第167話 異世界激震!90年代キッズカルチャーの乱(後編)
中央大陸連合王国で毎年行われる王宮展覧会にSDガンダムを出品して大反響を呼んだおれは大商人カッドンに導かれるがままに異世界美術館を創設、90年代キッズカルチャー満載の素晴らしい美術館となったがそこにガターニア芸術家同盟と名乗る団体が抗議に現れ事態は風雲急を告げていた。
芸術家A「異世界の俗悪アートを追放しろー!」
芸術家B「転生者は文化の破壊をやめろー!」
まだ開館前だというのに玄関前にはガターニア芸術家同盟を名乗る者たちがプラカードを掲げて集まっていた。大声でシュプレヒコールを発しており、迷惑この上ない。
ミキオ「面倒なことになったな…」
副館長「なに、想定内です。新しいものが生まれる時は必ず古い頭の人間たちが抵抗する。彼らは古い考えから脱却できないのでしょう。旧人類め!」
おいおい…なんか変な思想持ってないかこいつ。目が座ってるぞ。
ミキオ「おれが行こう」
副館長「し、しかし危険です」
ミキオ「大丈夫。このガターニアにおれより強い男はいない」
副館長「いや、でも…」
永瀬「心配ないですよ、たぶん本当にそうだから」
副館長が止めるのを振り切っておれは芸術家同盟とやらの前に進んだ。
ミキオ「おれが責任者のミキオ・ツジムラだ、話を聞こう」
芸術家A「おお…」
芸術家B「芸能かわら版でおなじみのツジムラ侯爵だぞ」
芸術家C「3つの国の王女を手玉に取るという、あのスケコマシの…」
相変わらずイヤなことで有名になってんな、おれは…
ケンリット「私が同盟の代表ケンリット・キンダービジッカーだ。抗議させて頂きたく参った」
ずいと進んで前に出てきた男は腰までありそうなロングヘアを左右に分け広い額をさらした、いかにも芸術家といった容貌の中年男だ。トムブラウンの布川に似ている。
ミキオ「抗議されるような覚えはないが」
ケンリット「ふざけないで頂きたい! ツジムラ侯爵、あんたが異世界ニホンから持ち込んだ一連の品は芸術を冒涜している! ただちにこれらの展示をやめ、我々が推奨する正しいアートに変更すべきだ!」
芸術家A「そうだそうだ!」
芸術家B「転生者による芸術の破壊を許すな!」
なんだ、結局自分らの商売を邪魔されるのが嫌なだけじゃないか。アホくさ。
副館長「先生! こいつらの言うことに耳を傾ける必要ないですよ、旧人類なんだから!」
ケンリット「旧人類とはなんだ!」
永瀬「まあまあ、落ち着いてください」
ミキオ「うーん、何をもって冒涜だの破壊だのと言ってるのかわからないんだよな。とりあえず代表、あんたに館内を案内するからどう冒涜しているのか説明してくれないか」
ケンリット「いいだろう」
怒りおさまらぬ様子の芸術家同盟の代表を引き連れ、おれたちは再び美術館内に戻った。
ミキオ「ここがSDガンダムの展示コーナーだ」
ケンリット「お、おお…」
SDガンダムの中でも特に煌びやかな金メッキやクリアパーツを多用した戦国伝ブースを目のあたりにして芸術家同盟代表ケンリットは早くもたじろいでいた。
永瀬「明らかに動揺してますね…」
ミキオ「彼も芸術家のはしくれ。抗議に来た立場上褒めたくはないがこの美しさ、豪華さ、素晴らしさに嘘がつけないのだろう」
副館長「わかりますよ。私も初めて『美駆鳥大将軍』を見た時は魂を抜かれるかと思いました」
ケンリット「な、な、何だこれは?!」
彼が勝手に見つけて驚愕しているのはBB戦士No. 179『魂武者闘刃丸』。『超SD戦国伝~刕覇大将軍~』に登場する霊魂の武者という設定である。霊魂のため部品のすべてが水色のクリアパーツと金メッキパーツで構成されているという非常にレアなキットだ。この世界にはプラスチックが存在しないため、彼の目には精緻なガラスもしくは水晶の工芸品に見えているのだろう。
ケンリット「どれだけの手間と技術をかけてこんな美と贅を凝らしたんだ、狂ってる!!」
ミキオ「SDガンダムの恐ろしさの片鱗がわかっただろう。これなんかも凄いぞ。SDガンダムBB戦士 No.167 輝神大将軍 獅龍凰だ」
ケンリット「うおおおっ!! なんと頭部の飾り物や背中の翼が多色のメッキになっている! なんと豪華な!」
ミキオ「それは通称『輝羅鋼』といって、インモール成形と呼ばれる技術だ。メッキの上に多色印刷をかけるわけだがあまりのコスト高のために失われた技術となってしまった。キット自体は再販されても輝羅鋼パーツだけは再現できないという」
おれの解説の一言一句を熱心にメモを取る副館長。
ケンリット「い、異世界でも既に失われた技術というわけか…!!」
芸術家同盟代表のケンリットは明らかにたじろいでいる。おいおい、だいぶ様子が変わってきたな。こいつは異世界の文化なんて芸術への冒涜だと言って抗議しに来たんじゃなかったのか。
副館長「代表さん、異世界のアートはその程度では終わらんぞ。こっちのブースに来てもらおう」
ケンリット「む、むう…」
副館長が案内した次のブースはシール展示場である。
ケンリット「はは、なんだこれは。印刷は綺麗だが子供の描いたような絵じゃないか」
代表はさっきの『秘伝忍法帳』のノーマルシールの額を見て笑っていたが、移動するうちホロシールに目が止まるとだらだらと冷や汗を流し始め驚嘆の表情となった。
