第174話 禁断の美味!美女たちはフルーツがお好き(前編)
異世界180日め。いつものようにおれは王国議会に出席していた。この国の議会はどこかの国と違って皆がちゃんと建設的な意見を出してくるので参加していても気持ちがいい。議会は白熱し、四半刻(=30分)延長して閉会となった。やや気疲れしたのでおれはアンチサモンカードをつかって事務所に“逆召喚”で帰った。
ミキオ「ただいま」
永瀬「お疲れ様です」
ブリス「遅かったわね」
事務所のソファーにはなぜか大商人ターレ・カッドンの娘でカッドン財団の理事ブリス・カッドンとその側近のクルマーブが掛けていた。
ミキオ「お前、また来てるのか…」
ザザ「コイツもうかれこれ1時間くらいお前のこと待ってやがったんだぜ! 香水臭くて仕事になんねーよ!」
ブリス「アラ気になる? あなたにもあげるわ。ブリスNo.5。私が特別に調合させたオリジナルのオードパルファムよ」
ブリスはそう言ってショッキングピンクの小瓶を差し出してきた。この女は自らをブランド化して香水や化粧品、下着などをプロデュースして販売しているのだ。
ザザ「いらねーよ!」
ミキオ「いや議会が長引いてな。今日は何だ?」
ブリス「うちのホテルのレストランで出す新しいデザートを考えていてね。ミキオ社長に試食して欲しいのよ」
クルマーブ「こちらでございます」
そう言いながら側近の男は持参した籐篭の中から様々なフルーツを取り出した。
ブリス「この中央大陸産のフルーツよ。食べてみて」
ミキオ「フルーツねえ」
と言われてもどうも食べる気にならない。このガターニアの食べ物はだいたい日本の食べ物より平均して3割くらいマズいのだが、栽培技術が未熟なのかフルーツ類はどれも5割くらいマズい。どう答えたものかと考えていた時に事務所の扉が開き、よく聞く低音の女の声が聞こえた。
エリーザ「召喚士! 召喚士はいるか?!」
ザッザッと足音を揃えて歩く騎士たちを引き連れて入ってきたのはオーガ=ナーガ帝国皇帝の息女、皇太女にして摂政宮エリーザ・ド・ブルボニアである。おれの友人アルフォード・ド・ブルボニアの姉であり推定身長170cm、グラマラスで切れ長の目の美人だが威圧的で猛々しい武人のような女だ。
ミキオ「今度はお前か…財団理事とか皇太女ってのはそんなにヒマなのか?」
エリーザ「何の話をしておるか。私は貴様に仕事を頼みに来たのだ…む!」
エリーザはソファーに座っていたブリスを見るなり顔色を変えた。
ブリス「あら始めまして。どちら様?」
エリーザ「召喚士! この女はあちこちで醜聞を流しておる巷で話題のお騒がせセレブではないか! なぜこんな破廉恥な女がこの事務所におる!」
ブリス「失礼ね! 思い出したわ。アナタあれでしょ、オーガ=ナーガ帝国の皇太女でしょ、水着で魔法配信してたいやらしい女!」
エリーザ「女! 言い方に気をつけろよ!」
ブリス「なによ! やんの?!」
エリーザが剣の束に手をかけ、ブリスが独特の構えで戦闘態勢を取ったが、おれは見てられないので割って入った。
ミキオ「まあ、まあ、まあ、お前らいったん待て。ブリスは今度作るおれの会社の副社長だし、エリーザはおれの友人の姉だ。二人ともここにいても何の不思議もない」
エリーザが27歳でブリスが25歳だろ。二人ともいい大人でおれより年上なのに何を出会いがしらの不良少女みたいな喧嘩してるんだ。
エリーザ「ふ、命拾いしたな、女」
ブリス「ナメてもらっちゃ困るわ。私、こう見えても闘神流格闘術をやってるのよ」
バチバチと火花を散らすブリスとエリーザ。副所長のヒッシーは恐怖におびえ、秘書の永瀬も事務員のザザも見てないフリをしている。トップセレブと帝国の皇太女が出逢うとこんなことになってしまうのか。
ブリス「そもそも何しにきたの、アナタ」
