第220話 野望!陰謀!ときめいて!異世界アイドル総選挙(第五部)
業界の大物ドッペリー・ザッカーの手によってこのガターニア全土のアイドルたちの総選挙イベントが行なわれることが告げられた。おれとヒッシーは他事務所のアイドルを敵情視察することにし、中間発表第1位のアンジーを擁する“girly DMD”のファンミ会場に向かったのだが、そこでなんとアンジーが一般人男性との結婚を告げたのだった。
アンジー「そして、わたしはわたしの中に新しい生命を授かりました…!」
girly DMDの中心的メンバーであるアンジーのあまりにも突然の独白に対し、客席は長く沈黙を続けていたがやがてファンのひとりがボソッと呟いた。
ファンA「アンジーおめでとう」
小さな呟きだったが、静寂の中でその声は会場全体に響いた。するとこれを合図に次々に客席のファンたちが声援を送り始めたのだ。
ファンB「良かったねアンジー」
ファンC「俺たちも嬉しいよ!」
ファンD「アンジー!」
ファンたちは口々に声援を送り始めたが、みな一様に涙声だ。声にならず号泣している者もいる。うう、これはいたたまれない。可哀想に、せっかくまあまあ高い参加料払ってこんなイベントに参加して推しに会いに来たのにその推しがこんな幸せなことを言い出すとは…いや一般論で言えばおれが変なことを言っているのはわかっている。わかっているがこれは理性で割り切れる問題ではないのだ。
ヒッシー「ミキティ、これは飯田圭織バスツアー事件だニャ」
ミキオ「え?!」
“飯田圭織バスツアー事件”とはモーニング娘。の第二代リーダーであり初期メンバー飯田圭織がその名を日本アイドル史に残した珍事件である。詳細は省くが気になる方はネットで検索してみて欲しい。
ミキオ「いや何を言っている。あれは2007年の日本で起きた事件であって…」
ヒッシー「その再来、シンクロニシティ、奇跡の相似性だニャ。ここまで一致したら疑う余地は無いニャ」
ミキオ「そんな馬鹿な…いやまさか…」
おれたちがそんな話をしている間にも周りのファンたちは皆ずるずるとすすり泣いていた。もちろん推しの結婚と懐妊に感動して泣いているわけでは無い。突如の事態に情緒がぶっ壊れてしまっているのだ。
アンジー「本当にありがとう。わたしはファンのみんなからの中間発表第1位というとても素敵なプレゼントを胸に、この総選挙を辞退します。いま妊娠3ヶ月で大事な時期でもあるんで」
何というか、客席のファンたちはもう何も耳に入っていない感じだな。基本的なことを言うが、アイドル当人はステージパフォーマンスを評価されて応援されているものだと思いがちだ。だがほとんどのアイドルオタクは多かれ少なかれ推しに対して疑似恋愛をしており、そのために応援しているのだ。ここにアイドルとオタクとの間に大きな感覚の隔たりがある。だから推すという行為によってアイドルとの疑似恋愛を楽しんでいるオタクが推しの結婚妊娠を喜べと言われて心の底から喜べる筈がない。事実、“飯田圭織バスツアー事件”ではツアー前日に飯田の結婚と妊娠が伝えられ無念の涙を流す参加者が続出したという。
ステージ上では両脇の地味なメンバーふたりがアンジーに駆け寄って肩に手を掛けていた。笑顔だが目が笑っていない。
イナ「よ、良かったね、アンジー!」
クロマ「本当におめでとうだよ、アンジー!」
アンジー「二人ともありがとう。プロデューサー! マネージャー! 事後報告でごめんなさい、祝福してくれますよね?」
スレンダーM「あ、ああ…」
ネーギン「も、もちろんでござぁますよ、はは…」
うーむ、メンバー含め関係者全員顔が引きつってるな。無理もない、正直言って人気を独占するセンターを失ったこのグループにもはや未来は無いだろう。既に視察すべきことも無さそうなのでおれたちは会場から離れ、事務所に“逆召喚”した。
おれたちは事務所に戻り、あらためて昼食を摂りながら秘書・永瀬と事務員たちに事の顛末を話していた。
ヒッシー「…というわけで帰ってきたニャ」
永瀬「ふーん。でもおかしくないですか? 推しのアイドルが幸せになったのならファンも幸せでしょ? 素直に祝福してあげたらいいのに」
ザザ「気持ちわりーなそいつら。推しが結婚したら号泣はさすがにイミフ過ぎるぞ。わけわかんねー文化を異世界から持ち込みやがって」
なぜか我々が女子たちに責められる形になってしまったのでおれは全力で話をそらした。
ミキオ「ま、君らみたいな真っ当な人間にはわからんだろうな。さて、今回の視察を踏まえた上でイセカイ☆ベリーキュートの選挙活動をどうするかだが…」
