第209話 異世界ミステリー・遺産相続レース殺人事件(後編)
世界有数の大富豪プラーカ・ウァンがこの世を去り、その遺言としておれを含む7人の若者がフタッガム島の屋敷に集められた。この中から選んだひとりに彼の莫大な遺産を相続すると言うのだが、候補者は次々に殺害されもはや屋敷は極限状態だ。おれは執事のレクスン氏に指を突きつけてこう言った。
ミキオ「ようやく確信が持てた。犯人はあんただ、プラーカ・ウァン」
ピア「…え?」
ビルボ「何だと?」
執事「…ツジムラ侯爵様、何をおっしゃっているので? プラーカ様は一昨日亡くなりましたが…」
ミキオ「たった2日前に死んだ筈なのに遺体も遺影もない。葬儀した様子もない。プラーカ氏の居宅はここしかないのに不自然過ぎる。何より執事のあんたが喪に服していない。つまりまだプラーカ・ウァンは生きている」
執事「いや、それは…しかも私をプラーカ様だなどと…」
ミキオ「ディナーの時に末席のペギーから食前酒を注いだな? 焦っていたのかもしれないがプロの執事ならありえないマナーミスだ。それにあの豪勢な椅子、位置からしてプラーカ・ウァンが座っていた椅子なのだろうが座面の高さがあんたの膝の位置と一緒だ。さっきおれにワインを注いだ時にあんたの指から高級な葉巻の匂いがしたが、執事がそんな高級葉巻を吸うのもちょっと変だ。そして執事が莫大な遺産を相続する候補を検分したり勝手に入れ替えたりできるわけがない。あんたは執事を装ったプラーカ・ウァンということだ」
執事「…」
ピア「いや、だとしてもこの人が犯人というのは?」
ネクスタ「そうよ。この執事氏にはアリバイがあるわ」
ビルボ「ラブラやディッキーが殺された時には彼は俺たちと一緒にこのホールにいた筈だ」
ミキオ「ではそのトリックを解明しよう。このホールの壁や天井全面に描かれた幾何学模様のフレスコ画、これは“催眠模様”と言って見る者に視覚的な錯覚を呼び起こす模様なのだ。そしてこの藍色の花、名前は知らないが普通は食事の時にこんなに香りの強い花は飾らない。おそらくこれも強烈に鎮静作用のある香りなのだろう。さらに食事前に振る舞われたレモンバームティー。これもリラックス効果があり心拍数を低下させる働きがある。極めつけはワインだ。言うまでもなくアルコールが脳の神経活動を鎮静し、緊張やストレスを緩和。副交感神経を優位にし、眠気を誘う。フレスコ画、花の香りそれにレモンバームティーとワイン、この組み合わせによって我々は高い催眠状態に陥っていたのだ」
ビルボ「な、何だって?!」
ミキオ「最初の犠牲者はメディアヒップ。これは各自個室にいた時に起きたので犯行に苦労は要しなかっただろう。第二の犠牲者はラブラ・バンダー。執事氏含め我々全員がこのダイニングホールにいる状況での犯行だ。高度の催眠状態にあった我々は執事氏が合図をすることで一瞬で眠りに堕ちた。せいぜい数分間だと思うが、まあその間に執事氏が個室にいたラブラを殺害することは容易かっただろうな」
ペギー「で、でも、密室なのにどうやって」
ミキオ「密室云々は執事氏が言っていただけだ。合鍵があったかもしれないし、隠し扉があった可能性もある。そして第三の犠牲者はディッキー・ヨンマリッチ。深夜第一刻(地球で言う午前2時)での犯行だ。ただでさえ眠い時間帯、執事氏が指を鳴らすと一瞬でビルボ・ド・プレイスは眠りに落ちた。おれはなんとか耐えて寝たふりをしていたがビルボは寝ていたことすら気づかなかっただろうな」
ピア「催眠術…」
ビルボ「それが本当ならこの屋敷自体が催眠誘導のための舞台装置だ」
執事「…なるほど、お説ご拝聴致しました。しかしツジムラ侯爵様、この壁の絵や花は当家の主が心を落ち着かせるために調度したものですし、ワインやティーについてはゲストを饗すための言わば定番、失礼ですがそれらはすべて証拠のないお話かと存じますが」
ミキオ「では証人を呼ぼう」
執事「証人…?」
おれは懐から黒のサモンカードことハイエストサモンカード、通称“ブラックカード”を取り出した。
ペギー「せ、先生?! 魔力は制御されてるのでは?」
ミキオ「されているが、実のところこの程度ならおれにはどうということもない。だがおれの魔法を封じたい意図はわかったのでひと芝居うたせてもらった」
ビルボ「な、何だと?!」
執事「…」
