第41話 異世界の姫が越谷のイオンに行ってみた
異世界18日め。王国議会に出席し事務所に戻ると来客があった。王女の隠密兼身辺警護の通称“影騎士”だ。暑いなか全身甲冑、フルフェイスマスクで来客用のソファーに座っておれが日本から買ってきた麦茶を飲んでいる。
ミキオ「シュールな光景だな。今日はフレンダの警護はいいのか」
影騎士「拙者をいじってる場合ではござらんぞ。拙者、今日は老婆心ながら忠告に参った次第。召喚士、お主何か忘れてやしないか」
ミキオ「? 何のことだ?」
影騎士「やはりな…拙者も野暮なことは言いたくないゆえ、あまり干渉せずにおこうと思っておったが…明日は姫様の誕生日ではないか」
ミキオ「??? それがどうした」
影騎士「それがどうしたではなかろう! お主、姫様の誕生日くらい覚えておかぬか!」
ミキオ「いや、フレンダの誕生日なんて最初から知らないし、おれはフレンダの友人に過ぎないんだから覚えておく義理もないだろう」
影騎士「友人でも同じ! あの姫様のことだ、誕生日だというのにお主からプレゼントが無かったら一ヶ月はむくれておるぞ!」
ミキオ「待て、待て、待て。別にプレゼントくらいやってもいいが、なんでも手に入る王族にあげる物なんて思いつかないぞ」
影騎士「お主もほとほと女心のわからん男よ。値段や希少性とかでなく、大切なのは気持ちでござろう。拙者は既に高級あぶら取り紙を手配してあるぞ」
ザザ「あーそれ地雷だぞ。あたしゃそんなに脂性ですかって怒られるパターンだ」
事務仕事をしていたエルフのザザがこっちを向いて言った。
影騎士「えっ!? し、しかしわざわざ南方大陸からお取り寄せした高級ブランド物でござるぞ!?」
ザザ「悪いこた言わないから他のにしな。ちなみにミキオ、あたしも明日誕生日だからよろしくな」
ミキオ「え!?」
翌日、おれは鳩を送りうちの事務所にフレンダを呼び寄せた。
フレンダ「今日は何の御用ですの? わたくし、今日はあまりご機嫌よろしくなくてよ!」
横を見ると影騎士が肩をすくめて所在なさげにしている。おそらくあの高級あぶら取り紙を渡してしまったか、もっとヤバい地雷を踏んでしまったのだろう。
ミキオ「いや、今日はお前の誕生日だからな。おれは女子の好きなものなどわからんから、一緒にプレゼントを選びに行こうとこういうわけだ」
フレンダ「そ、そうですの。ふーん。まあそっちの方がしょーーもないプレゼントを寄越すどこかの隠密よりマシですわね。いいわ、どちらのお店で選んでくださるの?」
ミキオ「まあお前は王族だからこの国で欲しい物なんて無いだろう。異世界、日本に行こう。そこで好きなものを買ってやる」
フレンダ「え! 異世界に!? 本当ですの!?」
ミキオ「ああ、日本最大のショッピングセンターに案内する。みんなで行こう」
フレンダ「??? みんなとは?」
ザザ「悪ィな王女、あたしも今日誕生日なんだ」
フレンダ「…あ、そ、そうですの…」
ヒッシー「ミキティも罪な男だニャ〜」
ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら、意の侭にそこに顕現せよ、埼玉県の越谷イオンレイクタウン!」
ミキオ「着いたぞ。ここが日本最大のショッピングモール、越谷イオンレイクタウンだ」
フレンダ「…こ、これは…宮殿!?」
ザザ「おい、なんだこりゃあ! 向こうっ側が霞んで見えねえぞ!」
ミキオ「日本最大だからな。中に入るぞ」
フレンダ「うわー……!」
ザザ「天井がとんでもなく高い! 天界の神様でも住んでるのか?」
影騎士「横にもめちゃくちゃに広い、王都の繁華街がまるまる入りそうでござる」
ミキオ「何度も言うが日本最大だからな。“Kaze”と“Mori”とアウトレットがあってこの中に645軒のショップが入っている」
ザザ「凄すぎて気絶しそうだ…」
ミキオ「あんまり離れるとリアルに迷子になるぞ」
フレンダ「そ、そうですわね」
影騎士「召喚士、入場料はどこで払えばいいのだ」
ミキオ「いやそんなもんは要らん」
イオンモールの中をお姫様とエルフとフルフェイスマスクの騎士が連なって歩いてるわけだが、周囲は大して気にも止めない。まあ目立つことは目立つがもっと奇抜なファッションの若者も見掛けるくらいだ。
