第183話 異世界動乱!アイドル写真集争奪戦(前編)
異世界183日め。昨日はわけのわからない殺し屋から呪いをかけられるという、大学院生生活をやっていた頃には考えもしなかったことを体験したが、今日はそんなこともなく全身スッキリ絶好調で出勤した。出勤と言ってもおれの自宅はこの最上級召喚士事務所の二階にあり、階段を降りてくるだけだ。
ミキオ「おはよう…あれ? ヒッシーが来てないな。いつも10分前出勤なのに」
永瀬「特に何の連絡も無いんですけどね」
ザザ「珍しいじゃんか、あいつが遅刻なんて」
ヒッシーは本名を菱川悠平といい、おれが日本から連れてきた大学時代の友人でこの召喚士事務所の共同経営者、副所長である。転生当初はおれと共にこの事務所の2階に住んでいたがこっちの貴族の令嬢と結婚してからは近所の一軒家を借りて住んでいる。
ミキオ「まあ何か事情があるんだろ」
詮索しても仕方ないのでそのまま仕事を続けていると、事務所のドアが開いてヒッシーが出勤してきた。25分の遅刻だ。
ヒッシー「遅れてごめんだニャ…」
そう言いながら入ってきたヒッシーは顔中に小傷が付いていた。そのうえ朝だというのに意気消沈し、明らかに疲労感がある。
ペギー「ど、どうしたのです!」
新人研修中で預言者見習いのペギーが心配している。
ヒッシー「いやー、奥さんとちょっと…」
だいたい予想通りの答えだ。ヒッシーはこの連合王国の伯爵令嬢と結ばれたが、この夫人がなかなか嫉妬深く独占欲の強い人で、ヒッシーはすっかり尻に敷かれている。
ガーラ「多くは聞かぬが…」
ザザ「お前も大変だな」
書生として雇い入れた魔人ガーラと事務員のザザが憐れむような目でヒッシーを見ている。
ヒッシー「てなわけで、これをちょっと預かって欲しいニャ」
ヒッシーはそう言いながら表に停めてあった馬車から荷物を降ろして持ってきた。この世界には存在しない段ボール箱であり、日本から持ってきたものだとわかる。
ミキオ「これは…引っ越しの時に持ち込んだアレか」
ヒッシー「だニャ。隠してたんだけど奥さんに見付かってしまって…」
カッドン「邪魔しまっせ〜」
おれたちが話していると恰幅のいい初老の男が入ってきた。ガターニアの3つの大陸を股にかけて飛び回る大商人ターレ・カッドンである。
ミキオ「お、カッドン氏」
カッドン「いやたまには顔出ししとかんとね。お? 何でんのその箱」
何につけ目ざとい男だ。この男にはかつておれの90年代キッズトイを見つけられて美術館を設立されたことがあるのだ。
ヒッシー「あ、いや、これはおれの私物だニャ」
カッドン「ほう? ヒッシーはんも転生者でっしゃろ。ちゅうことはニホンの品物やね。見してもろてよろしいか?」
ヒッシー「あっ」
許可も出ないうちから段ボール箱を開け始めるカッドン。そこにはヒッシーが学生時代からコレクションしていた日本のアイドルの写真集がぎっしりと詰め込まれていた。
カッドン「これは…本? もしかしてニホン文化のひとつ“シャシン”ちゅうヤツでっか? なんと写実的な…まるでこの人間がそこに存在しているかのようや。相変わらず禁断の魔法みたいな技術でんな…」
この世界はだいたい中世のヨーロッパ程度の文明レベルであり、まだ写真という技術が存在しないのだ。写実的な絵画はあるが宗教画や王侯貴族の肖像画ばかりであり、アイドルのグラビアのようなものはもちろん存在しない。
カッドン「お、ほ、ほ! なんちゅう別嬪さんや、ニホンのおなごちゅうのはみんなこんな天使みたいな顔してまんのか?!」
彼が見ているのは段ボール箱のいちばん上にあった元乃木坂46の1期生メンバー・生田絵梨花の1st写真集『転調』である。オリコン2016年上半期“本”ランキングの写真集部門で1位を獲得している。この頃生田は弱冠21歳。彼女の出生地ドイツで撮影され、フレッシュで伸びやかな肢体を白い水着に包み披露している。
ヒッシー「あ、いやぁ、エヘヘ」
ザザ「なんでお前が照れるんだよ」
永瀬「なるほどね。これは確かに奥さんも怒るわ」
ヒッシーが小傷を作って遅刻して出勤してきたのは、おそらく奥方にこの写真集の山が見つかってしまい喧嘩になったのだろう。あの奥方ならさもありなんだ。
