第179話 異世界将軍、あばれ日本グルメ旅(後編)
王国枢密院という強大な権限を持つ国家機関の推挙によってハーヴィー将軍、ガギ、サラの3人がニホン文化調査特使とその随員に選ばれた。彼らを連れておれは鎌倉におもむき、そこで巌おじに会って民間軍事会社PZSとやらがおれを狙っているという情報を得つつも調査特使の調査は続くのだった。
選挙カー「何野誰助、何野誰助をよろしくお願いいたします! 投票日にはぜひ何野誰助の名前をお書きください!」
おれたちが鎌倉の街を歩いていると選挙カーがまあまあの音量でゆっくりとこっちに来ている。県議選が近いようだな。
サラ「あれなに〜?」
ミキオ「選挙カーと言う。この日本では議員は市民の投票によって決められるので候補者が投票してもらうために自分をアピールしているのだ」
ハーヴィー「ふうむ…だか変ではないか? 議員の候補者ならば公約を言わなければいけないだろう。さっきからあの車、候補者の名前しか言ってないぞ?」
巌「いやそれは、えーと公職選挙法の第141条で『選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない』と定められていて、その例外として『①停止した車の上で演説を行うこと ②選挙運動のための連呼行為』を認めているからだな」
巌おじがスマホで検索した結果を読む。
サラ「候補やのに公約言うたらあかんのや〜、変なの」
選挙カー「何野誰助! 何野誰助です! 何野候補の奥様が乗っています、よろしくお願いします!」
ガギ「ヨメが乗ってることが選挙となんの関係があるんだ?」
巌「いやまあそれは…ちょっとわかんねえけどよ」
ハーヴィー「それにだいぶ音量が大きいようだが、あれは何時から何時まで回っているのだ?」
巌「法律で朝8時から20時までならやっていいということになっている」
ミキオ「ガターニアの時間だと第4刻から第10刻までだな」
ガギ「ヒエッ!? 朝から晩までじゃねーか!」
ハーヴィー「朝の第4刻とは、休日なら寝てる人も多いだろう。そんな時間からあんなにうるさい車が来るのか? 赤ん坊などは泣いてしまうのではないのか?」
巌「知らねえよ! 法律作ったやつに言ってくれ!」
これに関してはおれも将軍に同意だ。別に将軍におもねるわけではないが、夜勤の人などは午前中は寝ているのだから明らかに配慮が足りない。名前を連呼するだけなんてなんの意味もない。
その後、おれたちは鎌倉の大仏様やスラムダンクのオープニングで有名な江ノ島電鉄鎌倉高校前駅などを回り、調査特使の面々と楽しく鎌倉の街を散策していた。秋の鎌倉は吹き抜ける風もさわやかで歩いているだけでも気持ちいいが、小一時間も歩いているとさすがにダレてきた。
巌「おい三樹夫、いつまでこの珍道中続けんだ」
ミキオ「そうだね。じゃそろそろ切り上げて上野の国立科学博物館行ってシメよう。将軍、他にどこか行きたいところはあるか?」
ハーヴィー「うむ、では書店に行こう。この世界の本を土産にしたい」
ミキオ「なるほど。本屋ね…」
あまり高度な専門書や思想書を買わせるとガターニアに与える影響が大きそうなのでマズいが、まあ軽いものならいいだろう。おれたちが本屋を探しながら歩いていると、サラが声を上げた。
サラ「あっ、あれ本屋さんちゃう? BOOKSて書いてあるで〜」
そう言いながら古くなり汚れた看板の店へ一目散に駆けていくサラ。おれの召喚能力も向上し、現在では召喚した者が脳内で自動翻訳し現地の文字を読めるほどになっている。確かに看板にはBOOKSと書いてあるが、あれは本屋と言っても古本が申し訳程度に置いてあるだけ、のれんをくぐるとアダルトDVDしか置いてないというそういう店だ。要は本屋は隠れ蓑で、実際にはアダルトショップなのだ。こういう店は女子はどうか知らないが、男は店が醸し出す雰囲気で入らなくてもだいたいわかる。2000年代頃には地方都市のロードサイドに何店もあったが近年はそもそもAVをDVDやBDで買う人が少なくなり店自体をあんまり見なくなった。
巌「おい三樹夫! あのタイプの店は…」
ミキオ「サラ、そこはやめとこう! 戻れ!」