エリーザ「我が帝国が経営しているコンビニの新商品、西方大陸産フルーツの試食を頼みに来たのだ」
ブリス「ハ?! あなたもフルーツ?!」
エリーザ「出せ」
皇宮騎士A「は」
エリーザに促されお付きの騎士が籐篭から色とりどりの様々なフルーツとおぼしき物体を出してきた。何なんだ。なんでこいつらはやたらおれにフルーツを食べさせたがるんだ。
エリーザ「さ、試食されよ。選り取りみどりぞ」
ミキオ「いや、そんなに今は腹が減っていないので…」
ブリス「ほら見なさいよ。ミキオ社長が困ってるじゃない。しょせん西方大陸の山奥で採れたフルーツなんて田舎っぽくて文明人の口には合わないのよ」
エリーザ「女! 勝手に召喚士の気持ちを代弁するでない! 中央大陸のフルーツこそ潮臭くてマズかろうが!」
ブリスは中央大陸の連合王国、エリーザは西方大陸のオーガ=ナーガの生まれである。このふたつの大陸は両端同士は橋をかけられるくらいの近さで隣接しているがどちらも巨大な大陸であり植生はかなり違う。よってそこで採れるフルーツも違いがあるのだろう。だからってこんなに揉めなくてもいいと思うが。
ピースビレッズ「と、なればここは両大陸のフルーツを食べ比べしてみるしかありませんね、ツジムラ侯爵!」
横から急に変なおじさんが出てきたが、この小柄なおじさんはピアバーグ・トゥーリンボゥ・ピースビレッズ3世公爵。西方大陸オーガ=ナーガ帝国の隣にある裕福な小国カリア公国の国家君主で大富豪だ。大変なグルメでもあり、以前におれが地球のコーラを飲ませてやったことがある。
エリーザ「ピースビレッズ公ではないか」
ブリス「誰このおじさん」
ミキオ「なんだなんだ、急に出てきて! あんたいつの間に来てたんだ!」
ピースビレッズ「いやお聞きください。私もはばかりながら美食家として知られた男、ガターニアの珍味はあらかた食べ尽くしておりまして、また以前のようにツジムラ侯爵に異世界の珍味を味わわせて頂けないかとこちらを訪ねてきたのですが、何やら美女ふたりが対決ムードを匂わせているじゃないですか。食のことに関する対決ならば私に仕切らせてください!」
相変わらず腰は低いが強引な男だ。
エリーザ「おう、さすがはピースビレッズ公。話が早くて助かる」
ブリス「いいわ。じゃあ私たちが用意したお互いの大陸のフルーツ、ミキオ社長と事務所の皆さんに食べ比べて貰おうじゃない」
ピースビレッズ「わかりました! では人数も多くなりましたので、場所を変えておふた方のフルーツを食べ比べさせて頂きましょう! 二大陸名産フルーツ対決です!」
ということで、急に出てきたピースビレッズ公の仕切りによっておれたちは事務所の二階にある大会議室に移動した。ここはかつてイセカイ☆ベリーキュートの面々がデビュー前にレッスン場として使っていた部屋でありそこそこ広い。そして何より一階でこんなことをやっていてお客が来てブリスとエリーザがおれを挟んで揉めてるところを見られたらまたパパラッチに変な記事を書かれてしまうからだ。二階に上がってきたメンバーはブリスとエリーザ、ピースビレッズ公の他におれ、秘書の永瀬、副所長のヒッシー、事務員のザザである。新人事務員のペギーは買い出しに、書生の魔人ガーラは近衛騎士団の練兵に行っている。
ブリス「じゃまずは私から。中央大陸シローネ地方の特産品マグマウリというフルーツよ」
ブリスの声に促され側近のおじさんが出してきたのは大きめのカボチャのような果物だ。なるほどマグマというだけあって黒くて硬い岩のような外皮に何本かの亀裂が入り溶岩のようなオレンジ色の果肉が見えている。強烈な見た目だが瓜だからメロンやスイカみたいな味なのかな。
ザザ「これはうちの地元で採れるフルーツだぜ。夏に冷やして食うとうめーんだ」