カッドン「ヒッシーはん! これ全部わてに売って貰えまへんやろか?! 1冊につき20万ジェン出しまっせ!」
20万ジェンだと日本円で10万円くらいだ。段ボール箱の中には50冊あるそうだから全部で500万円か、なかなかブッ壊れた金額を提示してきたな。
ヒッシー「うーん?! いやーでも売れないニャ。1冊1冊におれの思い出が詰まってるニャ」
ザザ「バカかお前! とんでもねえ金額じゃねーか! 売る以外の選択肢ねーだろ!!」
永瀬「そうだよ、菱川クン! 売っちゃいなって! そのお金で奥さんにアクセサリーとか買ってあげればいいじゃん!」
カッドン「さすがにヒッシーはんも伯爵家の入婿、そこそこの額では落ちまへんな…よっしゃわかった。わても男や。ほなその10倍、1冊200万ジェン出しまひょ。どないでっか?」
ザザ「ヒエッ?!」
永瀬「日本円で言うと…1冊につき100万円?! 全部で5千万円くらい?!」
ヒッシー「うーん…まあそこまで言うなら…」
こうしてすぐに売買契約は締結され、カッドン氏は大喜びで自分の馬車に段ボールを積み込み帰って行った。ヒッシーの手元には100万ジェンのプラチナ貨が100枚積まれていたが、これがまた夫婦間の新たな火種にならなければいいのだが。
騒動は3日後に起こった。国王から参内の王命が下ったのだ。何事かと思い行ってみるとほくほく顔の国王とその両脇に渋い表情でおれを睨む宰相、侍従長がいた。なんだなんだ、おれが何をしたというのだ。
侍従長「ツジムラ侯爵、貴公はどうしてこういつもいつも面倒事を持ち込むのか…」
ミキオ「は?」
国王「侯爵〜、今日はおぬしに頼みがあっての。マツダセンナという娘を召喚してくれんかの」
ミキオ「マツ…ああ松田千奈か。ずいぶん懐かしい名前を出してきたな」
松田千奈とは90年代に活躍したグラビアアイドルである。グラビアアイドル当時の公称サイズは身長165cm、バスト93cm、ウエスト59cm、ヒップ88cm。切れ長の目の和風な顔立ちに日本人離れしたダイナマイトボディーというギャップのあるビジュアルで17歳にしてファースト写真集を発売、当時の若者たちを魅了しつつも21歳で結婚して芸能界を引退した。
ミキオ「しかしどこでそんな名前を…はっ」
言ってる途中で思い当たった。ヒッシーの持ってきた写真集だ。おそらくカッドン氏がこの国王に売り込んだのだろう。買い取り値が高かったから金持ち相手の商売だろうと思っていたが、まさかこの国の王に売るとは。
国王「正直、わしはこの娘を側室にしたい。奥(王妃)には言えぬが、運命の出逢いだと思うとる」
松田千奈5th写真集“Water Angel”を取り出し、♡の目をしている国王。ため息をつく宰相と侍従長。なんとまあ…この国王も60代なかば。枯れきったものだと思っていたが、まだそんな気があるのか。
ミキオ「召喚する前に言っておくが、この写真集は30年くらい前に発売されたもので、今の松田千奈さんは結婚しておられるし年齢も50歳前後だ。ちょっと前に何かの番組で近年の松田千奈さんを見たがかなり痩せておられた。その写真集の頃のプロポーションではないだろう」
国王「な…なんと?! それはまことか?!」
ミキオ「事実だ」
愕然とし玉座にへたりこむ国王。
宰相「へ、陛下!?」
侍従長「お気を確かに!」
いいトシして何だこのザマは。みっともない。色ボケしやがって。何が側室に迎えたいだ。国王はこの件でだいぶおれの評価を下げたぞ。
おれが侍従長から松田千奈の写真集を預かり王宮から事務所に戻ると、秘書の永瀬が面倒くさそうな顔をしておれを迎えた。
永瀬「あの…赤鳩が来てます」
赤鳩というのは脚に赤い筒を付けた緊急用の伝書鳩のことだ。加速魔法がかけられており通常の鳩の3倍のスピードで到着する。
ミキオ「発信元は」
永瀬「それが…オーガ=ナーガ帝国文書室からで」
ミキオ「エリーザか…」
その名を聞いた瞬間に永瀬が面倒くさそうな顔をしている理由を理解した。エリーザ・ド・ブルボニアとはオーガ=ナーガ帝国の皇太女すなわち皇帝位継承順位第一位の皇族で、皇帝の職務をある程度代行する“摂政宮”だ。この女はおれを異性として意識していると広言してはばからず、何かというと訪ねてきたり連絡してきたりするのだ。正直無視しておきたいところだが、オーガ=ナーガは大国なのでそうもいかない。放っておくと国際問題になりかねない。
