第214話 真夜中をぶっちぎれ!異世界深夜ラジオ(前編)
異世界227日め。おれの周辺は無人島で連続殺人事件が起きたり、将棋の大会に出場する羽目になったりと本当に連日連日ややこしいことが起きるが、今日は何事もなく無事に過ごしていた。昼休みにはケンタウロスが一人でやっている近所の野菜サラダ定食の店に行き、やっぱり生野菜だけで白飯食べるのはつらいなと痛感して事務所に戻ったところ、来客があった。
魔法大臣「お邪魔しとりますぞい」
応接室のソファーに座して片手を挙げ挨拶してくれたのはこの連合王国の魔法大臣カシマーヤ・サクチャーズ氏である。500歳前後とのことだが長命属のエルフなのでせいぜい70歳くらいにしか見えない。今回、この大臣は魔法省の官僚とおぼしき男性を4人引き連れてやってきていた。
ミキオ「ああ大臣、これはどうも…」
魔法大臣「いやお久しぶりで。ツジムラ先生があれから無事に魔法教習所を卒業なされたのはわしの耳にも入っておりますぞ」
そう、おれはこの人にはかつて無免許のまま魔法を使って事務所を経営していたことを見逃してもらい、なおかつ懇意の教習所を紹介してもらった恩義があるのだ。
ミキオ「いやその節はお世話になって…いずれお返しをせねばと思ってるんですが」
魔法大臣「いやいや先生ほどの方が何をおっしゃる! あの一件はわしが墓場まで持っていきますゆえ、もうこれで綺麗さっぱり帳消し、貸し借り無しということで!」
ミキオ「いやそんなわけには…」
魔法大臣「まあまあ。ところでそのお話の続きというわけではないのですが、ツジムラ先生と我が魔法省とのコラボ企画の話、あれにそろそろ目鼻をつけたいと思いましてな」
そら来たぞ。何が貸し借り無しだ。やっぱり恩に着せようとしてるんじゃないか。
高官A「実はいくつか企画があがっておりまして…」
絶妙なタイミングで後ろに立っている高官のひとりが次々と分厚いファイルを出してくる。いや何冊あるんだよ。結局10冊以上のファイルがテーブルの上に積まれた。
ミキオ「こんなに…」
あまりの量に思わず本音が漏れてしまった。うんざりした感じも表情に出てしまったかもしれない。
魔法大臣「うわっはっはっ、せっかく高名なツジムラ先生に骨を折って貰えるならと高官たちが妙に張り切っておりましてな。まあ全部決定というわけではないのでその辺りは逐次ご相談ということで。でもとり急ぎの案件もあるんだよな?」
高官A「はい、こちらで」
大臣に促され高官のひとりが別なファイルを出してくる。流れに淀みがない。これは事前に打ち合わせしてるな。仕方なくおれがそのファイルを手に取って見てみると“やるしきゃNight!水曜日ゲストは召喚士のツジムラさん”と書いてあった。えっこれ決定してるんじゃないの?
