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第51話 死闘!北朝鮮特務機関・火犬(プルゲ)(後編)

 ハイエストサモナーであるおれと取引するために母親を拉致した北朝鮮の特務機関“火犬(プルゲ)”。おれは召喚術で母さんを奪還しその工作員をソウル市警に引き渡した。奴らのやり方はあまりに卑劣でおれは珍しく憤っていた。


ミキオ「ユジンさん、広い部屋と警官を50人ほど手配して欲しい。こうなったら一網打尽にしよう」


ユジン「は、ハイ。ソウル市警庁舎の大会議室でいいでスカ? 警官はすぐに揃いマス」


ミキオ「結構」


巌「三樹夫、その前に姉貴を日本に帰して来てくれ。できるんだろう?」


ミキオ「ああ。でも出国と入国の手続きしとかないとなんだろ?」


巌「知り合いの政治家になんとかしてもらう。今この国にいたら“火犬(プルゲ)”の標的にされるだけだ。日本も安心ってわけじゃねえがここよりはマシだ」


ミキオ「わかった」


由貴「ま、とんだ韓国旅行になったけど、巌も三樹夫も立派になってくれてあたしは嬉しいよ。暮れにまた実家に泊まりに来なよ、二人とも!」


ミキオ「ああ」


巌「わかったよ」



 1時間後の午前9時30分、母親を日本に帰してきたおれは再びソウル市警庁舎に行き、巌おじたちと合流した。


巌「本部長、ご協力ありがとうございます」


シム本部長「噂のハイエストサモナー氏がさっそく北の工作員2名を捕らえたらしいですな。さすがだ。我々ソウル市警としても協力は惜しみませんぞ」


 ソウル市警庁舎内の大会議室はデスクや椅子をすべて取っ払い、四方の壁際に50名の警察官を配置した。全員が拳銃とヘルメット、ポリカーボネイトの盾で武装している。


ミキオ「市警の皆さん、協力ありがとう。これから北朝鮮の特務機関“火犬(プルゲ)”の指揮官と工作員全員を召喚する。皆さんには逮捕をお願いしたい」


ユジン「 시경의 여러분, 협력 감사합니다. 앞으로 내가 풀게의 지휘관과 공작원 전원을 소환한다. 여러분에게 체포를 부탁하고 싶습니다」


 横でユジンさんが訳してくれる。警官たちが口々に「まさか」「嘘だろう」などと言っているのが顔付きでわかる。


ミキオ「それじゃ行こう。エル・ビドォ・シン・レグレム…」


巌「총을 들고(銃構え)!」


 巌おじの号令で警官たちは中央に向けて一斉に拳銃を構えた。


ミキオ「ここに出でよ、汝、北朝鮮の特務機関“火犬(プルゲ)”の指揮官とそのメンバー!」


 だがサモンカードは何も反応しなかった。


巌「…何も出てこねえぞ」


ユジン「どうしまシタ?」


シム本部長「フッ、いや失礼。だが私は安心したよ。本当にハイエストサモナーなるものが存在したら世界はその人間の思うがままになってしまう」


 ザワザワザワ、警官たちが困惑している。


ミキオ「…そうか、なるほどな。もう一度やろう、次は検索条件を変える」


シム本部長「フン」


巌「どうなってんだ…」


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、“火犬(プルゲ)”の名を騙りおれを脅迫してきたグループの首謀者!」


 おれがそう詠唱すると赤のサモンカードが紫色の炎を噴き上げ、中からは同じ部屋にいたシム本部長が召喚された。


シム本部長「な、何だこれは!?」


巌「え!」


ユジン「な、なんで…」


ミキオ「神々の装具(アーティファクト)は嘘をつかない。“火犬(プルゲ)”なんて機関は最初から存在しないんだ、存在しないものは召喚できない。もっと早く気付くべきだった。しかしまさかあんたが首謀者だとはな」


シム本部長「つまらん手品だ、諸君、撤収するぞ! お付き合いもここまでだ!」


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、ここに出でよ、シム・キルダルの配下でおれを脅迫してきたグループ全員!」


 再びカードから紫色の炎が噴き上がり、今度は中から数十名もの工作員が出現した。警官たちは呆気に取られながらも慌てて銃を構えるがどう見ても工作員の方が多い。工作員も武装しており銃声もあちこちで聞こえる。


