第189話 列島震撼!国内最大級アイドルフェス爆破予告(第一部)
異世界197日め。おれと東大時代の同期ヒッシー、それにおれたちがプロデュースするアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の初期メン4人は地球の東京に来ていた。以前からおれはイセキューについて、素晴らしいアイドルグループだとは思うのだがやはり素人に過ぎないおれたちが作ったグループなのでどこか洗練されてないと感じていた。それをヒッシーと話し合ったところ、地球で面倒を見てもいいという人物が現れ、なんと1週間限定で日本デビューさせようということになったのだ。
リンコ「すごい! すごい! 本当にニホンに来た!」
チズル「信じられない…」
ユキノ「街が綺麗…」
コマチ「しゅごいね〜」
ビル街の景色に魅入るイセキューメンバーたち。無理もない、彼女らは中世ヨーロッパ程度の文明レベルであるガターニアの世界しか知らないのだ。
栄「へえ、これが辻村と菱川がプロデュースするアイドル、“イセカイ☆ベリーキュート”か。なかなか可愛いじゃない。1週間限定デビューなんて勿体無かったかもね」
ミキオ「お世話になります」
ヒッシー「だニャ」
栄「こちらこそよろしく。みんな注目! 私がこれから1週間、あなたたちのディレクションを行なう栄よ。よろしく」
このいかにもやり手の女性は栄 亜沙美さんという。おれたちの大学時代の先輩で今は大手の音楽レーベルであるアイジャックス・ミュージックエンターテイメント社の営業戦略部の社員だ。以前ヒッシーが所沢に帰った際に会ってイセキューの話をしたところ、社のプロジェクトとして1週間だけ面倒を見てくれるという話になったらしい。高田馬場にたまたまシェアハウスが空いていたのでそこを借りてメンバーたちの住居として使うことになった。今日はアイジャックスの本社ビルで栄先輩と顔合わせだ。先輩は何やらプリントされたA4のコピー用紙をおれたちに配った。
栄「これが今日から1週間のスケジュールよ。今日は14時からスタジオに移動して録音、そして明日は各テレビ局回りとPVの撮影、明後日からは取材とYouTubeの生配信。そして6日後には“TOKYO偶像祭”の初日で生ライブ。悪いけど大忙しだから。時間がないから詰めていくわよ」
イセキュー「はい!」
この6日後から3DAYS、お台場で“TOKYO偶像祭”という一大アイドルフェスがあるのだが、我々はこれからの1週間でYouTubeなどの活動を行ない、そのフェスで生ライブのお披露目をしたあと日本での活動休止を宣言しガターニアに戻ることになっているのだ。あまりに限定的だと思う向きもあるかもしれないが、アイドル歌手誕生の地・日本でアイドル活動をすることで彼女たちのセンスも磨かれ今後に役立つ筈だし、アイジャックス社としても1週間限定の“異世界アイドル”は話題を呼んでそれなりの収益をもたらす筈だ。
ヒッシー「でも本当に大丈夫かニャ。この子たちが異世界出身だなんてバレたら…」
ミキオ「そこは心配ない。1982年にスターボーという“メンバー全員が宇宙人”という触れ込みの3人組アイドルがデビューしたが解散するまで誰も信用してなかった。異世界出身のアイドルと言われてもそれと同様、他グループとの差別化のための“設定”としか思われないだろう」
ヒッシー「ニャるほど」
栄「何をボソボソ話してるの、二人とも! キミたちも私のチームのスタッフとして稼働して貰うからね!」
ミキオ「はあ」
ヒッシー「よろしくだニャ」
栄先輩は仕事熱心だがちゃんと遊び心もあり、メンバーたちに無理を強いるようなことはしない筈だ。何よりこの遊びに本気になってくれている。この人に任せておけば何も心配ないだろう。おれもヒッシーもイセキュー1期生の4人もガターニアでは忙しい身ではあるが、得るものも大きいと思う。
その後、我らがイセカイ☆ベリーキュートの地球デビューは驚くほど順調に進んだ。翌日にレコーディング及び撮影がされた持ち歌“イセカイズム”のPVはすぐにYouTubeにアップされ、なんと1日で80万回再生となった。話題は話題を呼び、ユキノの美貌と美声、チズルのスタイルの良さ、リンコの笑顔とダンス、コマチの可憐さが評判となり、わずか3日で再生回数は1000万回を突破、公式チャンネルの登録者数も50万人を超え、コアなアイドルオタクだけでなく一般層にもその名は轟いていったのだった。
リンコ「せっかくニホンに来たのに忙し過ぎて遊べない! 観光したいよう〜」
ユキノ「我慢我慢」