執事はあくまで表情を崩さないが、明らかに動揺した様子が伺える。おれは黒のカードを地面に置き、呪文を詠唱した。
ミキオ「ダ・ガイ・ヴァーマ・ヒース…我が意に応え此の者たちの時を巻き戻せ。メディアヒップ、ラブラ・バンダー、ディッキー・ヨンマリッチ、マイナス3刻間!」
ひゅばあっっ! ブラックカードの魔法陣から白い炎が渦を巻いて噴き上がり、その中から同色の光弾が飛び出してメディアヒップとラブラの個室、そしてディッキーの死体のあるトイレに直撃した。
ネクスタ「な、何が起きてるの?」
ミキオ「まあ見ていろ」
その直後、メディアヒップの個室とラブラの個室、それにディッキーが殺害されたトイレから血相を変えた3人が飛び出してきた。
ディッキー「おおおおお! お、俺いま死んでたぞ!」
ラブラ「生き返ってる! なんで?! わたしその執事に殺されたのよ!?」
メディアヒップ「え! もしかしてオイラ以外も殺されてたの?」
彼らの衣服には血一滴もついていない。血液も彼らのボディを構成する一要素であり、ブラックカードによって彼らの肉体の時間は全て6時間前の状態に戻されたのだ。対象者(物)の時間を召喚するブラックカードは大量のMPを消費するため1日に2〜3度しか使用できない。人命がかかっているのでやむを得なかったが、おれのMPはほとんど空っぽになってしまった。
執事「…こ、これは…」
ミキオ「被害者が生き返って証言する、これ以上の証拠もないな」
ディッキー「てめえ、よくも俺を殺しやがったな!」
聞いたことのない文句を言いながら執事に殴りかかるディッキーだったがマグナ君が制した。彼は一度殺されているのだから一発くらいは殴らせてもいいような気がするが。
マグナ「まあ落ち着いて。話を聞きましょう」
執事「…なぜ私をプラーカ・ウァンだと思ったのか、理由を伺ってよろしいか?」
ミキオ「この島を散歩していた時、小さな墓地を見つけた。いくつかある墓石に名前は彫られていなかったが、こんな家一軒しかない小さな島で生まれ暮らしていた人間などいるわけもない。使用人が亡くなったとしても遺体は故地に返すのが普通だろう。つまりあれは歴代のプラーカ・ウァンと、その候補者たちの墓なのだ」
ラブラ「歴代のプラーカ?!」
ミキオ「プラーカ・ウァンは年齢を明かしていないが記録によると世に出て来たのは130年ほど前。エルフやノームなど長命属の血を引いていないただの人間ならば異様な長寿だ。おそらく今日のおれたちのような遺産相続レースを経て何度か代替わりをしているのだろう。歴代のプラーカ・ウァンは自らの死期が近づくと遺産を託せる優れた若者を選び、殺し合いをさせて生き残った者にプラーカの名と遺産を相続させていたのだ。後継者は他の候補を殺して相続した手前、真実を秘匿したままプラーカとして生きるしかない。儀式の秘密は守られ、プラーカの名は存続される。ここにいるこの男は執事ではなく、血塗られた遺産相続レースをサバイブした何代目かのプラーカ・ウァンなのだ」
ラブラ「なんてこと…」
ネクスタ「そうか、それでこんなに過去に因縁のある者ばかり選んだのね」
ビルボ「スムーズに殺し合いに移行するようにということか…」
マグナ「やたら部屋にアックスだの剣だのと武器が飾ってあったのもそういう理由ですね」
執事「君たちがなかなか殺し合いを始めないおかげで私は3人も手にかけることになってしまったがね」
ディッキー「てめー、よくもぬけぬけと!」
ミキオ「代替わりの時は自らも苦しめられたであろうこの儀式を復活させるとは、どうやらあんたの死期も近いようだな」
執事「その通り。私は不治の病でね…いや見事な推理だ、さすがだよ。確かに私が当代、4代目のプラーカ・ウァンだ。完敗だよツジムラ君。私は君を後継者にしたかったのだがな」
床にどかりと座りあぐらをかく執事、いや当代のプラーカ。もはや観念したということなのだろう。
ミキオ「実のところ全員生き返っているので犠牲者はいないが、あんたが3度も殺人を犯しているのも事実だ。あんたの身は魔導十指に委ねる。それまでおれのマジックボックスに入っていてもらおう」
