第195話 脳天にビーム!ウルトラマン一般教養講座(前編)
異世界207日め。おれは秘書の永瀬とともに商用で出たついでに外で昼飯を済ませ、事務所に帰ってくると見慣れた大柄な二人がソファーに座っていた。
ミキオ「またお前らか…」
エリーザ「会うなり落胆とは何だ、召喚士!」
アルフォード「邪魔してるぞ」
西方大陸の雄、オーガ=ナーガ帝国皇帝の子女エリーザ皇太女とアルフォード皇子である。弟はおれの友人、姉はおれを異性として意識していると言ってはばからない女だ。はばかって欲しいのだが。今日は見知らぬ女の子二人を連れてきている。見るからに貴族といった感じの服装で年の頃は小学校高学年くらい。髪型は違うが二人の顔はそっくりだ。
ミキオ「その二人は? 確かお前らの兄弟にはもう全員会っている筈だが」
かつて、彼らの兄弟すなわちオーガ=ナーガ皇帝の子女全員におれの東大時代の先輩に会わせてその家で日本の映画を観せたことがあるのだ。
エリーザ「紹介しよう。我ら姉弟のいとこ、サントワ郡ワジュマ領の領主ブランチューム公爵家子女、ワイロリータとフェトチーナだ」
ワイロリータ「はじめまして」
フェトチーナ「ごきげんよう」
なるほどエリーザたちのいとこだけあってどこか似ている。瞳がつぶらでフランス人形のように可愛らしい姉妹だ。
エリーザ「二人は双子の姉妹でな。普段はおとなしくて利発な良い子なのだが喧嘩ばかりしておる。父親であるブランチューム公爵も大層心配しておるのだ」
ワイロリータ「それは! フェトチーナが言うことを聞かないから!」
フェトチーナ「なによ! ワイロリータこそワガママばかり言って!」
エリーザ「これこれ、やめぬか」
アルフォード「この通りでな。二人は今度社交界デビューするのだが、このままではブランチューム公爵家が恥をかくことになる。どうだろうミキオ、この二人に異世界ニホンの素晴らしい兄弟の映画を見せてくれないか、仲の良い兄弟の映画を」
ミキオ「素晴らしい兄弟か…」
『火垂るの墓』か、はたまた『海街diary』か、おれが考えあぐねていると横からおれの東大時代の学友で事務所の共同経営者ヒッシーが言ってきた。
ヒッシー「そういやうちらの学部でウルトラ兄弟にやたら詳しい先輩いたよニャ」
ミキオ「ああ、いたな。じゃその先輩に頼んでみようか」
永瀬「え、その先輩って東大の?」
ヒッシー「ウルトラシリーズ好き好き先生こと手話地兵也先輩だニャ。川崎の不動産会社でタワーマンションのセールスマンやってるニャ」
ミキオ「つまり売るタワマンだな」
永瀬「変な先輩回、久しぶりですね」
永瀬はなぜか変に冷めた目をしていた。
翌日。おれと永瀬、エリーザとアルフォード、それに双子の姉妹は青のアンチサモンカードで地球の神奈川県川崎市にやってきた。先輩とは昨日既に話をつけてあり、それなら先輩の自宅で鑑賞会をやろうという話になったのだ。
永瀬「…侯爵、今更なんですけど、ウルトラ兄弟ってあれですよね、ウルトラマンタロウだかヤスオだかの…」
ミキオ「ウルトラマンヤスオはいないと思うが」
永瀬「ウルトラマンの映画を見て兄弟仲が良くなるもんですかね…」
ミキオ「途中でおれも気付いたが、もう遅い。まあなんとかなるだろう」
とか言っていると玄関のドアがガチャリと開いて手話地先輩が出迎えてくれた。先輩は身長181cmの痩せ型、オーバル(楕円)タイプの黄色いサングラスをかけて銀髪のモヒカンカットにしているので意図的にかどうか知らないが初代ウルトラマンに見える。よくこの風貌でタワマンのセールスマンが務まるものだ。
ミキオ「先輩、お久しぶりです。相変わらずスタイル良いですね」
手話地「シェアッ! アーッ! ダッ! ヘアッ! ニシューワッキッ!」
ここで皆が一気に引いた。特におれたち転生者以外の地球人を初めて見る双子の姉妹などはドン引きどころか物理的に身を引いていた。
ミキオ「…あのー、日本語でお願いします…」
手話地「おっそうか。いや光の国の言葉で『私は古谷敏と同じ体型です』と言ったんだ」
ミキオ「そうですか…」
古谷敏さんというのは1966年に放映された『空想特撮シリーズ ウルトラマン』という番組でウルトラマンの中に入っていたスーツアクターの名前だ。長身に加え8頭身というスタイルの良さを買われウルトラマンの中身として起用され、次作『ウルトラセブン』ではアマギ隊員として配役されている。
エリーザ「召喚士のセンパイが変なのはいつものことだが、なぜか今回のは他人事なのに恥ずかしくて顔から火が出そうだ…」
永瀬「この人ホントに東大出てるんですか」
ミキオ「しっ。失礼だぞ。これから世話になるんだから余計なことを言うな」
