第175話 禁断の美味!美女たちはフルーツがお好き(中編)
いつものように我が事務所に訪ねてきたお騒がせセレブのブリスとオーガ=ナーガ帝国皇太女エリーザ。ふたりともおれにフルーツを試食させたがっていたがどうにもおれは気が進まない。そこに割ってきたグルメのピースビレッズ公爵のせいでふたりにフルーツ対決をさせることになってしまったのだった。
エリーザ「さて、次は私が先行だな。二番手はこれ、帝国が誇る史上の美味、“眼球果”だ」
そう言って皇宮騎士のひとりが出してきたのはブドウのように房にいくつもの球体が鈴なりになっている白いフルーツだ。ただし全部に人間の眼のような模様があり、非常にグロい。
ザザ「んだよ、これ!」
永瀬「見た目最悪。食べたくない」
ミキオ「これはちょっと…」
ヒッシー「西方大陸にはグロいフルーツしかならないのニャ?」
エリーザ「いや、まずは食してからにしてくれ! 確かに見た目はちとアレだが味は文句無しだぞ!」
と言われても、これはさすがに手が伸びない。濁った白目に青い虹彩、赤い血管のような模様まで見えてまるでラットフィンク(カスタムカー好きが愛するアメリカンキャラクター)の目玉だ。甘ったるい芳香を放っており、嗅いでいるとなぜか目がくらくらする。
ザザ「ひ、ひぃっ?! いま目玉が動いたぞ!!」
エリーザ「あんまり匂いを嗅ぐでない。幻覚を見るぞ」
永瀬「げ、幻覚?!」
ミキオ「…本当にこれ食って大丈夫なのか」
エリーザ「量を食べなければ大丈夫だ。さ、早く食されよ」
と言われてもさすがにこれはキツい。ビジュアルもキツいが、甘ったるい匂いがさらに危険性を示している。まあおれは神から授かった肉体を持っているから大丈夫だろう。おれはこわごわと“眼球果”のひとつをもいで鼻先に近づけてみた。
ミキオ「あっ、これは果実酒の匂いだ。なるほど、枝になった状態で発酵が始まっているのか」
自家発酵する果物は実は珍しくない。地球にはライチと言う果物があるが、これは糖分含有量が極めて高いため殻が割れるとすぐに発酵する。ライチを10個も食べてすぐにアルコール検知機を使うと飲酒運転レベルのアルコールが検出されるという。おれは“眼球果”をひとつ口に入れてみると、やはりブドウに似た味だが酒の香りが鼻に抜けていく。アルコール度数も高そうだが大人の味であるとも言える。
ミキオ「面白い味だ。おれの好みではないが、これは好きな人は好きだろうな」
永瀬「わたしはちょっといいかな」
ザザ「あたしも遠慮しとく」
食べてみるとそんなに意外な味でもないのだが、やはり女子たちは見た目で敬遠しているようだ。
ヒッシー「いやこれは酔っ払っちゃうニャ〜」
ピースビレッズ「エリーザ殿下、ありがとうございました! それでは後攻、ブリスさんの番です。お願いします!」
ブリス「これは幻のフルーツと言われる珍品よ」
そうブリスに促されて側近クルマーブ氏が出してきたのは…もう言葉で何に似ているかを形容したくないような形状の物体だ。ザザと永瀬はひと目見るなり口を開けたまま絶句している。
ミキオ「…これは…何かの悪ふざけか?」
ブリス「“爺ふぐり”と言う、中央大陸のゴッセン国で採れる伝統的なフルーツよ」
なんてひどい名前だ。だがその名の通りしわしわの袋の中に鶏卵ほどの大きさの果実がふたつ収まっており、袋にはちぢれた毛のようなヒゲがまばらに生えている。要するに温泉に行くとよく爺さんの股の下にぶら下がっているあれにそっくりだ。
ミキオ「…なあ、これ食べるのはやめて日本で脱出ゲームにでも行かないか?」
ブリス「なんでよ! これ高いのよ! めったに市場に出回らないから手に入れるのに苦労したんだから!」