うちの事務員であるギャルエルフのザザが自慢げに言う。彼女はシローネ地方の生まれなのだ。とは言えマグマウリは熱々の溶岩のようであんまり夏には食べたくない見た目だが…。
ブリスの側近、クルマーブとかいう中年男性はテキパキとマグマウリを切って皿に載せテーブルに置いた。果肉はプリンスメロンを思わせるオレンジ色で嫌が応にもメロンのような美味を期待してしまう。
ブリス「さ、召し上がれ」
ミキオ「最初は驚いたが、こうしてカットされるとなかなか美味そうだ」
ヒッシー「いただくニャ」
永瀬「じゃわたしも」
スプーンですくった果肉の部分を口に入れてみる。まあ何というか、水っぽいキュウリみたいな味だ。さっぱりしてはいるが青臭くて甘みも弱い。
ザザ「うめえうめえ。こら高級品だな」
ピースビレッズ「上物ですな」
ザザは舌バカだしどうせ地元びいきも入っているのでアテにならないが、意外なことに美食家で知られるピースビレッズ公も満足げに食べている。永瀬とヒッシーの地球人コンビは一口食べてやめているのに。
ブリス「転生者の皆さん、マグマウリのお味はどう?」
ミキオ「うーんまあ…」
ヒッシー「そうニャ〜」
ザザ「おい! お前らもっとちゃんと味わえ!」
ザザは地元のフルーツを推したいようだが、正直言って日本のフルーツを食べて育ったおれたちには不満しかない。その気持ちは顔に出てしまったようだ。
エリーザ「ふ、大して喜んでおらぬではないか。だが感想は私の方のを食べてからにして頂こう。わが西方大陸のオージア地方の特産品、“ゴブリンヘッド”だ」
ごとっ。エリーザのお付きの皇宮騎士のひとりがテーブルに置いたのはその名の通り、人間型モンスターであるゴブリンの頭くらいの大きさの奇妙な果実だ。黄褐色だが人間の黒い髪のような長いヒゲがわさわさと生えており、全体的にごつごつした形状で確かにゴブリンの頭のように見える。
永瀬「ひいっ?!」
ミキオ「いや落ち着け、これは単なる果物だ」
ザザ「初めて見た。キショい見た目だな…」
エリーザ「黙らぬか、ギャルエルフ! これは御進物にも使われる高級品ぞ!」
と言われてもこれは夜道で見たらおれでも声を上げそうな外観だ。皇宮騎士のひとりは抜刀して“ゴブリンヘッド”をカッティングする。まるでゴブリンの脳天を叩き割ってるかのような光景だ。果肉は血のような真紅でさらに気持ち悪さを煽る。
ザザ「うげ…」
皆、引いていたがエリーザ配下の皇宮騎士は構わずカットした“ゴブリンヘッド”を更に載せて差し出してきた。
エリーザ「さ、食されよ」
永瀬「食べていいんですか? これ」
ミキオ「まあ高級品というから…」
誰も手を出さないのでおれがスプーンですくって口に入れてみる。当たり前だが血の味はしなかった。
ミキオ「あ、これは冬瓜だな。見た目よりもずっとソフトな味わいだ」
エリーザ「ほうれ! 美味かろうが!」
ミキオ「とは言えはっきりした味がない。ぶよぶよして水っぽくて甘みがあまり感じられない」
永瀬「まずくはないけど美味しくもないかな」
ヒッシー「だニャ」
エリーザ「むむむ…で、どっちの勝ちだ?!」
ブリス「マグマウリでしょ?」
エリーザ「ゴブリンヘッドだな?!」
ミキオ「…正直、どっちも見た目のインパクトほどの味はない。引き分けだ」
ブリス「えー?!」
エリーザ「厳しいな!」
ヒッシー「正直、両方とも運ばれてきた時がMAXだったニャ」
永瀬「どうしても日本のフルーツと較べるとねー」
ピースビレッズ「おお! やはりニホンはフルーツにおいても格段の差があるのですね! まったくニホンの方々が羨ましいですが、続いて第2試合行きましょう!」
ノリノリで司会を進めるピースビレッズ公。この人は本当に食べ物のこととなるとイキイキする。しかしやはり我々地球人にとってガターニアのフルーツはあまり美味しくない。まだこの勝負が続くのかと思うと苦痛だが、次回、物語は意外な展開を見せることになる。