第193話 タコパ!男を試される謎球体(前編)
異世界204日め。日本の東京都でイセカイ☆ベリーキュートの1週間限定デビューを成功させたおれたちは王都に帰還し通常勤務に戻っていた。まるっきりこの世界を1週間留守にしていたわけで、仕事もそのぶんたっぷり溜まっている。東京帰り初日の今日は朝からフル稼働で働いていたが実にストレスフルだ。
永瀬「侯爵、次の予定ですが、アカッカ地区での祭に郷土のいにしえの英雄を召喚して欲しいという依頼がありまして…」
ミキオ「ちょっと一旦ストップ。朝からノンストップで働いてる。30分休憩としよう」
永瀬「はぁ。では30分だけ」
なんだ永瀬は。なんで生返事だ。たまった仕事を消化したいのはわかるがこんなにギチギチにスケジュール詰めなくてもいいじゃないか。いくら神の子でもおれは生身の人間なんだぞ。少しイラッとしたが小腹も空いたのでおれは青のアンチサモンカードを取り出した。こういう時は好きなものを食べるに限る。
ミキオ「すぐ戻る。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、大阪市中央区道頓堀、コナモンミュージアム」
数分後、おれは再び青のカードで事務所に戻ってきた。
永瀬「この忙しい時にわざわざ大阪まで行ってなに買ってきたんですか?」
どうも今日の永瀬は言い方にトゲがあるな。1週間留守にしていたから怒ってるのか。
ミキオ「まあ、おれの場合は近所でも大阪でも同じだから…これを買ってきた。“たこ家道頓堀くくるコナモンミュージアム店”のタコ焼きだ」
ヒッシー「いい匂いだニャ〜」
ザザ「何だ?」
ペギー「嗅いだことのない複雑な匂いなのです!」
副所長のヒッシー、事務員のザザ、ペギーと所員が全員集まってきた。無理もない。温まったソースの香りは実に蠱惑的だ。言うまでもないがこの世界には日本風のタコ焼きソースなんてものは存在しない。
ミキオ「食べてくれ。全員分あるぞ」
おれはビニール袋からタコ焼きのパックを出し、全員に振る舞った。久々に行ったらインバウンド向けなのかすごい値段になっていたが美味いのは確かだ。8個で1パック。タコ焼き自体も大粒だが中のタコも大きい。
ザザ「こ、これ箸で食うのか?」
ミキオ「付いている爪楊枝2本を使う。1本だとこのように回転してしまうからな」
ザザ「なるほど…」
永瀬「あ、美味しい」
ヒッシー「うみゃいニャ〜〜」
ザザ「なんだこれ! こんなの食ったことねーぞ! 外側がカリッと焼けてて中はトロトロだ!」
ペギー「タコの足が入っているのです! 意外!」
ガーラ「なるほどな。ニホンの文化はだいたいわかってきたものだと思っていたが、こんな奇妙な食べ物もあるのだな」
うちの事務所の書生ガーラは古代文明が生んだ戦闘ロボットであり、体内に永久機関を搭載しているため食事をする必要はないので食べたフリをしているだけだ。
ザザ「今まで食ったニホンの食い物の中で一番うめぇぞ!」
ミキオ「そこまでか。まあ確かにおれも大好物ではあるし、この店のは格別なのだが」
永瀬「銀だこ行くと『とろたま明太』とか『焦がし醤油もちチーズ明太』とかのバリエーションもあるよ」
ザザ「なんだそりゃ。ガチャガチャして味が想像つかねーな。こういうのはシンプルなのが一番いいんじゃねーの?」
ほう。こいつバカ舌の割には鋭いことを言うな。おれが感心していると事務所のドアが急に開いて知ってる顔が入ってきた。
アスラギ「失礼します。取材に参りました」
うわ。こいつは大手かわら版ガターニア日報の記者アスラギ・テイという女だ。失礼な態度と裏を取らない結論ありきの取材でフェイクニュースを垂れ流すはた迷惑な女記者なのだ。
ミキオ「またあんたか。今は休憩中だ。今度にしてくれ」
この女の取材なんて受けてもどうせろくな記事にならない。反権力が信条なのだから貴族のおれなど最初から貶める気しかない。相手にするだけ時間の無駄だ。そう思って断ったつもりだったが入れとも言わないのにずいずい事務所の中に入ってくる。
アスラギ「休憩中なら話できますね」
ミキオ「まるで話を聞いていない…」
おれがアスラギ記者に呆れていると、横からザザがだるそうに口を挟んできた。
ザザ「記者さんさぁ、うちらいまおやつ食ってっから。あんたも食う?」
長楊枝でタコ焼きを持ち上げてアスラギ記者にアピールするザザ。
アスラギ「…ひいっ! ま、また来ます! 失礼!」
タコ焼きを見たアスラギ記者はなぜか形相を変えてすっ飛んで行った。