ミキオ「しまった、こんなにいたのか。警官200人ぐらい呼んどくんだった」


巌「ユジン、応援を要請しろ!」


ユジン「ハイ!」


ミキオ「マジックボックス、オープン」


 おれがそう言って空中に指で円を描くとその内部が漆黒に変化し時間の停止した世界“無明空間”が出現する。円は拡大して工作員たちも警官たちもどんどん飲み込んでいった。


巌「甥っ子がバケモノになっちまった…」


 そう言ってる間にドアを開けて逃げていく工作員もいる。


ミキオ「巌おじ、どんどん捕まえて」


巌「気軽に言ってくれるぜ!」


ユジン「天下大将軍(チョナテジャングン)地下女将軍(チアヨジャングン)! 高麗鬼神道術、不動念縛!!」


 ユジンさんがそう唱えると2本の指から閃光がほとばしり、工作員らをその場で金縛りの状態にした。


工作員A「 움직일 수 없다(動けない)!」


工作員B「무슨 일이야(どうなってんだ)??」


巌「ユジン、その力は?!」


ユジン「黙っていてスミマセン、わたしの家は高麗鬼神教の家系。3分間ほどデスがこうやって敵を拘束しておくことができマス」


巌「お前も超能力持ちかよ!」


 まさかユジンさんもギフトを持っているとは思わなかったが、助かった。


ユジン「巌サン、この者たちはたぶんシム本部長が指揮している市警の別動部隊デス。火犬(プルゲ)を名乗っての自作自演行為には残念ながら警察庁の上層部も関与してる可能性がありマス」


巌「じゃ青瓦台(大韓民国政府機関)も怪しいじゃねえか!」


ミキオ「シム・キルダル、あんたはこれから様々な罪状で逮捕、訴追されるだろう。韓国には死刑制度もあるんだよな。逮捕される前に何かおれに言っておきたいことがあるか」


シム本部長「さっきの月10億円の話は本当だぞ、ただし北ではなく我が大韓民国が約束しよう。君が1人いれば大国に翻弄されることのない強靭な国家が建設できるのだ」


ミキオ「一切興味ない。おれは誰にも仕えない」


ユジン「裁判所で言ってください」


 手錠を持ったユジンさんがシム本部長に接近したその時、シム本部長はユジンさんの腕を掴んだ。


ユジン「み、見苦しいデスよ、本部長!」


シム本部長「素晴らしい力を持っているではないかキム・ユジン。なんで私に隠していたのだ」


 シム本部長に掴まれたユジンさんの右腕から赤い光が明滅し、シム本部長にその光が移っていく。


ユジン「な、何を…」


巌「てめぇ! 何してやがる!!」


 巌おじは発砲したがシム本部長はユジンさんの腕を離し弾丸を横に避けた。


シム本部長「ギフトがお前たちだけのものだと思ったら大間違いだ。私の先祖はモンゴルの密教系集団でね、代々受け継がれてきた能力があるんだよ…その名も、“能力喰い(スキルイーター)”」


 巌おじが小口径のリボルバーを装弾数の5発全部撃ち尽くしたがシム本部長には全然当たらない。高速で横に移動し避けているのだ。


巌「クソ、どうなってやがんだ!」


シム本部長「神速回避能力。これは5年前にチベットの坊主から“喰った”能力だ。わかるだろ? 私はギフト持ちに触れることでそいつの能力を喰って自分のものにすることができるんだよ。ハイエストサモナー、お前はなかなか隙が無くて触れることができなかったが、ここでまさかの奇貨を得た」


シム本部長が人差し指を掲げ、その指をおれたちに向けた。


シム本部長「 天下大将軍(チョナテジャングン)地下女将軍(チアヨジャングン)! 高麗鬼神道術、不動念縛!!」


 シム本部長の指先から閃光が迸り、おれと巌おじ、ユジンは体の自由を奪われた。


ミキオ「くっ…!」


ユジン「動けない…!」


巌「テメェ! この野郎!!」


シム本部長「はははは、素晴らしい能力じゃないか、キム・ユジン! 君のおかげで私はハイエストサモナーの能力を喰らう機会を得たよ!! ツジムラミキオ、もうお前など必要ない、私がハイエストサモナーになり南北を統一させて東アジアに韓民族の王道楽土を築くのだ!!」



 シム本部長は目をぎらぎら光らせながら動けないおれたちにどんどん近づいてくる。こいつに触られたら終わりだ、おれの召喚能力を喰われてしまう。だがサモンカードはコートのポケットの中だ、手を動かせなければ召喚魔法は使えない…!


