第190話 列島震撼!国内最大級アイドルフェス爆破予告(第二部)
異世界のアイドル、イセカイ☆ベリーキュートをこの地球で1週間限定デビューさせることになったおれたち。活動は順調だったが、最終日に生ライブを行なう国内最大級のアイドルフェスに爆破予告があった。しかもその犯人はどうやら神与能力者らしいのだ。召喚魔法さえ通用せず、おれたちは動揺していた。
栄「一体どうしたらいいの…」
栄先輩は焦りつつもスマホを取り出して関係各所にメールし始めた。無理もない。先輩の所属するアイジャックス社はこのフェスの協賛のひとつであるとともに、イセカイ☆ベリーキュートを含む12組ものレーベル所属アイドルを参加させているのだ。
巌「クソ! なんてこった!」
デスクを叩いて憤る巌おじ。神与能力者の犯罪に対して現行の警察はあまりに無力だ。
冬馬「会場内はくまなく探しましたが爆発物はどこにも仕掛けられていません。つまり、これから仕掛けられるということになります」
ミキオ「いや、おそらくは何からの方法で任意の場所を爆発させる能力だろう」
ヒッシー「そんな! それじゃいつでも自由にアイドルを爆発させられるってことになるニャ!」
捜査本部長「捜査には引き続き厳戒態勢で臨む。近隣から目撃情報を集め、SAT(警察の特殊急襲部隊)も出動させよう」
不朽田「それと専門家が必要になりますな。対テロ問題と犯罪心理学の権威。そしてこの分野に詳しいプロが」
巌「この分野のプロねえ…」
ミキオ「それなら一人、心当たりがある。おれたちの大学の先輩なのだが」
ヒッシー「えっまさか、あの人?! ミキティそれだけはやめるニャ!」
おれの提言を受け突然動揺するヒッシー。
ミキオ「いや適任だろう」
栄「? どなた? 私も知ってる人?」
巌「誰でもいい、呼んでくれ。この場に相応しい人間かどうかは呼んでみりゃあすぐにわかる」
ミキオ「わかった。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ。汝、菊池犬丸!」
しゅぼおおっ! カードから紫色の炎を噴き上げて登場したのはおれたちの東大時代の先輩、菊池犬丸氏だ。身長180cmの痩せた体型、不潔げなロン毛、黒縁眼鏡の奥に光るじっとりした眼、くすんだ顔色に前時代的なオタクファッションと絵に描いたようなアイドルオタクの容貌である。
警察官僚A「おお…!」
捜査本部長「本当に召喚した…!」
不朽田「やはりハイエストサモナーの名は伊達ではありませんでしたな」
警察官僚B「しかしなんだあの男は」
菊池先輩は不潔げな黒髪をかき上げ、じっとりした目で辺りを見回した。
鬼畜の犬「…どこだここは」
ミキオ「菊池先輩、お久しぶりです。東大で後輩だった辻村三樹夫です」
栄「きゃあ! こ、こ、この男は…鬼畜の犬!?」
菊池先輩の顔を見るなり絶叫する栄先輩。
鬼畜の犬「お、アイジャックスの栄さん。その節は通報してくれてどうも」
栄「け、穢らわしい! なんであんたが!」
巌「三樹夫、誰なんだその男は」
おれが答える前に栄さんが震えながら答えた。
栄「各アイドル事務所のブラックリストNo.1! アイドル業界のゴミ、ヘドロ、ウジ虫と言われた菊池犬丸、通称“鬼畜の犬”よ! 様々なアイドルをストーキングしていて、こいつに狙われて精神科のお世話にならなかったアイドルはいないわ!」
ヒッシー「定職もないのに主宰してるサイトのアフィリエイトとYouTubeチャンネル、グレーゾーンの怪しいセミナーと盗撮写真の収益で月収300万あるっていうニャ」
冬馬「え? じゃあむしろ敵側の人間なんじゃ?」
鬼畜の犬「なるほどここは警視庁か。と言うことは例のTOKYO偶像祭を狙った爆弾魔の件で私の意見を訊きたいということかな」
ミキオ「さすが。その通りです。理解が早くて助かる」
巌「すげぇの呼んできたな…」
菊池こと鬼畜先輩は不敵に笑い、パイプ椅子を取ってこともなげにどかりと座った。突然警視庁に召喚されるという異常事態をすんなりと飲み込んでなおこの態度。この驚異的な胆力と卓抜した知能こそこの先輩の恐ろしいところなのだ。