ミキオ「これは…明日の日付になっているが…」
魔法大臣「まあツジムラ先生には事後承諾になってしまうんですが、これは我が魔法省がスポンサードしている深夜のラジオ番組でしてな。地曜から氷曜まで日替わりのパーソナリティがやっとるんですが、その水曜のゲストに先生をお招きしたいと、こういうわけでして」
このガターニアには水晶球を使って動画配信を行なう“魔法配信”というものがあるが、小さな魔法石でも受信できる音声のみの魔法配信も存在し、これをおれの脳内の自動翻訳知覚がラジオと訳しているのだ。まあ放送局から魔法念波をradiat(放射)しているわけだから間違いではない。日本と同様、この深夜のラジオ番組が若者たちに大人気なのだ。
ミキオ「水曜って、日付は明日だが今日の深夜では…」
魔法大臣「まあこれは人気のお笑いコンビがパーソナリティで、彼らが喋ってくれますので先生は5分ほどのゲストコーナーで酒気帯び魔法の危険性について原稿を読んで頂ければよろしい。いくらお忙しいツジムラ先生でもまさか深夜に予定は入っておらんでしょう。先生、急な話で申し訳ないが引き受けてくださらんか」
ミキオ「…はあ…」
力づくで押し切られる形でおれのラジオ出演が決まり、大臣たちはほくほく顔で帰って行った。
永瀬「受けちゃいましたね、深夜ラジオ」
ミキオ「仕方がない。あの大臣にはしばらく逆らえない。それに深夜とは言え“逆召喚”で行って原稿読むだけなら大した手間じゃないしな」
永瀬「わたし睡眠時間は8時間取らないとダメなタイプなんで、同行はできませんので」
秘書永瀬にあっさりと断られてしまった。まだ頼んでもいないのに。
ミキオ「じゃあザザ…」
ザザ「行かねーよ。あたしもシンデレラタイムは大事にしてるんだ」
シンデレラタイムとは、一般的に肌のターンオーバーが活発になる夜10時から深夜2時までの時間帯のことだ。この時間帯に睡眠をとることで成長ホルモンの分泌が促進され、肌のダメージ修復や疲労回復に効果があるとされている。
永瀬「副所長と行ったらいいじゃないですか」
ヒッシー「おれはダメだニャ! そんな時間に外出したら絶対奥さんに浮気を疑われるニャ!」
うーむ、ガーラや新人のペギーを連れて行っても交渉事は無理だしな…仕方がない、ひとりで行くか…おれがそう考えていると、バックヤードで話を聞いていた事務所の書生にして古代文明が生んだスーパーロボット・魔人ガーラが企画書のファイルを取って話に入ってきた。
ガーラ「なるほど、『ミッドリーとモーリーのずんどり公演』の番組か」
こいつは巨大で全身ガンメタルの装甲に包まれているスーパーロボットだが意外とお笑い好きなのだ。『ミッドリーとモーリーのずんどり公演』はこの世界の若手お笑い芸人コンビだ。
ミキオ「ああ彼らか。おれもたまに配信番組で観るな」
ガーラ「うむ。養成所在学中からリズムネタで大ブレイクして今はレギュラー番組10本を抱える売れっ子だ。ネタについては好き嫌いが分かれるがな」
うーむ、ちょっと不安になってきたな。正直言っておれは彼らで笑ったことがないのだ。寒い感じでイジられたらかなわんぞ。
不安になりつつもおれはその日の第零刻(=午前0時)を跨ごうかという深夜に、連合王国魔法送(UKB)という大手の魔法送局に来ていた。16畳ほどの調整室で出された茶色茶を飲みながらディレクターと放送作家に番組の流れを聞いているとドアが開き二人の若い男が入ってきた。これがこの“やるしきゃNight”水曜担当パーソナリティのお笑いコンビ“ミッドリーとモーリーのずんどり公演”である。やや背が高くて顎髭の方がボケのモーリー、眼鏡の方がツッコミのミッドリーだ。二人は若手だが既にスター芸能人であり、普段着だがさすがに華がある。
ディレクター「おつかれです。こちらが今日のゲストのツジムラさん」
ミキオ「どうも、よろしく」
モーリー「ういっす」
ミッドリー「どもっす」
なんだこいつら。おれもたまに観る動画配信の中ではあんなに声も大きくて賑やかなのにカメラが回っていないところでは全然無愛想だな。声も小さいし、目に光が灯っていない。そもそもおれと視線を合わせようとしない。不機嫌なのか?