ケンリット「こっこここれは…! 絵というよりまるで極薄の宝石!? 輝きが七色に移り変わり中にドラゴンが閉じ込められているかのようだ!」
ミキオ「それは『秘伝忍法帳』のヘッドシール、『水晶飛龍』だ。物語上は主人公・雷王白獅子の守護獣という設定で、ドラゴンの顔部分は3Dホロになっている」
ケンリット「き、奇々怪々な…おおっ、視点を左右に動かすとドラゴンが動く!?」
副館長「こっちのもいいぞ。これは『レスラー軍団』の『宇宙飛龍ドラゴネス』だ」
宇宙飛龍ドラゴネスは『ラーメンばあ』第10弾に登場したシールである。こちらは全体が3Dホロ製であり非常に美麗。現在も高値で取引されている。
永瀬「なんかおんなじようなシールですね…」
ミキオ「あの時代はブームだったからな。各社でこういうのを出していた」
ケンリット「うひいっ!? こっちは全身が立体的に動く!? まるで生きてるようじゃないか、どんな魔法を使ったらこんなことができるんだ!? ひいっ、噛みつかれる!!」
シールの中の立体的なドラゴンを恐れて顔をそむけるケンリット代表。その様をものすごく冷めた目で見る永瀬。
永瀬「この人、さっきの怒ってた人と同一人物ですよね? なんかわたし凄く下に見てしまいます」
ミキオ「今どき3Dホロシールでこんなに驚いてくれるんだからむしろいい客じゃないか」
副館長「異世界ニホンのアートには驚きを隠せまい。次で更にあんたの度肝を抜いてやる。来な」
なぜか我がことのように自信満々の副館長に連れられ移動した次のブースでは屋内にミニチュアのサーキットが設置されていた。
ケンリット「何だこれは?」
副館長「ここではハイパーレーサー4WDという、異世界のレーシングカートイを主に展示してある。申請すれば実際にコースを走らせることも可能だ」
ミキオ「いやこれ普通にミニ四駆でいいだろ。なんでわざわざハイパーレーサー4WDなんだ」
副館長「私、ボンボン派ですので」
永瀬「? 何の話してるんですか?」
永瀬が訊いてきたのでおれは近くに展示してある青いミニ四駆を手に取って説明した。
ミキオ「実物を見たらすぐにわかる。これが大ブームになったタミヤのミニ四駆、ビクトリーマグナム」
永瀬「はあ」
ミキオ「こっちがバンダイのハイパーレーサー4WD、ターニングショット」
永瀬「…同じじゃないですか」
ミキオ「ハイパーレーサー4WDは90年代前半にミニ四駆ブームを受けてバンダイが発売したレーシングカートイだ。大きさも性能もほぼ先行のミニ四駆そっくり。パッケージもそっくりでミニ四駆と間違えて買う小さい子が続出したという」
永瀬「え、それって」
ミキオ「まあ多くは言わないがおれ的には『大手のバンダイもこういうことをやるんだな』という感じだったな」
ミニ四駆はご存知の通りコロコロコミックで『ダッシュ!四駆郎』や『爆走兄弟レッツ&ゴー』などのタイアップ漫画を連載し社会現象と呼べるほどの大人気となった。一方後発のハイパーレーサー4WDはボンボンと提携、『ハイパーレーサー光』というタイアップ漫画が連載されるも人気はまったく出なかった。この時期からボンボンはハズレくじばかり引かされる流れに入りつつあったと言える。
副館長「これなんか凄いぞ。ガンダムの顔が車体になった『ガンダムレーサー』だ」
ケンリット「うおっ! インパクトつよっ!」
ミキオ「あいつなんでも驚いてくれるな」
永瀬「もうあのふたり、放っといてもいいんじゃないですか」
副館長と同盟代表は最初はバチバチしてたが遊んでいるうちに仲良くなった隣の学区の小学生同士みたいになっていた。
副館長「まだまだこのくらいで驚いてもらっちゃ困る。これを見てくれ、『スーパーバーコードウォーズ』だ」
ミキオ「これも普通にバーコードバトラーでいいだろう…」
『バーコードバトラー』とは、1991年にエポック社から発売された、いろんな商品のバーコードをスキャンして戦わせるという斬新なゲーム機でありコロコロとタイアップが行われていた。その後追いでバンダイが1992年に発売したのがこの『スーパーバーコードウォーズ』であり、こっちはボンボンと提携していたがおれ的にはやはりハイパーレーサー4WDと同じパターンだなとしか思わなかった。
なおコロコロVSボンボンの流れはこの後コロコロがポケモンという、のちに世界的コンテンツとなる作品と提携したのに対してボンボンは『メダロット』を選んだことで歴史的大敗を喫することとなる。
ケンリット「いいだろう、ではそのスーパーバーコードウォーズとやらで勝負だ!」
副館長「よし、では勝負のバーコードを決めるぞ!」
ミキオ「もう美術館と言うより単なる90年代のジャスコのオモチャ売り場だな」
永瀬「侯爵、もう放っといて帰りましょう。あのふたり楽しんでるだけですよ」
ミキオ「そうだな」
あほらしくなったのでおれたちは“逆召喚”で事務所に帰った。
翌日、『ミキオ・ツジムラ異世界美術館』は問題なく開館の時を迎え、おれも名誉館長としてオープニングセレモニーで挨拶した。客入りとしては行列ができるほど好評だったが、もっと展示品を増やして欲しいとオーナーのカッドン氏に言われているので、今度日本に行ったらレジェンドBB戦士やSDX(どちらもSDガンダムのハイエイジトイ)を仕入れて来なければならない。やれやれ、また異世界に妙な文化を伝えてしまった。