おれが指先で空間を切り裂くと、その内部は漆黒の特殊空間となった。これがマジックボックスというおれの特殊魔法なのだ。内部は宇宙と同じ広さがあり、時間という概念が存在しないため入れた時と同じ状態で永遠に保管できる。おれが執事こと当代のプラーカ・ウァンをその中に入れようとすると彼はあっけないほどおとなしく従ったが、最期に思い出したようにマグナ君の名を呼んだ。
プラーカ「ああ、君、マグナ・フォッサーと言ったか」
マグナ「はい?」
プラーカ「世界中の孤児と貧困児童を救済する財団を作るという君の夢物語、あれはなかなか面白かった。私の個人資産をすべて譲るので実現できるものかどうか、やってみてくれ」
マグナ「ええっ?!」
ビルボ「おっおい!」
ディッキー「ちょっと待て!」
そう言い残し虚空の中に消えていく当代のプラーカ。莫大な遺産をあっさりとマグナ君に譲られ他の候補者たちは見るからに不服そうだったが、どのみち彼らは将来有望な者ばかりだ。プラーカ・ウァンの遺産など相続せずとも成功し名を遺す人物になるだろう。こうしておれたちの巻き込まれた遺産相続レース殺人事件は終わった。
ミキオ「ふわぁーっ、よく寝た。MPもけっこう回復したし、じゃそろそろ帰ろうか」
翌朝、おれたちはまぶしい朝日を浴びながら島の浜辺に立っていた。事件は昨夜解決したが深夜だったし、候補者たち全員を“逆召喚”で転移させて帰るにはおれのMPが心許なかったので各自そのまま屋敷の個室で寝たのだ。今は朝の第3刻半(=7時)。あんな凄惨な事件があったのによく快眠できたなと言われそうだが、おれが住んでいる温暖な王都ではなくここは北のザド島国に近い孤島なので適度に涼しく、それがまた深い眠りを促したと言える。そうでなくてもこの屋敷はよく眠れるアイテムが揃っている。
マグナ「僕、全然眠れなかったですよ…ああは言ったものの財団なんてどうやって作ったらいいのか…」
ミキオ「まあそうだよな。君はもう身内みたいなもんだし、うちの事務所がバックアップしよう。ペギー、君が補佐してあげてくれ」
ペギー「はいなのです!」
マグナ「良かった、じゃこれで僕も晴れてミキオ先生の一門入りですね」
そう言って屈託なく笑うマグナ君。白い歯がまぶしい。彼のこの圧倒的なキラキラ感にはなかなか慣れないな。
ミキオ「うちは別に一門を構えてるわけじゃないんだが、まあそんなところだな。師匠のシャルマンにはちゃんと報告しておくように」
マグナ「はい!」
ペギー「でもマグナ君凄いのです! 美しさに加えてゴーストハンターとしての能力もあり、そのうえ資金50兆ジェンの財団の総帥になってしまったのです! 神様が贔屓し過ぎなのです!」
マグナ「いやいや、さっきも言ったとおり僕は自分のためにそのお金を使うわけじゃないので…えっ?」
マグナ君が途中で言葉をつぐみ目を細めて沖の方を見ている。
マグナ「沖合いから何かがものすごい勢いでやって来ますが…」
ミキオ「…敵か?」
その“何か”はシードラゴンという海棲のモンスターだとすぐにわかった。ただし竜使いに使役された乗用のおとなしいタイプだ。その銀の竜の背に乗った竜使いの背後には見知った顔の小太りな男がしがみついている。
マグナ「あれカクベーさんじゃないですか?」
ミキオ「…」
数分ののち、宮廷書記官のカクベー・ジッシがこのフタッガム島に到着し竜使いにまあまあな額の船賃を払っていた。彼は乗り物酔いでふらふらになりながらもこちらに近づいてくる。その双眸はぎらぎらと輝いていた。
カクベー「…はぁ、はぁ…や、やっと着いた、探したよマグナ君…僕は一生推してるから…」
ミキオ「あんたなぁ…」
ザド島からここまで船でも3時間はかかる。竜ならもっと早いが危険だしこのように酔う。“推し”だと公言するマグナ君のための“推し活”なのだろうが理解不能な行動だ。
マグナ「いや、ちょっと待ってください! この際ハッキリ言っときますけど、推してるって言われても僕は別に芸能人とかじゃないんで!」
カクベー「マグナ君謙虚過ぎるよ! 極めて尊い! まさに神! 神推しだ! ぐがっぷ!」
勢い余って吐瀉するカクベー。竜による渡海で相当酔ったであろうことは想像に難くない。
ペギー「うえーなのです!」
マグナ「近づかないでください!」
彼のマグナ君への愛は本物だとは思うが、それにしても迷惑極まりない。せっかく事件が綺麗に終わってスッキリしていたのに気分が台無しだ。おれはため息を軽くつきながら青のアンチサモンカードを取り出して王都に帰る準備をするのだった。