第37話 悪夢!異世界合コン(後編)
オーガナーガ帝国において皇子アルフォードとその知人コンペート・チャーザーによって急遽3×3の合コンを行うことなったおれたちは女子たちのグイグイっぷりに若干ヒキつつも宴はつつがなく続いた。それから2時間は経過したか、おれは帰るタイミングを失ってダラダラと居残って厚焼き玉子だのカプレーゼだのと注文して食っていた。なにせ神与特性のおかげか体内に侵入した毒性物質はすぐ分解してしまうらしく、どれだけ飲んでもまったく酔わないので食うくらいしか楽しみがない。アルフォードとコンペートは結構酔っており、会話もスローペースとなりそろそろお開きにした方がいいような雰囲気になってきた辺りで女子ひとりが仕掛けてきた。
アクアーラ「やばい…あたしちょっと酔ったかも…ミキミキさん、外の空気吸いに行きません?」
ミキオ「そんなに酔ってるようには見えないが」
そもそもこの女たちが飲んでいたのは軽いカクテルばかりで酩酊するほど酔うとは思えない。
アクアーラ「いやもうフラフラなんで…この時間に繁華街を女の子ひとりで歩かせます?」
コンペート「おりぇが行こうかァ?」
アクアーラ「大丈夫大丈夫、この中じゃミキミキさんが一番酔ってないっぽいし」
このアクアーラとかいう女、さっきからいちばんグイグイ来ていたヤツだ。勝負服のつもりなのか胸元をきっちり開けて谷間を強調した服装だ。なんで女は凝視すると怒るクセに時おり自らこういうのを着たがるのだろう。
ミキオ「仕方ない、じゃその辺を一回りしてくるか」
アクアーラ「お願いしまーす♡」
おれたちは店員に外出することを告げ、いったん店の外に出た。
繁華街を連れ添って歩くおれとアクアーラとかいう女。すっかり夜も更けて街は松明や魔法石の灯りで華やかに彩られている。
アクアーラ「あー外の空気吸ったらちょっとスッキリした。あたしホントは人見知りするんだよね。だから今日は必要以上に酔っちゃった☆ ね、ミキミキさんて彼女さんとかいるんですか」
いきなり直球投げてきたな。
ミキオ「いない」
アクアーラ「うそ」
ミキオ「本当にいない。嘘をつく理由がない」
アクアーラ「そうなんだ…ね、あたしなんか今日は酔ったみたい。ちょっとどこかでひと休みしませんか?」
ミキオ「ああ、ならおれは召喚士だから君の自宅まで逆召喚で一瞬で送れるが」
アクアーラ「いや! この時間に帰ったら逆に親をビックリさせちゃうんで! ここでホントにちょっとだけ休みませんか」
その女が指差す先にあるのはラブ宿屋、いわゆるそういうアレだ。デカデカと休憩1500ジェン宿泊5000ジェンと書いてある。この女、直球一本槍だな。どうでもいいがさっきからおれにしか見えない空中の妖精がおれを物凄くイヤラシイ目でニヤニヤしながら見ている。
ミキオ「いやいや、じゃあちょっと待て…エル・ビドォ・ シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、この娘の体内のアルコール成分!」
おれが赤のサモンカードを取り出し呪文詠唱すると紫色の炎があがり、中から球状にアルコール(エタノール)が現れてしゃばしゃばと滴り落ちた。
ミキオ「君の体内のアルコール成分を全部召喚した。これで楽になったろう。さ、戻ろう」
この女、酔いが覚めたのもあってか唖然としていたが、すぐに切り替えてきた。
アクアーラ「いや! なんかちょっと凄い疲れちゃったんで! 絶対ここでひと休みしたいです!」
押しが強い。なんという肉食系。ひと休みひと休みって、お前は一休さんか。
クロロン「ミキオ〜女の子のせつない気持ちわかってあげなよ〜(笑)」
何話かぶりに喋ったと思ったら何を言うやらこの妖精は。これ男女が逆だったら単なるカラダ目的のスケベ男だぞ? なんで主体が女だと『せつない気持ち』になるんだ、おれは男女平等論者なのでそのテの論法には乗らない。
ミキオ「じゃ料金は払っておくから君ひとりで行って休んでこい。後で召喚してあげるから」
アクアーラ「ミキミキさん! あたしの言ってる意味わかりますよね、女の子に恥かかせるんですか!?」
えっ何でキレてんの? おれに落ち度あったか?
ミキオ「君は好きでもない男が『男に恥をかかせるのか』と言ってきたら同情で寝てやるのか? すまないがおれはその気のない相手と同衾するつもりはない」
アクアーラ「…」
アクアーラとかいう女が口をパクパクさせている、何か言いたいが言い返すワードが思いつかないのだろう。これは後で女子会でめちゃめちゃ悪口言われるパターンだろうな…付き合ってられんので一人で店に戻ろうとしたところ、交差点の向こうに知らない若い男が立っていた。
ハイブー「アクアーラ…!」
アクアーラ「ハイブー!? なんでこんなところに?」
ハイブー「鳩したんだけど全然返ってこなくて、妹さんに訊いたらトノマで飲んでるって言うから…誰だよそいつ!」
アクアーラ「ちょっと待ってよ、うちら別れた筈だよね? あたしがどこで誰といようが関係なくない!?」
やれやれ、元カレか何か知らんがこんな修羅場に付き合ってられん。さっさと店に戻ってアルフォードたちと合流しよう…そう思った瞬間、元カレの方が狼男に変身した。これはライカンスロープ(人狼)とかいう奴か。
ハイブー「ううう、ぐるるるる…お前をコロしてオレも死ぬ…!」
アクアーラ「きゃあ!!!」
街の人「何だなんだ」
こいつは怒りや悲しみをトリガーにして獣化するタイプらしい。相当思い詰めてるなこいつは。仕方ない、放っておくと被害者が出そうだし、あの人に来てもらうか。世界でいちばんポジティブなあの人を。
ミキオ「エル・ビドォ・ シン・レグレム、ここに出でよ、汝、アンミカ!」
赤のサモンカードから出現したのはご存知アンミカさん。元パリコレモデルであり様々な民間資格を持つ女性タレントにして実業家である。
アンミカ「白だけでも200色あんねんで〜!」
ハイブー「どけよ! オレはもうどうなってもいい、この世をめちゃくちゃニシテヤルンダ!」
アンミカ「どうしたんよ? 心までビーストになったんか? 執着をうまく捨てている人ほど幸せになっているねんで? 過去の自分も抱きしめてあげて!」
ハイブー「う、うう…」
アンミカ「笑顔よ、笑顔! “和顔愛語”って言葉があるやないの。優しい笑顔は自分だけやなく周囲のみんなにも幸せをもたらすんやで。顔面筋は脳にいちばん近い筋肉やから連動してるのよ。幸せホルモンが出やすなってんのよ」
アンミカさんの言葉は科学的なエビデンスはともかく心に刺さる。人狼の男はみるみる人間に戻っていった。
ハイブー「お、おれ…」
アンミカ「ええ顔になってきたよ。狼男ちゃん、スマイリング!」
もう彼は大丈夫そうだな。アクアーラとかいう女はもうどこかに行ってしまった。これからおれは店に戻って酔い潰れているあいつらを介抱しなければならない。ああ面倒くさい。いやあいつらもアルコールだけ部分召喚してやればいいのか。まさかせっかく酔ってたのにとか文句言われないだろうな。難儀な話だ。だからおれは酒席が嫌いなのだ。