と言われても。これを積極的に食べたがる男はいないだろう。いや女でもいないか。ブリスの側近の中年男性はナイフで“爺ふぐり”を切ろうとしているが、見ているだけで股間がきゅうっと痛くなり正視に耐えない。つボイノリオの名曲『金太の大冒険』の中の『金太マスカット切る』のフレーズを思い出す。皺だらけの袋を切って取り出した鶏卵サイズの果実ふたつは暗紅色で、断面はピンク。果物なのに生物の臓器みたいな色だ。なんでこんなの食わなきゃならないのか…。女子ふたりは手に取るどころか視線を向けようともしないので仕方なくおれとヒッシーがカットされた“爺ふぐり”を取る。おれはそれをおそるおそる鼻先に近づけた。
ミキオ「に、匂いは爽やかなのか…」
外観との落差にコケそうになったが、甘くトロピカルな香りで警戒感がやや治まったので口に入れてみる。
永瀬「食べた…」
ザザ「お前、よく食うなそんなもん…」
ミキオ「言うな。好きで食べてるわけじゃない。うむ、食感はプルっとしててマンゴーのような口当たりだがやはり地球のマンゴーと較べると甘みが弱い。マズくはないが見た目のハードルを越えて食べたくなるほどの味ではないな」
ヒッシー「うーん、とにかく見た目が最悪すぎて味の方に注意が行かないニャ」
ピースビレッズ「なるほどなるほど。ツジムラ侯爵、第2試合の結果はいかがでしょう?」
ミキオ「“眼球果”も“爺ふぐり”も味はまあまあだが見た目が悪すぎる。今回も引き分けだな」
エリーザ「男が見た目など気にするでない! 軟弱な!」
ブリス「ふん、まあいいわ。次で決着ってことね」
エリーザ「良かろう。ケリをつけてくれよう!」
ピースビレッズ「ありがとうございました! それではいよいよ最終決戦、第3試合でございます!」
ブリス「第3試合は私が先行ね。本気出して行くわよ」
ブリスにそう言われて側近のクルマーブ氏が出してきたのは林檎か梨くらいの大きさで、赤と黄の斑模様になっている。やや奇妙だがこれまででは外観が一番まともなフルーツだ。
ブリス「“サルカケナシ”よ。中央大陸アガノシア国の特産品。とても栽培が難しくてレアなフルーツなのよ。皮ごと食べられるわ」
ミキオ「名前は意味がわからんがやっとマトモに食えそうなのが出てきたな」
ヒッシー「もぐもぐ。うん、まあまあ食べられるニャ。ちょっと酸っぱいけどちゃんと甘みも感じられるニャ」
永瀬「昔の林檎って感じ」
ザザ「今までで一番うめえ」
ピースビレッズ「おお! これはなかなか好評のようですね」
ブリス「そりゃそうよ。サルカケナシは栽培が難しいんだから。これは育成の段階で実がなると猿が目をつけて、毎日ツバを吐きかけていくのよ。そのツバで熟成して完成するの。だから熟成したら猿に取られないうちに収穫しなければならない。そのタイミングが難しいところね」
ブリスの説明なかばでおれたちは一斉に洗面台に向かい、口の中のものを全部吐き出した。
ザザ「おえええ…」
ミキオ「ブリス! お前、なんてものを食わせるんだ!」
ブリス「失礼ね! これは王侯貴族しか食べられないような貴重な品種なのよ!」
エリーザ「さがれ下郎。転生者たちの好みもわからず大口を叩くでない。このエリーザが勝利への鍵、掴んでくれよう!」
そう言われて皇宮騎士たちは部屋の外から木箱を持ってきた。木箱は蝋でガチガチに固めてあり。騎士のひとりは金槌を持ってその蝋を砕き始めた。
永瀬「何が始まるんですか?」
ミキオ「何でこんな警戒厳重なんだ…」
木箱が開けられると、その瞬間から強烈な匂いが漂ってきた。
永瀬「くっ、臭っ!!」
ザザ「なんだこれ! くっさ!!」
エリーザ「これぞ西方大陸が西端、ツナム藩王国の山奥で産出される落鼻神仙桃。学名をオオオニキュウカクツブシという。あまりの芳香の強さにハエヨラズとも呼ばれている。川や池などの水上に咲く植物なのだが水中に根をおろし、蔓で魚を捕らえて栄養分とする性質がある。そしてその花の中心になる実は魚の養分をたっぷり吸って極上の美味となるのだ」
