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第188話 信長!秀吉!家康!三英傑オールイン(後編)

 ある日、国王に呼び出されたおれは王の実弟ホワート公の領地を改革してくれと頼まれ、その指南役として戦国の三英傑を召喚した。彼らは勝手に3つの領地をそれぞれで経営してどの領地がもっとも栄えるか競争しようと言い出す。思想の強い女記者も加わり事態は混迷を極めるのだった。



 信長の赴任地を視察したあと、おれたち一行は“逆召喚”により秀吉の赴任地、西カウア領へと移動した。浸水していた中央盆地はすっかり水が引いて農夫たちが戻ってきていた。


秀吉「ここは広大な農業地帯で、ジャイアントワームに悩まされちょったが水攻めによって全滅させたがや。ワームの死体は焼いて田畑の肥料としたで、豊富な水分と栄養を含んだ田畑は様々な作物を実らせるだろーて」


 文句の言いようのない見事な政策だったが、待ち構えていたかのようにアスラギ記者が意見してきた。


アスラギ「なんてことをするんですか! ジャイアントワームだって命ある生き物ですよ! 共存の道を探すべきでしょう!」


秀吉「この女は何物だがや」


 われわれも困惑していたが、秀吉が面倒くさそうに訊いてきた。


永瀬「かわら版の記者さんです」


秀吉「つまりマスコミきゃ。おみゃー、とろくしゃーこと言うたらかんて。農民たちは現実にジャイアントワームに苦しんどったんだから」


アスラギ「でもですね!」


 アスラギ記者はまだ益体もないことを言いたげだったが、通りすがりの農夫が声をかけてきた。


農民A「タイコーさん、おはよう」


秀吉「おお、オッツケんとこのせがれか。おみゃー新婚だろ、女房大事にせえよ。そっちにおるのはナクゴーヤんとこの坊主か。飴をやるだで、兄弟で分けて食え」


 なんと秀吉は赴任8日めにして領民の顔と名前を覚え始めている。この驚異的な人たらしぶりも秀吉ならではだ。


農民B「タイコーさんのおかげでこの一帯も生まれ変わったみてえだべ!」


農民C「本当だべさ、この村はタイコー村に名前を変えたらええだよ」


国王「なんとまあ、ノブナガ公もそうだったがたった1週間でこの愛されようはどうしたことか。国王のわしや領主のホワートより民たちから慕われておるではないか」


秀吉「うきゃきゃきゃきゃ。王さん、これが天下人ちゅーもんだでよう。さらにこの領地にはあぶれ騎士たちがどえりゃーおったゆえ剣や槍を供出させバッチリした農具に打ち直して配ったがや。刀狩りだで。若けゃーもんが武器持って暇にしとるとロクなこと考えんでね」


 秀吉は失業者たちに何が不要で何が必要かを明確に理解して実行している。やはりさすがと言うしかない。


秀吉「あれも見てちょーよ。上様(信長)は基礎の段階だったけどよ、わしゃーとっくに落成させちょるで」


国王「お! 見知らぬ城が!?」


 なんと、丘陵の上には小ぶりだがそこそこに立派な城が建っていた。おれが来た4日前には存在しなかったものだ。


信長「猿っ! 墨俣か!」


 墨俣城というのは信長の命によって秀吉が築いたとされる、いわゆる一夜城のことだ。まるで一晩で築いたかのように極めて短期間で築城したとされる。秀吉は墨俣以外にもいくつかの一夜城を築いている。


秀吉「うきゃきゃきゃきゃ。いや上様のおっしゃる通り。この村は無防備過ぎるゆえ突貫工事で建てたがや。錬金術師たちを呼んで外壁だけ作って窓や屋根、扉を描いたでね。いずれはちゃんと完成させてちょーよ」


