第201話 怨霊戦記【第三章・ミキオ戴冠】
王都上空に突如出現した巨大な城塞。そこから降りてきたのは怨霊王の代理人だった。怨霊王はこのガターニアの人間の魂を1日1万差し出せと要求、国王はその交渉を断り国民の魂は奪われてしまった。そしておれはフレンダに国王代行を任命され動揺するのだった。
ミキオ「…冗談だろ? この国には王妃もいるし、王女のお前もいる、王弟のホワート公爵だっているじゃないか、なんでウィタリアン王家でもない転生者のおれが…」
おれが何を言ってもフレンダは決意の表情を崩さない。
フレンダ「今は怨霊戦団との戦いを控えた戦時。この戦いを指揮できる人物はツジムラ侯をおいて他におりません。わたくしはウィタリアン王家を代表して臣ツジムラ侯爵をこの中央大陸連合王国の国王代行に任じます」
侍従長「姫様が任命なされたのであれば異議はありませぬ」
宰相「誰か、王冠の用意を!」
ミキオ「いやちょっと待て! あまりに性急過ぎる、まだ王が倒れたばかりだろ!」
宰相「王座の空位は国民の間に不安を招きます。特に今は怨霊戦団との戦時。代行を決めるなら早いほどよろしい」
ミキオ「えっ?! もうおれが何を言っても無駄な状況?」
侍従長「諦めなされ」
ハーヴィー「覚悟を決めたまえ。男というのはいつも突然に決断を迫られるものだ」
将軍に名言っぽいことを言われてしまったおれがもごもごしているうちに女官から王冠を被らされてしまった。王冠は青白く輝くミスリル製で軽いが重い。半年前まで貧乏な大学院生に過ぎなかったおれがとうとう異世界で国王代行になってしまったわけだ。母さんに言っても絶対信じてくれないだろうな。困惑しつつ周りを見ると宰相ヨノーズア・クモガーク、侍従長オーサクア・ナガレーム、魔法大臣カシマーヤ・サキチャーズ、将軍ハーヴィー・ターンら連合王国の重鎮たちがおれに跪いて臣下の礼をとっていた。
ミキオ「いや、やめてくれ。おれはあくまで国王代行…」
宰相「然は然りながら戴冠なされた以上、ミキオ陛下は我らが御主君」
ハーヴィー「我ら家臣、身命を賭して陛下にお仕え致す」
ミキオ「“陛下”って、あんたら…」
侍従長「衆人環視のなか先王が身罷られ、国民は動揺しております。ミキオ陛下、何かお言葉を」
つまりこの爺さんは国民に向かって国王代行就任の所信表明演説をしろと言ってるのだ。
ミキオ「マジか…」
狼狽しても誰もフォローしてくれない。仕方ないのですーっと深呼吸し、群衆の前に立った。老いも若きもみな固唾を飲んでおれの発言を待っている。
ミキオ「皆、聞いてくれ。いまフレンダ王女に任命され分不相応ながら中央大陸連合王国国王代行となったミキオ・ツジムラだ。おれはまだまだ未熟で、とてもミカズ国王の代わりなどにはなれない。よって日没まではこの王冠を預かるが、それまでに必ず怨霊どもを一掃し、ミカズ国王の魂を取り戻して王冠を返上する。だからそれまで待っていてくれ。以上だ」
うおおおーっ! 民衆たちから歓喜の声が上がる。ありがたいことではある。おれ如きの代行就任をそこまで喜んでくれるとは。
民衆A「頼むぞ、ハイエストサモナー!」
民衆B「お前に任せたぜ!」
民衆C「いっそ王女を娶って本当に即位しちまえよ!」
民衆にお前呼ばわりされてるわけだからまあイジられてるようなものだが、反対意見は無いようで良かった。ひと安心しおれは王宮に向かった。
王宮前広間から移動して集まったのは王宮内にある玉座の間である。ここは魔法石で作られた4本の巨柱に囲まれており、常時魔法結界が張られている。もっともこれでも怨霊が相手では情報がまったく漏れないとは言い難い。広い玉座の間には王女フレンダをはじめ宰相や侍従長、大臣連中、将軍ら王国の重鎮がぞろぞろついてきている。
ミキオ「これより対策会議を開く。あまり時間がないぞ」
ハーヴィー「御前会議だな」
将軍がおれをイジってくるが構わず、おれは用意して貰った円卓の椅子に座った。
宰相「ミキオ陛下、ご采配を」
ミキオ「ああ。皆よく聞いてくれ。さっきも言ったように日没までに必ずあの怨霊城を攻め落とし、怨霊王の首を取る」
首を取るとはいささか前時代的で荒々しい表現だが、皆の士気を高めるためにあえてそう言った。
ハーヴィー「は!」
ミキオ「そのための突入部隊を選出する。名を呼ばれた者はこの円卓に座ってくれ。まずは魔人ガーラ」
