第215話 真夜中をぶっちぎれ!異世界深夜ラジオ(後編)
おれは魔法大臣との義理を果たすため魔法省がスポンサードする深夜のラジオ番組に出演することになった。番組のパーソナリティである若手お笑いコンビ“ミッドリーとモーリーのずんどり公演”はコンビ仲が最悪で、ラジオの本番中にとうとう本気の殴り合いを始めたのだった。
ミッドリー「何すんだよ!」
がっしゃん! テーブル上の送信用水晶玉などをぶちまけながらモーリーに殴りかかるミッドリー。こっちも喧嘩慣れしてないのかパンチは全然いいところに当たっていないし、もう半泣きになっている。横にいた放送作家がすかさず止めに入るが興奮して耳に入らない感じだ。
ディレクター「CM、CM行って」
ディレクターはたまらずすぐに両腕を左右に振って強引にCMに行かせた。この世界のラジオCMはアナウンサーが生で原稿を読むスタイルが一般的だ。CMの間に局の偉い人が飛んでくると、さすがのずんどりの二人も真顔になってお互いの胸ぐらから手を離した。偉い人は編成局長で60歳くらいのちゃんとした大人の男だ。
編成局長「あなたがたね、ご自分のやってることがわかってますか? ここは喫茶店じゃないんですよ? いろんなスポンサーさんが付いて、大きいお金が動いて全国に放送されてるんですよ?」
丁寧だが激怒していることが伺える冷徹な口調だ。特に「あなたがた」という二人称、説教以外の場面では聞いたことがない。ずんどりの二人もさすがに頭を垂れてしおらしくなっている。
編成局長「どうします? このまま番組辞めますか? 契約の問題もありますし、それならそれで私から事務所の方にきっちりお話しますよ?」
これは番組側からの最後通牒だな。ちゃんとした大人が公的に怒るとこんな感じになるのか。他人事ながら見てるだけで胃が痛くなりそうだ。
ミッドリー「いや、それは…」
モーリー「すいませんでした…」
ずんどりの二人もすっかり青ざめている。まあ自業自得だから仕方がないが彼らは生きた心地がしないだろうな。おれの知ったことではないが…そんなことを思いながら彼らをブースの窓から見るともなく見ているとディレクターがこっちにやってきた。
ディレクター「ツジムラさん、ちょっとご相談がありまして…」
ミキオ「はあ」
なんだかわからないが彼の悲痛な表情を見ると多少は真剣に聞いてやらねばという気持ちになる。おれは手に持っていた茶色茶入りのマグカップを口に傾けながらディレクターの方を向いた。
ディレクター「ずんどりの二人はもうあれだと思うんで、番組の残り80分をツジムラさんが繋いでもらえませんか」
ぶっ。おれは飲んでいた茶色茶を吹き出した。突然何を言い出すのだこの男は。
ミキオ「はあ?! いや困る。おれはタレントじゃない。急にラジオパーソナリティなんてできない」
ディレクター「そうおっしゃらず! 助けると思ってお願いします。他に任せられる人がいませんので」
ミキオ「無理無理。本当に無理。おれは気の利いたこと喋れないから」
何の準備も台本もない素人が急にマイクの前で喋ったって面白いわけがない。嘘だろと思う人はYouTubeに一般の人が勝手にやってるラジオ番組形式の動画がいくらでもあるからどれでもいいので聞いてみて欲しい。申し訳ないがとても聞けたものじゃないから。ダウンタウンの松本人志はかつて中学生の頃にお昼の校内放送で毎日アドリブトークし校内中を笑わせていたというが、これは天才の彼だからできたこと。普通の人が同じことをやれるわけがない。
ディレクター「時間がないんです! メインのおしゃべりは局のアナウンサーがやりますから、ツジムラさんは相槌だけ打ってくれればいいんで」
ミキオ「いや何度言われても無理なものは…」
アシスタントディレクター「本番入りまーす!」
ディレクター「ふひーっ!!!」
火事場の馬鹿力とはこのことか。ディレクター氏は本番直前に嫌がるおれを引きずって放送ブースに引っ張りこんだ。40歳くらいで真面目そうな男性アナウンサーは泣きそうな顔でCMを読んでいたが、おれがブースに入ってきたことで急に表情が明るくなった。
アナウンサー「というわけで、第零刻半より放送して参りました“ミッドリーとモーリーのずんどり公演”のやるしきゃNight水曜第1部、お聴きの通りずんどり公演のお二人にちょっと問題が発生しまして、予定を変更してわたくしUKBアナウンサーのアスパーク・カムダが代役としてこのパーソナリティ席に座らせて頂いております。横におられるのは本日のゲスト、召喚士にして侯爵、王国議会議員のミキオ・ツジムラ先生です」
えっもうおれに振るのか。早くないか。ブースの向こうでディレクターが鬼の形相で睨んでるし、仕方がないのでおれはパーソナリティの椅子に座った。
