


 サモンカードの放つ紫色の炎からショートカットの美少女が登場した。イセカイ☆ベリーキュートの青担当の元気娘リンコだ。と言ってもそれはアイドルとしてのキャラで実際にはそんなに明るい子ではなかったが、えらいもので最近はキャラが身について素のリンコも声が大きくなり元気娘っぽくなってきている。


リンコ「えっ…鬼?」


 天井に頭がつきそうな巨体のガギを見るなりリンコは思わずそう呟いた。


ガギ「尻から手突っ込んで内臓かき出すぞコラ」


 間髪を入れずにガギはそう答える。


ミキオ「おい! この子もお前の歌の先生だぞ!」


ヒッシー「怯えなくて大丈夫だニャ」


リンコ「だ、だって、わたしあんな啖呵切られたの初めてで…」


 リンコはぶるぶる震えている。無理もない。体重差で考えたら虎と子鹿だ。おれは震えるリンコに頼んだ。


ミキオ「こいつに歌を教えて欲しいんだ。リンコのいつもの練習曲」


リンコ「はぁ…」


 リンコはカラオケの電モク(電子目次本)を取って操作し、オケ曲を送信した。


リンコ「止ま〜らない〜 未来を〜 目指して〜♪」


 リンコが歌ってくれたのは1994年に発売された田村直美の『ゆずれない願い』だ。アニメ『魔法剣士レイアース』の主題歌でありミリオンセラーとなった曲である。作詞作曲は田村本人。アニソンながらこの曲で紅白出場も果たした。リンコはやや低めのよく通る声であり当初と較べると格段に上手くなっている。


ミキオ「いいな、やっぱりこういう力強い伸びやかな曲がリンコには似合うな」


リンコ「ありがとうございます」


ガギ「うめえな…」


ヒッシー「あんたも歌ってみるニャ」


ガギ「お、おう」


 ガギは必死になって『ゆずれない願い』を歌った。もともと声量もあるので曲調に合ってるのか『My Revolution』よりは聴きやすかった。


ヒッシー「さっきよりいいんじゃニャい?」


リンコ「もうちょっと高音部の伸びが欲しいかな」


ミキオ「まあ、まだこういうロックな曲調の方が合うな」


ガギ「お、おう。何がなんだかわからねーが」


 たんたんたん、その時、階段を勢いよく上ってくる足音が聞こえた。バタン! ドアを開くとそこにはうちの事務員のザザがいた。


ザザ「お前らうるせえぞ! 朝からなに騒いでんだ!」


ヒッシー「あ」


ミキオ「いや、歌のレッスンをだな」


 やはりガギの声が想像以上に大きかったのだろう、もうザザが出勤していた1階にまで響いていたらしい。


ガギ「うるせえとは何だ、エルフ!」


ザザ「おめー、アマゾネスか! 何しに来たんだよ!」


ガギ「何でもいいだろ、お前んちじゃねーだろーが!」


 アマゾネスとギャルがキャットファイトを始めそうなところで次回へ続く。



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