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第216話 野望!陰謀!ときめいて!異世界アイドル総選挙(第一部)

 異世界228日め。おれと同僚のヒッシーは事務所の応接室で中年の小男とテーブルを囲んでいた。彼こそおれたちがプロデュースするアイドルグループ、イセカイ☆ベリーキュートのチーフマネージャーであり所属事務所クロッサープロの社長であるクロッサー・チャマーメ氏だ。氏は相変わらずこち亀の中川巡査を思わせる黄色いスーツだ。

挿絵(By みてみん)

クロッサー「遂に来ましたよ…」


ヒッシー「話には聞いていたニャ…」


 テーブルの真ん中には洒落た装丁の手紙が置いてある。鳩による手紙ではなくちゃんと郵便を使った正式な封書だ。秘書の永瀬がそれを取り、ペーパーナイフで封を切り中の便箋を取り出した。


永瀬「読みますね…拝啓 ツジムラ・ヒシカワ両プロデューサー並びにクロッサープロの皆様におかれましては時下益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。さてこのたび弊社主催により第1回ガターニア全アイドル総選挙イベントを開催することとなりました。御社所属アイドル様におかれましては御多忙中とは存じますが万障お繰り合わせのうえ是非ご出席くださいますようお願い申し上げます。敬具…ザッカー・プロダクション会長ドッペリー・ザッカー」


 ザッカーはおれもその名を聞いたことのある業界の大物だ。今日から10日後の氷曜日にこのザッカー氏をチェアマンとしてこの総選挙イベントが行われ、ゴールデンタイムに魔法配信されるのだ。おれたちも以前から打診は受けていたがまさか本当にこんな企画が実現するとは思わなかった。だってそうだろう。こんなアイドルにランク付けするような番組を、アイドル利権を獲り合う各事務所が了承するわけがない、この手紙が来るまではそう思っていた。


ヒッシー「全アイドル総選挙! 全アイドルだニャ! こんなビッグイベントは日本でも聞いたことがないニャ!」


クロッサー「これは身震いしますね…」


ミキオ「まあ…確かになかなか壮大なイベントであろうことは予測できるが、総選挙と言っても正直言ってうちのイセキューが上位を独占するのは間違いないんじゃないか? ユキノのトップはもう安定だし、カレンだってそれに迫る人気だ。コマチやチズルのファン層も固いし、最近はモッチーも追い上げてきてるだろう」


クロッサー「甘い! 甘いですよミキオP!」


 興奮したマネージャー氏はソファーから立ち上がりぐっと身を乗り出した。


クロッサー「今は三大大陸アイドルフェスをやった3ヶ月前とは違うんです! 新しいグループから人気メンがどんどん出てきて頭角を現し始めてるんです。まずはこれ、弱冠16歳、超絶美少女ティラミー・ダイフック」


 そう言いながらマネージャー氏はブロマイドを出してきた。こっちでいうブロマイドとは写実的に描かれた肖像画の絵札のことで、CDや写真の存在しないこの異世界ガターニアにおいてはアイドル業界のメイン商材なのである。ブロマイドには握手権の他に今回の総選挙の投票券が付いているのだ。

挿絵(By みてみん)

ヒッシー「ティラミー・ダイフック、たまに歌番組に出てるニャ。国宝級美少女と呼ばれてるニャ」


クロッサー「そうです。そしてこちらも彼女と同じソロアイドル、カリスマギャル女子高生、プラリナ・ネンキッツ」


 マネージャー氏が再びブロマイドを出してくる。

挿絵(By みてみん)

ヒッシー「この子も有名だニャ。個人で動画配信やってていろんな案件やってるインフルエンサーだニャ」


クロッサー「この人も外せない、握手会の女王と言われる“瑠璃色マーメイド”のターニャ・ヴェー・カリントン」

挿絵(By みてみん)