 この一夜城はどうやら書割程度のもののようだが、離れた位置から見るとなかなか立派な城に見える。領地を襲おうとする賊には充分な威嚇になるだろう。


ホワート公「はぁー、言葉が出ない…」


国王「おぬしよりヒデヨシ殿に統治してもらった方が良さそうだの」


家康「いや、恐れ入った次第。さすがは太閤殿下。ではそれがしの赴任地も見て頂きましょう」




 おれたちは家康の赴任したガト東領に逆召喚した。ここも信長の中ノクティほどではないが、多くの人で賑わっている。その中にはヒューマンだけでなく緑色の小人、ゴブリンの姿も見える。


ホワート公「イエヤス殿、一体これは…」


 領主ホワート公爵が困惑していると、その中でも真っ赤なマントを付けたゴブリンに家康が話しかけていた。


家康「おお、新左衛門ではないか、息災か」


新左衛門「イエヤス…オハヨウ…」


秀吉「徳川殿、ゴブリンとよしみを通じておられるのきゃ!」


家康「ただ今の者は護部利新左衛門家親(ごぶりしんざえもんいえちか)。ゴブリンの頭目でござる。名字に加えて家康の家の字を与え申した。大納言にござる」


信長「なんと偏諱(※諱の一字を与えること)に…官位まで与えおったか」


ホワート公「いやお見逸れしました。私どもにはそもそもゴブリンを臣下に加えるという発想が無かった…」


国王「ゴブリンもそうだが、みな妙に忙しないな。子供や女人が歩いておらぬ。職人や工夫(こうふ)が多いようだ」


家康「あれを見て下され」


 家康の指差す先には湿地帯があり、多くの職人たちが土を盛って成形する作業を行なっていた。象が長い鼻を使って土嚢などを運んでいる。


家康「干拓事業でござる。このガト東領は湿地帯が多く、とても都市を形成できるような土地ではなかった。こうやって埋め立てていくことで広大でなだらかな土地が出来上がる。いずれはここに大きな工場なども作って家康町と名付けましょうぞ」


 なるほどこれは東京だ。家康は秀吉の謀略によって駿河(静岡)から江戸という僻地に追いやられたがその頃の江戸は半島状で、湿地や沼、入江ばかりだった。江戸城間際まで日比谷入江が入り込み、現在の皇居外苑のあたりまで海だったという。そのため家康は埋め立て事業に専念し、秀吉の住む大阪以上の都市に発展させていった。東京湾の埋め立ては現在もなお続いている。


家康「あの象らも埋め立て地の上を歩かせることによって適度な地ならしをしてくれて丈夫な地盤となりましょう」


国王「なるほど、的を射ておる」


ホワート「ううーむ…感服致しました。御三方ともそれぞれ領地に適切な振興策を施しておられる。これはどなたを勝ちとしていいか迷いますな…」


 ホワート公が顎を撫でながら感心していたが、本来こういうことは領主である公が気付いてやらなければならないことなのだがな…ついてきたアスラギ記者も何かつまらなそうな顔でメモを取っている。この記者は基本的に反権力・反王制という立場の人なので権力者側の貴族であるおれが召喚した三英傑が善政を敷いて次々に改革を打ち出していることが面白くないのだろう。


アスラギ「いや、ちょっと待ってください! 象なんて危険じゃないですか! 何かあったら責任取れるんですか?!」


家康「まあ、ここの象は気性が大人しいゆえ問題はないであろうよ」


信長「召喚士、なんじゃあの女は。文句言うために来とるのか」


ミキオ「うーん…」


 アスラギ記者はなんだかもうアラ探しくらいしかできなくなってるような感じだ。この三英傑たちの偉業を見てそんなことしか言えないのか。おれも永瀬も呆れ果ててチベットスナギツネのような眼となってアスラギ記者を見ていたが、次の瞬間に事態は一変した。


