第180話 激戦サバイバル!パーティーは最悪のメンバー(前編)
異世界183日め。今日は朝から頭が痛い。おれは転生前は頭痛持ちで、何かと言うとすぐに頭痛になっていたのだが、転生して神の子として覚醒して以来頭痛や風邪とはまったく無縁の生活を送っていたのだ。小傷も数秒で治ってしまい、神の血統とはなんと便利なものだと感心していたのだがここへ来て頭痛とは。気のせいか少し悪寒もする。おれは寝床から起き上がり、水差しの水をコップで飲んでからいつもの妖精を呼んだ。
ミキオ「おい妖精、出てこい」
クロロン「おはよー☆ あれミキオ、今日は珍しく調子悪そうだね」
ミキオ「風邪を引いたかもしれん」
クロロン「えー? おかしいね、ミキオには肉体強化の神与特性があるから病気になんかならないし、無敵の免疫も持ってるから風邪のウイルスなんかはねつける筈なんだけどな」
ミキオ「よくわからんが、かなりイレギュラーな事態ということか…まあいい。時間も時間だしいったん出社する。今日は議会も無いし部屋でおとなしくしてよう」
クロロン「そうしなよ。そのうち無敵免疫が効いてきて治るよ。じゃあお大事に☆」
第4刻半(=地球の午前9時)。おれは2階にある住居から1階の召喚士事務所に出勤し、皆に説明をした。
ミキオ「…ということで、風邪をひいたっぽい」
永瀬「とりあえずこれを…」
そう言いながら秘書の永瀬がマスクをくれた。
ペギー「まさかまさかなのです、ミキオ先生が風邪をひくなんて!」
新人研修中のペギーが驚いている。このおれが神の子として恵まれた肉体を持っているということは事務所のメンバーはみな知っているのだ。
ミキオ「おれにも理由がわからない。不測の事態だ」
ガーラ「ミキオ、四の五の言わずヤシュロダ村からサラ・ダホップを召喚しろ。彼女は治癒系魔法使いだ。風邪くらい一瞬で治してくれるだろう」
事務所の書生で古代文明が生んだ人造魔人のガーラが言った。サラというのは我々の知人で巫女兼治癒系魔法使いの女子高生のことだ。
ミキオ「いや、あいつはいま学校だろ。こっちの都合で呼びつけるわけにはいかない」
永瀬「じゃ放課後まで待ちますか」
ミキオ「そうする。風邪をひいてる時はとにかく栄養を摂る、体を休める、薬を服む、これしかない。じゃ」
おれが2階に戻ろうとしたその時、事務員でエルフのザザが口を開いた。
ザザ「アオーマ地方の南区にあたしの知り合いの神霊医療師がいるぜ。風邪なんか祈祷一発で治すぞ」
ミキオ「いや、そういうのは…」
いくらここが剣と魔法の世界でも祈祷師なんかに頼る気はない。おれはこれでも東京大学の理工学部を卒業しているのだ。
ザザ「いや、本当なんだって! その神霊医療師はうちの集落出身のエルフの爺さんでさ、あたしも子供の頃は風邪や虫歯を治してもらったもんだ」
ペギー「サラさんの治癒系魔法も神霊治療も根本は同じ白魔法なのです。怪しげなまじないの類ではなく、学術的に整理された魔法大系の医療技術なのです」
ミキオ「…まあ、そうかもしれんが…」
ザザ「あたしが一緒に行ってやるよ。準備しな」
ダメだ。頭が痛くてまともな判断能力がない。もう別にインチキくさい祈祷師でもいいかという気になっている。
ミキオ「そこまで言うなら…」
おれは重い表情のままポケットから青のサモンカードを取り出し、呪文を詠唱した。
永瀬「え、本当に行くんですか?! 大丈夫ですか?」
ミキオ「大丈夫…ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら二人、意の侭にそこに顕現せよ、えーと南アオーマ」
おれとザザの二人は逆召喚によって地球、それも日本とおぼしきビル街の歩道に出現した。
ザザ「おい! どこだよここ! ニホンじゃねーのか!」
ミキオ「いかん…絶不調だな…やはり部屋でおとなしく寝ているべきだった…」
朦朧としていたせいか連合王国のアオーマ地方南区と東京都港区南青山を間違えてしまったようだ。おれとしたことが…。
大鯔「あれ? 辻村じゃねーの?」
