第186話 信長!秀吉!家康!三英傑オールイン(前編)
異世界188日め。おれが新人研修中のペギーと一緒に商用から帰ってくると、事務所のソファーには見知らぬ女性がひとり座っており、おれが入ってくるなり立ち上がって名刺を寄越してきた。
アスラギ「初めましてツジムラさん。私、ガターニア日報政治部記者アスラギ・テイと申します」
そう名乗った彼女はおそらく20代後半、ベリーショートでユニセックスな服装、自己主張の激しそうな女性だ。声も甲高くて大きく高圧的だ。大手かわら版企業であるガターニア日報の名物記者アスラギ・テイの名はおれも聞いたことがある。失礼な態度と裏を取らない結論ありきの取材でフェイクニュースを垂れ流すはた迷惑な記者だという。しかも左翼系運動の女闘士でもあるらしい。そのアスラギ記者がなぜうちの事務所に来ているんだ。
永瀬「先程からお待ち頂いてまして…」
秘書の永瀬が言う。その眉間には皺が寄り、迷惑そうな気持ちが現れている。きっとこの記者がおれが不在の間にうちの者たちに失礼な取材を行なったのだろう。
ミキオ「アスラギさん、あんたの噂は聞いている。だがおれは取材なんて許可した覚えはないが」
アスラギ「今日から1週間限定で王国枢密院から取材御免状を得ておりますので」
そう言いながらアスラギ記者は枢密院の取材御免状を出してきた。王国枢密院というのは国王の諮問機関で、王国議会に匹敵する権力を持つ国家機関だ。この連合王国の法律では私人の事務所でも枢密院が取材許可を出せば侵入罪には問われない。
ミキオ「枢密院なら仕方ない。だが仕事の邪魔をするようなら容赦なく追い出すので」
アスラギ「留意します」
ミキオ「永瀬、ちょっと…」
おれは秘書の永瀬を呼び、アスラギ記者に聞こえないように耳打ちした。
ミキオ「フレンダ、エリーザそれにブリスに鳩を飛ばしてくれ。変な張り付き記者がいるからしばらく事務所に来るなと」
永瀬「承知しました」
などと言っているとドアの向こうから馬のいななきが聴こえてきた。どうやら馬車が停まったらしい。ほどなくするとドアが開き、中から正装姿の貴人が現れた。
伝令役「ツジムラ侯爵! 国王陛下より伝令です。準備整い次第参内するようにと」
また国王か。しかし今回は王命ではなく『伝令』だ。勅使も侍従長や侍従ではなく単なる伝令役が務めているからそう大袈裟なものでは無さそうだ。
ミキオ「わかった。おれは逆召喚で先に行こう。永瀬、同行してくれ」
永瀬「はい」
アスラギ「私も同行します」
ミキオ「…いや、国王に謁見するんだが、その平服で来るのか?」
アスラギ「お構いなく。こちらには枢密院の取材御免状がありますので」
ミキオ「なら勝手にしてくれ。ただし問題が起きたらあんたの会社に迷惑が及ぶぞ」
おれと秘書・永瀬が王宮に着くと、後から猛スピードで勅使たちの馬車が追ってきた。うちの事務所から王宮まではメートル法で2kmほどしかない。おれたちはすぐに謁見の間に通された。後ろからは当たり前のようにアスラギ記者も付いてきている。
国王「よう来たツジムラ侯爵。して、そこな女人は?」
やはり国王も平服のアスラギ記者が目に付く様子だ。
アスラギ「ガターニア日報記者のアスラギです。枢密院の取材御免状を得ておりますので」
そう言いながらアスラギ記者は立ちっぱなしで臣下の礼を取ろうともしない。まあおれが言えた義理でもないが、それにしても転生者であるおれと違ってこの女は生まれつきの連合王国国民だろうに。左翼系運動家とはこんなにも失礼なものか。国王の脇に控える侍従長が露骨に嫌な顔をしている。
国王「そうか…枢密院もわしの輔弼機関なのだがな…まあええわい。実はな侯爵、今日は召喚士としてのそなたに依頼があって呼んだのだ」
アスラギ「ちょっと待ってください国王さん、貴方は私的な用事のために公用の馬車でツジムラ侯爵を呼びつけたのですか?!」
