第171話 過酷!TV版機動戦士ガンダム全話視聴マラソン(前編)
異世界178日め。今日のうちの事務所には連合王国の隣国であるシンハッタ大公国の君主であるムーンオーカー大公と、おれの分身にしてコストー地方ツジムラ領の代官・ミキオⅡが来ていた。ちょっと珍しい組み合わせである。
ミキオ「よく来た二人とも。大公はお久しぶりだ」
ムーンオーカー「週刊マングダムの騒動以来ですな。あの時は心身ともに削られる思いでした…」
思えばこの人はおれと出逢ったおかげで日本漫画の素晴らしさに目覚め、国内に漫画省を設立し、国立漫画家育成学院を創設、そして週刊漫画雑誌を発行したのだから、このガターニアではもっともおれによって人生を変えられた人物かもしれない。日本人と結婚までしているしな。
ミキオⅡ「で、あれ以降はオリジナルのミキオからおれがシンハッタ国漫画省の顧問職及び漫画家育成学院の講師を受け継いでいるわけだが、そこでちと問題がな」
ミキオ「問題?」
ミキオⅡ「うむ」
ミキオⅡは左中指でサングラスのブリッジをくいっと上げ、結論を勿体つけた。これはおれ自身の癖でもあるがおれの複製人間であるミキオⅡにもしっかり継承されている。
ミキオⅡ「みんな、入ってくれ」
ミキオⅡがやや大きい声でそう言うと、玄関前で待機していた者たちがドアを空けてわしゃわしゃと入ってきた。15〜6人はいるだろうか。みな一様に若いが男女比が偏っており女子は2人しかいない。一気に入ってきたので狭い事務所は人間でいっぱいになった。
ミキオ「なんだなんだ、一体これは…」
生徒A「先生、お久しぶりです!」
生徒B「お邪魔します」
彼らの顔をよく見ればシンハッタ大公国の国立漫画家育成学院の生徒たちではないか。シンハッタ国立漫画家育成学院には開校時に500冊の漫画単行本を寄贈しており、その後も何回かは講義などもしていたのでここの生徒たちは言ってみればおれの教え子でもあるわけだ。その後おれは忙しくなり講師の仕事はミキオⅡに任せたが、おれも時折は暇を見て特別講義などもしていたのだ。
ミキオ「ああ、君たちか…今日はまたいったい何の用だ」
生徒C「先生、そろそろ教えてください」
生徒D「ガンダムとはいったい何なのですか?」
ガンダム? 勿体つけて何を言うかと思えばなんだこいつらは。おれが何かを言おうとするとミキオⅡは先に制した。
ミキオⅡ「いやわかるぞ。ガンダムとは1979年に放映された昔のロボットアニメだろう。それは知ってるがその上で彼らは訊いているのだ。日本人にとってガンダムとは何なのかを」
思ったより壮大な質問だったな。急に何を投げかけてくるのだ。
ムーンオーカー「漫画家育成学院の講師として日本のコンテンツなどを勉強していると、必ずガンダムの話が出てくるんです。まるで知ってて当たり前の基礎教養であるかのようにです。我々異世界人はそのたびに壁にぶち当たり、困惑するのです」
ミキオⅡ「生徒たちにもよく訊かれるのだ。赤い彗星がどうとか、スペースコロニーがどうとかとな。いい加減おれも訊かれすぎて辟易としているのだが、まさか今から40年以上前のアニメを見る気にもならんしな」
ヒッシー「なるほどニャ。わからんでもないニャ。日本人のおれらからしたら知ってて当たり前のことだけど、こっちの人は知らないよニャ」
横から副所長で大学の同期のヒッシーが口を挟んできた。彼もおれと同世代なのでガンダムの型番がRX-78-2だというくらいは九九よりすらすら出てくる。
永瀬「そうですか? 知ってて当たり前は言い過ぎじゃない? 女子は全然知らないですよ」
ミキオ「ああ、女子はな…」
ヒッシー「よくガンダムも知らずに生活できるよニャ…」
永瀬「何ですか?! ガンダムなんてどうせロボットでしょ?」