沿道の真っ黒いメルセデスベンツのキャンピングカーの窓から声をかけてきたのはおれの東大の先輩、大鯔宇佐右衛門氏だ。在学中に起業して今はなんとか言うIT企業の社長をやっている。メディアにもしょっちゅう顔を出しており有名人だ。嫌なのに見つかってしまったな。
ミキオ「どうも…」
この人は居丈高で癇癪持ちなので話していても楽しくない。性格もひねくれていて人間としても嫌いな部類に入る。無視してもいいのだがあとあと面倒くさそうなのでおれは会釈だけして去ろうとした。
大鯔「まあ待てって。5分やるから話しようぜ。お前も俺みたいな成功者と繋がり作っとくと人生の役に立つぞ」
出たこの感じ。嫌いだわー。何様のつもりなのだろう。この人には謙虚さというものがない。まあ確かに成功者ではあるんだろうが、『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉を知らないのか。
ザザ「ミキオ、なんだこいつ。鼻につく野郎だな」
ミキオ「おれの先輩でな…こういう体調の日には会いたくない相手だったが」
大鯔「なにブツブツ言ってんだよ。この俺の貴重な5分を無駄にすんなよ。早く車に乗れ。外国人の彼女も一緒に」
乗らないとまたうるさく言ってきそうなので不承不承従うことにした。もうおれは頭痛がひどくて思考回路が働かない。
ザザ「え、行くのか? ったくしょうがねえな!」
おれとザザが黒くていかついベンツのキャンピングカーに乗り込むと、その高そうな黒革のソファーには見たことのある女性が座っていた。以前この先輩と噂になったことがある女優の深井カンヌだ。一時期はよくドラマなどに出ていたがはっきり言って棒演技の人で最近はあまり目立った活躍はない。彼女は入ってきたおれとザザを一瞥したが、挨拶もしようとしない。性格が悪くてスタッフへの当たりが強いという噂を耳にしたことがあるが、さもありなんという感じだ。
大鯔「まあ座れよ。辻村はさ、いま仕事何やってるの」
ミキオ「はあ、同級生と事業やったり」
実際には異世界で貴族となって地方領主をやったり王国議会議員をやったり召喚士事務所を構えたりしてるわけだが、まさかそれをこの人に言うわけにはいかない。
大鯔「それ食えてんのかぁ? お前は俺に匹敵するレベルの天才なんだからもっとでかい仕事やらなきゃ勿体ないぞ」
ミキオ「はあ」
横で聞いてるザザがイライラしてるのが伝わる。おれだってもう立ち去りたいがこの人と揉めるとメディアで実名出して叩くからぞんざいな態度は取れないのだ。先輩は車内のミニ冷蔵庫から高そうな白ワインのボトルを取り出し、ふたつのワイングラスにだぼだぼと注いでおれとザザに差し出した。
大鯔「まあ飲めって。1本5万円のコルトン・シャルルマーニュ・グランクリュだぜ。辻村お前、うちの会社に来ねえ? お前なら幹部待遇で雇うぜ。確か大学院でいくつもの海外の大学から論文引用されるような研究してたんだよな?」
やっぱりそういう話だったか。冗談じゃない。研究はもう信頼できる後輩たちに任せてあるし、そもそもこんな下劣な男の元で働きたくない。
ミキオ「いや、おれは今の状況に満足してるんで」
おれが即座に辞すると、先輩は不満げに口角を歪めて言った。
大鯔「辻村さぁ、何のために生きてんの? 小っちぇえ世界でせこせこやってても仕方ねえじゃん。せっかく男に生まれたんならこうやって高いクルマに乗って女優と付き合って、うまい酒飲まなきゃ意味ないぜ! 俺んとこに来いよ。周りのヤツらが唖然とするようなビッグビジネス手がけようぜ!」
薄っぺらい男だなあ。言葉になんの説得力もない。人間が皆、自分のように俗物的な欲望のままに生きてると思ってる。きっとこうやって射幸心の強い人間を騙しながら生きてきたのだろう。
ザザ「ミキオ! このブタにひとこと言っていいか?」
耐え切れなくなったのか、黙っていたザザが急に口を開いた。
大鯔「…なになに、どうしたの彼女」
ザザは気合の入ったギャルなので啖呵の切れ味が違う。仲間のおれがここまで言われて黙っていられないのだろう。ザザは狭い車内で脚を組んで言った。
ザザ「ミキオはいま調子悪いからあたしが言ってやるよ。うちのミキオはお前みてーなペラい野郎の下では働かねーよ! どーせこいつに働かせて手柄を横取りしたいんだろーが、そうは行くかよ! 残念だったなブタ!」