ガーラ「おう!」
魔人ガーラは古代文明が生み出した6段変形のスーパーロボットだ。かつて最強の魔導師を名乗り無法な魔導師狩りをやっていたが今はうちの事務所の書生だ。2m48cmの巨躯を折り曲げて円卓の椅子に腰掛けた。
ミキオ「ヤシュロダ村代官、ミキオⅡ」
ミキオⅡ「ああ」
おれがそう呼ぶと目の前の空間が歪み、黄金の微粒子を撒き散らしながらミキオⅡが出現した。彼はおれと敵対している組織の錬金術師が生み出したおれのクローンで、いまはおれの頼もしき分身となっておれの所領で代官を務めている。
ミキオ「王家隠密、影騎士」
影騎士「御意」
影騎士は王女フレンダの警護担当兼隠密で、常にフレンダの側についているがおれの知る限りではこの王国の中でも上位5位に入る魔法騎士である。常に仮面を付け鎧を纏っているがその中身は絶世の美男子だ。
ミキオ「ゴーストハンター、マグナ・フォッサー」
マグナ「喜んで」
マグナ・フォッサーはまだ若いが様々な流派で魔法を学び、南方大陸では名うてのゴーストハンターだという。大宇宙意思とやらのチャネリングを受けこの戦いに先鞭をつけた人物だ。彼もまた絵に描いたような美少年だ。
ミキオ「宮廷書記官、カクベー・ジッシ」
カクベー「…へっ?! 侯爵様、いま僕の名前を呼びました?」
ミキオ「そう。君だ」
おれによって急に30歳くらいの普通の男が突入部隊に指名され一気にざわつく城内。カクベー・ジッシは宮廷内の書記官で、背は低めで太っていて丸眼鏡をかけている小役人風の男だ。タイムマシーン3号の関に似ている。
マグナ「誰です?」
影騎士「戦士や魔導師には見えぬが…」
ミキオⅡ「鈍重そうな男だが、役に立つのか?」
カクベー「こっ侯爵様、いや国王代行様、これ何かの間違いでしょ。僕は戦士でも何でもないし、そのうえこの通り太ってるんで走るどころかちょっと歩くだけですぐに息切れするんで戦場での働きなんてとてもとても」
カクベーはそう早口でまくし立てた。よく喋る男だ。冷や汗なのか何なのか、大量の汗が額や頬をつたっている。
ミキオ「君の能力が必要なんだ。君、イセカイ☆ベリーキュートのユキノのファンらしいな。この作戦が成功したらユキノに会わせてあげるけど、どうだ?」
カクベー「えっ?! マジですか?! …いや、なんだかよくわかりませんけど、そこまで言われたら、まあ、ハイ」
カクベーは状況を呑み込めずも承諾してくれた。戦いに巻き込んで申し訳ないが、どうしても彼の能力が必要なのだ。ユキノには事後承諾になるが理解してもらおう。
ミキオ「これで6人か。あとは…」
おれはさらにもう一人の助っ人を待っていたのだが、いいタイミングで目の前の空間が白濁し、中から灰色のオーラを纏った男が現れた。魔導十指の一人、“マスター・エクソシスト”シャルマンである。彼も高等魔法の使い手なので転移魔法が使える。何しろ相手は怨霊なのでエクソシストの大家であるシャルマンに伝書鳩を飛ばしお出まし願ったのだ。
シャルマン「お待たせした」
マグナ「師匠!」
シャルマン「ふん、こうして怨霊城なるものを目の当たりにした今はお前のチャネリングとやらも信じざるを得んな」
マグナ「はは、やっと認めてくれましたね」
ミキオ「“マスター・エクソシスト”シャルマン、あんたを待っていた。これで怨霊どもと戦える」
シャルマン「怨霊が相手とあっては我輩が参加せぬわけにはいくまい」
ミキオ「恩に着る。では席についてくれ。この7人をもって怨霊城への突入部隊とする。それ以外の者は外して欲しい」
おれの宣言とともにフレンダや宰相、将軍を始めとする国家の重職たちは静々と退室した。国王代行になると大臣や将軍にまで命令できるのは話が早くていい。権力の甘い罠に陥る者が多いわけだ。
ミキオ「これからは秘密会議となる。まず論じたいのは先刻の戦いにおいて怨霊どもには魔法も物理攻撃も一切通用しなかったという点だ」
万物分断剣「ウム。あらゆる物質、エネルギー、魔力をも切り裂く我の斬撃すらすり抜けて行った」
空中に浮遊する万物分断剣ことBBが発言する。彼は魂を持つ聖剣なのだ。
マグナ「霊体とはそういうものです。この世の階層より上の階層に乗った存在なのでこちらからは触れることもできませんが、あちらからは可能なのです」
