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第166話 異世界激震!90年代キッズカルチャーの乱(中編)

 中央大陸連合王国で毎年行われる王宮展覧会、この国の貴族が一点ずつ秘蔵の美術品を出展するのだが、出すもののないおれは東京の実家からSDガンダム『美駆鳥大将軍』を提出してお茶を濁した。ところがそのSDガンダムが多大な反響を呼んだのだった。




 翌々日、王宮展覧会も無事に終わり、おれの出展したSDガンダムBB戦士美駆鳥大将軍は大好評で還ってきた。


ミキオ「ところであの大商人のおっさんはどうしたんだろうな、おれのコレクションを預けて以降音沙汰ないが」


ザザ「持ち逃げしたんじゃねーか?」


ミキオ「いや、まあ名の知れた大商人だし、おれの召喚魔法で一発で呼び出せるわけだからその心配はないと思うが」


ヒッシー「任せといたらいいニャ。餅は餅屋だニャ」


ミキオ「それもそうだな」


永瀬「侯爵のオモチャが役に立つといいですけどね」


 さもつまらなそうに言う秘書の永瀬。こういうジャンルにはまるで興味のないのがこの永瀬一香という女だ。


ミキオ「しかし女子は不思議だよな。ガンプラもカードダスもミニ四駆もやらないんだろ? どうやって友達と遊んでたんだ?」


永瀬「いや、わたしたちはオシャレ魔女ラブandベリーのファッションカードを集めたり、シルバニアファミリーの『赤い屋根の大きなお家』とかで遊んだりしてましたけど」


ミキオ「つまんなそう」


ヒッシー「すぐ飽きそう」


永瀬「偏見っ! 男子のオモチャなんて野蛮なだけじゃないですか!」


ミキオ「女子玩具ってスケールが小さいんだよな」


ヒッシー「どれも結局おママゴトの延長でしかないニャ」


ザザ「おめーら恵まれ過ぎてんぞ。うちらガターニアの子供のオモチャって言ったらドングリに竹ひご刺して作った人形だからな」


ペギー「もしくはカエルやトカゲなどの生きたフィギュアなのです」


ザザ「そう。それにパパだママだと設定付けて人間に見立てて遊ぶんだぞ。お前らニホン人は恵まれ過ぎてんだよ。贅沢言うな」


ミキオ・ヒッシー・永瀬「…」




 こうして一週間が経過し、預けた90年代男子玩具のことなぞすっかり忘れていたおれだったが、その日の朝にあの大商人カッドンが事務所を訪れた。


カッドン「センセ、お待たせしました。ようやっと完成しましたで」


??? 急に何を言い出すのだこのオヤジは。


ミキオ「話が見えないのだが…」


カッドン「センセからお預かりしたあの財宝の数々、あれで美術館を作りましたのや」


ミキオ「はぁ?!」


 美術館、なんという行動力。マジか。あれからまだ一週間しか経ってないというのに。


ミキオ「確か個人所蔵品展をやると聞いていたが…」


カッドン「まあ、わても考えましてな。そんなんよりも常設の小屋があった方が儲かる…いや公共の利益になるやろと。丁度ええ塩梅に西オーハッタに空いてるハコがおましてな。先だって契約してきましたんや。“ミキオ・ツジムラ異世界美術館”。ええ名前でっしゃろ。経営はうちとこの財団、センセは名誉館長や。なんもせんでもええから名義だけ貸してくれたらよろし。ちゃんと毎月の役員給与も出ますよって」


 もうそんな所まで話が進んでるのか。あまりのスピード感に三半規管がおかしくなるな。このタイプの人間はやたら拙速に物事を進めたがる。


ミキオ「いくら何でも性急過ぎでは…」


カッドン「センセ、『巧遅は拙速に如かず』でっせ! 商売ちゅうもんはタイミングを逃したらあきまへんのや」


 彼の言ったのは孫子の兵法にある言葉だが、まあこの世界にも似たような諺があってそれをおれの神与特性のひとつである自動翻訳知覚が日本的な表現に寄せたのだろう。


カッドン「とにかくね、この異世界美術館は明日オープンなんですわ。オープニングセレモニーがありますよって、センセは名誉館長ちゅうことで挨拶しに来とくなはれ。わては忙しいんで出れまへんけどな、あんじょう頼んまっせ!」