大鯔「な、な、な…」
ザザ「意外そうな顔しやがって、女に喧嘩売られるのは初めてだってか? さっさと帰ろうぜミキオ。こんなヤツ相手にしてたらお前の格も下がるぞ!」
ミキオ「わかったわかった。じゃ先輩、そういうことで…」
大鯔氏や女優の深井カンヌが見てるなかではあるが、構わずおれは青のアンチサモンカードを取り出した。どうせ後で彼らの記憶を召喚してマジックボックスに隠滅したらいいだけだ。
ミキオ「ベーア・ゼア…」
大鯔「何? なんだこのカード」
ミキオ「あっ!」
詠唱の途中だったが大鯔先輩がカードをひょいと持ち上げてしまい、そのせいでカードの魔法陣から黄色い炎が中途半端に上がり、呪文詠唱のプロトコルは未達成のまま逆召喚してしまった。
次の瞬間、おれたちは黄色い炎に包まれてどこか見知らぬ草原に放り出されていた。
ミキオ「…なんだここは」
魔法を使ったせいか頭痛が酷くなった。身体もだるい。視野の端っこにあるおれのゲージを見てみるともうHPもMPも残り少なくなっている。異常事態だ。今日はまだ逆召喚2回しか使ってないのにこんなにMPが激減しているわけはない。
大鯔「こ、ここは?!」
カンヌ「ヤだ! 何よここ! どうなってるの?!」
呪文詠唱の際に先輩に邪魔されてしまったためにあのキャンピングカーにいた人間全員逆召喚してしまったようだ。このわけのわからない草原におれとザザ、それに大鯔先輩と深井カンヌの4人が放り出された形だ。おまけにおれは絶不調で使えるMPも残り少ない。あらためて考えると非常にヤバい状況と言える。おれは頭痛を堪えながら皆から離れ、異世界ガイド妖精を呼び出した。
ミキオ「妖精、いるか」
クロロン「大変なことになったねえ…だから大人しくしてろって言ったのに」
ミキオ「反省している。ここはどこだ」
クロロン「西方大陸の南、テンデイズ国のクビルギ丘陵だよ」
なんと、そんなところに逆召喚してしまったのか。まあでも極北の地や宇宙空間に転移しなかっただけマシと考えるべきか。おれはすぐにマジックボックスから伝書鳩を取り出し、首の魔法石にミキオⅡの住所を思念入力して天に放った。魔法鳩なのでヤツの住むコストー地方まで2〜3時間で着くだろう。ミキオⅡにさえ伝わればヤツの召喚能力で王都に戻れる。これで最悪の事態は防げた。あとは時間までおとなしく待っていればいいだけだ。
おれが皆の元に戻ると、何か険悪なムードが漂っていた。
大鯔「…辻村、いったいどうなってんだよ。どこなんだよここは」
ミキオ「西方大陸テンデイズ国クビルギ丘陵…らしいです」
ザザ「! テンデイズまで飛ばされちまったのか」
大鯔「どこだよ、そこは! 何がどうなってこんなところに来ちまったのか、まるでわかんねえよ!」
カンヌ「ねえ大鯔サン、あなたお金持ちなんだからヘリ呼んでここに迎えに来させたらいいじゃない」
大鯔「お、おう」
スマホを取り出しどこかに電話する大鯔先輩。だが繋がるわけがない。
大鯔「あ、あれ? どうなってんだ?」
ミキオ「無理ですよ。基地局がないんだから」
大鯔「いや、んなワケねーよ! これ国際ローミング対応のスマホなんだぞ!」
ミキオ「はっきり言いますが、ここは地球じゃない。あなたが余計なことするから異世界の未開地に飛ばされてしまったんだ」
大鯔「い、異世界…?」
カンヌ「ねえー! 私もう帰りたいんだけど!」
ミキオ「救援の連絡鳩を放った。今から2〜3時間でおれの仲間が助けに来てくれる筈だ。それまでおとなしく待って頂きたい」
大鯔「は、鳩って…冗談だろ辻村。これどうせアレだろ、つまんねークソテレビ局のドッキリ番組…」
ザザ「しっ」
ザザが唇に人差し指を当てる。どうやら何かを察知したらしい。
ザザ「あそこ。サーベルタイガーだ」
大鯔「さ、サーベルタイガー?!」
なんと、地球では絶滅生物である猛獣サーベルタイガーがこの草原に潜んでいるという。おれは絶不調、頼りのミキオⅡは未だに来てくれず、大鯔先輩と深井カンヌは足手まとい。おれたちは生き延びることができるのか。最悪の危機を迎えつつ次回へ続く。