コマチ「窓の外に馬無しの馬車がびゅんびゅん走ってる! 2期しぇいのみんなにもこの景色見せてやりたかったね!」
チズル「今頃うちらの代わりにあっちで仕事してくれてるから」
メンバーたちも慣れない異世界で大変だろうが、アイドルとしてのセンスを磨くというモチベーションは高く維持している。そのせいかなんとYouTubeデビューからわずか2日でテレビCM契約が決まり、転移4日めの今日はその撮影のため駒場のスタジオに来ていた。新発売のエナジードリンクのCMということでイセキューのメンバーはスポーティーな衣装を着ている。物怖じせずにばんばんと撮影をこなしていく彼女らを見ながら栄さんはぼそりと言った。
栄「イセカイ☆ベリーキュート、いいわね…なんでこんな逸材が今までスカウトに引っかからなかったんだろう」
ヒッシー「えへへへ」
栄「あの自然でカラフルな髪色と瞳の色、どこか神秘的な雰囲気。まるで本当に異世界から来たアイドルみたいじゃない」
ドキッ。急に核心突いてくるなこの人。まさかバレてはいないと思うが。
ミキオ「そういう設定ですから」
栄「そうよね…今はカラコンとかあるものね…特にあの耳とがってるユキノって子がずば抜けてるけど、みんなアベレージ高いわ。売り方さえ間違わなきゃ国民的アイドルになれる器だと思う。辻村、マジで1週間と言わずうちの会社に預けてみない?」
ミキオ「いや、すみませんがそれは本人たちとの約束なんで」
栄「勿体ないわね…ま、勿体ないって思うくらいがちょうどいいのかもね」
イセキューの4人には戸籍がない。いやそれどころか国籍もない。言ってみれば外国人だが入国手続きをしていないので密入国者ということになる。健康保険にも入っていないのだから日本での長期生活なんて破綻するのは目に見えている。だいいち彼女たちは既にガターニアの大スターなのだから今更こっちで暮らす理由がない。だから1週間限定という約束で来ているのだ。
転移5日め。今日はステージカーを借りて渋谷の宮下公園前でゲリラライブである。もっともゲリラとは言いながらも事前にちゃんと道路使用許可は取ってある。曲は“イセカイズム”“アイドルの遺伝子”“そんなこっちゃDon't you know”の3曲。インパクト重視のデビュー曲とアガるリード曲を歌って貰った。熱狂とまではいかないが結構人だかりもできている。ぼちぼち名前も知られてきたようで、声援を送る者もいた。
リンコ「というわけで、イセカイ☆ベリーキュートでしたっ! TOKYO偶像祭にも登場するんで見に来てくださいねっ!」
観客A「リンコ〜!」
リンコ「すごい、名前呼ばれてる! ありがとーございます!」
コマチ「またね〜!」
声援と拍手を受けながらコンテナのウイングが閉まっていく。メンバー4人は汗で顔をてからせていたがその目は満足げだ。
リンコ「めっちゃ興奮した!!」
コマチ「アイドルの遺伝子、新しい振り付けめちゃくちゃ決まったね〜」
ユキノ「うん、センスが違う」
リンコ「うちら確実にグレードアップしてるよ!」
チズル「やっぱりこっちに来て良かった。後で他のアイドルさんのPVも見ない? 偶像祭に活かそうよ」
コマチ「見よ見よ!」
路上ライブを撤収し、アイジャックス社でミーティングのあとシェアハウスに戻ったのは23時。明日は朝の7時から在京キー局の朝番組に生出演しなければならないのだ。まさかこんなギチギチにスケジュールを組まれるとは思ってなかったが、本人たちはこの生活を結構楽しんでいるようだ。
転移6日め。イセキューの話題はついに一般のワイドショーでも取り上げられることとなった。番組内で明日のTOKYO偶像祭の告知もできたので、同イベントを主催するアイジャックス社にはかけた費用以上の利益をもたらしたと言えるだろう。どうやら栄先輩の責任問題にはならなそうだ。おれたちが安堵していると
、アイジャックス本社ビルの窓の外がにわかに曇り、まだ夕方だというのに雷雲が拡がってきた。嫌な予感がするな…と思っていると部屋のドアが開き、栄先輩が息を切らせながら入ってきた。
栄「辻村! 菱川! 一緒に来て、警視庁から呼び出されたわ!」
ミキオ&ヒッシー「ええっ?!」
ここ港区麻布十番のアイジャックス本社から警視庁まで車で10分ほど。逆召喚でササッと行きたいところだが、栄さんが一緒なのでそうもいかない。アイジャックス社の社用車に乗っておれたちは警視庁に赴いた。
巌「三樹夫、よく来てくれた」
玄関口で出迎えてくれたのは巌おじこと辻村巌だ。やっぱりこの人が絡んでいたか。この人は警視庁から内閣調査室に出向している刑事で、おれが日本に来るとすぐに察知して監視体制を敷くのだ。横には部下である冬馬静音刑事もいて、おれに敬礼してくれた。
