表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/223

第202話 怨霊戦記【第四章・エクトプラズム作戦】

 王都上空に突如出現した巨大な城塞・怨霊城。そこから降りてきたのは怨霊王の代理人だった。怨霊王との交渉は決裂、国王は魂を奪われてしまう。そしてなぜかおれが国王代行となって怨霊城への突入部隊を編成、その会議の中でマグナがチャネリングにより授かった怨霊戦団に対する必勝の秘策とは、なんと死んで魂を切り離して戦えとのことだった。重い提案におれたちは慄然とした。



ミキオ「なるほど…理屈としてはわかる。相手が霊体という上位の階層(レイヤー)世界の住人なのでこちらも霊体となって同じ階層に乗れ、ということなのだろう」


ミキオⅡ「しかしそれはあまりに非情な作戦だ。皆に死ねと言っているのと同じだぞ」


カクベー「えっ?! えっえっ?! 何ですか? 僕ら死ななきゃいけないんですか??」


マグナ「いや、あくまで一時的に肉体と魂を切り離すだけです。そのための奥義アストラル・イジェクションはチャネリングを経由して大宇宙意志からインストールされています」


 人間は肉体と霊魂のふたつから成り立つ。こういう考えを実体二元論といい、古代ギリシャの哲学者プラトンの時代から様々な形で語られてきた。しかしまさか実際に魂を肉体から切り離すとは。おれは東大理工学部で学問を修めた人間なので魂なんてものは脳のはたらき、すなわち脳内シナプスの電位差を抽象概念的に表したものでしかないと思っているのだが、それを肉体から分離するなんてことが本当に可能なのだろうか。


カクベー「いや、やめましょうよそんなの。絶対危ないですよ。確実に生き返れる保証無いんでしょ?」


マグナ「大丈夫ですよ! 大宇宙の意思を信用してください」


ミキオⅡ「まあ仕方ない、やってみるか」


シャルマン「悪霊祓い(エクソシスト)歴780年の吾輩も経験したことのない作戦だ。身震いする」


影騎士「どうということもござらん。我ら忍びの命なぞ鴻毛の如く軽きもの」


ガーラ「おれはそもそも魂を持たない。人造魔人だからな。ミキオ! 早く怨霊城攻撃の命令をくれ!」


 カクベー以外はすでに決意できているらしい。やはりおれの人選に間違いはなかった。


ミキオ「よくわかった。マグナ君の作戦でいこう。我らは一時的に肉体を離れ、霊体となってあの怨霊城に突入する。名付けてエクトプラズム作戦だ」


 エクトプラズム(ectoplasm)とは、ノーベル生理学・医学賞受賞者シャルル・ロベール・リシェが1893年にギリシア語の「εκτοςエクトス」(外の)と「πλσμαプラズマ」(物質)を組み合わせた造語で、霊媒の身体から発出すると仮想される物質を表すオカルト用語である。


ミキオ「その前にだ、シャルマン、さっき言ってた神領山の聖水泉の場所を教えてくれ、転移しよう」


シャルマン「軽く言うな、ミキオ! さっきも言ったがあれは我が流派の秘所なのだぞ!」


ミキオ「行くのはあんたとおれだけでいい。このガターニアの未来がかかっている。腹を括ってくれ」


 おれはまなじりを決してシャルマンを見つめてやった。


シャルマン「…まあ、今回だけは仕方あるまい。特別だぞ!」


ミキオ「ガーラ、“地吹雪”を貸してくれ」


ガーラ「おう」


 “地吹雪”とは魔人ガーラ専用の大剣である。刀身に凍気を帯びており、その斬撃は周囲を凍りつかせると言う魔力の剣だ。ガーラは腰につけていた“地吹雪”をおれに渡した。ガーラは軽々と持っているが冗談みたいに重い剣だ。それに刃の凍気で柄まで冷たい。ガーラはロボットだからいいが、こんなもの人間が長く持っていられる代物じゃないな。おれはすぐにマジックボックスを開きこの魔剣を収納した。


シャルマン「ではこの五芒星陣の中に入れ」


 シャルマンが五芒星の描かれたシートをどこからか取り出し、地面に敷いた。おれが靴のままそのシートに乗ろうとすると咎められた。


シャルマン「これ! 土禁だぞ! 靴は脱いで手に持て。エコーライリン、ゲンホーセイリン! 五芒星陣魔法転移! いざ神領山、聖水泉へ!」


 


 次の瞬間、おれたちは緑深き山奥のいかにもという感じの場所に転移していた。まばゆいほどの日差しに満ち溢れ、彩々の花が咲き乱れ、樹々も果実を実らせ力強く天に幹を伸ばしており、まるで桃源郷のようなところだ。