ミキオ「まあいい。ちょっと行ってくる」
永瀬「中身は読まなくていいんですか?」
ミキオ「どうせ『帝国存亡の危機』だろ。見飽きたよ」
おれがオーガ=ナーガ帝国の帝都トノマにあるアオーラ宮に逆召喚すると、すぐにエリーザが近寄ってきた。
ミキオ「来たぞ。何の用だ」
エリーザ「私ではない。皇帝陛下が緊急の用で貴公と謁見したいと申されている」
ミキオ「皇帝?? どんな理由でだ」
エリーザ「私にもわからぬ。ともあれ同行されよ」
エリーザは正装のうえ帯刀し、緊張感のある面持ちだ。おれは不穏な雰囲気を感じつつもエリーザと共に謁見の間まで移動した。当然ながら玉座には皇帝バームローグ・ド・ブルボニア1世が鎮座していた。彼は貧乏貴族の身から一代で成り上がりこの帝国を築いた立志伝中の人物であり、さっき会った連合王国のミカズ王のような世襲のお坊ちゃんとはわけが違う。確か70歳を越えている筈だが未だ眼は爛々と光り、油断すると言質を取られて陰謀に巻き込まれかねないような老獪な男だ。日本の歴史上の人物で言えば豊臣秀吉か。
皇帝「ツジムラ侯爵、大陸を越えての応招、誠に大儀であった」
偉そうな物言いだが、実際偉いんだから当然か。彼はガターニア唯一の“皇帝”であり、王の上に君臨する存在なのだ。もっともおれは臣下ではないのでおれ流でやらせて頂く。
ミキオ「ああ」
皇帝「エリーザよ、侯爵との内密の話があるゆえ、そなたは退室せい」
エリーザ「は」
なんだなんだ、実の娘にも聞かせられない話か。まさかどっかの国を取りたいとかそんな話か?
皇帝「単刀直入に言う。イソヤマサヤカ、シノザキアイ、オオハラユウノの3人を召喚して貰えぬか」
そう言いながら嬉しそうに磯山さやか、篠崎愛、大原優乃の写真集を見せてくる皇帝バームローグ1世。なんだしょうもない、このジジイも色ボケか…しかし3人とも年代は違えど小柄でむちむち体型、たぬき顔で皇帝の好みがわかる人選だな。
ミキオ「なぜ…」
皇帝「朕はこの3人を迎え後宮を作る」
ダメだこのジジイ。しかしヒッシーが持ち込んだアイドル写真集がこんなにも波紋を呼ぶとは思いもしなかった。70を越えた皇帝が今になって後宮を作りたいとは、確かにこれは帝国存亡の危機だ。
ミキオ「いや、あんた確か既に奥さんが3人だか4人いるんじゃなかったのか。子供も5人いるし、もう世継ぎは充分だろ」
皇帝「そうなのじゃが、ハートについてしまった火は止められぬゆえな。これでも厳選してのその3人なのじゃ。ニホンの女は可憐よのう。幼なげな笑顔とアンバランスなマシュマロボディ、最高じゃ…」
皇帝の足元にはカッドン氏から買ったと思われる写真集が10冊くらい置いてある。たぶん相当な高額で買い取ったのだろう。帝国の財力なればこそだ。
ミキオ「まあ…呼んでもいいけど握手くらいならともかく後宮に入れなんて言ったら絶対気色悪がられると思うぞ」
皇帝「いや、朕は本気である。なんなら子を成したらその子に帝位を継がせても良い」
うわ、これはマジでヤバいな。秀吉もそうだったが、麒麟も老いては駄馬にも劣るというやつで、いかに建国の英雄と言えど老いたらろくなジジイにならんものだ。
エリーザ「父上! 話は聞かせて貰いましたぞ! なんという破廉恥な! 皇后陛下に言いつけまするぞ!」
急に物陰から出てくるエリーザ。剣呑な雰囲気を察して隠れていたのだろう。
皇帝「ひっ、ひいっ?! お前、聞いておったのか?!」
エリーザ「いい歳をして若い女に熱を上げて、みっともない! 挙げ句に帝位をどうこうなどと、お家騒動を起こすおつもりか!」
皇帝「いや、その…あの…」
エリーザ「召喚士! 貴公も貴公だ! 女の水着姿の本なぞこの世界に持ち込むな!」
ミキオ「いっいやおれじゃない、ウチの事務所のヒッシーが…」
エリーザ「言い訳無用! その本は持って帰れ! けがらわしい!」
般若のような顔で激怒するエリーザに追われ宮殿を退出するおれ。呼ばれて来ただけなのになぜおれが追い出されなければならないのだ。憤慨しつつもおれはアイドル写真集10冊を小脇に抱え王都に戻った。これはまだまだ波乱を呼びそうだな。次回、物語は意外な方向に展開していく。