手話地「まあウルトラよく来てくれた。では私の地下基地に行こう」
先輩の親御さんは資産家らしく、エントランスに地下室への階段があり、地下には先輩が『基地』と呼ぶ部屋があった。内装は全面銀色で確かに昭和感覚の近未来基地っぽい。ラックには各ウルトラ戦士や怪獣のソフビ人形がズラッと並べてある。
永瀬「男子ってどうしてこういうキモいおもちゃが好きなんですかね…」
永瀬がまた無意味な男女差別を仕掛けてきた。この女は無自覚なボーイズカルチャーのヘイター(嫌悪者)なのだ。
ミキオ「いや女子の場合、リカちゃん人形をこうやってズラっと並べてたらもっと気持ち悪いだろ」
永瀬「女子はそういうコレクションの仕方はしないんです!」
アルフォード「まあまあ、揉めないで」
ミキオ「手話地先輩、紹介します。これはおれの秘書の永瀬。それにおれの外国の友人でエリーザとアルフォードの姉弟、そのいとこのワイロリータとフェトチーナ」
手話地「ヘアッ! アアッ! ダッ! 」
ミキオ「先輩、それはもういいんで…」
おれの先輩は変わった人が多いが、初手からこんなにフルスロットルな人もなかなかいない。
ミキオ「この子たちは双子でして」
手話地「双子の女の子だなんてピット星人みたいだね」
ミキオ「いやちょっとわかりませんが」
後から調べたがピット星人というのは『ウルトラセブン』第3話に登場した宇宙人のことらしい。1967年の作品の話をまるで日本国民全員が知ってて当然のように言われても困るが…当の双子の姉妹も何を言われてるのかわからず、二人で手を取り合って怯えている。なんだ仲良いじゃないか。
ミキオ「まあ昨日も電話で話した通りなんですが、この二人が喧嘩ばかりしているので、兄弟仲が良くなるようにウルトラ兄弟の映画を見せて頂ければと」
手話地「ウルトラOKだ。ではその前に一通りウルトラマンを紹介していこう。ジュワッキ!」
手話地先輩はポーズを取りながら6体のソフビ人形を出してきた。
手話地「これが宇宙のレジェンド、ウルトラ6兄弟だ」
エリーザ「6人兄弟とは。うちも5人兄弟だが今の時代にずいぶん子だくさんな家庭だな」
永瀬「ですよね」
手話地「まあウルトラ兄弟とは呼ばれているが、別にこのウルトラマンたちは血の繋がった兄弟ではない」
双子「えっ?!」
アルフォード「そうするとそもそも我々がここに来た意味がないような気がするが…」
永瀬「吉本芸人みたいなもんですか、三枝兄やんとか、さんま兄さんとか…」
手話地「ではその辺りも含めて順に説明しよう」
先輩はラックに飾ってある各ウルトラマンのソフビ人形を取り出して説明し始めた。
手話地「まずはなんといってもこの人、ウルトラマン」
先輩が最初に出してきたのは日本でもっとも有名なヒーローのソフビ人形だ。
エリーザ「おお、僅かに微笑んだ銀色の顔に光る眼。銀と赤のコントラストが強烈だ」
アルフォード「小さな人形だが、何か崇高な感じがする…」
ミキオ「ウルトラマンは怪獣退治の専門家だ。菩薩をモチーフにデザインされたとも言われる」
永瀬「いちばんよく見るやつですね…このウルトラマンの名前は何て言うんですか?」
手話地「このウルトラマンの名前はウルトラマンだ。言うなればウルトラマン・ウルトラマン」
永瀬「??? マコーレー・カルキンの本名がマコーレー・マコーレー・カルキン・カルキンみたいな感じですか?」
ミキオ「永瀬、このウルトラマンは最初に地球に来た人で、はじめて地球人に『ウルトラマン』と名付けられたんだ。後から来たウルトラマンたちはこの人との区別のためにウルトラマン○○と名前がついた」
アルフォード「なるほど。あくまでチキュウ人目線での名前なのだな」
手話地「そう。そのため初代ウルトラマン、略して初代マンとも呼ばれる」
エリーザ「ではチキュウに来る前には何と呼ばれていたのだ?」
問われた先輩はすかさず胸に付けているカラータイマーのスイッチを入れた。青く点灯していたカラータイマーの中のLEDが赤く点滅し、ピコンピコンと音を立て始めた。胸を抑えて苦しがる先輩。
手話地「シェアッ! アアッ! ヘアッ!!」
ワイロリータ&フェトチーナ「…」
ミキオ「いや…先輩、子供たちが怯えていますので…」
エリーザ「答えにくい時はあのランプを点滅させるのか?」
手話地「まあ、何というか、初代マンの名前についてはウルトラ様々な説がある。今後の研究成果が待たれる。そして次はこの人、セブン」
永瀬「聞いたことあります。ウルトラマンセブン」
手話地「違う違う。彼女、ウルトラマンセブンじゃなくて『ウルトラセブン』だから」
永瀬「え、何が違うんですか?」
