第176話 禁断の美味!美女たちはフルーツがお好き(後編)
いつものように我が事務所に訪ねてきたお騒がせセレブのブリスとオーガ=ナーガ帝国皇太女エリーザ。ふたりは顔を合わせるなり衝突し、当たり前のようにフルーツで対決をし始めた。しかしどちらのフルーツもマズい上に気持ちが悪い。おれは勝負をドローとし日本のフルーツの試食を提案するのだった。
ブリス「ニホンのフルーツですって?!」
エリーザ「ふん、何でもかんでもニホンのものがいいと思うなよ」
ブリス「もし美味しくなかったら責任取ってもらうわよ」
あれだけマズくて気持ち悪いフルーツを次々に出してきてよくそんな事が言えたものだ。
ミキオ「まあ、ガターニア人と日本人で味の好みも違うから、責任と言われても困るが…」
ブリス「なに最初から逃げ腰になってんのよ! もしニホンのフルーツが美味しくなかったらカッドン家の婿養子になってもらうわよ!」
エリーザ「貴様! なんということを言うのだ! そこな召喚士はこのエリーザ・ド・ブルボニアが異性として意識している男なのだぞ!」
ブリス「そんなもん知ったこっちゃないわよ!」
これは…修羅場ということになるのか? ヒッシーも永瀬もザザもお前のせいでこんなことになってるじゃないかという目でジロジロと見てきて居たたまれない。
ピースビレッズ「いや〜モテモテですな、ツジムラ侯爵! よろしいでしょう、ではニホンのフルーツにご両人が満足されなかった場合にはどちらかと婚姻を決めて頂くということで」
ミキオ「そんな重大なことを簡単に言わないでくれ!」
ブリス「ふん、それでいいわ」
エリーザ「女! 後で吠え面かくなよ!」
ミキオ「おれは了承してないからな! エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、去年2月頃の佐賀県唐津市の苺生産農家さん!」
おれが配置した赤のサモンカードに描かれた魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、中から気の良さそうな農家のおじさんが登場した。手には苺のパックをひとつ
持っている。
農家のおじさん「ありゃ、ここんとはどこったい」
ミキオ「急に呼び出して申し訳ない、辻村と申します。お持ちの“雪うさぎ”をお売り頂けないかと」
農家のおじさん「良かね」
苺農家の壮年男性は快く売ってくれた。値札がついていたがさすが産地直売、思ったよりも安い。東京のデパートで買ったら倍はするだろう。
ミキオ「おれが選ぶ日本の3大フルーツ、まずはこれだ。佐賀の雪うさぎ。本来なら1〜2月しか食べられないものだ」
おれが苺のパックを差し出すと皆が一様に覗いてきた。
永瀬「えーっ、なにこれ?! カワイイ!」
ブリス「これは…白い苺?!」
ザザ「マジかよ…何かの病気とかじゃねーのか?」
ヒッシー「いやテレビで見たことあるニャ」
エリーザ「さすがは異世界ニホン。苺すらここまで異様か」
さっきまでゴブリンの頭や人間の目玉みたいなフルーツを紹介しておいてよく言う。
ミキオ「ま、食べてみてくれ」
おれの言葉を合図に皆が一斉に“雪うさぎ”をつまむ。種は赤いが表皮は綺麗な純白だ。ひと粒が大きくて結構重い。口に入れると同時に全員の眼が大きく開いた。
永瀬「甘い! 香りもさわやか!」
ザザ「めちゃめちゃうめぇ! ジューシーだ!」
ヒッシー「これは高貴な味だニャ〜」
ブリス「なっ何これ?! ニホンの苺ってこんなに美味しいの?!」
エリーザ「ぬぐっ…これは悔しいがべらぼうに美味い…」
ピースビレッズ「感動です! 言葉が出ない! これ以上の美味はない!」
農家のおじさん「白苺は栽培が難しか。苺の果実は太陽に当てんと大きく成長せんばってんが、太陽に当てると赤くなってまう。そのため偏光などを細かに行い湿度、日光量を管理せんとこげんごつ大きさ、色とはならん。この“雪うさぎ”は赤い苺の何倍もの手間暇をかけて育てられるとばい」
エリーザ「凄まじいな、これは…」
ブリス「あっという間に全部無くなっちゃったわ」
思ったより安いとは言え1パックでお中元のハムセットくらいの値段はしたが、それをこの連中は一瞬で食べ尽くしてしまった。
農家のおじさん「あさんたちゃがばい喜んでくれて満足ばい」
佐賀の農家の男性は破顔しつつタイムアップとなり消えていった。