ヒッシー「結局、仮面アイドルは素顔への興味で投票しただけ。握手会の女王ターニャみたいなドブ板選挙はうちの子たちにはさせられない。girly DMDは完全に事務所の票買い。学ぶところは無かったニャ」
ミキオ「だな。うちは自然体でいこう。たかが選挙イベント、不正や不正ギリギリの選挙活動してまで上位に行っても仕方ない」
ヒッシー「だニャ」
永瀬「まあアイドルプロデュースも楽しいんでしょうけど、本業の方の仕事がたまってますんで、そろそろ業務に戻って頂いてよろしいですか?」
ミキオ「あ、ああ…」
秘書・永瀬にピシャリと〆られたおれたちはデスクに戻り書類の山と向き合ったが、その直後に事務所のドアが開きけたたましい男が現れた。
バッカウケス「つっつつツジムラ侯爵! 大変だ! 問題発生! 問題発生!」
いつもの残念貴族・バッカウケス侯爵だ。よほど慌てているのかシャツのボタンを1個ずつかけ違えている。
ミキオ「落ち着け。お前はいつもそうだ。騒ぐ前に何があったか言え」
バッカウケス「これが落ち着いていられるか! 妹が、ホシターヴィオがスキャンダルを起こして芸能かわら版に載ってしまったのだ!!」
一同「えっ」
バッカウケスが差し出してきたかわら版を見てみると確かに「人気急上昇中の新人アイドルが夜の街を男性と逢瀬!」と書かれていた。未成年のためホシターヴィオの名前は伏せられているが純情女子塾センターと書かれているため名前は出さなくてもファンはすぐわかるだろう。相手は一般人男性のようだな。
バッカウケス「侯爵、君のせいだぞ! 君がニホンの何とかいうアイドルの話なんか持ち出すから、スキャンダルを起こせば総選挙でも票を稼げると思ってしまったのだ! どう責任取ってくれるんだ!」
怒りに狂うバッカウケスは顔を真っ赤にして鼻水をちょちょ切らせている。叫び過ぎて喉が乾いたのか口臭もきつい。
ミキオ「ちょっと、顔近い。離れろ」
バッカウケス「責任を取りたまえ! 妹を君のところのイセキューだかモロキュウだかに加入させろ! そしてセンターとして扱ってもらいたい!」
ヒッシー「そんなの無理だニャ」
ミキオ「まあ落ち着け。別に妹さんは今の事務所から解雇されたわけじゃないんだろ?」
バッカウケス「いや、まあ…」
ミキオ「なら様子見だ。もしイセキューに入りたいなら3期生オーディションを近々やる予定だからそれに参加しろ。ただし贔屓はしないし、決まったら今の事務所との契約はきっちりしておけよ」
バッカウケス「う、うむ、良かろう! 約束したぞ!」
そう言いながらバッカウケスは去って行った。まあスキャンダルで事務所を辞めた子なんて仮におれが良くても他のスタッフが審査通さないだろうがな。
視察から9日間が経過した翌週の氷曜日、ガターニア全アイドル総選挙特番の放送日となった。司会は久しぶりに顔を見たオグニー辺境伯家公子コンペート・チャーザーだ。彼は貴族でありながらタレント活動をしており、3大プリンセス水泳対決の時にMCを務めたのだが、その際あまりにはっちゃけたため大炎上し芸能活動を休止していたのだ。今回は自粛明けでありなおかつゴールデンタイムという大舞台のため異様に気合いが入っている。
コンペート「ガターニア60億のアイドルファンの皆様、大変長らくお待たせいたしました! 奇跡の大イベント、全アイドル総選挙の開幕です! 司会は私、コンペート・チャーザーと」
モモロー「モモロー・アイスです! コンペート伯、お久しぶりです!」
もうひとりの司会者はこれもおなじみのモモロー・アイスさんである。こちらはいつものように若々しいミニスカートでご登場だ。若いアイドルたちに合わせているのだろうか、その努力には頭が下がる。
コンペート「いやいやいや、私もいろいろありまして、世界中で3人ぐらいの私のファンの皆様にはご心配をおかけしましたが、こうして不死鳥のごとく復活いたしました! ガターニア全アイドル総選挙、本日はここ連合王国王都フルマティにあるセキメット・コンベンションセンターより生中継でお送りしています!」
モモロー「会場には総勢178名のアイドルさんにお越し頂き、既に100位から20位までが発表されています! 歓喜の声あり、涙あり。皆さん悲喜こもごもといった様子ですが」
コンペート「皆さんいろんな思いがあるのでしょう。そして今回、解説席には各グループのプロデューサーさんたちをお招きしております。まずは人気急上昇中、“純情女子塾”のプロデューサーであり当番組チェアマン、ドッペリー・ザッカーさん!」