ミキオ「これは確かにシャルマン流派の者たちが秘所にしたがるのもわかる気がする」


シャルマン「さもあろう。ここは人里から遠く離れているうえ道が途絶しているため転移能力を持つ吾輩でなければ簡単に出入りはできんのだ。見よ、あれが聖水泉だ。太古の昔、女神が沐浴しそれ以来神気を帯びるようになったと言われる」


 シャルマンの指差す方には陽光を反射させきらきらと輝く泉が見える。女神の逸話は嘘くさいしオカルトめいたことも言いたくないが確かに何やら神聖な空気を感じる泉だ。おれは“地吹雪”を聖水泉に沈めるとその凍気ですぐに“地吹雪”は聖水の氷を纏っていった。


シャルマン「おお…」


ミキオ「名付けて聖水刀身剣。そのままだが」


 水面から取り出した“地吹雪”は纏った氷で巨大化し、まるで水晶で作った大剣のようだ。


シャルマン「まさか聖水を凍らせて刀身にするとは。吾輩にその発想はなかった」


ミキオ「急に思いついてな」


 おれは重くて冷たい魔剣をマジックボックスに納めた。


ミキオ「そしてだが…シャルマン、もうひとつ頼みたいことがある」


シャルマン「またか! …まあこの際だ、何でも言いたまえ」


ミキオ「おれが王都に戻って召喚するまでこの聖水泉に浸かっていてほしい。なるべく真ん中あたりに」


シャルマン「えー?! 自分で言うのも何だが吾輩は300人もの弟子を抱える悪霊祓い(エクソシスト)の大家だぞ、その吾輩にあの冷たい聖水泉に浸かれというのか?!」


ミキオ「あんたしか頼める人間がいない。やってくれ」


シャルマン「ウーム…まあ、おぬしがそこまで言うからには理由があるのだろうが…今回だけだぞ! 調子に乗るなよ!」


 文句言いながらもシャルマンはずぶずぶと泉に浸かっていった。


ミキオ「じゃ頼んだぞ。おれは先に戻っている。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、王都フルマティ、王宮前広場!」




 おれが“逆召喚”で王宮に戻り、皆で外に出ると既に夕刻となっており、空は茜色に染まっていた。黄昏の空に銀色の雲をまとい浮かぶ暗黒の怨霊城、あらためて異様な光景である。


ミキオ「さて、シャルマンはもう聖水泉の中央に浸かっている頃かな」


マグナ「え!? そんなことさせたんですか! 師匠はこの世界でも最高峰の悪霊祓い(エクソシスト)でいろんな国から何百個も勲章貰ってる人ですよ、よくそんな無茶振りしますね…」


ミキオ「おれの召喚魔法は対象が触れているものを付属物とみなし同時もしくは個別に召喚できる。その範囲は周囲10m。シャルマンが聖水泉の中央にいれば周囲10mぶんの聖水を召喚できるのだ」


 おれは赤のサモンカードを取り出し、呪文詠唱した。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、シャルマン・ヒューチの周囲10mの聖水!」


 ばしゅううううぅっっ! カードの魔法陣から紫色の炎が渦を巻き、空中に浮かぶ怨霊城の真上に飛んでいった。召喚先をその位置に指定しておいたのだ。紫色の炎が回転をやめると中から巨大な水の塊が出現し、はじけて怨霊城に降り注いだ。


影騎士「おお…!」


ガーラ「なるほど考えたな」


マグナ「小瓶1杯分でもあの代理人の腕を焼け焦げさせたのです。今頃城内は阿鼻叫喚の宴でしょうね…」


 マグナがそう呟いていると、五芒星の魔法陣が現れシャルマンが震えながら帰ってきた。


シャルマン「さっ寒い! 風邪を引いてしまうわい! 年寄にこんなことをさせおって、まったく恐ろしい男だな!」


ミキオ「この星を救うためだ」


ミキオⅡ「オリジナル、もう日が沈む、時間がないぞ」


ミキオ「ああ。今からエクトプラズム作戦を開始する。マグナ君頼む」


マグナ「はい。では皆さん並んでください。これより肉体と霊魂を分割します…」


 おれたちが横に整列すると、マグナはまなじりを凝らし唇を結んで両手を前に出した。


マグナ「ズゥエス・ギム・ガグール・ゴル・ゲス…大宇宙意思の御名に於いて、我らの霊体を肉体より離脱せしめよ! アストラル・イジェクション!!」


 どおん! おれたちの体は大砲で撃たれたような感覚に陥り、全身の力が抜けたようになってばたりと倒れた。いや倒れたのは肉体だけだ。半透明な霊体だけが立って足元にある自分の死体を眺めている。幽体離脱に成功したのか。なんと不可思議な光景だろう。横を見るとミキオⅡやマグナ、シャルマン、影騎士、カクベーも同じように半透明の霊体となって自分の亡骸を見つめていた。心なしかみんなぼんやり青白く光っているような気がする。胸に手を当ててみても心臓の鼓動を感じない。呼吸すらしていない。体内に臓器を持たず、純然たるエネルギーの塊になっているのだ。