ディレクター「ツジムラさんは人気アイドルのイセカイ☆ベリーキュートのプロデューサーもやってまして」
モーリー「あ、そっスか」
ミッドリー「へぇ~…」
こいつら本当に芸人か。場をなごませようという意志が感じられない。小声でボソッとつぶやいたっきり全然会話が続かないじゃないか。
ディレクター「じゃ作家の方からざっくり流れの説明しますね」
と言って横にいる放送作家に話は引き継がれた。放送作家はどこかこ汚い感じのモッサリした男だが、意外なほど声が大きい。
放送作家「えーずんどりのお二人による軽快なオープニングトークが30分ありましてその後CM、続いて『街でみかけたエビ反りおじさん』と『妄想エッチでイッちゃって!』のコーナー。その後『しもしも人生相談』のコーナーがあって再びCM、その後ゲストのゾーンになりましてここでツジムラさんの登場です。その後はCM、エンディングとなります」
国の魔法省がスポンサードしていると聞いたがずいぶん軽い番組だな。まあ日本の深夜ラジオもこんなものだが。しかしオープニングトークとハガキのコーナーふたつの後にゲストゾーンとは、おれの出番までだいぶ待つことになるな。エンディング前なら2時間く近くかかるってことじゃないのか?
モーリー「コーナーハガキ、面白いの来てる? 先週まじつまんなかったよね」
放送作家「すいません。例によって僕が書いたハガキも混ぜておきましたんで」
てことはヤラセじゃないか。そういうことを部外者のおれの前であっさり言うんだな。それにしてもずんどり公演の二人はさっきから一切目を合わせないし会話もしないが、仲悪いのか?
ディレクター「という感じで。じゃもうオンエアの時間なんでよろしくお願いします」
モーリー「うぃーす」
ミッドリー「へぇい」
軽く答えながらずんどり公演の二人と放送作家の男は隣の放送ブースに移動した。調整室からは大きなガラスでブースの様子がよく見える。まあ二人やスタッフは慣れているのだろうがこっちはさすがに緊張するな。
ディレクター「本番5秒前、4、3、2、はいキュー!」
モーリー「いやあ~今週もゆる~く始まったね」
ミッドリー「ちょっと頼むよモーちゃん! 今日はゲストが来るんだから、気合入れてくださいよ!」
モーリー「なんかアイドルグループのプロデューサーだって? 美味しい思いしてるんだろうなぁ! もし枕営業みたいなことやってるようならオレはガツンと言ってやるからね」
ミッドリー「なんて言うのよ」
モーリー「オレにもヤラせてください!ってさ」
ミッドリー「決まったァ! モーちゃん最強!」
しょうもないトークだが、まあ若手の芸人ならこんなものか。具体的な名前は言わないが日本のお笑い芸人も若い頃はもっと酷いのもいたからな。それにしてもトークは軽快なのに二人とも一度も目を合わせないのが気になる。もしかして彼らは若いうちから売れて増長してしまってコンビ間に不協和音が生じているのではないか?
ミッドリー「それでは参りましょう、ミッドリーと!」
モーリー「モーリーの!」
ミッドリー&モーリー「ずんどり公演、やるしきゃNight!」
タイトルコールに合わせて軽妙なジャズっぽいジングルが流れる。これは別スタジオでの生演奏だ。この世界には録音という技術はまだ存在しないのだ。ううむ、なかなかラジオっぽくなってきたじゃないか。深夜にこんなところに来る羽目になってテンションの上がらないおれだったが何だかんだでワクワクしてきたぞ。実を言うとおれも学生時代は深夜ラジオリスナーだったのだ。伊集院光の深夜の馬鹿力や林原めぐみの東京ブギーナイトなどをよく聴いていたものだ。退屈な受験勉強の夜、深夜ラジオにはどれだけ救われたことか。