ヒッシー「聞いたことあるニャ。地味な子だけどファンサが凄くて初対面の客も全員覚えてるらしいニャ」


クロッサー「他にもハードメタルアイドルバンド“堕天使チルド連”のセンターで素顔を見せない仮面アイドルとか、地道にファンを増やしている20人規模の集団アイドルグループ“純情女子塾”なんてのもいますよ」


 仮面のアイドルとはなかなか攻めた発想だが、我々日本人は驚きもしない。仮面女子(2013年デビュー)というアイドルグループは当初全員ホッケーマスクを被っていたのだ。


ミキオ「…つまりこれはイセキューのブームによってジャンル自体が隆盛を極め飽和状態にあるということだ。日本でもおニャン子クラブがブームになった80年代半ばにはモモコクラブやエンジェルス、ブスっ子くらぶなどのフォロワーが生まれたものだ」


永瀬「え?! ブスっ子くらぶって名前のアイドルグループがいたんですか?」


ミキオ「いた。あまり売れなかったらしいが」


クロッサー「いやそういうウンチクはまたにして頂いて。イベントまであと10日間、とりあえず善後策を講じましょう」


 このマネージャー氏も最初におれと出逢った頃には一発当てたい山師同然の胡散臭いプロモーターだったがイセキューが成功してからはいっぱしの業界人になり、おれに対してもこんな強気の発言をするようになっている。


ヒッシー「他のグループの有力株はどんな活動をしてるのか気になるところだニャ」


ミキオ「よし、おれとヒッシーで調査してみよう。考えてみればおれはイセキュー以外のアイドルの現場には行ったことがないからな」


 アイドルオタク用語における「現場」とは、ライブやイベント会場など推しに会える場所全般を指す言葉だ。単に「会場」や「イベント」と言うよりも、より臨場感や熱気を込めて使われることが多い。


クロッサー「じゃその件については僕の方から根回ししときますんで、昼食後にイセキューのメンバーたちに訓示をお願いします。その時間にはイズモザ天領国の天領ホテルにいますんで」


ミキオ「わかった」




 イセカイ☆ベリーキュートはいま三大大陸横断ツアー中であり、今日は夕方から行なわれるライブのため西方大陸イズモザ天領国に行っているという。イズモザはここ中央大陸の王都フルマティからは陸路を馬車で2日、船で半日という距離にある小さな国だがご存知の通りおれの逆召喚魔法ならば一瞬で転移できる。おれは青のアンチサモンカードを床に置き、ヒッシーとチーフマネージャーのクロッサー氏を連れて1刻半(3時間)後にライブを控えたイセキューメンバー8人の待つイズモザ天領ホテルの大広間に転移した。


ミキオ「お疲れ様。えー、いよいよ今週末にこのガターニアで総選挙イベントが行なわれるわけだが、ここでアイドル総選挙というものについておさらいをしておきたい」


ヒッシー「久しぶりにミキティの講義が聴けるニャ」


 講義のつもりもなかったが、確かにこれは講義のスタイルだな。おれはホワイトボードに「AKB48」と書いた。


ミキオ「AKB48、あちらの世界で言う西暦2005年にデビューしたこのアイドルグループは過去のアイドルの持っていた様々な特性を踏襲する形で誕生した。すなわちおニャン子クラブの大集団グループという特性、東京パフォーマンスドールの常設小屋での定期公演、モーニング娘。の期生制度およびメンバー入れ替わりのショー化などだ。これらを取り入れることによってグループは巨大化の一途を辿り、ひとつの画面や舞台には到底おさまらない人数に拡大していった。2016年頃にはなんとSKEやNMBを含まない本店のメンバーだけで130人以上在籍していたという」


コマチ「しゅご〜!」


チズル「そんなに人数いたら全員の名前は覚えてもらえないでしょうね」


ミキオ「その通り。130人もいたら必ず埋没するし、移動などの経費も莫大になっていく。そこで必然的に発生したのが“シングル選抜”という制度だ」


 おれはホワイトボードに「シングル選抜」と書いた。


ミキオ「選抜メンバーはだいたい7〜16人。新曲シングルをメディアなどで歌うメンバーを絞るため全メンバーの中から人気のあるものを選抜したわけだ。ところがこの制度はメンバーやファンの間から不満が続出した。リンコ、なぜかわかるか」