アスラギ「きゃあっっ!!?」


 アスラギ記者が高い声を上げており、見ると秀吉が記者の尻を触っていた。今の時代になんてことを…おれも永瀬も国王たちも呆然として秀吉を見ていた。


秀吉「おみゃー、年増のくせに生娘みたゃーな声を出しよるの。いい尻しとるだで、早う貰い手見つけんと行き遅れるでよ」


 ド直球のセクハラに加えて年増、貰い手、行き遅れとパワーワードが炸裂だ。安土桃山時代にならいいかもしれないがこのご時世にこの感覚はさすがにマズい。しかも相手は左翼闘士のアスラギ記者だ。


アスラギ「な、な、な、なんてことを!! 今の時代に、信じられない! 許せない! 絶対にこれ問題にしますよ! ツジムラさん、あなたの責任でもありますからね!」


ミキオ「いや、あの…」


 まあ興奮してる相手には言わないが、召喚した英傑がセクハラしたからってなんでおれが責任取らなきゃならないのだ。


永瀬「秀吉さん、とりあえず謝っといた方がいいです」


秀吉「ん? なんで?」


 そもそも秀吉の頭の中にはセクハラという概念がない。存命中は側室以外にも城中の女性に手をつけまくった男だ。信長と違って価値観をアップデートできていない。英傑とは言ってもやっぱり基本的には安土桃山時代の人間なのだなぁ…とおれが思っていると急に脳裏にスパークが走る。これはおれが異世界転生下時に備わった神与特性のひとつ、危機察知センサーなのだ。何かおれに物理的な脅威が迫っている兆しだ。辺りを見渡すと湿地帯と反対側の小丘に何者かが集結していた。


ミキオ「みんな、隠れろ!」


国王「な、な、何じゃ?!」


ミキオ「あっちの丘の上に賊がいる。只人(ヒューマン)じゃないな。武装してるが」


信長「ぬ」


家康「我らを狙っておるのか」


 よく見ればオークの群れだ。オークは説明するまでもないかもしれないが、トーキングRPGやファンタジー物でよく知られる二本足で歩く豚顔のモンスターである。性質は邪悪であり群を作って人を襲う。


アスラギ「ひっ、ひいっ!?」


 余談だがオークとはラテン語のorcaシャチが語源で、シャチの生態がわからなかった中世では「正体があやふやな海の怪物」という意味だった。それがいつの間にか豚面の怪物に転じたのはorkとpork(豚)の発音が似ていたからだという。オークが豚の頭部を持つという設定は意外と新しく、RPGダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)のオリジナル版(1974年)が初出ではあるがこのガターニアにも当たり前のように豚面のオークが生息している。


ミキオ「オークというやつのようだな」


信長「ほほう、豚の化物か」


ミキオ「やつらはゴブリンよりも知性が低く、性質は邪悪で略奪を生業とする。話し合いの余地は無いぞ」


オークA「ブギッ…」


オークB「ブガロ!ブゴー! ブゴー!」


 リーダーらしき者が蛮刀を掲げ鬨の声を上げ、それを合図に一斉に襲いかかってくるオークの一群。ここに国王や領主がいることがやつらに認識できるとは思えないので、おそらく金品を狙っているのだろう。それにオークは人肉を食うという情報もある。三英傑はともかく、国王やホワート公、それにうちの秘書の永瀬やアスラギ記者は戦闘力ゼロに等しいのでおれが守らねばならない。おれは赤のサモンカードを取り出して構えた。が、意外なことに信長がずいと前に出てきた。


信長「どれ、400年ぶりに出陣と参るか」


 もろ肌を見せ、どこからか取り出した和弓を構える信長。肉体年齢は40代くらいだと思うが均整の取れた若々しい体であり実に様になる。男の色気がだだ漏れだ。宣教師ルイス・フロイスによれば信長は日々武芸の鍛錬に熱心であったという。専門家を師に招いて馬術や弓術、砲術などを修めていたらしい。