おれが止めるのも聞かずサラはさっさと店内に入って行った。おれたちが追いかけて店内に続くと、ジャンパースカート姿の清楚な少女がこんな魔窟のような店に来たため店員が驚いていた。
サラ「なにこの店、古本少ししか置いてへん…」
このテの店は入り口付近に申し訳程度に2棚くらい古本が置いてあるだけなのだ。その棚には背表紙の焼けきった“白い戦士ヤマト”や“ドクロ坊主”などの往年のコミックスが開店時から誰も買わないまま並べられていた。
ミキオ「そうなんだ。ここはその、古本しか置いてない狭い店でな。そんなに綺麗な店じゃないし、出よう! な!」
ハーヴィー「どういうことだ侯爵。外から見た時は大きな店舗だったのに、この狭さは…」
あたりを見回す将軍。入り口から入ったところにある古本コーナーは四畳半ほどしかない。
ミキオ「説明が難しい、後で…」
おれが将軍に弁明しているとサラはさっさとのれんをくぐってアダルトコーナーの中に入って行った。
ミキオ・巌「あ!」
サラ「なんやここは…」
客の男たちの視線が一斉にサラに集まった。暗にこっちに来るなと言っている表情だ。ここに集う男たちは伊達や酔狂で立ち寄っているわけではなく、真剣に今夜の恋人を探しているので、女子供やカップルに物見遊山で来てほしくないのだ。
客A「…」
客B「…」
AV女優の全裸丸出しのポスターや等身大パネルが並ぶ広い店内。店舗の10分の9ほどがアダルトコーナーのようだ。店頭の淋しげな古本コーナーと違って一気にカラフルで煽情的な光景となっていた。この雰囲気は田舎の女子高生のサラでもさすがに気づく。
サラ「…エロい店やったんや…」
ピュアなサラの一言に店内の空気はいたたまれないほど張り詰めた。居づらそうにうつむく客たち。申し訳ない。すぐにこの娘は連れて行くから気の済むまで物色して欲しい。おれたちがおろおろしていると憤った将軍が舌鋒鋭く語りだした。
ハーヴィー「なんとまあ、破廉恥な。つまりこれは漫画本の店の体裁を借りた猥褻書画の店というわけか。気に食わん。これではまるで脱法店ではないか。間違えて入ってくる子供もいるだろう。ニホンではこういう商売がまかり通っているのか」
永瀬「ま、ま、将軍さん、落ち着いて…」
ミキオ「まあ、これについては言い訳のしようもない」
巌「なに言ってんだ、三樹夫! おい将軍さん、俺ら日本の男たちは日々頑張って生きてんだよ。たまにゃこういう店に来て明日への活力を求めたっていいだろうが!」
巌おじのスピーチに店内の客たちから小さく拍手が起こった。店員まで拍手している。
ハーヴィー「いやゲン殿。私とてこういう店を全否定するわけでは無いが…」
その時、店内の照明が一斉に消えた。こういう店舗は窓が無いので昼間だというのに真っ暗闇となった。
ハーヴィー「む」
巌「なんだ!?」
刹那、おれの神与特性のひとつである危機察知センサーがビンビンに反応した。シューシューという空気の噴出する音が微かに聞こえる。
ミキオ「巌おじ、毒ガスだ!」
巌「なにっ!」
すぐに手で口を押さえる巌おじと永瀬。ガターニアには“毒ガス”という概念がないので将軍とガギ、サラはぽかんとしている。おれは即座に青のアンチサモンカードを取り出した。
ミキオ「略、この店内の全員、意の侭に顕現せよ! 店外!」
早口の“逆召喚”でおれたちは一瞬で店外に転移した。間一髪だったが間に合った。あんな密閉空間で毒ガスを使われたら終わりだ。もう1〜2秒遅れていたら全員あの世行きだったかもしれない。
巌「テロか!」
ミキオ「たぶんね」
巌おじは投げ出された態勢から瞬時に身を起こし胸のガンホルスターから出したシグ・ザウエルP230の撃鉄を起こし水平に構えた。召喚魔法でおれたちと一緒に店外に投げ出されたのはガスマスク姿のテロ部隊だ。どうやら毒ガスでおれを店ごと殺害し、それが叶わぬ場合は暗闇に紛れておれを仕留めようとしたらしい。鎌倉の閑静な市街地に突如として現れたテロ部隊。おそらくは先にボスを逮捕した民間軍事会社PZSの連中だろう。彼らは急に太陽の下に引き出され動揺していたがすぐにサラを捕らえ、その首にナイフを突き立てて言った。