ミキオ「さて、“雪うさぎ”については気に入ってもらえたようで何よりだ。次は葡萄だ。季節もちょうどいいから直売所に“逆召喚”で行こう。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら、意の侭にそこに顕現せよ、石川県金沢市の農産物直売所!」
おれたちは青のアンチサモンカードで一瞬にして石川県金沢市にある農産物直売所に来た。ザザもエリーザもブリスも、それにピースビレッズ公も日本への逆召喚は既に経験しており、リアクションは弱い。
エリーザ「ふむ、ニホンにもこんなのどかな場所があるのだな」
ブリス「親しみやすい町だわ」
農産物直売所というよりスーパーのような大きな建物に入っていくと、そこには県産の野菜や果物、加工食品などが並べられていた。おれたちは果物コーナーに移動した。
ピースビレッズ「ほーっ、これは立派な直売所」
ブリス「ここにあるのね、お目当てのフルーツが」
ミキオ「さっきは白い苺だったが、今度は真っ赤な葡萄だ。店員さん、ルビーロマンありますか」
金沢の店員「まいどさん、きのどくなー」
そう言いながら店員の中年女性はルビーロマンを見せてくれた。
永瀬「??? 何が気の毒なんですか?」
ミキオ「石川弁で『ありがとう』のことだ。すみません、じゃルビーロマンをひと房」
おれが買ってる間、永瀬とヒッシーは値札を見て驚愕していた。万札が2枚飛んでいく値段だ。
永瀬「お大尽様の食べ物だね…」
ミキオ「ま、値段のことはやらしいから言うな。それよりさっそく食べよう」
おれたちは建物内のイートインスペースに移動した。ルビーロマンはひと粒ひと粒が大きく、さっきの苺ほどもあるがそれでいて薄皮なので皮ごと食べられる。皆は大粒のルビーロマンを頬張った。
永瀬「んー!」
ザザ「全然酸っぱくねえ! びっくりするくらい甘いぞ!」
ピースビレッズ「うほっ! これは格が違います! 高貴な香りが鼻腔を突き抜ける!」
ブリス「皮ごと食べてるのに苦み、渋みが一切ない…」
エリーザ「味も突き抜けるほど美味いが色も美しい、ひと粒ひと粒がきらめく宝石のようだ…」
ミキオ「そうだろう。これがまた炭酸水に漬けて3日くらいしてから食べると食感が変わって美味いのだ」
ピースビレッズ「おお! 斬新な発想です!」
金沢の店員「このルビーロマンは石川県が戦略作物として開発した品種だちゃ。房の重さ、一粒当たりの重さ、糖度、色などの厳格な出荷基準が定められとって、規格外品は販売することができんがやて」
ミキオ「その通り。ルビーロマンの規格は秀、秀G、特秀、特秀G、プレミアムの5段階で、最上級のプレミアムはひと房20万円を超える」
ヒッシー「食べ物の値段じゃないニャ」
ピースビレッズ「だが私は買いますよ! 店員さん、棚の物を全部包んでください」
ブリス「ずるいわよ! 店員さん、半分は私に売りなさい!」
エリーザ「私もだ!」
焦って買い占めに勤しむ異世界人3人。いきなり現れた異様な服装の美女ふたりとおじさんに詰め寄られ直売所の店員さんは当惑していたが、残り少なな“ルビーロマン”は3人によって全部買い上げられた。と言っても彼らは円を持っていないのでおれがカードで立て替えたのだが。さすがに大富豪と皇族、どんな高級品であろうと一切躊躇せず大人買いをする。あまり裕福でない環境で育った永瀬などは冷めた目で3人を見ていた。
ミキオ「これも満足したようだな。では最後、おれのとっておきの切り札をご賞味頂こう。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら、意の侭にそこに顕現せよ、福島県会津若松市の農産物直売所!」
黄色い炎に包まれ、おれたち7人は会津若松市内の新しくて立派な農産物直売所の駐車場に“逆召喚”した。
ザザ「ここものどかな町だ」
ブリス「どの直売所も田舎町に似合わない豪勢な建物だわ」
エリーザ「さっきからなんで直売所に行くのだ? 最初みたいに生産農家を召喚したり、農場に行ったりして直接買った方が早いのではないか?」
ミキオ「最初の苺は収穫時期が違うのでやむを得なかったが、生産農家さんは忙しいんだ。簡単に呼び出してご迷惑をかけちゃいかんだろ。それにお前らを農場に連れて行くとビニールハウスごと買うとか言い出しかねないからな」
ピースビレッズ「いいですね! そのアイデア! 私もビニールハウスごとニホンのフルーツを買いたい!」
