第169話 ビッグプロジェクト!異世界テーマパーク(中編)
大商人カッドンからの提案を強引に進められたおれはカッドンの娘で財団理事のブリスらとともに“異世界ニホンランド”を建造することになった。会議の席ではおれが主導権を握るべく強引に話を進めたが、ちょっと空気が悪くなってしまったのだった。
役員A「えー、では議事を進めさせて頂きます。まずこのプロジェクトのコンセプトとして、ライト感覚で楽しく異世界ニホンを体験できるテーマパークを作ろうということで、実は我々のほうで既にいくつか考えてあります」
ブリスの側近とおぼしき役員のおじさんがそう述べると、奥の席から若い職員が出てきた。
職員A「企画部です。アトラクションの案ということで、すみませんが隣の部屋に御移動ください」
我々が隣の少し大きい部屋に行くと、なんと電車が一両置いてあった。よく見ると粗雑な作りだが、一応電車には見える。うぐいす色とシルバーの山手線E235系車両だ。
ミキオ「お、これは…」
永瀬「すごい、ちゃんと再現されてる」
職員A「中へお入りください」
社員がドアを開けると中には既に日本のサラリーマンとOL風の服装を着たエキストラがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、満員電車の様相を呈していた。
職員A「どうぞお乗りください」
おれと永瀬がなかば強引に作り物の電車の中に入れられると、すぐに職員たちが作り物の電車を下から揺らし始めた。
ミキオ「こ、これは」
永瀬「ヤダ! ちょっとおしり触らないでください!」
役員A「これがアトラクション案①“マンインデンシャクルーズ”です。ニホンが誇る地獄の通勤電車を再現してみました」
ミキオ「待て待て! ちょっと一旦待て。君たちこんなものに憧れてるのか?」
ブリス「ニホンと言えばこれでしょ」
ミキオ「何が楽しいのかわからん。お客も別にこれに乗りたいとはならないだろ」
おれがそう言うと、財団の職員たちは残念そうな顔で満員電車のアトラクションを降りた。
職員B「では次はこちらをご覧ください」
おれたちは別な職員に導かれて隣の展示に移動した。こちらには駅のホームが再現されている。昭和風のやや小汚いホームだ。
ミキオ「リアルだな…」
職員B「ええ、で、お客様にはこのようにベンチで寝て頂きます。これがアトラクション案②“ヨッパライオジサンクルーズ”です」
職員Bはくたくたの日本風スーツと、鉢巻のように締めたネクタイでベンチにだらしなく寝転がった。
ブリス「素晴らしいわ。ニホンと言えばこれよね。彼ら企業戦士は昼間の激務に耐えているから酔っ払うと理性がなくなってどんな格好でも寝るのよ」
ミキオ「絶対バカにしてるだろ、お前ら」
職員B「このように片方の靴がどこかに脱げてしまっているのもポイント高いですよ」
ミキオ「これもダメだな。わざわざ入場料払ってまでやりたいことじゃない」
ブリス「厳しいわね」
職員C「次はですね、スーパーマーケットという商店が夜になると食べ物に値引きシールを貼るため、それを奪い合うというアトラクション案③“値引きシールバトルクルーズ”が…」
ミキオ「…わかった。一旦全部やめよう。ハイ! やめやめ!」
おれは代わる代わるに次々とアトラクションを説明しようとする財団職員を中断させた。
ブリス「ちょっと、何のつもりよミキオ社長。私たちは数少ない資料からニホンの文化を再現して…」
ミキオ「ピックアップするポイントがおかしい。日本に暮らしていた我々にとって満員電車や割引弁当争奪戦はなるべく避けたいものだし、ベンチで寝る酔っ払いも苦々しく思っているのだ。わざわざ施設を作って体験させたいものではない」
ブリス「そんなこと言ったって、それもニホン文化の側面でしょうよ! 文句があるなら対案を出してちょうだい! 対案! た・い・あ・ん!」
机をばしばしと叩いて憤るブリス。なんとまあ幼児性の強い女だ。こいつホントに25歳か。若いうちから甘やかされて叱る者がいないからこういう大人ができる。
ミキオ「そもそもだ、市井の人々の生活なんてガターニアも日本も基本的にはそう変わらん。満員電車なんて日本に興味のない人間や小さな子供からしたら面白くも何ともないだろう。テーマパークというからにはやはり楽しいアトラクションが無ければ意味がない。こうなればおれが実際に君たちを日本のテーマパークに連れていき、取材のうえ参考にしてもらおう」
ブリス「え、日本へ?!」
役員「おおーっ!」
隠しきれない笑みを浮かべ歓喜の声をあげる役員たち。こうでも言わないと話が進まないのだから仕方がない。
ブリス「し、仕方ないわね。まあ確かに取材力が足りなかったことは認めるわ。じゃあ行くのは私と彼と彼、それでいいわね」
