第49話 死闘!北朝鮮特務機関・火犬(プルゲ) (前編)
異世界28日め。第11刻(日本の22時)を迎えた頃におれが自室で魔法石の光で本を読んでいると、急に目の前の空中に、おれにしか見えない異世界ガイド妖精のクロロンが出現した。
ミキオ「何だ急に。こんな時間だぞ」
クロロン「落ち着いて聞いてミキオ。キミのお母さんが悪者に拉致された」
ミキオ「何だと」
クロロン「使者の神パシリス様から神託が降りたんだ。ソウルへ行って辻村 巌と会えってさ」
辻村巌はおれの伯父、母親の弟だ。警視庁に勤めている。
ミキオ「巌おじ? ソウル? なんだってそんなところに」
クロロン「詳しく説明している暇はないみたいだよ。早く逆召喚」
ミキオ「わかった。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、ソウルにいる辻村巌のところ!」
おれは着替えながら青のアンチサモンカードを置き呪文を詠唱した。
青のアンチサモンカードから黄色い炎が噴き上がり、おれはその魔法陣から出現した。
ミキオ「妖精、ここは」
クロロン「ソウル市警の中の特別捜査本部だよ」
突如現れたおれに部屋にいた韓国の警官、私服警官たちが一斉におれに銃口を向けた。
巌「三樹夫? お前どうやって入ってきた!」
巌おじは二枚目半と言った感じでなかなかいい男だと思うのだが 38歳で独身だ。年に1回も会わないがたった一人の甥であるおれには良くしてくれる。警官から刑事になったとは聞いたが、なんで韓国にいるんだ。
ミキオ「緊急事態と聞いて来たんだ」
巌「…まあいい。後で聞こう。미안、이 녀석은 내 조카입니다(すまんコイツは俺の甥だ)」
巌おじがそう言うと韓国の警官たちが訝しがりながら銃を降ろした。というか巌おじがこんなに韓国語がうまかったのを初めて知った。
シム本部長「ツジムラ警部。いまミキオと聞こえたが、彼が例のツジムラミキオか」
巌「は、いや、名前はその通りですが」
シム本部長「ミキオ君、はじめまして。捜査本部長の沈吉達だ」
シムと名乗る重厚な男が達者な日本語でそう言いながら右手を差し出した。白髪の壮年だが背が高くて眼光が鋭い。
ミキオ「すまない、感染症のこともあるし握手は控えたい」
シム本部長「そうか。では我々は外す。ゆっくりしていきたまえ。ユジン、君は残れ」
男の刑事たちは出て行ったが、ひとりだけ黒髪ストレートでセンターパートのスーツの女性だけが残った。監視役ということなのだろう。
巌「こいつはユジンという。まあおれがこっちに来た時の相棒みたいなもんだ」
ユジン「 金宥真といいマス。よろしくオネガシマス」
ユジンさんは20代後半か、長身で切れ長の目の綺麗な人だ。片言ではあるがちゃんと通じる日本語を話す。
巌「三樹夫、ここだけの話だがおれは警視庁から日本のインテリジェンス(諜報機関)に出向している」
意外な話だ。言っちゃ悪いが巌おじがそんなエリートだとは思ってなかった。諜報機関へ出向するのは普通その部署の中で一番のエリートだ。
ミキオ「そうなんだ、公安調査庁か内調(内閣情報調査室)あたり?」
巌「まあ守秘義務のある部署とだけ言っておく。このユジンも大きな声じゃ言えないが同業だ」
つまり韓国の諜報機関、KCIA(韓国国家情報院)だろう。
ユジン「辻村由貴サンは御友人たちとの韓国旅行中の今日午後0時26分に明洞で拉致されマシタ。露店で昼食中に一瞬でワンボックスカーに運び込まれ連れ去られたようデス。一斉検問が行われましたがまだ犯人は確保できていマセン」
巌「でソウル市警から警視庁に情報が来て、肉親である俺が選ばれて捜査協力のためにさっき日本からここに来たんだ」
ミキオ「犯人の目星はついたの」
ユジン「やり口からして北傀(北朝鮮のこと)、朝鮮労働党直属第88機関、通称“火犬”と思われマス。“火犬”は最近になって明らかになった、韓国での非合法活動を実行する機関でその全貌は掴めていマセン。車のナンバーで手配中の親北系団体が使った車両だとわかりまシタ」
ミキオ「? なんだって北朝鮮が母さんを」
巌「今、ダークウェヴで林鵬リポートという名前の機密文書が売りに出されている。林鵬は“葬儀屋”の異名を持つ大物エージェントだ」
林鵬は以前おれとやりあった地球の召喚士だ。なかなかの強敵だったが死闘の末におれが能力を奪ってやった。
ミキオ「…」
巌「中国共産党のナンバー2、李梟雄が失脚して国家安全部(中国の諜報機関)は半壊状態だ。ヤツも後ろ盾をなくして困っていたんだろうな。そのリポートの全貌は明らかになっていないが、中に“ハイエストサモナー”と呼ばれる特殊な戦闘員のことが書かれているらしい。その本名はツジムラミキオ」
ミキオ「…」
巌「ハイエストサモナーはたった一人で世界の軍事バランスを変える存在らしく、いま世界中の諜報機関が躍起になって情報を集めている。そのツジムラミキオがお前と同姓同名の別人でないなら姉貴、辻村由貴はお前を誘い出す人質として利用するために拉致された可能性がある。三樹夫、話せ。お前は何者なんだ。ハイエストサモナーって何だ」
ミキオ「…わかった。とりあえず最優先なのは母さんの命だ。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、辻村由貴!」
赤のサモンカードが紫色の炎を噴き上げると、その中からおれの母親が出現した。
巌「姉貴!」
ミキオ「母さん!」
ユジン「애호(まあ)!?」
だが母親はアイマスクを付けられており、両手は結束バンドで縛られぐったりしている。
巌「これは睡眠薬を飲まされてるかもしれんな。ユジン、救急車を」
ユジン「ハイ!」
ミキオ「待った。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、辻村由貴の体内の睡眠薬!」
今度は紫色の炎の中からサラサラと白い粉が出現して落ちていった。
由貴「…あ、三樹夫、それに巌…!」
巌「大丈夫か姉貴!」
ミキオ「もう安心だ。昼飯にでも盛られたんだろう」
巌「三樹夫、お前…いや、まさかsummonerってのはそのまんま召喚士って意味なのか」
ミキオ「話せば長くなるから明日話す。今日のところはもう遅いからホテルにでも泊まろう。ユジンさん、今から入れるとこある?」
ユジン「あ、ハイ、手配しマス」