鬼畜の犬「何がなんだかわからないが、何をやるべきかはわかった。会議中なんだろう? 続けて頂こう」
皆が菊池先輩に恐れおののいていると、参席していた石立鉄男似の警察官僚のひとりが挙手して発言した。
冬馬「建石警視、どうぞ」
警察官僚A「や、私ゃどうも判らないんですがね、くだんの爆弾魔はそのURAすなわち非現実的能力者と推定されとるわけでしょう」
不朽田「ただいまご覧頂いた通り、一人いれば国家間の軍事バランスが変わるとも言われる、戦略兵器クラスのワンマンアーミーです」
警察官僚A「そんな超人がどうしてこんな変質的な行動に固執するのかね。何故わざわざ予告までしてアイドルさんのコンサートを邪魔するような企てをせにゃならんのか、まったく判らん」
捜査本部長「80年代以降、とみに増加・異常化した劇場型犯罪の典型でしょう。社会との関係性の欠落が欝屈した憤懣を醸成しやがて爆発するという...」
不朽田「いやいや、単騎での戦術行動が可能なワンマンアーミーがそんなエモーショナルな理由で作戦を起こすわけがない。となれば理由はひとつ、この国内最大級のイベントに於いて自らの軍事的優位を誇示するためです」
警察官僚A「あぁ、それなら合点がいく」
不朽田「以上の点から敷衍するに、この事件の背景にはやはり東アジアの某国、ないしは国内の反政府グループもしくはテロ宗教...」
話を聞いていた鬼畜先輩が突如として哄笑して言った。
鬼畜の犬「はは、はは、ははははは! 結構結構! やはり警察のお偉方はお利口でらっしゃる! 国会の予算審議に出てくるみたいな模範回答だ!」
巌「おい、あんた!」
不朽田「ま、拝聴しましょう」
鬼畜の犬「お偉方、よくお聴きなさい! 超能力者だろうがワンマンアーミーだろうが憧れのアイドルを目の前にして志しある男子が抱く感情はただ一つ、恋慕の情しかないでしょう! 惑星が太陽の周りを巡るが如く、電子が原子核を中心に回るが如く! 強力な磁力を持ったものに魅き付けられるのはこの世の生きとし生けるもの全てが従わざるを得ない絶対無誤謬の法則なのです! アイドルこそ正しく黄金の光を放つ原始太陽だ、愛のイデアの具現者だ!!」
一同「…」
完全に陶酔している。えらい人を呼んでしまったな…。
鬼畜の犬「爆破予告の文面の行間から滲み出る気迫と狂気、犯人は間違いなく熱狂的なアイドルファンだ! 私には痛いほどよく判る!!」
巌「あのなぁ、あんた…」
不朽田「いや、まぁ、その線もなくはないでしょう。ジョン・レノンを殺害したのは“殺したいほど"彼を好きな熱狂的ファンだった」
鬼畜の犬「そういうことだ。話はすべて理解した。警察は嫌いだがこの菊池犬丸が全面協力しましょう。ただし条件がある」
冬馬「じょ、条件…」
栄「あなた、状況わかってんの?! ここ警察よ?!」
捜査本部長「とりあえず言ってみてくれ」
巌「本部長! いいんスか、あいつ何言い出すかわかりませんぜ?!」
鬼畜の犬「今回のフェスが無事に終了した暁には、アイドルたちが撤収した直後の控え室で匂いを嗅がせて欲しい。すべての控え室でだ」
冬馬「ひいっ?!」
栄「きっ、キモっ!!」
捜査本部長「…まあ、その程度なら」
冬馬「いいんですか?! カメラとか盗聴器仕掛けられちゃいますよ?!」
巌「そんときゃあ撮影罪で逮捕。 3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金だ。それでいいな? 鬼畜のセンセ」
鬼畜の犬「ふっふっふ。いいでしょう。では始めましょう」
鬼畜、いや菊池先輩はスマホを取り出して何やら打ち込み始めた。スマホは数年前の機種だがいろいろ奇妙な改造がしてありよく調べたら何らかの罪に引っかかりそうだ。
ヒッシー「あの〜、いったい何を?」
鬼畜の犬「X、旧Twitterにて今このようにポストした」
菊池犬丸 @ki9chi1nu0・1分
我が同志たちよ、今こそ集結せよ!偶像祭を阻止せんとする爆弾魔がお台場に潜伏中との情報あり。アイドリアン烈士諸氏いざ我とともにこぞりて賊を捕らえ偶像祭を断行すべし!一般ピープルという名の無明の反省猿どもに驚愕の切っ先を突き付けん!