横から鬼の形相で口を挟んでくるアスラギ記者。痩せた首筋に浮く血管が嫌な感じだ。
国王「ん? いや…」
侍従長「記者殿、無礼でしょう! だいいち陛下が侯爵を呼んだのは公的な理由です!」
アスラギ「…」
アスラギ記者はいちいち突っかかってくる。国王も面倒なのを同席させたなという表情だ。
国王「いや今日はこの男が来ておってな」
ホワート公「ツジムラ侯爵、お越し頂きありがとうございます」
国王「ツジムラ侯爵は知っとるだろ。わしの実弟、ホワート・ウィタリアン公爵だ。王国西方の3領を治めている」
この人物は議会などで会うことがある。王族それも現王の実弟だが非常に腰の低い人物だ。彼の治める西カウア、中ノクティ、ガト東の3領はどれもおれの所領であるマギ地方ウルッシャマー村やワムロー地方ヒソ村の近隣地区だ。
国王「ホワートの所領3領は正直言ってここ数年ずっと経済的に振わぬでな。おぬしに経済振興策を助言して欲しいのだ」
ホワート公「ウルッシャマー村やヒソ村を成功させたツジムラ侯爵の手腕を是非ご教授願いたいのです!」
ミキオ「ふむ…」
つまり村おこしだな。おれは自領ウルッシャマー村では餃子を、ヒソ村では温泉文化を拡めて成功したが、近隣で同じことをしても仕方がない。しかもこの3地区はずっと経済的に不振続きだという。さてどうしたものか。
永瀬「侯爵、ここは得意の召喚魔法でしょ。誰か偉人を召喚して知恵を借りてみては?」
ミキオ「偉人召喚ねえ…と言っても異世界の村おこしを頼める偉人なんていたかな」
永瀬「織田信長とかでいいんじゃないですか」
またこの女は適当なことを。どうせ信長なんか大して知らずに言ってるんだろう。
ミキオ「あのな永瀬、信長は比叡山というお寺を焼き討ちして女子供まで殺傷した残忍な人物だぞ? 村おこしなんて頼めると思う?」
永瀬「ちょっとそれは、わたし選択科目が世界史だったんで良くわかんないですけど、まあでも結構映画になったりドラマになったりしてるし、一緒に秀吉とか家康とか呼んだら景気良さげでいいんじゃないですかね」
うーん。まあ確かに単体で信長なんか呼んだら暴走しそうで怖いが、秀吉や家康も一緒なら一定のストッパーになるかもしれない。この異世界に三英傑揃い踏みか。なるほどそれは絵面だけでも景気は良さそうだ。
ミキオ「一応、試してみてもいいが…」
おれは白い召喚士コートの胸ポケットから赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ。汝ら、織田信長! 豊臣秀吉! 徳川家康!」
しゅぼおっ!! カードの魔法陣から紫色の炎が勢いよく噴き出し、その中から3人の武将が出現した。おお、なるほど確かにイメージ通りの信長、秀吉、家康だ。3人とも脂の乗り切った40〜50代の頃の姿である。
永瀬「すごい、本物の信長と秀吉、家康だ!」
ミキオ「ふむ、召喚できたな」
実はおれの召喚魔法は神の子であるおれと同等か格上の神格については召喚できないルールになっており、三英傑はそれぞれ建勲、豊国大明神、東照大権現という神様になっているので呼べるかどうか心配していたのだが特に問題なく召喚できたようだ。
信長「ほほう。三英傑全員集合とはよう」
信長は身長は推定170cmほどであり当時としては長身。痩せ型で太く力強い眉毛、大きく鋭い眼、鼻筋の通った高い鼻だ。織田家の菩提寺であった三宝寺仰徳殿には16世紀末頃に来日した宣教師が西洋の技法で描いた写実的な肖像画の写真が残されているが、あのままの顔だ。手足が長くスタイルも良くてなかなかの男前と言える。
秀吉「うきゃきゃきゃきゃ。上様、徳川殿、久方振りだにゃも」
秀吉は推定身長150cmほど。当時としても背が低い。実際に秀吉と会った宣教師ルイス・フロイスは『醜悪な容貌の持ち主』と評していたが、そこまででもない。ただ大河ドラマなどで秀吉を演じた俳優には二枚目の人がいないのは納得のいく容貌だ。小顔でギョロ目でヒゲが少ない。見るからに表情豊かで喜怒哀楽の激しそうな人物であるのはわかる。