連れてきた異世界人は3人ともとんでもない資産家なのでどうも浮世離れしていて話が合わない。こっちは半年前まで貧乏大学院生だったんだから。
ミキオ「まあ入ってくれ。お、あるある。これがおれの求めていたものだ」
おれたちがずんずん入っていくと、フルーツコーナーはすぐに見つかり、棚には何種類かの桃が置いてあった。
エリーザ「桃か!」
ミキオ「福島県産の桃“あかつき”。県産の代表品種とも呼ばれるポピュラーな桃だ。皇室にも献上される優良品種だが値段も手頃、ワンコインで買える。店員さん、“あかつき”を7つ」
会津若松の店員「ありがとない」
永瀬「え? こんなに売れたのにありがたくないんですか?」
ミキオ「永瀬、福島弁で『ありがとう』の意味だ」
ザザ「ワンコインて、ガターニアの通貨だと1000ジェン程度か。あたしでも買えるな」
ブリス「妙に安いじゃない。大丈夫なの?」
ミキオ「値段が全てじゃない。試してみろ」
おれは人数分の桃を皆に配った。“あかつき”は大玉で桃色というより赤い。果肉は柔らかく、強く持つと指が埋まっていくほどだ。
エリーザ「ニホンのフルーツはどれも大きさや形が均質的だな…」
ミキオ「厳しく品質管理してるからな」
ピースビレッズ「ああ…この香りだけで陶然となります」
ミキオ「少し行儀が悪いが桃はそのままかぶりつくのが一番美味い。皮と身の際の部分に旨味がつまってるからな」
ザザ「たまんねーな、もう食うからな!」
がぶり。ザザが率先して“あかつき”にかぶりついた。
ザザ「うおっ! これはまた…とんでもねーな!」
ブリス「美味しい…口の中にエレガントで甘い果汁があふれる…!」
永瀬「うん美味しい。やっぱり福島の桃は違うね」
エリーザ「こ、こ、これは美味すぎる! だいいちなんだこの果汁の量は、まるで飲み物のようではないか!」
ピースビレッズ「恐れ入りました! これぞ神の領域です!」
永瀬「“あかつき”は広く普及している品種だが、その美味さは他の高級品種にまったく引けを取らない。すべては生産農家さんのたゆまぬ努力によるものだ」
会津若松の店員「よその桃は普通は栽培すっ時に袋掛けっべ? ほでも“あかつき”の場合は栽培時に袋を桃にかけね“無袋栽培”だ。太陽の光をたっぷり当てて赤くし、色と味の良い桃に育ててるべさ。そんではぁー虫も付くし手間ヒマかかるどもこうして甘くてうんめぇ桃になるんだべした」
永瀬「は、はぁ…」
ブリス「店員さん、この桃、箱で買うわ!」
エリーザ「私もだ! 皇帝陛下や騎士団の皆にも食べさせてやらねば!」
ザザ「この値段ならあたしも買うぜ!」
ピースビレッズ「ま、ま、私がとりあえず全部買いますので、後で皆さんにお分けします。店員さん、この店の桃全部包んでください」
と言うが彼らは円を持っていないので支払いには再びおれのカードを使った。これちゃんと後で精算してくれるんだよな…?
ルビーロマンとあかつきの箱を抱えた異世界人を連れておれたちは王都フルマティにあるおれの事務所に戻った。
ミキオ「さてエリーザにブリス、日本のフルーツの総評を聞かせてもらおう」
エリーザ「ふ。聞くまでもあるまい。このエリーザの完敗だ。まだ口の中のさわやかな味わいが消えぬわ」
ブリス「さすがミキオ社長が推すだけあるわね。どのフルーツも完璧以上のマーベラスだったわ。またニホンに行かなきゃ食べられないのが残念ね」
ピースビレッズ「いや、今日はまた素晴らしい体験をさせてもらいました! ニホンのフルーツはどれも最高でした! ぜひ苗を買って我がカリア公国で栽培したいものです!」
ミキオ「まあ、それはやめておきましょう。生態系への影響が強すぎる」
ピースビレッズ「そうですか…むむ、残念…」
エリーザ「いや、私は諦めぬぞ! 私が先頭に立って我が帝国の果実栽培に革命を起こす! 目指すはニホンの苺、葡萄、桃だ!」
革命なんて王朝側の人間が言っていい言葉ではないと思うが、言いたいことはよくわかる。
ブリス「いいわね。もし成功したらカッドン財団が大口の取引先になってあげるわ」
エリーザ「ふ、食えぬ女よ。まあ良かろう。約束したぞ」
ピースビレッズ「ではこれにて一件落着、オールクリアということで! いやぁ、美味しいフルーツ目白押しで今日は最高でしたね!」
すでに夕刻となり、窓からはオレンジ色の陽光が射し込んでエリーザとブリスの横顔を照らしていた。とりあえず婚姻の話は無くなったようでおれも安心した。あとはこの気持ち悪いガターニアのフルーツ類を片付けて行って欲しいだけだ。