ミキオ「…これは…」
冬馬「…あんまりあの爆破予告と変わらないような気もしますが…」
鬼畜の犬「ちなみに私はフォロワー10万人だ」
ヒッシー「うにゃっ! もういいねが200も付いてるニャ!」
鬼畜氏のポストが行なわれると、彼のフォロワーたちがすぐに反応しあっという間にいいねとリポストが5000くらい付いた。これはもうインフルエンサー並みの影響力だ。この人のどこにこんなカリスマ性があるというのだろう。彼のポストはすぐに都内の、いや日本中のアイドルファンたちを震撼させた。
鬼畜氏のポストが行われたその頃、新宿区内に住むアイドルファンAの家ではスマホが鳴っていた。着信音はFRUITS ZIPPERの“わたしの一番かわいいところ”である。
アイドルファンA「もしもし?!」
アイドルファンBの声「久しぶり。おたく、鬼畜の犬のX見た?」
アイドルファンA「見たみた! 今着替えてバイク出そうと思ってたとこ! 行かないの?」
アイドルファンBの声「なワケないって! モノノフ強硬派の平田氏が知り合いから街宣車借りてきて出すっていうからさ、新宿方面ならおたくもどうかと思ったのよ」
アイドルファンA「街宣車! すげぇな、これ都内中、いや日本中のアイドルオタクが集まるぞ!」
再び警視庁2階の捜査本部。
冬馬「…何か、外が騒がしくなってきたような…」
鬼畜の犬「同志たちが集結してきているのだろう。刑事さん、お台場までパトカーを出して頂きたい。彼らに謝辞を述べねば」
冬馬「いっ、いいんですか?」
捜査本部長「言う通りにしてやりなさい。彼が顔を見せてやらねば収まりもつくまい」
ミキオ「おれも行きます」
ヒッシー「おれもだニャ」
何かあってはいけないのでおれたちも同行することにした。群衆の前に現れるわけだから召喚魔法は使わない方がいい。パトカーはスズキの“キザシ”という車種だ。冬馬刑事が運転、鬼畜先輩が助手席。おれとヒッシーは後部座席に乗り込んだ。桜田通りから環状2号線を走り港区のお台場方面に向かうと、車線は怪しげな車両でいっぱいであり、いつの間にかおれたちのパトカーは取り囲まれていた。
冬馬「なっ、何ですかこの車たち!?」
ヒッシー「いろんなアイドルが描かれた痛車、型の古いバイク、それに街宣車などばかりだニャ…荷台にオタクらしき男たちを載せた軽トラもあるニャ…」
車の窓を開け、またバイクのシート上などから声をかけ合うオタクたち。鬼畜先輩のポストを受けてか、みな一様に高揚している。
アイドルファンC「ははは! 野口くん、最高の夜だね!」
アイドルファンD「おー、おたく平手友梨奈原理主義同盟の水野氏じゃないの! 元気そうで何より」
アイドルファン「俺は地下アイドル統一武装戦線の飯塚ってもんだ。あっちにはキャンディーズ親衛隊の爺さまたちが来てたよ。夜のお台場に日本中のオタクが集まる勢いだぜ!」
なんと恐ろしい光景だろう。鬼畜氏はあのたった数行のポストだけで都内にこんな大量のアイドルファンを集結させたのだ。
鬼畜の犬「ちょっとお借りする」
冬馬「あっ」
助手席の鬼畜先輩はパトカーのスピーカーに繋がったマイクを勝手に取った。また彼の改造スマホは既にRECになっている。
鬼畜の犬「マイクチェック、マイクチェック。同志諸君、聞こえているだろうか。不肖この菊池犬丸がパトカーの中より挨拶させて貰う、ネット環境のある者はYouTubeでライブ配信をやっているのでそっちも見て欲しい」
アイドルファンF「おおおおっ?!」
アイドルファンG「鬼畜の犬だぜ!」
アイドルファンH「業界のヘドロ、ゴミ、うじ虫と言われた伝説のアイドルストーカーだ!」
アイドルマニアI「パトカーの中からライブ配信とはさすが鬼畜、やすやすと俺たちの想像を超えてくる!」
鬼畜の犬「素敵だ! 何もかも素敵だ! 世間体という名の大多数正義によって我々に加えられた屈辱は我らをさらに尖鋭化させその存在をダークサイドに叩き込んだ。だが見よ、我らは結束している! 爆弾魔による偶像祭阻止の糾弾という目的を前についに我らアイドリアンは一致団結を見たのだ! 我らは最早ヘドロではない! うじ虫ではない! 見果てぬ身中の女神をただひとつの理想に掲げ行動する勇気を持った意志あるホモ・サピエンスなのだ! 今こそ我らは団結せん! 純粋無垢なる狂気を武器に!」
アイドルファンたち「うおー!!!」
冬馬「ちょ、ちょっと! パトカーの中からなにアジってんですか!」
運転中の冬馬刑事はマイクを取り上げようとするが、もう遅い。パトカーの周りのアイドルファンたちは割れんばかりの歓声を上げている。
鬼畜の犬「かの爆弾魔は明日からの偶像祭会場に爆弾を仕掛け、おそらく我らの女神たちと心中する肚だ! この爆弾魔について少しでも情報を持っているという同志、またこのお台場でそれらしき者を見たという同志は私にDMをくれ! 我らはこれより明朝のTOKYO偶像祭開幕まで不眠で捜索体制を敷こう! そして我らは暁と共に勝利者となるであろう!!」
アイドルファンJ「いいぞ、鬼畜!!」
アイドルマニアK「俺たちの心はお前と一緒だ!」
冬馬「三樹夫さん! 何なんですかこの人、まるでマーチン・ルーサー・キングじゃないですか!」
ミキオ「やはりおれの人選に間違いはなかった」
ヒッシー「これたぶん1万人はいるニャ。警察が探すよりしらみつぶしにできるニャ」
鬼畜先輩の扇動を受けてなおも狂騒状態の続くアイドルオタクたち。これはもう一歩間違えば暴徒だ。頼もしくもある反面、別な事件を巻き起こしはしないかと不安にもなる。果たして明朝までに犯人は見つかるのか。偶像祭は無事に開幕できるのか。次回へ続く。