 おれは体育座りで話を聞いていたイセキュー水色担当、元気娘のリンコを名指しした。


リンコ「はい、えとそれは、運営に贔屓される子がいるから…?」


 苦笑するメンバーたち。デビュー以来常にセンターポジションに立っている絶対的エースのユキノも唇をつんと尖らせて顔を赤くしている。この辺りの事情はシングルのたびにポジションを争っている彼女らにとっても思うところがあるのだろう。


ミキオ「まあ実際にそうでなくてもそう思われてしまうよな。そういう疑問を回避するため、ファンからの人気投票によってシングル選抜メンバーとそのポジションを決めるという発想が選抜総選挙を開催するきっかけとなったわけだ。このようにファン投票でメンバーの人気を明確に順列化・序列化した日本の女性アイドルグループはAKB48が初だ」


コマチ「じゃ、しょれまでのニホンのアイドルには人気ランキングがなかったんでしゅか?」


 メンバーの黄色担当コマチが挙手と同時に発言した。今日も絶好調で噛んでいる。


ミキオ「無かった。まあランキングなんか暗黙の了解でみんな知っていたがな。だからこのAKB48選抜総選挙は人気を可視化するという意味で良くも悪くも画期的ではあったし、このイベント自体も商業的に多いに成功した。2018年の名古屋開催時には全国で約34.2億円、愛知県周辺で約27.4億円の経済効果があったという。こっちでいう70億ジェン前後だな」


ノリ「すげー!」


カレン「総選挙ってそんな大っきいお金が動くんですか?!」


ミキオ「そう。だからその時期の総選挙イベントは各自治体で引っ張りだこだった。名古屋の他にも新潟や沖縄で開催されたが、どれも地域に莫大な経済効果をもたらしているからな。でカネの話になるわけだが、実際の議員選挙と同様、選挙というものは残念ながらとにかくカネがかかる。これこそが最大の問題点であり、AKB総選挙が行われなくなった理由のひとつでもあるのだが…」


リンコ「えっやめたんですか? だってそんなに儲かるのに?」


ミキオ「儲かるのは事実だが、カネの問題というのは運営側ばかりでなく…」


 おれの訓示というにはいささか長い講義がノッてきた時にクロッサー事務所のスタッフが大慌てで入室してきた。


事務所社員「た、大変です! いま魔法配信の全アイドル総選挙公式チャンネルで中間発表が行われています!」


 一斉にざわつくイセキューメンバーたち。気持ちはわかる。彼女たちからしたら今後にかかわる一大事だ。


ミキオ「ま、気にするなと言う方が無理だろう。わかった。全員で中間発表を観よう」


 おれがそう言うとクロッサー事務所のスタッフたちが大水晶球を持ってきてくれた。これがこの世界における魔法配信動画を見るための受信機なわけだ。球面で見づらいんじゃないかと思われるかもしれないが意外とそんなことはない。下部にあるつまみを適当にいじるとその者の思考を感知し、お目当てのチャンネルを検索してくれるのだ。水晶内にはいくつかの動画のサムネイル画面が現れたので“全アイドル総選挙公式”と書かれたサムネを触れると画面が切り替わる。そのチャンネルでは昨日のラジオでおれと共演したUKBアナウンサーのアスパーク・カムダ氏が原稿を読んでいた。


アナウンサー「…ご覧のように中間発表、なかなか衝撃的な結果となっております。これは大波乱となりそうですが…繰り返します、現在、今週末に行なわれるガターニア全アイドル総選挙の中間発表を放送しております。中間発表は現時点での投票数で、決定ではありません…」


 画面を見て全員が唸った。20位から5位までが紙に書かれ発表されているのだが、我らがイセキューのメンバーが3人しかランクインしていないのだ。


20位 ジャコ・ギブン(イセカイ☆ベリーキュート)

