表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/223

第213話 バカになれ!異世界将棋竜王戦(第四部・完結編)

 魔人ガーラについて将棋道場に行ったおれは元プロ棋士の師匠と出会って棋界の頂点・竜王といい勝負をしてしまいなぜか将棋大会に出るハメに。大会では様々な強敵たちと戦って勝ち進みついに準決勝、ガーラと対局することになるのだった。




 おれの打った[九尾狐]の駒によってガーラは長考に入った。やつの手が止まった今のうちに栄養補給しておこう。おれは挙手して運営委員に言った。


ミキオ「すまないが食事をとりたい。献立を」


運営委員A「はい!」


 将棋は非常に高度な頭脳労働であり、一回の対局でフルマラソンに匹敵するカロリーを消費するとも言われる。集中力や判断力を維持するには適切な栄養補給が欠かせないのだ。将棋会館の隣には定食屋があり、大きな対局の時は出前を取ることができる。おれは献立を見ながら肉そば2人前と蒸し魚のパイを発注。20分後に届いたこれらの料理を黙々と平らげた。会館からサービスとして林檎の寒天餅が振る舞われたがこれもあっという間に3人前を完食。我ながら驚くほど腹が減っていた。




 その頃解説会場。猛烈なスピードでやり合っていたおれたち二人の対局を見て竜王は解説を忘れ立ったまま茫然としていた。


メイ「…ここまで両者とも圧倒的な早指しでしたが、ここでガーラアマの手が止まりました。既にえーと258手めとのことですが全然終わりが見えません、キーク竜王、ここまでいかがでしょう」


竜王「…」


メイ「竜王?」


竜王「…あ、えー…ん? 今日は何でしたっけ?」


 急に記憶を失う竜王。目から生気が消えている。


メイ「ちょっと竜王! しっかりしてください、今は竜王杯トーナメントの準決勝戦中で」


竜王「あ、そうか…いやまあ、なんというか、うーん、あの…」


メイ「見てください、初手の9十六步(強)がここに来て効いてきてるんです。初手からこの258手めまでを読んであの歩を動かしていたんだとしたら相当凄くないですか?」


 メイ女流二段に指摘されハッと気付き顔面蒼白になる竜王。


竜王「いやそんな…まさかそんな…」


メイ「ちょっと、あの、このお二人ってどういう方なんでしょう。もしかしてとんでもない天才か、何か将棋の神様みたいなのが降りてきてるとかじゃないんですかね…」


竜王「は、はは。何をあなた、馬鹿なことを…」


メイ「あらためて竜王、この対局の勝者と決勝戦で対戦するわけですが…」


竜王「…あっ、あっあっ、僕お腹痛くなってきたな。大丈夫かな。対局に影響するかもな」




 竜王が小芝居を演じていた頃、対局会場では相変わらず膠着状態が続いていたが、ガーラがようやく声を発した。


ガーラ「む! そうか!」


 閃くものがあったのか、腕組みしていたガーラはやっと駒を動かした。[無職]が左に1マス動くことで成る[無敵之人]という駒だ。これが出現したらその時に[無敵之人]とその周囲8マスにある駒は敵味方問わず全て盤上から外されどちらの持ち駒にもならないというハイリスクな駒なのだ。なるほど、これで[悪狼]も取られてしまったな。まあでも二の矢三の矢は用意してある。おれが駒を持とうとしたところでガーラが発言した。


ガーラ「ミキオ、君のMAXはこんなものじゃないだろう。全力で来てくれ。おれも今からリミッターを外す」


 うーむ、見抜かれていたか。それにこいつも今までは機能制限を付けて戦っていたわけだ。これは長い戦いになりそうだな…やむなくおれは神与能力“思考加速(ブレイン・ブースト)”の使用を決意した。これはおれが転生した際にゼウスから授かった能力で、一般的なヒトの脳全体の処理能力は毎秒10〜100テラフロップス(理論値)と言われるが、おれは全能力を解放すればその1億から10億倍の思考速度に達することが可能なのだ。将棋なら1秒間に数億〜数十億パターンの局面を読むことができるのだが、これはだいたい地球の最新鋭将棋AIの10倍程度だ。こんな能力を使ったら莫大にカロリーを消費するし、そもそもフェアではないのでこの大会では封印していたが、相手が相手なのだから仕方がない。おれは深呼吸をして脳に酸素を送り“思考加速(ブレイン・ブースト)”を解放した。


