第32話 5人のドラゴンスレイヤー(前編)
異世界13日め。おれは王宮に赴き、男爵として正式に叙爵された。連合王国内のマギという土地の一部をツジムラ男爵領として拝領することになり、その書状も受け取った。これでおれは王侯貴族の末席に仲間入りということになり、同時に王国議会の議員ともなった。
午後からは友人ヒッシーこと菱川悠平と共にフルマティ3番町の新事務所に来た。看板には「最上級召喚士事務所」と書いてもらっている。おれとヒッシーは事務所の入り口前に立っていた。
ヒッシー「これでミキティも貴族であり領主であり議員であり社長になったわけだニャ」
ミキオ「たった2週間前まで日本の大学院生だったのにな。ヒッシー、君もこの事務所の共同経営者だ、頼むぞ」
ヒッシー「とりあえず定職に就けて良かったニャ〜」
ザザ「よ」
背後からギルド職員である褐色ギャルエルフのザザに声をかけられた。
ミキオ「ザザ」
ヒッシー「今日はギルドお休みかニャ」
ザザ「辞めてきたんだよ。お前が事務所開いたって聞いてさ。あたしが雇われてやるよ。事務方も必要だろ」
ミキオ「え」
ヒッシー「決断早っ!」
ミキオ「お前、そういうのは普通おれたちに聞いてからだろ」
ザザ「まあいいだろ。お前ら2人は異世界モンなんだからあたしみたいな事情通がいないとそのうち行き詰まるぜ。ほら鍵貸しな」
鍵を渡すとザザはサッとドアを開け率先して中に入っていく。
ザザ「中はまあまあだね…ほら、言わんこっちゃねえ。鳩小屋を置かなきゃダメだろ、こっちの通信手段は伝書鳩しかないんだから」
ミキオ「なるほど」
ザザ「あたしが揃えてきてやるよ。うちの送信用の鳩もいるしな。お前らは中に入ってお茶でも飲んでな」
ミキオ「…本当に世話焼きな女だな」
ヒッシー「あのさぁ、今まで言わなかったけど、あの子もミキティに気があるんじゃない?」
ミキオ「…いや、それはないだろ、ないと思う」
唐突に言われて戸惑うおれだったが、その刹那に事務所のドアが開かれた。
使者「失礼、最上級召喚士のツジムラ男爵はおられるか?」
ミキオ「ああ、ここにいる」
使者「王命であります。緊急事態につき至急参内するようにとのこと」
ヒッシー「緊急事態?」
ミキオ「なんだ、何事だ」
使者「私もそれ以上は」
ミキオ「わかった。おれは逆召喚で行く。君らは後から来い」
おれが王宮に行くと、謁見の間には国王、宰相の他に既になかなか勇猛そうな連中が集まっていた。
国王「おお、ツジムラ男爵」
ミキオ「緊急事態とは何だ」
宰相「中央大陸の西、聖峰ジャビコ山のエンシェントドラゴン(古龍)が錯乱し、暴れ回っています。既に多くの犠牲者が出ている」
ミキオ「ドラゴンだと?」
国王「エンシェントドラゴンがジャビコ山に棲むようになって5千年とも6千年とも言われるが、こんな事態は初めてなのだ。人智を解し、草食できわめて大人しいドラゴンだったのだが」
宰相「昨日はついに里に降りて村の大半を焼いたとのこと。あれが王都に現れたら大変なことになる。そこでやむなく討伐隊を組むことになりました。男爵とこの4人です」
男2人、女2人の個性豊かな4人が前に出てきた。
将軍「ハーヴィー・ターン。職業は戦士。王国軍の将軍だ。君のことは噂に聞いているぞ」
将軍は中年男性。2mを超える巨漢で筋骨隆々たるボディ。隻眼なのか眼帯をしている。いかにも軍人といった感じ。
ガギ「ガギ・ノッターニャ。女闘士だ。お前、誰だか知らねーが足手まといにだけはなるなよ」
ガギは女だが将軍よりも大柄。ファンタジー物でおなじみビキニアーマーを着ている。幅広の剣を持っており熊でも殺せそうな体格だ。
サラ「サラ・ダホップ。巫女です。治療系の魔法をつこてます。よろしゅう〜」
サラは若い女の只人だ。着物のようなヒラヒラした服を着て魔法杖を持っている。神与特性の自動翻訳機能の関係か、なぜか京都弁に聞こえる。
シリー「シリー・フーシェン。白魔導士。攻撃系の魔法を使います」
シリーは白い法衣を纏い祭事用の仮面を被っている。小柄な男だ。声も小さく口数少ない感じか。
ミキオ「おれはミキオ・ツジムラ、召喚士だ。生物からその一部、概念までなんでも召喚できる」
サラ「一部…?」
ミキオ「例えばの話、そのエンシェントドラゴンの首だけ、心臓だけでも召喚できる」
おお、と唸る一同。
国王「それならそれで話は終わりではないのか?」
国王は安心しきった顔で訊いてきた。
ミキオ「まあそうだが、人智を解するドラゴンならなぜ人里を襲ったのかをまず当人に尋ねるべきだろう。もしかしたら人間側に何か落ち度があったのかもしれない」
国王「フム」
ガギ「かっ! くだらねーな! 既に犠牲者も出てるんだぜ!? ヤれる能力があるんならさっさとヤっちまった方がいいだろ?」
ミキオ「片方だけの話を聞いてもわからない。数千年もおとなしく生きていたドラゴンが急に人里を襲うなんて異常過ぎる」
ガギ「ははーん、お前、ハッタリがバレるから逃げようとしてるな? おおかた口八丁で王様に取り入って出世したんだろう。男ってヤツはこれだから好きになれねぇ」
お、こいつ性差別主義者か? アマゾネスは確か女だけの部族だからこういう思想なんだろうか。
ミキオ「エル・ビドォ・ シン・レグレム、ここに出でよ、汝、アマゾネスのガギの初恋相手」
ガギ「へっ…?」
おれが赤のサモンカードを置き、呪文詠唱すると紫色の炎の中からいかにも好青年といった感じの男が出現した。
ガギ「え、レイセン君? なんで!?」
好青年「あれ、ここどこ? あ、小学校の同級生のガギちゃんじゃない?」
ガギ「やだー! 久しぶり! 変わってないね!」
好青年「10年ぶりだっけ、はは」
ガギ「ホントだねー! 元気そうで良かった」
ミキオ「なるほど、全ての男を好きになれないわけじゃないんだな」
ガギ「くっ…お前、本物かよ…! レイセン君ごめんね、また後で話そ」
ミキオ「その彼は5分で元の場所に戻る。会いたいならまた後で会わせてやる。それよりドラゴンだ。まずおれが“逆召喚”でジャビコ山に行き、そこでお前たち4人をここから召喚する。そこでそのドラゴンの真意を確認し、理解できる話なら妥協案を探ろう。話ができる状態じゃないならおれがヤツの心臓だけを召喚してそれで討伐は終わりだ。お前たちは援護と撹乱、牽制を頼む」
ガギ「しゃあねーな」
シリー「異議なし」
サラ「全部仕切られてまいましたやん、将軍」
将軍「…」