おれが感慨に耽っている間もずんどり公演によるオープニングトークは続き、特に面白くはないが勢いだけはあるトークがきっちり30分繰り広げられた。彼らは週に10本のレギュラー番組を持つ売れっ子タレントなので面白いエピソードトークを仕入れてくる時間など無いのだろう。CMを挟んでハガキのコーナーとなった。
モーリー「『街で見かけたエビ反りおじさん』!」
ミッドリー「というわけで、リスナーのみんなが街で見かけたいろんなエビ反りおじさんを報告して頂こうと、そういうコーナーですけれども」
モーリー「ラジオネーム隣人しりしり。『ずんどりのお二人ずんばんわ』ハイずんばんわ」
“ずんばんわ”というのがこの番組独自の挨拶らしい。部外者からするとちょっと寒いが、こういう合言葉がパーソナリティとリスナーの仲間意識を高め親密さを演出することはおれも知っているので無下に否定はしない。
モーリー「『先日僕が鮮魚センターに行った時、サバを咥えて佇んでいるエビ反りおじさんを見かけました。お前なにサバ咥えてんだよと注意するとピイイーッという奇怪な声を発し強烈に体をエビ反らせて走って逃げていったのです。エビ反り過ぎて両手がつま先に触って輪みたいになってました。次回、新生エビ反りおじさん。4人目の司会者』」
この“エビ反りおじさん”とはいまこの連合王国で流行っている漫画作品のことで、ネタハガキはそれに因んだ内容なのだろう。それも含めてこう言っては何だが何が面白いのかさっぱりわからない。やはりガターニアの若者と転生者のおれでは笑いのツボが違うのだろうか。それとも単純にこのずんどり公演のギャグセンスがこんな感じなので自然とこういうハガキ職人しか集まってこないのだろうか。
モーリー「これはいいネタですよ」
ミッドリー「エヘヘヘへ。4人目の?」
モーリー「あーもう絶対わかってねえわコイツ」
ミッドリー「いやわかりますよ。4人目ってことでしょ?」
モーリー「フォースエビおじってことですよ。お前読んでねえだろエビ反りおじさん」
ミッドリー「いや読みました読みました。ええと、第二話まで」
モーリー「読んでねえじゃねえかよ! 全然読んでねえよ! うわ~大丈夫かなコイツ」
ミッドリー「エヘヘヘへ。次のハガキ行ってください。お願いします」
モーリー「ミッドのこの顔、めっちゃ腹立つんだよね。絶対この顔みんなに見せてやりたいわ」
ミッドリー「いやもういいだろ。次のハガキ行きましょうよ」
モーリー「こいつの不機嫌な時の顔よ。こいつイジられるとすぐ不機嫌になるから」
ミッドリー「やかましいわ! 俺の顔の話はいいから早よ次行けや!」
モーリー「ああ?!」
ミッドリー「『ああ?!』じゃねえだろ! もういいから早よ次行けって言ってんだよ!」
モーリー「そんなんで行けるか!」
ん? 芸人がただじゃれ合ってるだけかと思ったら何か危うげな空気になってきたな。横で聞いているディレクターや放送作家も顔色が変わってきた。まあ彼らもプロの芸人、まさか国の省庁がスポンサーに付いてる番組でリアルな喧嘩なんかやらないと思うが…。
モーリー「エビおじコーナーやるって言ってたんだから読んでこいや、この野郎!」
ミッドリー「読んだわ! 時間ねえから全部読めなかっただけだろ!」
モーリー「全部読め、この野郎!」
ミッドリー「早よ次行けやコラ!」
モーリー「行ってくださいだろ、この野郎!」
ミッドリー「行ってくださいよ! ホレ早よ行けコラ!」
モーリー「何だコラ!」
ミッドリー「コラじゃねえだろコラ! でけぇツラしやがって」
モーリー「関係ねえだろテメー!」
バコッ。ここでとうとうモーリーの鉄拳がミッドリーに飛んだ。殴り慣れていないのかモーリーはふるふる震えながら鼻息を荒くしている。あーあー、本番中だというのにいい大人が何やってんだ…慌てふためき右往左往する調整室のディレクターや音声スタッフたち。果たしてこの放送はどうなってしまうのか。ずんどり公演の運命やいかに。そしておれの出番は来るのか。次回、異世界ラジオ編後編へ続く。