ミキオ「仕方がない、お前の熱意に付き合ってやろう。ここからが本当の勝負だ」


 ばち! ばち! ばち! おれたち二人は猛烈なスピードで駒を指し始めた。おれが神の頭脳“思考加速(ブレイン・ブースト)”ならやつの頭脳は古代文明の錬金術師が作り出したエンシャントコンピューター。両者の演算処理能力はまったくの互角だ。目まぐるしく盤上の駒が変わり、あまりのスピードに記録係は5人体制で棋譜を記録することになった。あっという間に夜は更け深夜第1刻(=地球の2時)、もう6000手は指している筈だがお互いが最善手を繰り出しているので全然勝負がつかない。気がつけばおれはさっき食べた飯のカロリーなどとっくに消費し尽くし空腹と疲労でふらふらだ。視界も歪みずっと頭痛がしている。目の前のガーラもこめかみ辺りからもくもくと白煙を噴き上げている。お互い限界が近いのだ。無理もない、手数から言ってもう60局くらいは指している計算になる。神の子と無敵のスーパーロボットが頭脳の限界まで将棋を指したらこういうことになるのだろう。いかん、朦朧としてきた。もう駄目だ。おれは意識を喪失しその場にばたりと倒れた。


ガーラ「勝った! 勝ったぞ! おれはミキオに勝利したのだ!!!」


 ブラックアウトしていく視界の中に感動に震え吶喊(とっかん)するガーラが見えたが、やつもまた限界に到達し轟音を立ててその場に崩れ落ちた。


メイ「と、投了です…! 先手ツジムラアマ、後手ガーラアマ共に持ち時間はありません、6852手めにして遂に投了となりました! 竜王杯トーナメント準決勝戦はガーラアマの勝利です!」


竜王「…」


 なんと熾烈な戦いか。おれはそのまま医療スタッフによって担架で運ばれ、ガーラはその場で機能停止した。おれとガーラの命を賭けた対局はおれが一手及ばず敗北した形となった。




 翌朝の週明け地曜日、事務所に出勤したおれは所員たちに事の顛末を話していた。


ザザ「てめー、心配かけさせやがって! 真夜中に呼び集められたうちらの身にもなれ!」


ミキオ「いや本当に申し訳ない。本当にあの時はHPが空っぽだったので…」


 対局の後、おれは昏睡状態となり将棋会館近くの総合病院に緊急搬送され命の危険があるため事務所メンバー全員が病室に集められたという。その後は駆けつけた治癒系魔道士の先生によって回復させられ、そのまま歩いて帰宅した。


ガーラ「まったく迷惑をかけた。おれは今朝まで将棋会館にいたのだ」


 一方のガーラは頭脳回路がオーバーヒートして今朝まで擱座(かくざ)していたらしい。こいつは太古の錬金術師が作り出したメカニズムの結晶であるため現在では誰も修理できる人間がおらず放置せざるを得なかったというのが本当のところだ。幸いにも自己修復機能が働き数刻間で再起動したが危ないところだったと言えよう。


永瀬「とにかく! 二人とも今後は将棋NGですから! 絶対に将棋道場行っちゃ駄目ですよ!」


ミキオ「わかったわかった」


ガーラ「残念だがやむを得まい」


 まるで夏休み中ファミコン禁止と母親から言われた小学生のように、おれとガーラは将棋禁止を言いつけられた。勝者のガーラには決勝戦に出場する権利が与えられたが、これも永瀬の言いつけを守って辞退した。竜王は繰り上げ出場のイーモウ永世名人と嬉しそうに決勝戦を繰り広げたという。最後までわからなかったが、結局おれはバカになれたのだろうか。まあ病院に緊急搬送されるまで将棋に打ち込んだのだからバカではあるかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