ミキオ「これは…」


影騎士「信じられぬ…」


カクベー「わーーっ!? わーーっ?! おれの死体?! おれが死んでる!? 嘘でしょ、マジで?! 本当に死んじゃったの!?!」


シャルマン「いやはや、今まで何万もの悪霊を祓ってきた吾輩がまさか霊になるとはな…」


ミキオⅡ「なるほど上位レイヤーと言う意味がわかる。見ろ、こちらから意識すれば物には触れるが、意識しなければそのまま透過する」


 ミキオⅡの手が石ころを触ったり通り抜けたりしている。なんとも奇妙な光景だ。


カクベー「ど、ど、どうするんですか! これじゃおれ幽霊じゃないですか、本当に生き返れるんですか?! 言っとくけどおれまだぜんぜん現世に未練ありますよ! 彼女いない歴30年なんだから! 生き返れなかったら誰が責任取ってくれるんですか?!」


シャルマン「君、うるさいぞ。もう覚悟を決めろ」


マグナ「あ!」


ミキオ「どうしたマグナ君」


マグナ「この状況、アレですよ、ペギーさんの預言書③〈倒れし者たち〉。つまりあれは怨霊戦団に敗れ倒された人々ではなく、僕たちがアストラルイジェクションによって魂と肉体を分離し決戦に挑むこの光景を預言していたんですよ!」


 マグナ君が興奮し目を見開いて口早に言っている。


ガーラ「なるほど…」


ミキオ「だとすれば人類滅亡の未来は確定していないということになるな」


マグナ「いいじゃないですか、望みが出てきました! 肉体の方はミキオさんのマジックボックスに収納しておきましょう。タイムリミットは15分。それを越えると霊体が霊界レイヤーに固定され、もう現世の肉体に戻れなくなります」


ミキオⅡ「え?! タイムリミットあるのか?!」


ミキオ「そういうことはもっと早く言って欲しかったが…まあ15分もあるならいけるか」


 おれは空中にマジックボックスを開き、皆に各々の死体を片付けさせた。おれもこのマジックボックスには様々な物を収納してきたが、最終的に自分の死体を入れることになるとは夢にも思ってなかった。


ミキオ「ああそうだ、これがあるんだった」


 おれはそのマジックボックスから先ほど聖水で凍らせてきた魔剣“地吹雪”を取り出した。


ミキオ「ガーラ、ロボットであるお前は霊界の階層(レイヤー)に関わることはできないが、これがあれば怨霊戦団と戦える。持っていてくれ」


ガーラ「うむ、心得た!」


マグナ「じゃあ行きましょう。この姿なら飛べる筈です」


 確かに、全身に万有引力がまるで働いていないような感覚だ。手足の動きに一切の重量を感じない。というか既に数ミクロンくらい浮いている感じすらある。皆はそれぞれ足に意識を凝らし軽く浮遊した。


カクベー「わーーっ?! 体が浮く! 風船みたいだ!」


ミキオⅡ「いちいちうるさいぞ、お前」


ミキオ「準備はいいな? じゃ行くぞ!」


 ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅっ! 半透明の霊体となったおれたちは次々に流星と化して怨霊城に向かって行った。魔人ガーラも氷の剣を携え、背中の噴射口から魔力エネルギーを噴き出して怨霊城に突進していった。魔剣“地吹雪”は常に凍気を発しており、氷が融けることはない。


 おれたちが怨霊城に到達すると、内部は既に聖水による崩壊が始まっていた。討ち死にした怨霊戦団の兵士たちの骸があちこちに転がっている。怨霊が死ぬというのも変な話だが霊界レイヤーの世界では生き死にがあるのだろう。


シャルマン「む、効果てきめんだな」


マグナ「雑兵はほぼ全滅と言っていいかもしれません」


ミキオ「カクベー、君は城内一の探し物の名人と聞いた。君はミカズ国王の魂の入った小瓶を探してくれ。金飾りのついた透明なガラスの小瓶だ」


カクベー「え、それで僕をここに?! わ、わかりました!」


メギス「おのれ、現世の猿めらが…」


 崩壊寸前の怨霊城正門を開けて出てきたのは怨霊王の代理人メギスと三霊将、それに何百もの上級兵士であった。さすがにこのクラスは聖水で倒せはしなかったようだ。


メギス「我らに立ち向かうため死して霊魂となるとは…恐るべき執念よの」


ミキオ「このまま死ぬつもりはない。お前たちを始末したら元の肉体に戻らせてもらう」


メギス「かかれ!!」


 代理人メギスが号令をかけると上級兵士たちが一斉に我ら突入部隊に群がり躍りかかった。恐るべき怨霊戦団におれたちはどう立ち向かうのか。国王の魂は見つかるのか。そして怨霊王の正体とは。次回、怨霊戦記最終章!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