栄「え? どういうこと?」
ミキオ「おれの叔父なんです」
巌「まさかお前がアイドルのプロデューサーをやってるたぁな…まあ入ってくれ。もう会議は始まっている」
ミキオ「会議?」
警視庁2階にある部屋の前には“連続爆弾魔捜査本部”と書いてあった。我々が中に入ると、パイプ椅子と折り畳みテーブルが置いてありいかつい表情の警官たちが座っていた。そこに混じって所在無さげにしているのはフェスの実行委員長である有名アイドルプロデューサーと各芸能事務所マネージャーの面々だ。
ミキオ「いったいこれは…」
冬馬「時系列に沿って説明します。昨日17時30分に様々な匿名掲示板でこのような書き込みがありました」
『偶像祭ぶっ壊しマン 9/30 17:30 50.27
ゴミクズだらけの世界を華麗に舞うアイドルちゃんが殺したいほどスキッ!ってなカンジゆえに爆破抹殺OKでスぜ応援ヨロシク PSお前ら憧れの天使ちゃん大爆発かも?のTOKYO偶像祭にMYフレンズ大注目』
ミキオ「なるほど」
ヒッシー「単なるイタズラじゃニャいの?」
冬馬「いえ、実際に今日の15時から16時頃にTOKYO偶像祭の会場となるお台場・青海近辺で爆破事件がありました。会場のひとつとなるジオダイバー東京の職員通路と扶桑テレビ第3スタジオの2ヶ所です」
ミキオ「どっちも簡単に出入りできる場所じゃないな」
ヒッシー「防犯カメラの映像はニャいの?」
冬馬「1週間さかのぼって見てもそれらしき人物は映ってなかったそうです。両箇所とも幸いにして怪我人はいませんでした」
パイプ椅子に背をもたれ、腕を組みながら巌おじが重い口調で言った。
巌「つまりだな、明日から3DAYSで行なわれ、100組を超える参加アイドルと、8万人と想定される入場者が来る国内最大級のフェスが神出鬼没の爆弾魔に狙われているってことだ」
栄「ちょっと待ってよ! うちの所属グループも何組も参加してるんですよ?!」
捜査本部長「中止も視野に入れなければなりませんな」
偶像祭実行委員長「いや今から中止は勘弁してくださいよ。会場の違約金とチケットの払い戻しでうちの会社の損害額はいくらになるか…」
ミキオ「犯人の目星はついてないの」
冬馬「不朽田顧問、お願いします」
冬馬刑事に促されて立ったのは白髪で牛乳瓶の底のような眼鏡の老人だ。
不朽田「エー、危機管理を専門にやっとります不朽田護と申します。このようにまったくの痕跡を残さず爆弾を仕掛けていく侵入者、これは私は非現実的能力者による犯行と推定します」
栄「非現実的能力者?」
不朽田「左様。Un-Realistic Abilities。URAですな。1月に中国河北省邯鄲市で龍を出現させたという香港人・林鵬、2月に韓国ソウルで拳銃の弾丸を避け敵を金縛りにしたという当時ソウル市警本部長の沈吉達、一般には伏せられていますがこの二人はURAと思われます」
その二人は過去におれが戦った相手だ。日本政府もよく調べているな。こういう能力を持つ者をおれたちは神与能力者と呼んでいるが、能力が科学的に説明できないので警察からしたら非現実的能力者などと呼ぶ以外にないのだろう。
不朽田「そしてこのURAのうち世界で最も有名なのがそこにおられる辻村三樹夫氏。ハイエストサモナーなのです」
栄「えっ?!」
ミキオ「話はよくわかった。ではおれの能力でこの犯人を召喚しよう」
栄先輩にはおれが常人ではないことがバレてしまったが、そんなことを言っている場合ではない。おれはジャケットの胸ポケットから赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「…エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、お台場の連続爆弾魔!」
おれは呪文を詠唱したが、カードの魔法陣からは犯人は現れず、普段は出ないスパークが飛び散るだけだった。おれのこめかみに一筋の冷や汗がつたった。
巌「お、おい、三樹夫…」
不安げにおれを見つめる一同。
ミキオ「…その犯人は自身の体にエネルギーの障壁を張っておれの召喚術を防いでいる。つまり、犯人は能力者だ。それも既におれの能力を知り対応している強力な能力者だ」
一様にざわつく捜査本部室内の面々。まさかこの地球にそのレベルの神与能力者がいるとは。おれはそいつを究明し明日に迫ったTOKYO偶像祭で100組を超える参加アイドルと8万人の観客を守れるのか。次回へ続く。