秘書永瀬のあまりにすげない態度に客として来ているミキオⅡ、ムーンオーカー大公は唖然としていた。
ミキオⅡ「…よくわからんがおれたちは地雷を踏んだ感じか?」
ミキオ「いや大丈夫だ。女優の斉藤由貴さんや富田靖子さんら一部の古参を除き、永瀬に限らずガンダムの話は特に女子ウケが悪いのだ。たぶん一般女子にとってはガンダムなんて“偉いお坊さんの説教”と同じくらい興味がない」
ムーンオーカー「そこまで…」
ミキオ「まあ諸君らの言いたいことはだいたいわかった。だがミキオⅡ、さっきのお前の言葉には間違いがあるぞ。ガンダム、特に最初の作品を我々はファーストガンダムと称するが、今見ても決して現行作品に見劣りする作品ではない」
ミキオⅡ「いやそれは言い過ぎだろう、日本のアニメ技術は日進月歩じゃないか。40年前の技術や演出なんて古臭そうだし、昔の絵なんて観れたものじゃないだろう」
サングラスをしているだけのおれと同じ顔の分身が反論してきた。さすがにおれの分身だけあって理路整然としているが、実態を知らぬ者の言葉だ。
ミキオ「お前、観もしないで決めつけるな。確かにファーストガンダムには中盤以降作画のヒドイ回もあるが、アニメ演出、シナリオ、音楽、声優陣の演技、どれをとっても今尚人々を魅了させる実力があるのだ」
生徒「おおーっ」
ミキオⅡ「現行のアニメ作品と対等に戦えるレベルだと言うんだな?」
ミキオ「対等じゃない。圧勝できる。ファーストは一話としてハズレ回が無いのだ」
ミキオⅡ「そっそこまで…!」
俺の言葉の強さに思わずミキオⅡはたじろいだ。自分と同じ感性のおれに言われたら受け止めるしかないのだろう。
ミキオ「永瀬、今日明日の予定は」
永瀬「カッドン財団のブリスさんと新会社設立の打ち合わせ、それに召喚士仕事が5件、あと雑誌のロングインタビューが1件です」
ミキオ「じゃそれ全部明後日以降に延期だ」
永瀬「えー!」
ミキオ「ムーンオーカー大公、今日と明日で特別講義を行いたい。多少予算も必要になるが」
ムーンオーカー「私に出させてください。こう見えて国家元首ですので、国家予算が使えます」
ミキオ「よし、ではこれから日本のホテルを2日間借りてTV版機動戦士ガンダム全43話鑑賞会としよう。合宿だな」
生徒「おーっ!?」
生徒E「い、今からですか?」
ミキオ「ガンダムを学びたいのなら最低限、ファースト全43話を観なければ何も始まらない。OPとEDを抜けば2日間でいける」
ムーンオーカー「このフットワークの軽さ…!」
ミキオⅡ「さすがおれのオリジナル…!」
ミキオ「実のところおれもまだ通しで43話分は見たことがないのでな。じゃ日本に行って旅館の予約をしてくるからここで全員待っていてくれ」
30分後、おれは新潟県にある海沿いのホテルを予約してきた。平日2日間大広間に20人分のふとんを敷いて朝昼晩の料理を用意してくれと言ったらたいそう魂消ていたが、実際にガンダム合宿をやろうとするとそうなるのだから仕方がない。おれは地元のGEOに行き、「機動戦士ガンダム」のTV版DVD全巻をレンタルし、王都の召喚士事務所に戻った。
すでに生徒たちは準備万端、顔を紅潮させ待機していた。噂に聞くガンダムとはどんなものか、やっと知ることができる期待感に加えて突然の異世界日本への修学旅行気分にも舞い上がっているのだろう。
ミキオ「じゃ参加者はこの16人とムーンオーカー大公、ミキオⅡ、おれと永瀬でいいな?」
永瀬「あ、やっぱりわたしも行くんですね…」
ブリス「私も同行させてもらうわ」
後方から挙手しながら前に出てきたのはブリス・カッドン。カッドン財団の理事でこの世界では有名なお騒がせセレブ嬢である。知り合いの大商人ターレ・カッドンの娘であり今度作る会社ではおれが社長、彼女が副社長ということになっている。
ミキオ「いたのか」