家康「しかしここは地球では無さそうでござるな」
家康は推定身長160cmほど。当時の平均的な身長、小太りでずんぐりむっくりだ。家康に謁見したルソン総督ロドリゴ・デ・ビベロは晩年の家康について「彼は中背の老人で尊敬すべき愉快な容貌を持ち、太子(秀忠)のように色黒くなく、肥っていた」と記している。他の二人と比べると柔和な顔立ちではあるが、深く刻まれた皺が彼の苦難の人生を物語っている。
秀吉「で、わしらを召喚したのはおみゃーか?」
ミキオ「ああ」
信長「三英傑をいきなり全員呼びつけるとは、うつけか大物かわからぬな」
そう言ってかっかと笑う信長。英傑たちは妙に仲がいい。確か家康は信長に長男を殺されてるし、秀吉は死後に家康に豊臣家を滅ばされてるんじゃなかったか。
ミキオ「意外と仲が良いんですな」
秀吉「おみゃー! わしら死んでもう400年余りだで! 昔の恩讐なんぞとっくに消え去ってしもうたでや!」
家康「左様左様」
信長「今は3人とも神であるしな」
そういうもんなのか。400年生きたことがないからよくわからないが。
ミキオ「まあいい。国王、紹介しよう。彼らこそ日本の歴史上最高の英傑として称えられる3人、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康だ」
国王「おお! それはそれは。ようお越し頂いた。余はこの国の王ミカズ8世と申します」
三英傑のオーラに気圧されたのか、ミカズ国王は思わず壇上から降りて自ら英傑たちに歩み寄った。
国王「ニホンの英傑の皆さん、どうか御三方でこの男の所領を盛り上げて下さらんか」
ホワート「お願い致します! この西カウア、中ノクティ、ガト東の3領です」
テーブルに広げられた連合王国の地図を指差して説明するホワート公。
信長「つまり村おこしをせいということか。領地は3つか。召喚士! 我らはいつまでここにおれるのだ」
信長はさすがに聡明で判断も早い。
ミキオ「通常の召喚魔法は5分間だが今回はリミットを外した。とは言え名のある三英傑をいつまでも置いておくわけにもいかないのでこっちの1週間、つまり8日間を期限としよう」
信長「重畳。どうじゃ藤吉郎、竹千代。わしらでそれぞれ別の領地を担当せんか?」
秀吉はもともと信長麾下の武将しかも足軽出身であり、信長には改名前の藤吉郎と呼ばれている。家康も織田家で長く人質生活をしており、言わば信長とは幼馴染なので幼名の竹千代と呼ばれている。
ミキオ「あ、いや、3人一緒がいいんじゃないかと思うが」
秀吉「召喚士! おみゃー、わしらを一人にしておくと暴走してこの異世界の天下取りを目指すんじゃにゃーかとか、そんなこと考えとるだろ」
ミキオ「いや、まあ…」
信長「安心せい、もう天下布武だのと言うとる時代では無い。今やSNSで○ねと言っただけで社会的に抹殺される時代。わしらもアップデートしておる」
と彼らは言っているが、信じていいものかどうか。何せ彼らは3人とも若い頃から貪欲に領地や権力、美女を力づくで手に入れてきた男たちだ。
ミキオ「くれぐれもよろしく頼む。万が一何かあった場合はすぐにおれが出動するので」
信長「わかったわかった! 三英傑を脅すでない!」
秀吉「では上様、わしゃーこの西カウアという領地を預りますでや」
連合王国の地図を指差す秀吉。
家康「ではそれがしはガト東領を」
信長「わしは中ノクティ領に行こう。8日間でそれぞれの領地をどれだけ改革できるか、勝負だでや!」
意気軒昂たる信長の姿を見て涙ぐむ秀吉。
秀吉「上様は生前とちいとも変わらぬのう…ではわしらも向かおうでや」
家康「参りましょうぞ」
こうして三英傑たちはなぜかノリノリのままおれと“逆召喚”で各領地に赴いて行った。彼らの真意は果たしてどこにあるのか。謎を残しつつ次回へ続く。