秀吉「上様、一番槍はこの藤吉郎めに!」


 どこからか取り出した槍を構える秀吉。ルイス・フロイスは秀吉について『優秀な武将で戦闘に熟練していた』と記している。信長麾下の兵として足軽、馬卒などを務め戦場を生き延びた叩き上げの兵士だ。


家康「それがしも参戦つかまつる」


 腰のものを抜刀し正眼に構える家康。意外にも家康は『武術の達人』であると伝えられている。剣術は様々な師から生涯をかけて学び皆伝を受けており、また馬術、弓術、鉄砲なども達者だったという。


信長「ふんっ!」


 びしっ! びしっ! びしっ! なんと信長は弓につがえた3本の矢を一気に連射し、先頭を走る3頭のオークを撃ち倒した。恐るべき弓術の腕前だ。信長は14歳で初陣を飾り、以後も大将として馬上で指揮を執り、長良川の戦いなどでは信長自ら殿(しんがり)を務めたという。


オークC「ボゲオェッ!」


秀吉「あぶにゃーで!」


 オークの1頭が石を投げてきてアスラギ記者に当たりそうになったが、咄嗟に秀吉が前に出て盾となり防いだ。投石の当たった秀吉の額には血が流れている。


アスラギ「ひ、ヒデヨシさん…」


秀吉「おなご衆は下がっとれて。うきゃおおおおっっ!!」


 秀吉も文字通りの猿叫(えんきょう)をあげ突進し、自分の身長より長い槍を斜めに構えて右に左に軽やかに動き回ってオークの群れを翻弄する。これは足軽の戦法ではなく野伏(のぶせり=ゲリラのこと)の槍術だ。秀吉はあっという間に5頭ものオークを仕留めた。


永瀬「か、かっこいい…!」


家康「源氏長者徳川家康、いざ参る!」


 家康は名刀ソハヤノツルキを振るいダダダッと突撃する。これは初代征夷大将軍・坂上田村麻呂が持っていたとされる名刀で、以後様々な持ち主を経て家康に献上されている。本物は久能山東照宮に収められているのでこれは神界の複製品だろう。家康のチャンバラというのがどうにもイメージと合わないが、現実の家康は流れるような新陰流の剣術でオークをばったばったと切り捨てていく。これは達人の剣である。あの腹でよくあんなに早く動けるものだ。家康がばちんと納刀する頃には10体のオークが斃れ、残りのオークたちは逃げ去っていた。過酷な戦国時代を生き抜いてきただけあって三英傑はみな戦闘力もずば抜けて高い。これではおれの出る幕など無いな。


ホワート「おおおお、何という…!」


ミキオ「しかしあんたら神様になってる筈だが、殺生なんかしていいのか」


信長「堅苦しいことを言うでない。召喚士よ、3領のうち中ノクティは商業都市に、西カウアは農業地帯に、ガト東は工業都市とせい。勝敗はもう良かろう。わしらはこれにて御役目終了とし神界に還る。異世界ではあったが久方振りの領地経営楽しかったぞ」


秀吉「さらばだでや。わしらの功徳碑、建てといてちょーよ」


家康「嬉やと 再び醒めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空。家康これにて御免つかまつる」


 三英傑は瞬時に半透明となってすーっと空中に浮かび、おれの召喚魔法など関係なく自力で昇天していった。


国王「あ、あ…」


ホワート公「三英傑の皆様、ご指南ありがとうございました! ノブナガ城、タイコー村、イエヤス町、いずれも必ず完成させ発展させていきます!」


 どこで覚えたのか日本風に深々と頭を下げてお辞儀をするホワート公。この意気込みならば中ノクティ、西カウア、ガト東の3領は間違いなく発展していくだろう。三英傑もクセはあるが思ったよりいい人たちだった。おれたちは安心して王都に帰った。




 翌日のかわら版“ガターニア日報”にはしっかりと信長の美少年趣味、秀吉のセクハラ、家康の象の一件などが記事として書かれ批判されていた。あの記者、秀吉に命を救われてもそれとこれとは別なんだな…。



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