ブリス「ガンダム、噂には聞いてるわ。異世界の神話か叙事詩ってところかしら? ビッグビジネスの匂いがぷんぷんするわ。是非私も学ばせて欲しいわね」
ミキオ「夜はこの連中と大広間で雑魚寝することになるが、いいんだな?」
永瀬「えー!」
ブリス「雑魚寝っ?! あのね、私セレブなのよ?! そこホテルなんでしょ、私が自費で個室を借りるわ」
永瀬「わたしも個室お願いします」
ミキオ「わかったわかった。女子の寝部屋は別に取ろう。じゃあ準備整ったな? では“逆召喚”の儀を行なう。みんなもっと寄ってくれ。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、新潟県長岡市寺泊、ホテル金九の湯!」
定型の呪文を詠唱すると青のアンチサモンカードが黄色い炎を巻き起こし、生徒やミキオⅡ、ムーンオーカー大公らを包んで“逆召喚”の儀は完了した。体感にして2〜3秒、タイパの良さがおれの召喚魔法の売りだ。
ムーンオーカー「おおおお…!」
生徒A「すげー! 異世界ニホンだ!」
生徒B「横に水族館がある!」
生徒C「オーシャンビューだぞ!」
はしゃぐ生徒たちを連れておれたちは受付を済ませ、2階の大広間に向かった。ここは本来なら大宴会場なのだが無理を言って20人分のふとんを敷いてもらっている。カラオケ用の60インチモニターもあり、これでおれが持参した「機動戦士ガンダム」のDVDが観れるのだ。大広間に着くと男子はそのまま、女子はトイレに行って一斉に浴衣に着替えた。これで気分も上がるというものだ。
生徒B「これが噂に聞く浴衣か、はじめて着た!」
生徒C「ニホンの女子が花火大会に来てくるやつだな」
生徒D「結構ガードゆるいな、すぐ前がはだけるぞ」
ミキオ「えー、それでは本日のゲストを紹介する。おれの大学の先輩で、現在は東大の助教授となってガンダム論の講座をもっている箕不好隆二さんだ」
箕不好「よろしく」
箕不好先輩は35歳。長身だが細く、柳の木のような体型だ。もともと人文学部の人だが院生を経て助教授となりガンダム論という講座を開設して人気者となった。今回は遠い異国の学生にTV版ガンダムを全話見せる回をやると伝えたら喜んで来てくれた。
ミキオ「さて、ではまずは一気に6話ほど観よう。その後7話を観ながら夕飯、のち風呂。ここは温泉ではないが海洋深層水を温めており非常に暖まりのいい湯だ。もちろん露天風呂はオーシャンビューだ。その後8話から再開。寝たい者は寝たらいいが2時くらいまでノンストップで行く。その後睡眠休憩6時間ののち翌日の朝食、昼食も観ながらだ。その間の質問等は随時受け付ける」
おれはそう言いながら持参したDVDの1巻をセットしリモコンの再生ボタンを押した。オープニングの地球に爆発光が回る絵で生徒たちから拍手が起こった。主題歌は『翔べ!ガンダム』。歌は池田鴻という人で、朗々と歌い上げるタイプの近年なかなか見ない系統の歌唱法だ。
ミキオⅡ「さすがに主題歌は時代を感じるな…」
箕不好「曲調もそうだが『正義の怒りをぶつけろ』や『銀河へ向かって翔べよガンダム』などのフレーズが本編と合っていないとはよく言われるね。作詞は富野由悠季の筈なんだけどね」
ミキオ「えー捕捉すると富野由悠季という人はこのファーストガンダムの原作者であり総監督だ」
生徒A「? とすると、ガンダムとは正義の怒りをぶつけたり銀河へ向かって翔んだりするアニメではないのですか?」
箕不好「そういうことだね」
ザワザワし始める生徒たち。彼らとて既にたくさんの日本の漫画を読んでおり漫画リテラシーも身についている筈なのだが、それでもロボットアニメイコール正義の味方という図式から脱却できないのだろう。果たして彼らは半世紀近く前のアニメであるファーストガンダムを楽しみ、理解してくれるのだろうか。次回に続く。