第206話 花嫁は美少年?!怒りのヴァージンロード(後編)
工業国アガノシア王国ヤスッダ領の領主サントピアス伯爵から自領で花嫁狩りが横行していると聞かされたおれたちは犯人をおさえるため架空の結婚式を挙げることにした。式当日、本当におれが結婚しようとしていると勘違いしたフレンダやエリーザらが乱入、おれを吊し上げようとするがその間に花嫁役のマグナは忽然と消えていたのであった。
ザザ「ダメだ、新婦控室にもいねえ」
ヒッシー「完全に花嫁狩りの手口だニャ」
焦るみんな。おかしい、マグナ・フォッサーはゴーストハンターを名乗っており、ああ見えて前線で戦うスタイルの強力な悪霊祓い師だ。その彼がこんな短時間であっさりとさらわれたというのか。
クインシー「ミキオお兄様、ここじゃない?」
おれが目を泳がせていると、クインシーが第三控室と書かれたドアを指差してきた。第三控室なんてものがあったのか。おれは迷わずそのドアを開き突入、続いてクインシーが入ると、中には神官の服装をした中年男がひとり椅子にかけていた。神官にしてはガタイのいい、スキンヘッドの男だ。黒目がちであり碁石のようにマットな黒い目をしている。
神官「おや、何か?」
ミキオ「あなたは?」
神官「私は本日の宣誓役を務めさせて頂きます神官のイースヒル・ゴルグラブと申します」
クインシー「失礼しました、今ひとを探していましたもので…」
神官「ああ、それはお困りですね。私はずっとここにいましたが誰もお見えになっていませんよ」
神官はあくまで無表情にそう言った。言葉に抑揚が無く、口調は丁寧だがぶっきらぼうですらある。
クインシー「…神官様、法衣が乱れているようですが…」
神官「ああ、これは失礼。今日はひとりで来ているのでなかなか行き届きませんでね」
神官は乱れた法衣を直すが、その袖口からはタトゥーが見えていた。
ミキオ「墨を入れた聖職者とは珍しいな」
神官「いやこれはお恥ずかしい。若気の至りというやつでして。さて、花嫁がいないのならばこの結婚式は成立しませんな。私は帰らせて頂くとしますよ…」
そう言って立ち去ろうとする神官。顔には出さないが明らかに焦っている。どう考えても怪しい神官にクインシーがとどめを刺した。
クインシー「あれ? わたしは『ひとを探している』としか言ってないんだけどな。花嫁を探しているなんて言ってないのに」
神官「…」
ミキオ「どうやらあんたを帰すわけにはいかないようだな」
ずみゅうううん。おれは懐にマジックボックスを開いて中から万物分断剣を取り出し、一瞬で臨戦態勢にシフトした。
神官「…ち、小賢しいガキどもだな。せっかくおとなしく帰ってやろうと思ったのによ」
そう言って神官は法衣を脱ぎ、上裸となってもろ肌を見せる。その肌には驚愕の紋様が象られていた。
ミキオ「これは…」
神官の首から下にはびっしりとタトゥーが入っていた。それも全部花嫁のタトゥーである。みな悲しげな表情をしたままタトゥーとなって神官の体に貼り付いていた。
神官「これが俺の神与能力、“刺青博覧会”だ。俺が目をつけた美女はみんな俺のタトゥーとなって俺の皮膚の上で生き続けるのさ。今日の花嫁はとびきりだったんで取っておきのところに入れてやったぜ」
よく見ると右肩のあたりにウエディングドレスを着たマグナ君のタトゥーが入っている。なんという悪趣味な能力か。こいつは神職でありながら花嫁をタトゥーに変え、自らの体にコレクションしていたのだ。
クインシー「なんてことを…!」
あまりの異常事態に目を背け唾棄するように呟くクインシー。おれも今までこの異世界ガターニアや地球で様々な神与能力者を見てきたがこんなに気持ちの悪い能力は初めてだ。
ミキオ「花嫁を探しても見つからないわけだ」
神官「おっと、近寄るな! こいつがどうなってもいいのか?」
神官は折り畳み式のナイフを取り出し、自分の右肩に当てた。
神官「俺の皮膚にも傷が付くが、お前の女はこのタトゥーのまま死ぬことになるぜ。お前はこの俺に指一本触れることもできねぇ! この全身のタトゥーが人質だからな!」
こいつの能力は全身のタトゥーを移動させられるらしく、いつの間にか頭や顔、手の先まで花嫁タトゥーで覆われている。こいつ、下劣な上に卑怯な男だな。おれは思わず唇を噛み締めた。
神官「アヒャヒャヒャヒャ! その顔その顔! 花嫁を奪われたやつは実に無念そうな顔になるんだよな! 幸せの頂点から奈落の底へ真っ逆さまってわけだ! この表情が最高にいいんだ! ざまぁ見ろ!! ヒャヒャヒャヒャ!」
狂ったように哄笑したあと神官イースヒルは上裸のまま歩き出した。