ザッカー「いやぁ、今日はよろしく」
ザッカー氏は多数のタレントが所属する大手芸能事務所ザッカー・プロダクションの会長である。業界のドンと称される人物だ。
コンペート「そしてご存知ハイエストサモナー、国民的アイドル“イセカイ☆ベリーキュート”のプロデューサー、ミキオ・ツジムラ侯爵閣下!」
ミキオ「どうも」
コンペート「同じくイセカイ☆ベリーキュートのプロデューサーであり人気漫画家、ナンバンビー伯爵家次期当主、ヒッシー卿!」
ヒッシー「どもだニャ~」
おれもヒッシーも今回の総選挙特番では解説者という立場での参加だ。かったるいがイセキューのプロデューサーをやってる以上仕方がない。
コンペート「そして“まつぼっくり”のプロデューサー、ご存知お茶の間の大スター、トッツィー・オブラーゲさん!」
トッツィー「大スターのトッツィー・オブラーゲでございます。お久しブリンセスブリンセス」
モモロー「今日も引くほど絶好調ですね!」
トッツィー・オブラーゲはおれが異世界転生初期からの知り合いで、この世界の大スターである。本業は歌手とのことだが興味がないのでよく知らない。
コンペート「と言ったところで視聴者の皆様もお待ちのことかと思いますので、それでは参りましょう、第20位の発表です!」
ドロロロロロロロロ…生バンドのドラムロールが鳴り、正装をしたアシスタントの女性が文箱に封書を入れて持ってくる。司会のコンペートは金色の鋏をもってその封書を切り、中身の書状を取り出した。
コンペート「発表します…ガターニア全アイドル総選挙、第20位は…イセカイ☆ベリーキュート、ジャコ・ギブン! 11,082票!」
ジャコ「はっはい!!」
おお、20位は中間発表と変わらずうちのジャコだ。スレンダーな長身にゴスメイクで人を選ぶ容貌だがメイクを取るとモデルのような美女になるということはイセキューファンなら知っている。加入当初はどんよりしてて暗い子だったが最近は少し明るくなってきている。
壇上に進むジャコ。長い手足を振り他人を拒絶するかのように脇目もふらず真っ直ぐに歩いていくがおそらくあれは緊張しているだけだろう。
モモロー「おめでとうございますジャコさん、スピーチをお願いします」
ジャコ「はっはい、闇に秘めた乙女心、ブラックドレスの歌姫ジャコです! まずは多大なる投票を頂き、あっありがとうございました! 私のような二次元しか楽しみのないサブカルくそ女をこのようなステージの末席に加えさせて頂き、ファンの皆様には感謝しかありません! これから先、たとえ行く手にどんな壁があっても私は負けません! 私の20位に文句がある人はかかってきてください! 誰の挑戦でも受けます!」
緊張の極地か、時々声が裏返りながら考えてきたであろうスピーチを終えるジャコ。内容的に真剣なのか冗談なのかわからないが会場はちゃんと笑ってくれているのでオールOKだ。
コンペート「おめでとうございます。誰も文句はないと思いますが…これ聞いた人は本気にしてかかっていかないようにしてくださいね(笑)。どーですかミキミキ…じゃなかったツジムラ侯爵」
ミキオ「この子は多才で、漫画を描いたり作詞をやったりする。しかも歌も上手く、固定ファンをがっちり掴んでいる。20位は文句のつけようのないところだろう。これからもがんばってください」
ジャコ「あっあっ、ありがとうございます!」
コンペート「続きまして、第19位…ゆめ味シトロン、コミリー・オムセンタ! 11,205票!」
コミリー「きゃー!!!」
この子は中間発表ではベスト20に入っていなかった。中間発表を見たファンたちが躍起になって押し上げたのだろう。この順位は予想もしてなかったのか、絶叫で反応していた。壇上にあがるや否や「ジャコ~!」と言いながらジャコにハグするコミリー。なるほど、この二人は友達なのだな。微笑ましくて良いことだ。
モモロー「おめでとうございますコミリーさん、スピーチをお願いします!」
コミリー「はいっ! はじける個性の夢見る清涼少女、ゆめ味シトロンのコケティッシュ担当コミリーです! あっあの、あたしなんかがこんな高い順位になって、ほんとに光栄でもう何言っていいのかわかんないけど、とりあえず今日は最高だねぃって感じです! これからもゆめ味シトロンをよろしくお願いします!」
コンペート「ゆめ味シトロンはすでにメンバー全員が100位以内にランクインしているのでこのコミリーさんがグループ最高位ということになりますね。おめでとうございます!」