ザザ「広過ぎてどこに何があるのかまるでわからねえ…」
ミキオ「そういう人にはサービスカウンターでマップが貰える。ほら」
おれは店員さんからマップを貰い全員に配った。
ザザ「まるっきり都市の地図じゃねえか」
影騎士「こんなところを回っていたら何日もかかりそうな気がするが…」
ミキオ「まあ一旦落ち着こう。ちょうどカルディがある。みんな、コーヒーを貰おう」
フレンダ「…これは茶色茶ですの? あら、甘くて苦くてスッキリしてる」
ザザ「うめえな。確かに気持ちが落ち着くぜ」
ミキオ「落ち着いたら行こう」
フレンダ「ミキオ、コーヒー代を払ってませんの」
ミキオ「ああ、ここのコーヒーはサービスなんだ」
フレンダ「というと…無料!?」
ザザ「すげぇな、オイ! 天国かよここは!」
ミキオ「カルディも異国風の商品がいろいろ置いてあって楽しいんだが、まあお前たちは異国どころかがっつり異世界から来てるからな」
フレンダ「ミキオ! このお店のこれは何ですの?」
ミキオ「ヨギボーのビーズソファーだな。座ってみろ」
フレンダ「え、これがソファー…きゃあ! 埋まってしまいますの!」
ザザ「完全に体にフィットする! まるでスライムだな!」
影騎士「これは…睡魔に体もってかれそうでござるな…」
ザザ「ミキオ! 助けてくれ! これはどうやって立ち上がればいいんだ!」
ミキオ「横に転がればいい」
フレンダ「す、凄いですわ! これが異世界のソファー!」
ザザ「あたしのプレゼントはこれにしてくれ!」
ミキオ「いいけど他も見てからにした方がいいんじゃないか」
フレンダ「ミキオ! こっちのショップは!?」
ミキオ「ヴィレッジヴァンガードだな。面白い物がいっぱいあるぞ」
ザザ「すげえ! これは虎の顔のリュックか!」
影騎士「姫! ご覧くだされ、女性のお尻を模したマグカップが!」
フレンダ「こっちにはお腹を押すとすごい音が鳴るチキンがありますの!」
ミキオ「それうるさいから程々にな」
フレンダ「きゃー! こっちのお店、すっごいいい匂いがしますの!」
ミキオ「LUSHだな。石鹸屋さんだ。お試しで手を洗えるぞ」
影騎士「姫! こちらにお肌スベスベになるハチミツ石鹸が!」
フレンダ「なに? わたくしがお肌ザラザラだって言いたいの?」
影騎士「あ、や、いや…」
ザザ「見てみろ! 屋内だってのに噴水があるぜ!」
フレンダ「きゃー! こっちにはレストラン街がありますの!」
レストラン街には鎌倉パスタ、とんかつまい泉、一汁五穀、四六時中などおなじみの店が並んでいる。女子ふたりはウィンドウの中の食品サンプルに目が釘付けだ。
フレンダ「こ、これ全部作り物ですの!?」
影騎士「信じられぬ、これは凍結魔法ではないのか?」
ザザ「ミキオ! ここの店全部入りてえ!」
ミキオ「はは、食事は後でゆっくりな」
レストラン街を抜けるとダイソーがある。
ザザ「お、ここにも色々あるぜ」
ミキオ「ここの商品は全部100円なんだ。50ジェンくらいだな」
フレンダ「なんですって!?」
ザザ「信じられねえ!」
ミキオ「本当だ。欲しいのがあったら何でも買っていいぞ」
ザザ「うおー! 買うぞ!!」
フレンダ「わたくしも!」
イオンモールでこんなに喜んでくれるとは。連れてきた甲斐があるなぁ。
その後、ダイソーのプチプラコスメやパワーストーン、ヴィレバンのモアイ型のティッシュケースなどを爆買いしホクホク顔となった女子ふたりと影騎士を連れ、おれたちは“mori”3階のフードコートに移動した。
ザザ「ここもスゲー!」
フレンダ「お寿司、ラーメン、ドーナツ、アイスクリーム、餃子、なんでもあってお祭りみたいですの!」
ミキオ「ここは1700席あるからな。なんでも好きなものを食べてくれ」
フレンダ「ミキオ素敵♡!」
ザザ「今日のお前はカッコイイぞ!」
影騎士「ふ、複数頼んでもいいのか!?」
ミキオ「好きにしろ。ブザーが鳴ったら取りにいくんだ」
なぜか影騎士のぶんまで奢ることになってしまったが、喜んでくれて良かった。フードコートで腹がはじけるまで食ったあとおれたちは懐かしき異世界に還った。