ミキオ「…なんだアイツは」
永瀬「ほっといていいんじゃないですか」
ザザ「ま、タコヤキがうめーのはよくわかった。これ王都で店やったら流行りそうだな」
ペギー「でもどうやってこんなまん丸に成形したらいいかわかんないのです!」
ヒッシー「いやそれは丸いくぼみのある鉄板を使って焼くニャ。日本ではどこのご家庭にも1台はタコ焼き機があるニャ」
ペギー「どこの家庭でもなのですか!?!」
ミキオ「だいたいある。うちの実家にもあるな」
ザザ「すげーな! やっぱりニホン人てのは変なことにこだわるな」
永瀬「だいたいみんな一度は“タコパ”てのをやるのよ」
ガーラ「なんだそれは」
永瀬「友達呼んで家でやるタコ焼きパーティーのこと。中身を変えてみたりしてね。盛り上がるよ」
ザザ「うお! いいじゃんか! ぜってー楽しいぞ! うちらもやろうぜ!」
ペギー「やりたいのです!」
ミキオ「またお前らは遊ぶことばっか考えて…」
永瀬「いいんじゃないですか。わたしとザザとペギーとガーラはこの1週間、所長と副所長不在のなか頑張って働いてたんですよ」
ミキオ「…まあ、それを言われるとだが…わかった。ちょうど明日は休みで今日は半ドンだし、じゃやろうか、タコパ」
永瀬「やった」
ザザ「話がわかるな、お前!」
その日の夕方、おれたちは池袋にあるレンタルスペースの前に“逆召喚”で来ていた。言うまでもないが王都の事務所には電気が来ていないのでタコ焼き機を使うならこういうところを借りるしかない。
バッカウケス「こ、これが異世界ニホン…」
ブリス「ふん、まあまあの街ね」
フレンダ「以前来たロッポンギと同じくらいの都会ですの」
レンタルスペース店の入り口前に並んでいるのは我が事務所のメンバーに加えて王女フレンダ、その従兄弟で貴族のバッカウケス、王国有数のセレブのブリスの3人だ。
ミキオ「…確認するが、なんでお前らが来てるんだっけ?」
フレンダ「わたくしのお庭番から情報が入りましたの。ミキオがまた何か楽しそうなパーティーをやろうとしていると!」
連合王国の王女フレンダ・ウィタリアンには影騎士という忠実なお庭番がいて彼女に様々な情報を報告しているのだ。
バッカウケス「いや〜今日はたまたまザザさんの顔を見に来ただけなんだがね! タコパというものが何なのか知らないが面白そうなので付いてきてしまったよ!」
連合王国の貴族であるバッカウケス・クリアンベイカー侯爵はおれの友人だ。以前知り合ったザザの叔母に告白してフラレてしまったが、化粧をするとその叔母にソックリになるザザに一目惚れしてしまったのだ。
ザザ「うっせえ! こっち見んな!」
ブリス「私は今日はミキオ社長に新会社社屋の土地誘致の件で決裁を仰ぎに来たのよ。そしたらタコパなんてものをやるって言うじゃない。これはビッグビジネスの匂いがプンプンすると思ってついてきたのよ」
ブリス・カッドンは大商人ターレ・カッドンの娘にしてカッドン財団の理事。おれとは新会社でのビジネスパートナーという関係になるためおれをミキオ社長と呼ぶ。おれはこの濃厚な3人を前にうんざりしながら言った。
ミキオ「多いんだよ。急に大声出すタイプが3人もいるじゃないか。正直この先の展開が見えるよ」
フレンダ「ま、失礼!」
バッカウケス「何目線で言ってるんだ、君は!」
ブリス「このブリス・カッドンが参加してあげるのよ! 光栄に思うべきだわ!」
まったくガターニアの貴族だのセレブだのは我儘で癇癪持ちが多くて閉口する。見ろ、こんな池袋の街なかで大声を出すから通行人がじろじろ見てるじゃないか。
ミキオ「わかったから大声を出すな。入れてやるから大人しくしろ」
受付を済ませ、おれたちはレンタルスペースの店内に入った。借りた部屋は20畳ほど。正方形の間取りで3人がけのソファーが3つ置いてあり床には毛足の長いラグも敷いてある。大きなモニターやキッチンもあり豪華とは言えないがタコパに使うには充分過ぎる部屋だ。
バッカウケス「なかなか慎ましい部屋じゃないか」
フレンダ「またミキオはこんなケチな部屋を借りて…」
ブリス「うちの猫の部屋の方が大きいわ」
ミキオ「お前ら、文句言いたいだけなら帰っていいぞ」
おれは王侯貴族たちに辟易としつつタコ焼き機のセッティングをしていた。これは電気で焼くタイプで、実家から借りてきたものだ。鉄板のくぼみが12あるので一気に12個のタコ焼きを作ることができる。小麦粉と玉子、茹でタコの足などの材料も買ってきてあるがこれだけのメンバーがいてまともに料理をできる人間がおれしかいない。王侯貴族たちはおろか永瀬やザザまでも手伝おうという素振りすら見せない。仕方なくおれがひとりキッチンで準備を始めた。