神官「あー笑った笑った。それじゃ失礼させてもらうぜ。安心しな。お前の女は俺の寿命まで俺の皮膚の上で行き続けるからよ」
ミキオ「このまま寿命まで生きていけると思うのか? お前の顔は覚えたし、おれは絶対にお前を許さないからな」
神官「へ、この全身のタトゥーを避けてどうやって俺を攻撃できるのか、逆に訊いてみたいぜ。あばよ」
悠然と立ち去ろうとする神官イースヒルにクインシーは声をかけた。
クインシー「あなた好みの美女を集めていたのね」
神官「ああそうだ。お前もいい女だがちょっと幼な過ぎるな。もう3年ぐらいしたら俺のタトゥーにしてやってもいいぜ。アヒャヒャヒャヒャ!」
クインシー「じゃあ残念ね、さっきの花嫁は男の子よ」
くすっと笑うクインシー。
神官「…何だと…?」
ボゴッ! クインシーの言葉を受けて神官の右肩が内側から突かれたように盛り上がり始めた。マグナ君のタトゥーがある場所だ。
神官「ひっ! アッ…アーッ!!!」
ブチッ! イースヒル神官の絶叫とともに彼の肩肉や血管、皮膚を破りマグナ君が飛び出してきた。いや排出されたと言うべきだろうか。
神官「ギャアーーーッ!! 痛ぇ! 痛ぇーっ!」
マグナ「あー気持ち悪かった…やっと2次元の世界から出てこれましたよ。こんな短期間に霊界行ったり2次元の世界に行ったりしたの僕だけじゃないですか?」
美しい花嫁姿のマグナ君が顔を歪めてそう悪態をつく。シュールな光景だ。
ミキオ「なるほどな。最初からお前は自分の能力に『美女だけをタトゥーに変えることができる』と条件付けしていたために男子であるマグナ君を取り込んだことで拒絶反応を起こしたというわけだ」
神官「ち、ちくしょう…だがまだ18人の花嫁が人質だ、近寄るな!」
イースヒルは再びナイフを取り出したが、おれはやつが自分の肌にナイフを当てる前に動き万物分断剣でその刃を切り落とした。ほとんど反射的な動作といっていい。
神官「ひっ、ひいっ?!!」
ミキオ「万物分断剣、鉄の刃だけではない。魔法障壁までもぶった斬る」
おれはそう言いながら隙だらけの神官に向って万物分断剣を上段真一文字に振り下ろした。だが肉体には傷一つついていない。やつを包む魔法障壁のみを切り裂いたのだ。紫電一閃の刹那、神官は魔法的に丸裸となった。おれはあらためて赤のサモンカードを取り出して言った。
ミキオ「詠唱略、ここに出でよ、イースヒル神官のタトゥーとなった花嫁たち!」
ばしゅ! ばしゅ! ばしゅばしゅばしゅばしゅ! タトゥーとなって神官の皮膚に貼り付けられていた花嫁たちがおれの召喚魔法によって召喚され、紫色の炎を伴い次々におれたちの前に出現した。あっという間に部屋中が花嫁だらけになった。
神官「く、くっ…」
肩をおさえ無念がる神官イースヒル。既にやつの体からはすべてのタトゥーが消えていた。
花嫁A「で、出て来れたべ!」
花嫁B「ありがとうごぜえます、召喚士様!」
ミキオ「礼など結構。クインシー、花嫁たちを安全な場所へ」
クインシー「うん! 皆さん、一旦部屋を出ましょう!」
クインシーが花嫁たちを誘導して花嫁たちを退室し、おれと神官イースヒルだけが残された。さて、こいつをどうしたものか。戦闘能力は大したことなさそうだが、地元の衛兵隊じゃ持て余しそうだな。破滅結社絡みの可能性があるから魔導十指に引き渡すべきか。おれが数秒考えていると、眼前の空間がキューブ状に分裂しその中から人が現れた。両目を不思議な遮光器で覆った高身長の男だ。こんな転移術は見たこともないが…。
オンディーゴ「そこまで」
神官「し、処刑執行人オンディーゴ! 幹部のあんたがなんでここに…」
この男はどうやらオンディーゴというらしい。幹部というからには破滅結社の幹部か? だとすればおれは初めて破滅結社の中枢に接触したことになるな。
オンディーゴ「馬鹿、私の名を呼ぶな。君はいろいろと迂闊で困る。迷惑だから消えてもらうよ」
神官「うっ! や。やめてくれ! やめろ! ウギャァーーッ?!?」
バキッ! ボキッ! グシャッ! 神官イースヒルの体は空中に出現したいくつものキューブによって変形し押し潰され、一滴の血も残さず異空間に消えていった。このオンディーゴとかいうやつ、なかなかの強敵だな。呪文詠唱もせずほんの数秒で人間ひとりを圧殺してしまった。
オンディーゴ「さて…君がハイエストサモナーか。まさかこんなところで君と会うとは思わなかったな…運命的な出逢いに感動しているが、まあ今日はこれで失礼するよ」
幹部オンディーゴはそう言いながら右手を自分の前に出し、その空間にいくつものキューブを出現させた。