シム本部長「終わったな、ツジムラミキオ! 私の勝利だ!!」


 シム本部長がこっちに向かって走ってくる。ヤツの黒目が真正面に見えた! どんな人間でも虹彩は丸い。魔法陣に代用できる!


ミキオ「ブラッドスティーリング!」


 ぶおぅっ!! シム本部長の右目から勢いよく紫色の炎が噴き上がった。


シム本部長「ぎゃああっ!!」


 右目をおさえるシム本部長。だがこの炎は魔力のエネルギーフレアであり熱量は無い。その炎の中から1リットルほどの血液がしゃばしゃばと垂れ落ちてきた。ブラッドスティーリングとコールしたのは呪文詠唱のショートカットだ。便利な技なので作成しておいたのだ。


シム本部長「き、貴様一体何を…」


ミキオ「お前の全身の血液20%ほどを召喚した。まあ20%もの血液を失えばだいたいの人間は貧血で立っていられなくなる。お前は殺さない、国民の監視のもと司法の裁きを受けてもらう」


 ドサリ! シム本部長は膝から崩れ落ち腹臥となって倒れた。


シム本部長「…無念だ…その能力があれば…我が国を世界に冠たる強大国にできたものを…」


 シム本部長は意識を失い、術者の喪失という魔法術の原則によって不動念縛は消失しおれたちは解放された。


ミキオ「歪んだ愛国心だな。お前の能力は危険すぎる、取り上げさせてもらうぞ。エル・ビドォ・シン・レグレム、ここに出でよ、汝、シム・キルダルの保有する特殊能力!」


 サモンカードから紫色のエネルギー球が出現した。これがシム本部長の“能力喰い(スキルイーター)”と、今までに喰ってきた能力を具象化したものなのだ。おれはすぐに空中に円を描き、マジックボックス内の無明空間にそれを投げ棄てた。実際、かなり危なかった。こいつがおれの召喚能力を喰っていたら世界中のギフト持ちを召喚してあらゆる能力を喰いまくっていたことだろう。


ミキオ「すまないユジンさん、不動念縛はあなたに返してあげたいところだが、召喚士にそんな能力は無いんだ」


ユジン「大丈夫、ただの人間には過ぎた能力デス。それより…」


 ユジンさんがつかつかと近づいてきて倒れているシム本部長の顔を踏んだ。


ユジン「愚か者! 無様をさらすな、民族の恥め!」


 さすが韓国の女性は強烈だ。



 その後、おれがマジックボックスからリリースした工作員は93名にも上り、ソウル市警の留置場もキャパオーバーとなり近隣の警察署に分けて送致されていった。作業が落ち着いた時には14時になっており、昼飯がまだだったのでおれと巌おじとユジンさんで南大門市場のサムギョプサル屋に入った。


ユジン「シム・キルダルは政府の一部閣僚と結託して北傀(北朝鮮)の架空の特務機関をでっち上げ、テロ行為を自作自演することで国の強靭化に世論誘導していたようデス。恥ずかしい話デスが、私たちも全く気付きませんデシタ」


ミキオ「そして、その一方でシム本部長は“能力喰い(スキルイーター)”を使って様々なギフトホルダーと接触し能力をコレクションしていたってわけか」


巌「けったくそ悪い話だぜ。俺たちゃいい面の皮じゃねーか」


ミキオ「まあ、でもこれで母さんも爺ちゃんも安心して日本で暮らせる。おれも異世界に帰れるってわけだ」


巌「あん? 異世界??」


ミキオ「まあ、それについては今度説明するよ。おれがこの地球にいると余計な混乱を招くようだからな。巌おじもそろそろ落ち着いたら」


巌「いや、そりゃあ相手がいりゃあな」


ミキオ「ユジンさんじゃダメなの?」


巌「バカ、お前、こんな男の顔踏むような女怖えだろ!」


ユジン「聞こえてマスよ!」


 里帰りもしにくくなったが、まあほとぼりが冷めるまでは我慢しておこう。おれは巌おじとユジンさんに別れを告げ愛しき異世界に戻った。



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