PZS隊員A「Taking this girl hostage! Put your gun down!(この女を人質にした! 銃を捨てろ!)」
巌「ちっ…!」
巌おじがすぐにシグ・ザウエルを地面に置いたのでおれもそれに習い、胸ポケットから取り出した赤のサモンカードを地面に置いた。賊は5名、全員自動小銃を携行している。最上級召喚士たるおれを仕留めにやって来たのにその人数、その武装でいいのかという気はするが、まあ彼らの中では精鋭部隊なのだろう。隊員のひとりがサラを捕らえたまま黒のワンボックスカーに近づいて行く。おそらく逃走用の車だ。サラの身が危ないのでおれは小声で召喚魔法を行なった。
ミキオ「詠唱略、ここに出でよ、汝サラ・ダホップ!」
ばしゅうううぅっ! 紫色の炎に包まれてあっさりとサラは奪還した。この娘も気丈なもので泣き言ひとつ上げていない。突然に人質を失ったテロリストは動揺を隠せない様子だ。
サラ「ありがと〜」
ミキオ「よし! 全員捕らえろ!」
サラは右手首をくるっと回すと魔法杖が現れ、その魔法杖から放った光のリボンがテロリスト2名を瞬時に捕らえた。
サラ「可憐曙光捕縛!」
PZS隊員A「What is this?!」
PZS隊員B「A new weapon?」
それを見てすぐに3方向に散らばり逃げるテロリストたち。まあどこに逃げてもおれが召喚してやればいいのだが、サラを危険な目に合わされた仲間たちが放っておく筈がない。すぐに巌おじが地面を一回転しながら地面に置いた拳銃を取り、逃げる賊の両太腿に2発の銃弾を放った。彼らの頭部や胴はボディーアーマーで覆われているので撃って有効な箇所はそこしかない。
ハーヴィー「うおおおぉ!」
ハーヴィー将軍は怒りに任せて賊のひとりに突撃する。確か彼は何も武器を携行していない筈で、賊が振り返って小銃で撃ってきたら終わりだと思うのだが、一切構わず将軍は追いついてタックルし、その鬼神のような膂力のベアハッグで賊を落とした。
ガギ「逃がしゃしねーぜ!」
最後のひとりは可哀想にガギの標的となった。野生動物そのもののしなやかな脚力であっという間に賊に追いつき、そのまま地面を蹴って敵の延髄に綺麗な飛び蹴りを放った。テロリストを心配しても仕方ないが、もしかしたら致命傷になったかもしれない。
ハーヴィー「ゲン殿、やるではないか。間諜にしておくのは勿体無いな」
巌「あんたこそトシの割には体が動くじゃねえの」
誰かが通報したのだろう、サイレンを鳴らしながら集まってきたパトカーがテロリストたちを連行していくなか、ふたりの中年男が互いを褒め称え認め合っていた。
鎌倉署での長い事情聴取が終わり、上野に行く時間的余裕も無くなったおれたちは巌おじに夕飯を奢ってもらうことになった。民間軍事会社PZSのボスと精鋭部隊を逮捕できたのでその礼ということだ。おじに連れられて入ったのは鎌倉市内のもんじゃ焼きの店である。
ミキオ「おれは寿司でも良かったんだけどね」
巌「バッカ、お前! 俺の懐具合も考えろよ! もんじゃ焼きは楽しくて旨くてこのくらいの人数でワイワイやりながら食うのに最適なんだよ」
国際指名手配犯を捕まえて上機嫌の巌おじ。東大卒のおれをバカなんて言えるのはこの叔父だけだ。土手を崩した“もんじゃ”は混ぜ合わされてソースがかけられた。
サラ「これどないして食べたらえーのー?」
巌「お嬢ちゃん、このちっちゃいヘラで端っこから剥がして食うんだ」
ハーヴィー「まるで吐瀉物だな…」
巌「おい! オッサン! 二度とその単語でこの食べ物のことを形容するなよ!」
サラ「あ、美味しいで」
ハーヴィー「うむ、見た目は悪いが旨い。鉄板で焼きながら食べるという着想もさることながらこのソースが絶品なのだな」
巌「へ、悪くねえだろ」
ガギ「あっちぃ! 熱っ!」
巌「アマゾネスの姉ちゃん、手づかみはやめろって! 三樹夫、あいつにヘラ持たしてやれよ!」
こうしておれたちは大勢の警官たちの厳重な警戒のなか、鎌倉市内のもんじゃ焼き屋で夜まで楽しく会食した。指導者を失った民間軍事会社PZSは急速に力を失い、解散したという。