シャルマン「つまりだな、我々の住むこの世を紙に描いた絵とするならば霊界はその紙を見つめる人間たちの世界だ。絵の中からこの世に干渉することはできないがこちらからは絵を描き足すことも、絵を消すこともできるというわけだ」
この次元レイヤー構造論はかつて大邪神との戦いでおれが一時的に死んだ時にパシリス神から聞いたことがある。我々の住むこのガターニアや地球は下位の階層であり、その最上位には神々の住むオリンポス世界の階層が位置するという。霊界はその中間に位置する階層なのだろう。おれが地球で学んだ物理学とは大いに違う。この辺りもいずれ研究せねばなるまい。
マグナ「しかし、その上位レイヤーに唯一干渉できるこの世界の物質がさっきの聖水です」
影騎士「そうだ、その聖水だけが唯一怨霊どもに一矢報いることができた」
シャルマン「これは我らシャルマン流派に伝わる悪霊祓いの聖水でな。神気を有しているため次元を透過して霊魂に化学反応を及ぼすことができるのだ」
シャルマンはそう言いながら鞄の中から3本の小瓶を取り出した。
ミキオ「その聖水が切り札だ。もっと大量に仕入れることはできないのか」
シャルマン「これは神領山というシャルマン流派の秘所にある聖水泉の湧き水でな。常人が簡単に往き来できるような場所ではない。まあ吾輩なら転移魔法で造作なく行けるがな」
ミキオ「その湧き水、全部欲しい。シャルマンあんた持って来てくれないか」
シャルマン「いや、簡単に言うでない! 湖とは言わぬがそこそこの大きさの泉だぞ、バケツに汲んだとして何万往復したらいいのだ!」
ミキオ「いいな、多ければ多いほどいい。それについては後で考えよう」
カクベー「皆さん何の話してるんですかね」
宮廷書記官カクベーは話の内容が理解できず、デスクの上に置いてあった乾菓子をぼりぼりと食べながら視線を泳がせている。
マグナ「なんであなたみたいな人が突入部隊に選ばれたんでしょうね…」
ミキオⅡ「しかしやはり心許ない。そのレイヤー云々というのが本当ならおれたちの戦闘魔法や装具は敵には一切通用しないことになる」
影騎士「左様。そもそもあの怨霊城に辿り着けるかどうかすら怪しいぞ。おそらくは何らかの結界が張られている筈」
ミキオ「マグナ君、きみのチャネリングが鍵だ。何か新しい情報はないか」
マグナ「あのですねミキオ先生、以前にも言った通り、チャネリングというのはそう都合の良いものでは…はっ」
なんというタイミングか。マグナはうつろな表情のまま、その目は黄金色となり発光していた。ペギーが預言する時の神憑り状態と似ているからこれは彼がチャネリングモードに入ったということなのだろう。彼は両手で耳をおさえ、よそいきの声で話しだした。
マグナ「…はい、マグナ・ フォッサーです。ご連絡ありがとうございます…ええいま大丈夫です。はい、はい、その節はどうも…」
ミキオⅡ「電話してるみたいだな…」
ミキオ「しっ。先方さんに聞こえるぞ」
マグナ「そうです。ついに怨霊戦団がこちらに出現しまして…はい。戦ってはみたんですがどうにも手詰まりで…」
影騎士「相手はどなたでござるか」
ガーラ「大宇宙意思とのことだ」
ミキオⅡ「怪しいな…特殊詐欺とかじゃないのか」
マグナ「ですので何か策がありましたらと…ええっ!? あ、いや、あまりのことにちょっと動揺しまして…はあ、はあ、なるほどいや理屈としてはわかるんですが…」
シャルマン「何か凄いことを言われたようだな」
ミキオⅡ「マグナ君、スピーカーモードにできないのか」
ミキオ「電話じゃないってのに」
マグナ「…わかりました、はい。今後ともよろしくお願いします。いやこちらこそ。それでは失礼します、はい」
マグナの目の光はとぼち、美しい鳶色の瞳に戻った。チャネリング通信を終えたということなのだろう。彼は耳から手を離し、唇を固く結び何かを決意した表情となった。
シャルマン「マグナ、相手は何と」
マグナ「怨霊戦団に対する必勝の策を授かりました」
一同「おお!」
ミキオ「で、その必勝の策とは」
おれにそう問われ、マグナは重い口調で語り始めた。
マグナ「…怨霊とはすなわち死霊、この世ならぬ者のことです。その死霊に対抗するには我々も一度死に、肉体と魂を切り離し霊体となって戦うしかない、そう言われました」
マグナの言葉に一様に驚く一同。彼は我々に死ねと言っているのだ。まさかの発言に返す言葉を失いつつも次回へ続く。