ミキオ「…どうも。今日はよろしく」
アナウンサー「よろしくお願いします。いやぁ本当に私も前代未聞と言いますか、私も局アナを20年やっておりますがこういう形でパーソナリティの代役をやるのは初めてです。ずんどり公演のお二人も若さゆえと言いますか、何か意見の相違があったようで…」
ミキオ「そのようだな。知らんが」
アナウンサー「ということで、コーナーの時間でしたのでずんどりファンの皆様には申し訳ありませんが私が代読させて頂きます。ええラジオネーム『ちんちん代謝』さん。『ずんどりのお二人ずんばんは』代読でございますが、こんばんは。『僕が見たエビ反りおじさんは本屋でエッチな本を立ち読みしていました。エビおじはいいオッパイしてやがるじゃねえかこのドスケベがと言いながら股間の…』」
ミキオ「ちょっと一回やめよう」
アナウンサー氏はだらだらと垂れてくる冷や汗をハンカチで抑えながら丁寧な読み方で下品なハガキを読んでいたが、これ以上聞いていられないのでおれはいったん彼を制した。
アナウンサー「も、申し訳ございません、私は一介のサラリーマンアナウンサーでございますので、なかなかこういった芸人さんの番組のノリは不慣れでして…」
ミキオ「いやまあ無理しない方がいい。芸人と同じことはできないだろう」
アナウンサー「恐れ入ります。では次のハガキを読ませて頂きます。同じかたですね。ラジオネーム『ちんちん代謝』さん。『ずんどりのお二人ずんばんわ。うちの近所に住んでいるノーブラの爆乳ババアが』…」
またこれだ。アナウンサー氏の額にぶわっと冷や汗の玉が浮かぶ。聞いていられないのでおれは秒で止めた。
ミキオ「もうこのコーナーはいいんじゃないかな。どれも同じだし。あとラジオネームちんちん代謝はもう送ってくるな」
ここでディレクターがとり急いで書いたメモをアナウンサー氏に渡した。
アナウンサー「ええ、なるほど…そうしましたらですね、ここで予定を変更しまして『しもしも人生相談』のコーナーをお送りしたいと思います。毎週大好評のコーナーでございまして、悩める若者からおハガキを頂き、ずんどりのお二人にご相談に乗ってもらうと、そういうコーナーでございますが、本日はこちらのツジムラ先生にお答え頂きます」
日本でもラジオ人生相談は人気で、深夜のみならず昼間のラジオでも名前や形式を変えてあちこちで行われていた。まあこれならしょうもない下ネタは回避できるか。
ミキオ「人生相談と言うが、先に言っておくがおれはまだ若造で、他人の人生をどうこう言えるほどの人間ではない。座興ということで」
アナウンサー「ありがとうございます。では最初の相談者さん、ラジオネーム『ハロー注意報』さんです。『僕は極度の足クサ人間です。何故かわかりませんが足が異常に臭く、部屋に入るために靴を脱ぐとリビングにいるお母さんは臭いで帰ってきたとわかると言います。そんな僕ですが今度マッチング魔法で知り合った女の子と会うことになりました。初対面で足クサがバレたらと思うと不安でなりません。どうしたらいいでしょうか』ということですが」
ミキオ「まあ足の臭いどうこうは靴を新しいものに変え、靴下を頻繁に交換すればいいだけだが、最大の問題点はマッチング魔法で出会うという部分だな。厳しいことを言うようだがそのテの出会い系で良い相手が来る確率は相当に低いし、さらにその相手が君に好意を抱いてくれる確率はもっと低い。つまり出会い系で良い相手と結ばれる確率なんてゼロに等しいということだ。靴を脱ぐような状況までいけたら大したものだ。ハロー注意報には過度の期待をせずに対面に臨んで欲しい」
アナウンサー「ありがとうございました。ラジオネームハロー注意報さんには番組特製ステッカーをお送りします。では次のかた、ラジオネーム『毎度あり❤マイダーリン』さん。『22歳女子です☆ うちのカレピからくる鳩手紙には絵文字がありません( ;∀;) 文が「。」で終わってて怖いです(/_;) キレてんのかなと思ってしまいます((+_+)) やめさせるいい方法はないでしょうか(^_-)-☆』とのことですが」
日本でもSNSの時代になってやたら絵文字が横行していたが、ここガターニアでもそうなのだな。鳩手紙というのはこの世界のメイン通信手段である伝書鳩の脚に付ける手紙のことだ。
ミキオ「まず言いたいのは、人はみな最初は絵文字を使っていたということ。ヒエログリフ(象形文字)だな。そこから進化させて文字というものが生み出されたわけで、それなのにまた絵文字に戻るのは時代を逆行しているだけじゃないかと思う。ラジオネーム毎度ありマイダーリンは先人が何のために苦心して文字というものを発明したのかをよく考えてみて欲しい」
