第177話 異世界将軍、あばれ日本グルメ旅(前編)
異世界181日め。おれはこのガターニアに転生してまだ半年だというのにいつの間にか召喚士事務所の所長でありながら王国議会の議員までやらされているのだが、今日は王国議会が無いため午前中は快調に召喚士としての仕事をこなし、昼は近所の麦そばの店から出前を取って皆で昼食をとっていた。
ヒッシー「最初は香辛料キツイと思っていたこの麦そばも慣れてくると悪くないニャ」
ミキオ「こうして何も事件が起きない日は貴重でありがたい」
ペギー「本当なのです。午後もこの調子で行きたいのです…あっ」
などと言っていると新人研修中で預言者見習いのペギーの眼が突然赤く光り、両手を広げた体が空中に浮遊した。先祖代々伝わる神の依代の体質を持つペギーの特殊能力だがおれたちは慣れてしまって驚きもしない。
ミキオ「神託か、久々だな」
永瀬「わたしたちがリアクション悪いから神様も空気読んだのか、ここんとこご無沙汰でしたからね」
ヒッシー「最近はあたりさわりのない信託しか無かったからニャ〜」
ザザ「今日の神託は何だ? 午後から雨が降るってか? それとも回覧板が回ってくるって?」
ペギー「…我はガターニアの守護祖神アール・ビル・レクス…預言者見習いペギー・ソーヴァの口を借りてここに託宣する。眼鏡男に災いあり。東南より来たれる者によって論難に遭うであろう」
神託は終わり、ペギーの身体は地上に降りてぐったりとなった。慣れたもので誰も倒れたペギーの心配をする者はいない。しばらくすると意識を取り戻し自分で起き上がることはわかっているのだ。
ザザ「なんだ? いつもと違ってシリアス味があるじゃねーか。眼鏡男ってミキオのこったろ」
ヒッシー「論難て、こんなに口の達者なミキティが論難に遭うわけないニャ」
永瀬「ここから東南と言うと、えーと王宮のあたりですが…」
永瀬が扉を開けて外を確認すると、遠方から乗り合い馬車が来て事務所の前で停まった。中から降りてきたのは見知った顔ばかりである。
ハーヴィー「こんにちは秘書さん。ツジムラ侯爵、お邪魔する」
サラ「ミキオ先生、ひさしぶりや〜☆」
ガギ「よ、召喚士の旦那」
思い思いの呼び名でおれを呼ぶこいつらは隻眼の巨漢で王国軍の将軍ハーヴィー・ターン、その将軍よりも大柄のアマゾネスで傭兵稼業のガギ、女子高生で治癒系魔法使いのサラの3人だ。全員おれの友人知人ではあるが年齢も業種も違うこいつらがなぜつるんでうちの事務所に来ているのだろう。
ミキオ「どういう組み合わせだこれは?」
ハーヴィー「私はこのたび王国枢密院からニホン文化調査特使に任命されてな。このふたりは随員だ」
そう言いながら将軍は書状を広げて見せた。確かに王国枢密院の名前で出された信任状だ。
ハーヴィー「折からの異世界ニホンブームを受けてついに枢密院が動き出したというわけだ。彼らが相手ではいかにこの百戦百勝の常勝将軍と言えど逆らえん」
ハーヴィー将軍は自分で言う通り、この連合王国の国軍で将軍という立場にありながら前線に出て誰よりも活躍する男だ。
ミキオ「自分で言うんだな…しかし枢密院とは厄介な」
枢密院というのは国王の諮問機関である。内閣に匹敵する権力を持ち、大臣を罷免することもできる強力な機関だ。おれが転生して以来、アイドルだの異世界美術館だのと妙に日本ブームになっていたから枢密院も黙っていられなくなったのだろう。
ハーヴィー「左様。で、異世界のことなどまるでわからないので君に助力を乞いに来たというわけだ」
助力を乞う立場の割にはまったく頭を下げないな、この人。さすが国軍の柱と呼ばれるハーヴィー将軍というべきか。
ミキオ「まあそういうことなら仕方ない。今日は予定を変更して将軍らを日本見学にお連れしよう」
ハーヴィー「話が早いな。いいのか?」