コミリー「ありがとうございます!」
顔をくしゃくしゃにして笑って応えるコミリー。なかなか小動物的で可愛い子じゃないか。
コンペート「続きまして第18位、放課後♡アップデイト、ハル・シン・ナルス! 11,568票!」
ハル「わー! うわー!」
こっちも意外だったらしく絶叫しながら登壇していた。初めて見るが背が高くてスッキリした顔立ちの美人だ。おれはマイク(音声増幅魔法が込められた魔法石)に通らないように隣のヒッシーに小声で話しかけた。
ミキオ「よく知らないグループが続くな。この子ら中間発表で名前出てたっけ?」
ヒッシー「確か20位内には入ってないニャ。総選挙にはこういう番狂わせもよくあるニャ」
登壇したハルは先に上がっていたジャコ、コミリーとハイタッチをしている。こっちも友達なのか。
ハル「放課後はいつでもパラダイス! わたしたち歌って踊れるクラスメイト、放課後♡アップデイトのハルです! こんなわたしを押し上げて頂きありがとうございます! 本当に最高の気分です! わたしはこれからの人生のなかでつらいこと、悲しいことがあった時は今日というこの最高の日を思い出すことでしょう。流れ星にお願いしたい、一生アイドルでいられますようにと!」
スピーチを終えたハルは歓声を浴びたあとステージのひな壇に座り、ジャコやコミリーと嬉しそうに喋っていた。
コンペート「続きまして第17位、イセカイ☆ベリーキュート、ノリ・マキミクス! 12,302票!」
ノリ「はいっス!」
ミキオ「おお、ここでノリが来るか」
ヒッシー「良かったニャ~、心配だったニャ~!」
ノリ・マキミクスは元ヤンキャラだが実際に地元ではレディース集団に所属していたらしく、そっち系からの支持は厚いが一般人気はいまいちで、正直言ってうちのグループでは最下位かと思っていたが髪をショートにして大人っぽくなったせいかジャコとは人気が逆転したようだ。
ノリ「走れ夕陽のチャンプロード、平和上等のノリっス! あの、えと、あたしは他のコたちみたいにいいコじゃねーんだけど、死んだ姉貴にアイドル界で天下取れって言われてて、17位ってのはまだテッペンとは言えねーかもだけど今のあたしにはもってーねーくらいの順位だって思ってるっス。応援してくれてるみんなにはマジで感謝してるんで! あざす!」
ノリには会場全体から惜しみない拍手が贈られた。この子は口は悪いがいい子なのだ。
その後は16位にイナ・カノーカキ、15位にクロマ・メッセンヴェイとgirly DMDのメンバーが続いた。この二人は中間発表ではベスト10以内に入っていたが、センターであるアンジー・シラヴェの結婚妊娠、総選挙辞退を受けて伸び悩んだのだろう。
コンペート「続きまして第14位の発表です。シャイア・アントバー。動画配信者。15,406票」
シャイア「はーい!」
ヒッシー「おお、彼女がランクインしたニャ」
集まったアイドルたちは知らなかったようだが、観客席の中でもよく魔法配信を見る者は知っており歓声をあげていた。シャイア・アントバーは登録者数100万人の魔法動画配信者で、スケッチブックに描かれたアニメ調の萌え絵で素顔を隠して活動している異世界のVtuberだ。かつてイセキュー2期生オーディションに参加したがグループアイドルの枠にはまる人材ではないと判断、ソロでクロッサープロと契約してもらったのだがまさかこの総選挙にも参戦していたとは。しかも並み居るライバルを薙ぎ倒しての堂々たる14位だ。
いつものように萌え絵のキャラが描かれたスケッチブックで顔を隠しながら登壇するシャイア。周りのアイドルたちは唖然として見ていた。
コンペート「いやぁシュールな光景ですね。俺にはこれをイジる力量はないなぁ」
モモロー「すごいですね、もうこんな時代になってきているんですね! シャイアさんおめでとうございます! スピーチをお願いします!」
シャイア「わお♡キツネザル♪ みんなありガトーショコラ♡ ステキな順位を頂けてシャイアはニッコリコリンだお☆ これからもよろしくるくるクルマエビ〜♪」
スケッチブックをゆらゆら動かしながらものすごいアニメ声でそう言うシャイア。ガターニアではまだこのセンスについていける人間は少ないだろうな。さてこれで14位までが発表された。残るは13人、我らがイセカイ☆ベリーキュートのメンバーはまだ2人しかランクインしていない。総選挙の行方はどうなるのか? 1位の栄冠は誰にもたらされるのか? 次回、異世界アイドル総選挙編第六部!