アナウンサー「ありがとうございました。絵文字というものの本質に迫るご回答でしたね。ステッカーお送りします。続きましてラジオネーム『オモローネバーノウズ』さん」
ミキオ「自分でオモローとかは言わない方がいいぞ」
アナウンサー「汚物味のスープとスープ味の汚物、どうしてもどちらか選ばなければいけないとしたらどちらを選ぶ?』とのことです」
これは日本では鴻上尚史のオールナイトニッポンで1988年に「究極の選択」というコーナーで紹介されたネタだ。当時はあまりの人気に社会現象となり、現在に至るまで形を変え語り継がれている。ハガキ職人という生き物は異世界でも同じようなことを考えるものだな。
ミキオ「既に人生相談ではないし、真面目に答えるのも何だが…まずその選択を強要してくる相手は何の権利があってそんな無法な選択をさせるのか。人間の尊厳に係る問題だ。たとえ王や皇帝であってもおれは拒否する」
アナウンサー「先生、あくまでこれはお遊びですので」
ミキオ「スープ味の汚物は論外。食べ物ではないし健康を害する。そして汚物味のスープもそんなに完璧に汚物の味を再現できている以上、汚物が入っているとしか考えられない。結果として両方とも汚物のスープだ。食べるわけがない。断固として拒否する。それでも強要してくるならそいつに対して徹底的に戦う。剣を抜くかもしれない」
アナウンサー「大変に武骨な回答でした。ラジオネームオモローネバーノウズさんにもステッカーお送りします」
ここでまたもディレクターからアナウンサー氏にメモか渡される。
アナウンサー「…ええ、なんとですね、現在このUKBラジオに鳩手紙が殺到して鳩小屋がパンクしているということで、ここでコーナーを中断してその一部を読ませて頂きます。ええラジオネーム『人魚の正座は骨折』さん、『おいツジムラ侯爵、あんたのクールなトーク最高じゃねえか。ずんどりの二人よりよっぽど面白いぞ』とのことです」
ミキオ「真面目に答えてるだけなんで、茶化さないで頂きたい」
アナウンサー「こちらはラジオネーム『毎日チートデイ』さん。『ずんどりの二人にはあきれた。もううんざり。あの二人のラジオは聴きたくない。彼らが復帰するくらいなら来週からツジムラ侯にレギュラーでやって欲しい』まだまだあります。ラジオネーム『タコピーマンの原材料』さん。『ツジムラ侯爵のトーク、クールにズバズバぶった切る感じで良きです。今までずんどりのラジオは惰性で聞いていたのがよくわかりました。来週からはツジムラ侯爵へのパーソナリティ交代を希望します』」
ミキオ「いやいやいや絶対ムリ。ハッキリ言うがおれはタレントじゃない。毎週面白いことなんて言えるわけがない」
おれがマイク(送信用の魔法石)の前で必死に抗弁していると再びディレクターからアナウンサー氏にメモが渡された。何だというんだ…。
アナウンサー「ええ、ここでなんと重大発表があります。ミッドリーとモーリーのずんどり公演のお二人は今回の騒動の責任を取って当番組のパーソナリティを降板するということです」
ミキオ「え」
アナウンサー「これに伴って来週からのUKBラジオやるしきゃnight水曜1部パーソナリティはなんと!こちらのツジムラ侯爵が担当されるということで、正式に決定致しました!」
ミキオ「待て待て待て! なんでもかんでも勝手に決めるんじゃない! おれの承諾を得ていないだろう!」
アナウンサー「と言われましても、私は原稿を読んでいるだけですので…」
ミキオ「あんたもこんな重大なことを指示されるがままにあっさり読むな! おれはラジオなんかやらないぞ、芸能人じゃないんだから!」
おれが憤って声を大きくするとディレクターから「生放送中なので落ち着いて」というカンペが出てきた。やかましいわ。現場は騒然となったがさすがベテラン局アナ、ひるまず原稿を読み続けた。
アナウンサー「ええ、混乱しておりますがここでいったんCM参ります。CMのあと、さらに重大発表が!」
ミキオ「やめろ! 煽るな!」
アナウンサー氏がCM原稿を読み上げている間、おれとディレクターと制作部デスク、それにさっきの編成局長の間で別室にて話し合いが行なわれた。こんな生放送中の騙し討ちでなし崩し的に番組出演を決められてはたまらないので猛抗議したがディレクター氏と制作部デスクはただただ頭を下げるばかり。埒があかないのでこんな無茶な出演強要をする放送局は総務省に報告して停波してもらうからなと言い渡したら今度は泣き出して停波されては社員全員が路頭に迷いますと言い出す始末。仕方がないので翌週1回だけおれがメインパーソナリティを務めるラジオ番組をやることにしたが、これがやる気ゼロのおれとここで名を挙げようと目論む小生意気な女子アナとの間でまったく波長が合わず、一切面白くない地獄のような放送になったことは申し述べておきたい。