ミキオ「こういうのは持ちつ持たれつだからな。ただし、今まで無頓着だったが今日は日本を何ヶ所も回るわけだから現地の服装に着替えてもらうぞ。その服じゃ目立ち過ぎる」
ガギ「えーっ! この服以外持ってねーぞ」
ミキオ「ビキニアーマー以外持ってないって、どういう生活してるんだお前は…いったん日本の衣料品店に寄る。どうせ枢密院から調査費が出てるんだろ? それで買えばいい。じゃ準備でき次第行くぞ」
というわけで、まずは“逆召喚”で都内の庶民的な衣料品チェーン店に行きこっちの服を揃えることにした。ハーヴィー将軍は黒のタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツでそのままアーミー風、サラは女子高生ということで紺の制服風のジャンパースカート。ガギは日本にはなかなかいない体型なのでスポーツアスリートということにして男物のジャージとスパッツを着せた。アスリートというより女子プロレスみたいになったが。
ミキオ「うん、3人とも似合ってるぞ」
ガギ「色気のねーファッションだな。アタシもサラみたいなのが良かったぜ」
ミキオ「まあ、女性の体型のことを言って悪いが、そのサイズのは日本ではなかなかな…まあ無事着替えも終わったということで、日本の視察に行こう。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら5人、意の侭にそこに顕現せよ、神奈川県鎌倉市、小町通り!」
ミキオ「ここが地球の日本、神奈川県という行政区の中にある鎌倉市というところだ」
ハーヴィー「ほぉ…」
おれたちは召喚魔法によって神奈川県鎌倉市に“逆召喚”してきた。なぜ東京でなく鎌倉なのかというと都会過ぎず風光明媚で昔ながらの日本的な街並みがあるからだ。鎌倉を適当に散策したあとは上野の国立科学博物館にでも連れて行ってやれば満足するだろう。それでこのミッションは完了だ。
ハーヴィー「カマクラか。良きところではないか。落ち着いた雰囲気だ」
ミキオ「鎌倉は観光名所だらけだ。ここを真っ直ぐ行ったところにある鶴岡八幡宮という豪壮なシュラインや七里ヶ浜という美しいビーチ、鎌倉大仏という巨大なシンボリックスタチューなどがある。横須賀の米軍基地も近い」
ハーヴィー「ベイグン基地?」
しまった、余計なことを言ったかな。
ミキオ「アメリカという国の基地だ」
ハーヴィー「他国の軍事基地があるのか? それではニホンはその国の占領地ということになる」
ミキオ「いや大戦直後はそうだったが今は日本の主権は日本政府に返還されており堂々たる独立国だ。アメリカの基地はドイツやイギリス、韓国など世界40ヶ国にある」
ハーヴィー「それではアメリカ国がこの世界を支配していることになる」
ミキオ「それは言い過ぎ。そこまでではない。まあ安全保障の一環だ。日本国も多大な予算を計上して駐留してもらっているのだ」
ハーヴィー「カネを払って占領してもらっているのか?! よくわからんな、異世界の国は…」
将軍は首をひねっている。余りその辺を突っ込まれるとおれも回答に困るのだが…。
ハーヴィー「まあいい。さっそくだが宮殿に連れて行ってくれ。特使としてこの国の君主に謁見したい」
ミキオ「いや! それはさすがにやめよう。おおごとになるし、そもそも今日行って今日簡単にお会いできるお方ではない」
ハーヴィー「むう…」
将軍は不満げだったが、この連中を皇居に連れて行くなんて絶対に嫌だ。というか無理だ。皇宮警察に止められて終わりだ。
ミキオ「それより将軍、昼は済ませたのか」
ハーヴィー「いや、今日はちとバタバタしていてな」
サラ「うちも食べる時間なくて〜」
ガギ「腹は常に減ってるぜ」