ミキオ「永瀬、そこは絶対に間違えたらダメだ。セブンにはマンが付かないと決まってるんだ。特にこういうマニアの人には気をつけないと」
言われた永瀬は心の底からどうでも良さそうな顔で答えた。
永瀬「はぁ、そうですか…」
ミキオ「この人は頭に付いているアイスラッガーを飛ばすのだ」
アルフォード「え? この包丁みたいなのを?」
エリーザ「さすがは宇宙人、頭に刃物を乗っけているとは! 我々には想像もつかんな」
妙なところに感心するエリーザ。アイスラッガーはセブンの体の一部だったような気がするが、話がややこしくなるから黙っていよう。
手話地「そしてウルトラマンジャック。通称帰ってきたウルトラマン」
エリーザ「??? どこから帰ってきたのだ?」
手話地「まあ、当然そういう疑問になると思うが…これはあくまで通称、あだ名なのでそこまで気にする必要はない」
永瀬「この人、さっきのウルトラマン・ウルトラマンですよね?」
ミキオ「何言ってんだ永瀬。女子はこれだから…よく見てくれ。体の赤いラインの形が違うだろう」
アルフォード「確かに。さっきのは半ズボン形だがこっちはブリーフ形だ」
永瀬「違いがよくわかりませんが…でもこんなの別な服に着替えちゃったら区別つかないですよね」
ミキオ「着替えないよ! 繋ぎ目ないだろ? ウルトラマンはこれで生まれてくるから! せいぜいマント羽織る程度だよ」
永瀬「えっ!? ウルトラマンて全裸なんですか? 全裸にマントって、単なる変態じゃないですか!」
エリーザ「貴様、我々に全裸の宇宙人の映画を見せる気か? それでは兄弟仲どうこう以前の問題だ! 子供にそんな映画を見せられるか!」
アルフォード「いや待つのだ姉上、もしや彼らは銀色の肌で、この赤い部分が衣服なのでは?」
エリーザ「それではこの者がガーターベルトに局部丸出しということになるではないか!」
エリーザは立ち上がりウルトラマンAのソフビ人形を振り上げて叫んだ。
手話地「まあまあお姉さん、ウルトラ落ち着いて。ウルトラ一族が全裸なのか着衣なのかは議論の分かれるところだ。そもそも人知を超えた存在なので衣服という概念はないという説もある」
エリーザ「くっ…わけがわからぬ…いっそ私を殺せ!」
理解を諦めたエリーザは再び座椅子に身を落とした。何もそんなに思い詰めなくても。
手話地「ええ、次はそのウルトラマンA。男と女が合体して誕生する」
永瀬「えっ! ヤだっ! 急に何を言い出すんですか!」
エリーザ「貴公、子供の前で何を言っているのだ! だいたい男女の合体を経て誕生するのは人間誰しも同じであろうが!」
手話地「いやあの、まあちょっと誤解を招く表現だったかも知れないけど、合体ってのはそういうことじゃなく…」
エリーザ「ではどういう意味なのだ!」
双子の姉妹が怯えている。急に知らない異世界に来て大人たちが性的な話で揉めていたらそりゃ怯えるだろう。
ミキオ「先輩、合体の話は混乱するからやめましょう」
手話地「シュワッキ! えーそしてこの人がウルトラマンタロウ。ウルトラ6兄弟の末っ子でウルトラの父と母の本当の子でもある」
エリーザ「本当の子! 衝撃的なワードだ」
永瀬「他の兄弟たちも大変ですね。ここへ来て実の息子が出てきたらこの子だけ贔屓されそうで…」
ミキオ「そんな話は無いから安心しなさい」
アルフォード「というか父とか母とか何者なのだ。初めて聞いたぞ」
そう言われた先輩はラックからもう2体のソフビ人形を取り出した。
手話地「これがウルトラの父。またの名をウルトラマンケン。宇宙警備隊大隊長だ。ウルトラ兄弟たちの師であり上官だ」
エリーザ「おおおお、人形なのに凄い威厳を感じる」
手話地「このセクシーなモミアゲと厚い胸板にシビレる女性ファンも多いのだ」
永瀬「セクシーかなぁ…」
アルフォード「顔から直接ごっついツノが生えている…これでは寝返りはできないな」
手話地「そしてこれがウルトラの母ことウルトラウーマンマリー」
アルフォード「こっちは薄い板がぶら下がってる。寝返りしたらパキッと折れそうだ」
ミキオ「いやお前、寝返りのことだけそんなに気にしてどうする」
永瀬「ええと、そうするとウルトラマン・ウルトラマン、セブン、帰ってきた人、合体の人、タロウ…これだと6兄弟なのにひとり足りないですよね」
手話地「そう、説明が最後になったがウルトラ兄弟には最強の長男がいるのだ」
エリーザ「いやおかしい! 貴公は先程『初代ウルトラマン』と言っていたではないか! 初代の上に長男がいるのか!」
吠える皇太女エリーザ。明らかにこの女は本来の目的を忘れている。果たして双子の姉妹は仲良くなれるのか。そしてウルトラ兄弟最強の長男とは。次回へ続く。