フレンダ「だいぶ時間かかりそうですの」
ヒッシー「ならおれたちは他のことするニャ。この部屋にはカラオケが付いてるんだよね」
ブリス「??? からおけ? 何それ」
永瀬「歌に合わせて演奏をしてくれる機械のことです」
ヒッシー「おっし、じゃーおれがトップバッターだニャ!」
ヒッシーは馴れた手つきでカラオケの電モク(電子目次本)を操作して曲を入力した。いやそんなんいいからタコの足と紅生姜切るの手伝ってくれよ。
ヒッシー「君がだいすっき、あの海辺よりもだいすっき…♪」
ヒッシーが唄ったのは1988年に発売された岡村靖幸の『だいすき』だ。これは岡村靖幸の代表曲とも言える甘く楽しいポップチューンである。ヒッシーは声が高くて正直この曲とはキーが合ってないのだがまあなんとか唄いこなしている。彼は世代ではないが岡村靖幸ヘッズであり大学時代はよくカラオケでこの曲を唄っていたのだ。なお岡村靖幸には他に『聖書』という、公平に見て気持ち悪い曲がありその中で「実際青春してるし背が179!」という歌詞があるのだが、これもヒッシーはカラオケで唄い「背が154!」と言い換えるという自虐ネタをやっていた。
曲が終わるとぱらぱらと拍手が起きた。「上手くはないがよくがんばって唄い切ったな」という感じの拍手だ。くそ、楽しそうだな。こっちは必死で小麦粉をかき混ぜているというのに。
フレンダ「次はわたくしですの♡」
フレンダはおれたちがプロデュースしているアイドルグループ、イセカイ☆ベリーキュートのメンバーを期間限定でやった経験があり、その頃にレッスン場にしていた事務所2階の会議室で歌唱練習としてカラオケを使っていた。そのためJ-POPもある程度唄えるのだ。
フレンダ「BOY MEETS GIRL それぞれの〜♪」
フレンダが唄っているのはtrfの『BOY MEETS GIRL』である。1994年にリリースされ大ヒットした曲だ。冒頭いきなりインドネシアの民族舞踊のコーラスから始まり、サビ後の間奏で子供の合唱も混じる変な曲なのだが日本ではtrfのスタンダードナンバーとして捉えられている。明るくアゲアゲでピースフルな曲調でありおれなどはこの曲を聴くとあの頃の日本はこんなに力強くキラキラしてたんだなぁと感慨にふけってしまう。おれの生まれる前の曲なのだが。
フレンダ「あなたと過ごした日は~20世紀で~最高の~出来事~♪」
フレンダは曲りなりにもアイドルとしてステージに立って唄った経験があるのでまあまあ歌は上手い。この曲もレッスンでさんざん唄っていたのでちゃんと音程も取れている。思わず巻き起こる拍手の渦。ちくしょう、あっちは楽しそうだな…。
ヒッシー「永瀬にゃんも唄うニャ!」
永瀬「えっ、えっえっ、えーとじゃあ平原綾香の『Jupiter』を…」
おれは撹拌器で小麦粉と玉子をかき混ぜながら思わずずっこけた。この曲は2003年にリリースされた平原綾香のデビューシングルにして代表曲。キーの高低差があり、長さも10分弱もある難易度の高い曲だ。永瀬とカラオケに行ったことが無いので彼女の歌唱力は知らないが、そんなに自信があるのだろうか。
永瀬「Every day I listen to my heart〜ひとりじゃな~い~♪」
うーん、やはり音程が取れていない。無理もない。これは素人が手を出していい曲ではない。というか永瀬は全然上手くないな。周りも微妙な顔になっているが、まあカラオケなんてそういう空気も含めて楽しければそれでいいのだ。永瀬はただでさえ美人で東大卒なんだし多少は欠点があった方が可愛げがあるというものだ。おれも永瀬がフルコーラス唄い切る間に神の子の膂力で小麦粉をとぅるんとぅるんにかき混ぜ切った。
ミキオ「できたぞ」
バッカウケス「いや、次は僕に唄わせてくれ!」
ブリス「ずるいわ! 私よ!」
ミキオ「お前ら、こっちの歌なんて知らないだろ。この機械には地球の曲しか入ってないんだ。というか我々はタコパをしに来たんだから」
バッカウケス「そ、そうか…」
ブリス「そうだったわね…」
池袋のレンタルスペースでのタコパはカラオケ大会と化そうとしていたが、すんでのところでおれが止めた。盛り上がりを止めた形ともなったが、果たしてこのまま無事にタコパは終わるのか。そしてアスラギ記者が逃げ帰った理由とは。後編へ続く。