19位 ウメノ・カーマッキ(えりゅしおん)

18位 オキーナ・アンメ(マジェスティQ)

17位 ナッチュ・ファナビーパイ(まつぼっくり)

16位 ナギサ・アルレ(純情女子塾)

15位 キッサコ・オーザカーヤ(Chu-Chu)

14位 フワリー・メイズィン(キラメキララ)

13位 セト・シオ(純情女子塾)

12位 コマチ・ツブオリー(イセカイ☆ベリーキュート)

11位 ホシターヴィオ・クリアンベイカー(純情女子塾)

10位 カチュアリー・ノタネイ(キラメキララ)

9位 カレン・トミックス(イセカイ☆ベリーキュート)

8位 クロマ・メッセンヴェイ(girly DMD)

7位 イナ・カノーカキ(girly DMD)

6位 プラリナ・ネンキッツ(ソロ/動画配信者)


カレン「えー?!?! あたし9位?!」


リンコ「うちら全然入ってないじゃん!」


ノリ「ジャコ、すげーじゃねーか! 全アイドルで20位だぜ!」


ジャコ「え、あ、え、わ…」


 イセキューの黒色担当、長身でゴスメイクのジャコはあまりのことにがくがくと震え動揺している。20位それもまだ中間発表とは言えまさか自分がランクインしているとは思ってもみなかったのだろう。


チズル「ジャコ20位、コマチ12位、カレン9位かぁ。正直うちはみんなもっと上行くと思ってたけどな」


 リーダーのチズルが不満げな顔で言う。確かにランクインしてる他事務所のアイドルたちはそのグループの中でもトップ人気の子ばかりのようだが、それでもうちのメンバーたちより人気も知名度もあるとは思えない。何しろイセカイ☆ベリーキュートはこの世界の国民的アイドルなのだから。


リンコ「でもさ、これあと上位5人じゃん。うちらあと残り5人だから全員入ってるんじゃないのかな」


 ざわめきながら互いの顔を見合わせるメンバーたち。そうは言うがカレンが9位として出ている以上もうイセキューには上位に食い込めそうなメンバーはユキノしかいないのだ。


ヒッシー「いやー、そううまく行くかニャ…“握手会の女王”ターニャと“国宝級美少女”ティラミーもまだ発表されてないニャ」


アナウンサー「続きまして、ここからは個別に読ませて頂きます。第5位 、仮面アイドル。堕天使チルド連所属」


一同「おおー!」


クロッサー「か、仮面のアイドルが5位ですか…?」

挿絵(By みてみん)

 仮面を被っており誰も素顔を知らないアイドルが5位とは。アイドルを好きになる理由として、その可憐なルックスというのは重要なファクターのひとつだと思うのだが、ようこんな顔もわからん女の子にみんな投票したな。よっぽど歌が上手いのか。


コマチ「この子ってしょんな人気あったんだっけ」


リンコ「いやー。どうなんだろ。たまに番組とかで会うことあるけど絶対素顔は見せないよね」


ノリ「このシルエット、どっかで見たことあるような気がすんだよな…」


アナウンサー「第4位 、ティラミー・ダイフック。ソロ」


一同「えー?!」


ミキオ「この子ってさっき言ってた“国宝級美少女”だろ? 4位って低くないか?」


クロッサー「人気も知名度も抜群な筈なんですけどねえ」


チズル「わたしはてっきり、うちのユキノと首位を争うものかと…」


 意外な展開に百家争鳴といったところだが、このタイミングでアナウンサー氏が原稿を読み上げた。


アナウンサー「第3位 、ユキノ・ヤード。イセカイ☆ベリーキュート所属」


一同「えーー?!?!」


 なんと、中間発表第3位として我らがイセカイ☆ベリーキュートの絶対的エース、ユキノが発表されてしまった。この場にいる誰もが1位と疑わなかった彼女がだ。まさかの結果にみな唖然としている。まあまだ中間発表だが、本選はどうなってしまうのだろう。次回、異世界アイドル総選挙編第二部へ続く。



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