ミキオ「いや、極上の美味はいいが、この臭さは…」
永瀬「ちょっとすびばせん、わたし脱落」
そう言いながら秘書の永瀬が鼻をつまんで部屋を出て行った。無理もない。まるで真夏の魚河岸のゴミ箱のような匂いだ(嗅いだことはないが)。地球にはシュールストレミングという世界一臭いと言われる塩漬けニシンの缶詰があって、そこらのユーチューバーが大騒ぎしながら食べてる動画がよくYouTubeに上がっているが、今日のこの最上級召喚士事務所も似たような状況だ。
ヒッシー「にゃきーっ! 鼻がもげるニャ!」
ザザ「こんなもん食えるわけねーだろ!」
ヒッシーとザザも叫びながら部屋を退出した。
エリーザ「いや、わかる! そなたらの気持ちはよくわかるが、一旦待ってくれ! 実際食べてみれば印象が180度変わるのだ! さ、切り分けるゆえ食べてみられよ!」
いや、これを食えと言われても…果実は赤黒くてぶつぶつと穴が空いており、そこから強烈な臭気をはなっている。この生臭さは水中の魚を養分にしているからなのだろう。
ピースビレッズ「いや、これはなかなかの香り。味が期待できますね」
皆が逃げ惑うなかピースビレッズ公は嬉しそうに試食を待っている。この人はいろんなものを食べ過ぎて感覚がバグっているのだろう。神の子として神の肉体を与えられているおれとてもう耐えられない。
ミキオ「来い、BB!」
おれがそう呼ぶと1階の神棚からBBこと万物分断剣が飛んできた。万物分断剣は魔導十指のひとりジョー・コクーが転生した聖剣で、物体のみならず光やビームなどのエネルギーも斬ることができる。おれはすかさずBBを持ち、横一文字に空中をはらいこの部屋中の悪臭を切り裂いた。
エリーザ「おおお…」
万物分断剣は光や魔法までも断つことができるので臭いなども当たり前のように斬れる。水上神仙桃の異様な臭気はたちまちに切り裂かれ雲散霧消したが、臭いの元を絶たねばどうにもならない。おれは触るのも嫌だったのでティッシュをバババッと何枚も取ってその赤黒い落鼻神仙桃をつかみマジックボックスを開いてティッシュごとその中に投げ捨てた。ティッシュで掴んだのにまだ手が臭い。
ブリス「し、死ぬかと思ったわ…」
この悪臭にやられてみんな逃げていったというのにピースビレッズ公とブリスだけは居残っていた。さすがに根性あるな。というかエリーザ配下の騎士たちすら逃げていってるじゃないか。
エリーザ「召喚士、何も捨てずとも良かろう! あれひとつで馬一頭くらいの値段がするのだぞ!」
ミキオ「いやさすがに無理。あんなの鼻テロだぞ」
永瀬「ふぅ〜キツかった…」
ザザ「えれー目にあったな」
ヒッシー「匂いが染み付いてとうぶんこの部屋使えないニャ」
退散していた永瀬らが戻ってきた。確かにそうだ。あとで日本に行ってファブリーズ買ってこよう。
ピースビレッズ「と、いうことは…勝負はどうなるのでしょう?」
ミキオ「勝負も何もない。サルカケナシと落鼻神仙桃どっちも失格。この勝負はドローだ」
ブリス「えー!」
エリーザ「貴公、食べもせずに決めるな! あれらはみな庶民の口には入らぬ貴重なものばかりなのだぞ!」
ミキオ「まあ、口で言ってもお前たちは納得しないだろうから、おれがこれから日本のフルーツを食べさせてやる。フルーツの真髄を味わうがいい」
ピースビレッズ「おお! 待ってましたよ、その言葉!」
おれの提案に諸手を上げて喜ぶピースビレッズ公。この人はとにかく美味いものに目がないのだ。おれは皆の注目のなか胸のポケットから召喚魔法用のカードを取り出した。次回、いよいよフルーツ対決編最終章!