役員C「ずるくないすか、お嬢様!」
役員D「私も異世界行きたい!!」
ミキオ「揉めるな。希望者は全員連れて行く。さっさとそこに並んでくれ」
顔を紅潮させ素直にぞろぞろと並ぶブリスと役員たち。これもう全員じゃないか。異世界に行けるとあって喜びが隠せないご様子だ。
ミキオ「ではこれから日本の巨大テーマパーク、その真髄とも言える施設にご案内しよう。財団役員諸君にはたっぷりと学んで欲しい。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら、意の侭にそこに顕現せよ、山梨県富士吉田市、富士急ハイランド!」
永瀬「えっ?」
一瞬ののち、おれが配置した青のアンチサモンカードから発生した光の魔法陣によっておれたちは富士急ハイランドの正面入口前に“逆召喚”していた。
ブリス「ここは…」
ミキオ「ここは異世界日本の山梨県にあるテーマパーク、富士急ハイランドという」
役員A「フジキュウ…」
永瀬「侯爵、侯爵」
転移先に何か疑問があるのか、永瀬が怪訝な顔で聞いてきた。
ミキオ「何」
永瀬「確認なんですけど東○ディ○ニーランドやユニ○ーサルスタジオ○ャパンじゃなくていいんですね?」
やはりな。想定内の質問だ。
ミキオ「それらは日本のオリジナルではないし、楽しいテーマパークだがやはりおれから言わせるとガチ度が足りない」
永瀬「ガチ度…?」
ミキオ「まあ後で説明する」
おれと永瀬が話してる間、カッドン財団の連中は眼前の富士山に見入っていた。この日の天候は蒼く晴れ渡り、雲はあれど富士の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
ブリス「うわ〜ァ…!」
役員B「なんと美しい形状。これぞ山といった感じですな」
役員C「さぞや名のある名峰なのでしょう」
役員D「この山を見てるだけでうまい酒が飲めそうです」
ミキオ「まあいつまでも富士山を見てくれてもいいんだが、話が進まないからそろそろ行こう」
我々一行が『FUJI-Q』と書かれた、東京○ィズニー○ンドやユニ○ーサルスタジオ○ジャパンよりは明らかにチープ…いや実質本位な正門をくぐると、そこにはジェットコースター類のレールが巨大竜の骨格のようにうねうねとあちこちに配置されていた。真ん中の高い塔は垂直落下型アトラクション“レッドタワー”か。コースターなどの巨大アトラクションの重量物が金属を擦って移動する轟音があちこちでがちゃんがちゃんと鳴り響いておりまるで建設工事現場のようだ。
ブリス「これが…異世界の…遊園地…」
初めて目の当たりにする日本のテーマパークの威容に開いた口が塞がらない様子の財団幹部たち。
ミキオ「その名も富士急ハイランド。いくつものギネス記録を持つ日本最強のテーマパークだ」
役員A「何というか…思ったよりも武骨ですな…」
キョロキョロと視線を動かしあたりを見渡す役員一同。そうだろう。この富士急ハイランドはアレやアレと違ってチャラチャラしていない、ガチの遊園地なのだから。
永瀬「わたし、富士急はじめてなんですけど、ミッキーとかドナルドとかミニオンみたいなキャラクターがいないんですね…」
ミキオ「さっきも言ったがここはガチだからな。一応『絶叫戦隊ハイランダー』という商店街のオリジナルヒーローみたいなのが場内をうろついているがどちらかと言えば悪者という立場だ」
永瀬「??? ちょっと理解が追いつかない…」
かつておれの友人が韓国のロッテワールドに行った時に、見も知らぬ変なキャラクターばかりが次々に現れてなんだかバカにされているような気分だったと言っていた。有名なキャラクターが使えないならいっそいない方がいいのだ。
ブリス「ミキオ社長、確かになかなか凄そうなテーマパークだけど、そろそろその真髄ってやつを味わわせて欲しいわ」
ミキオ「いいだろう。この富士急ハイランドには名物アトラクションがいくつかある。まず何と言ってもFUJIYAMA、高飛車、鉄骨番長、ええじゃないか。この辺りだな」
ブリス「ネーミングセンス…!」
永瀬「イッツァ○モールワールドとかスプラッシュ○ウンテン的なスマートさがまったく無い…」
役員A「男らしいとも言えます」
ミキオ「まあ、そういう意味でもガチということだ」
ブリス「いいじゃない、燃えてきたわ! ミキオ社長、早く園内を案内して!」
美しいブロンドを風になびかせ、ずいと前に進むブリス。初の異世界でテンションが上がっているのだろう。この女、単なるお騒がせセレブかと思っていたがなかなかの度胸だな。だが彼女はまだこの富士急ハイランドの真価を知らないのだ。次回、異世界ニホンランド編完結!