ミキオ「待て。お前、幹部と呼ばれていたな。破滅結社の幹部なら話を聞きたいことがある。そこを動くな」
オンディーゴ「君は実に目障りな存在だが、今はまだかかわらないでおく。私も忙しい身なのでね。失礼」
おれの静止命令を無視してオンディーゴは次元の向こうに去っていった。思ったより厄介だな、破滅結社。あんな強キャラムーブ見せてくるやつが幹部なのか。
おれが広間に戻るとマグナ君はもう着替えていたが、さっきタトゥーからこっちの世界に戻した18人の花嫁がウエディングドレス姿のままおれを待ち構えていた。
花嫁A「ツジムラ様、おありがとうごぜえます!」
花嫁B「おかげ様でおらだつ無事にこっちの世界さ帰ってこれますた!」
18人もの花嫁が一斉におれに群がってきた。
ミキオ「いや無事で何より。じゃサントピアス伯、おれたちはこれで。おいみんな撤収するぞ」
サントピアス伯爵「あ、ちょっと待ってください。今この嫁っ子だつと話す合ったんですが、この式場は今日1日借りてますてな。会場の借り賃勿体ねえから中断すてた結婚式を今ここでまとめて挙げるべえかと」
ミキオ「18組を?! まとめて?!」
サントピアス伯爵「そんです。領主のワスからのプレゼントだべ。いまここにこの嫁っ子らの結婚相手が向ってっから、着いだらツヅムラ侯爵も参席すてくんねえですだか」
花嫁C「どうせならオラだつ全員の媒酌人になって貰うべ!」
花嫁D「そらいい考えだよ! 高名なツヅムラ先生に媒酌人さなって貰ったら一生の想い出になるべや!」
ミキオ「おれはこの後も予定があるので…」
花嫁E「センセ、つれねえこと言わねえでけろ。オラだつあの気持ぢ悪い神官のタトゥーになってて辛ぇ思いすてたんだからせめて祝福すてけろ」
花嫁F「あんだなんか腹んとこだからまだいいだ。オラなんか内もものとこに貼り付けられて毎日泣いてたべ」
ダメだなこれは。もう何言っても耳を貸さず情で押し切られるパターンだ。おれは諦めモードに入りそのまま2刻間(=4時間)、地蔵のようになって心を殺して媒酌人席に座り長い長い合同結婚式が終わるのを待っていた。
翌日、騒動の余韻も冷めやらぬまま仕事をしていると、急に事務所のドアが開き以前に聞いたような声が鳴り響いた。
カクベー「ツジムラさん、いる?」
昨日のウエディング作戦で花婿役に配役していたが務まらなかったカクベー氏だ。彼は王家に仕える宮廷書記官だろうに、なんでこんな平日の午前中にうちに来てるんだ。気づけばおれのことは当初『侯爵様』と呼んでいた筈なのにもう名字にさん付けになっているし。
ミキオ「ここにいるが…ちょっとあの、ユキノの件ならあの子はいまツアー中でナーバスになっているので、あんたに会わすのはツアーが終わってからあらためてということで…」
カクベー「そんな話じゃないんだ! だいいちおれ、ユキノ推しやめたんで」
ミキオ「そうなのか」
ただでさえ繊細なユキノをこんな異常者に会わせたくなかったので内心ホッとはしたが、自分がプロデュースしてるアイドルがこんなにもあっさりと『担降り』されると複雑な気持ちではあるな。
ザザ「ならオッサン何しにここに来たんだよ」
カクベー「マグナ君に会わせて欲しい! 僕は推し変したんだ! これからはマグナ君を推す!」
永瀬「ええー?!」
ザザ「おめー、そっちのケはねえって自分で言ってたじゃんか」
カクベー「何だよ! 過去の言葉で僕の心を鎖でつなぐのはやめてくれよ! 僕はもう自分に嘘をつくのはやめたんだ! マグナ君は僕の中の新しい扉を開かせてくれた、これからは自分に正直に生きるんだ!」
カクベー氏のカミングアウトに二の句が継げない我々。まあそれは好きにしたらいいが、周りの迷惑も考えながら正直に生きて欲しい。
ミキオ「…あのだな。マグナ君は確かにここ数日ここに泊まっていたが、彼はあんな見た目だが腕利きのゴーストハンターで、昨日も南ウォヌマー国シクスデイズ領から依頼が来たと言って今朝早くここを立って…」
カクベー「シクスデイズか、わかった!」
太くて短い脚を交差させ飛び出していくカクベー氏。あの脚でよくあんなスピードが出せるものだ。シクスデイズは西方大陸の南端、南ウォヌマー国の中心地域で、ここ中央大陸連合王国からは船を乗り継いで3日、馬車で6〜7日というところだろうか。そんな遠くにあれだけの情報で果たしてマグナ君にまで辿り着けるかどうか知らないが、その苦労も推し活ということなのだろう。カクベー氏のことはどうでもいいが、マグナ君と引き合わせてしまったことだけはちょっと後悔した。