ミキオ「わかった。では日本文化紹介の一端として和食の店で昼飯を取ろう。おれが奢る」
永瀬「和食、つまり日本の伝統料理です」
ハーヴィー「ほお、ニホン料理」
サラ「それやったらミキオ先生、あそこの店行きたい〜」
そう言いながらサラが屈託なく指差したのはたまたま近所にあったいわゆる料亭である。派手な看板などなく、立派だが地味な門構えに店名だけが小さく書かれた白い暖簾が掛かっているタイプの店だ。異世界の子がよくこれを料理店だとわかったな。というかちょっとこれは高級店じゃないか? おれ的には“かつや”とか丸亀製麺でいいかなと思っていたのだが。
ミキオ「あ、まあ、いいけどちょっと渋すぎないか? お前たちならもっと若者向けの店の方が」
サラ「いや、ここがいいです〜」
ガギ「腹減った! アタシゃどこでもいいぞ」
ハーヴィー「上品で良さそうな店ではないか。ツジムラ侯爵、ここにしよう」
ひとの懐具合も考えずこいつらはその高そうな料亭の暖簾をくぐってズカズカ進んでいく。まあランチだからそんなに高くはないのかな…と思いつつも、ししおどしや生け簀などが置かれてありどう見ても高級料亭だ。おれたちはほどよい大きさの部屋に通され、仲居さんにランチコースの『梅』5人前を発注した。松竹梅の梅だがそれでも万札が3枚も飛ぶ額だ。ランチでこれかよ…。
20分ほど後、襖が開いて仲居さんが現れた。
仲居さん「お待たせしました〜、こちら明石の鯛の活き造りでございます」
仲居さんが持ってきたのは舟盛りになった真ダイの活き造りだ。尾頭付きであり、頭はまだ口をパクパクさせている。さすが高級料亭、豪勢なのが出てくるな…と思った刹那、ハーヴィー将軍が声を上げて動揺した。
ハーヴィー「ぬっ!?」
サラ「うあ〜、何これ〜?!」
ミキオ「はっはっは、豪勢だろう。これは活き造りと言って…」
ハーヴィー「ツジムラ侯爵、正直言って私は引いている」
ミキオ「えっ」
ハーヴィー「身をさばかれた魚の頭を生きた状態で皿の上に置く意味がわからない。あまりに残酷ではないか。ニホンの文化はどうなっているのだ」
おれはここではたと気付いた。日本の“活き造り”は残酷、動物虐待だとして一部の国から非難されているのだ。活き造りが禁止されている国もいくつかある。
永瀬「あのですね、これはそれだけ新鮮だというアピールで…」
ミキオ「いや永瀬、これは仕方ない。おれたち日本人は慣れてるからいいが違う文化圏の人たちには理解できないことだ」
ハーヴィー「異世界の文化にケチをつけるつもりはないが、ちょっとこれはさすがに悪趣味だろう。生き物をオモチャにしてはいかん。生命への冒涜だ」
永瀬「そこまで言います?!」
サラ「あかんわ。将軍さん頑固やねんから。こう言ってる以上ぜったい食べへんわ〜」
ミキオ「…仲居さん、すみませんが彼ら外国人なもので、この舟盛り下げてもらえますか」
仲居さん「はあ…」
戸惑う仲居さん。日本文化を否定されたかのようでおれ個人のことではないのになぜか屈辱的だ。
ガギ「いや! 下げなくていいぜ、アタシが食う!」
蛮族出身のガギだけは手で刺し身をつかみ醤油も付けずパクパク食べていた。なんなら鯛の頭も食べていた。
永瀬「あ! ペギーの預言にある『眼鏡男に論難あり』ってこれのことじゃ?」
ミキオ「憂鬱な一日になりそうだな…」
その後、おれはクレカで精算を済ませ、身にそぐわない高級料亭を出て皆と鎌倉の街を散策していた。
ガギ「結局あの魚しか食ってねーじゃねーか!」
サラ「うちなんも食べへんかった〜」
ミキオ「わかったわかった。次の店を探してるから、少し待て」
永瀬がスマホで良さげな店を探していると、ここは神奈川県なのに“神奈川県警”ではなく“警視庁”と書かれたパトカーが歩道に横付けで停車した。誰が乗ってるかはだいたい想像がつくが、次回へ続く。