 カッドンが帰ったあと、さすがに気になったおれが西オーハッタにできたという美術館に秘書永瀬を伴って行くと、確かに立派な建物があってガターニア言語で『ミキオ・ツジムラ異世界美術館』という看板が掲げてあった。急造のわりにはそこそこ綺麗だ。


副館長「おお、ツジムラ先生! ようこそお越し下さいました!」


 中に入っていくと目の細い20代後半くらいの男が出てきた。


ミキオ「あんたは?」


副館長「申し遅れました、私、副館長のホッポー・ブンカーク・ブッカーと申します。当館の館長は名誉館長であるツジムラ侯爵閣下ですので不肖私が実質的に当館の仕切り役ということになります」


 何がなんだかわからん間に進められた計画でおれの口を挟む間もなく人事まで決めたらしい。こ憎らしいがさすがは大商人カッドン。豪腕という他ない。


ミキオ「この建物は…」


副館長「もともとは競売に出されていたさる貴族の屋敷ですが、カッドン財団が買い取りまして突貫工事で改装しました。どうぞ中へ」


ミキオ「うおっ!」


 おれと永瀬が館内に入ると、2階ぶち抜きの広いエントランスホールには壁一面に巨大な『サイボーグクロちゃん』が描かれており、さすがのおれも声が出た。著者の横内なおき氏の絵を拡大トレースしたかのような完璧なラインだ。これは90年代のコミックボンボンに連載されていた同名の漫画の主人公で、後にアニメ化もされ同誌の看板作品となった人気作である。


ミキオ「凄いな…」


永瀬「知らない! なにこの手が機関銃になってる目つきの悪い猫のキャラ!」


ミキオ「永瀬は知らないだろうが、このキャラは月刊コミックボンボンの看板作品として、ライバル雑誌コロコロのドラえもんという同じ猫キャラの超メジャー作品と4年間に渡って戦い続けたのだ」


永瀬「あ、やばい。辻村クンがゾーンに入ってる」


 大好きな『サイボーグクロちゃん』が思わぬところに出現して熱の入ってきたおれに対して永瀬が心配げな表情を浮かべていた。


ミキオ「いやよく見たら壁のあちこちにいろいろ描かれているじゃないか! 『へろへろくん』! 『(ハイパー)戦士ガンダム野郎(ボーイ)』! 『ウルトラ忍法帖』! 『がんばれゴエモン』! これ全部コミックボンボンの漫画キャラだ!」


永瀬「メジャーなキャラが全然ないですね、クレヨンしんちゃんとか、ハローキティとか」


副館長「実は私もアーティストです。これらのキャラクターが私の感性にビビッと来ましたので描かせて頂きました」


ミキオ「え、これ全部君が描いたのか?! 上手いけどマニアックなところを突くな…」


副館長「ありがとうございます。それではどうぞこちらの展示場へ。最初の展示はSDガンダムです。それぞれノーマル、SDガンダム戦国伝(武者ガンダム)、SDガンダム外伝(騎士ガンダム)、SDコマンド戦記(コマンドガンダム)その他でブースを分けて展示しています」


ミキオ「素晴らしい…!」


 おれが実家から持ってきた元祖SDやBB戦士、ガンダムクロスやガシャポン戦士などの商品は全部綺麗にカテゴリー分けして一体一体ガラスのケースに入れて展示されていた。


永瀬「子供のオモチャをこんな立派なガラスケースに飾って、異様な光景ですね」


 なぜ永瀬はいちいち不満げなのだろう。いいじゃないか、日本の文化が評価されてるんだから。


ミキオ「同じキャラでも元祖SDとBB戦士で比較できるように展示されてるのもいいな」


副館長「ありがとうございます」


永瀬「なんですかそれ? 元祖木村屋人形焼き本舗みたいな」


ミキオ「元祖SDガンダムはバンダイ玩具第1事業部、SDガンダムBB戦士はバンダイホビー事業部が発売しているシリーズだ。つまり元祖SDは組み立て式玩具、BB戦士はプラモデルというカテゴリー分けだな」


永瀬「??? どっちもオモチャじゃないんですか?」


ミキオ「どっちもオモチャ屋さんに売ってたが売り場が違う。プラモデル売り場に置いてあるBB戦士は安くて種類も豊富、改造も塗装もしやすい。オモチャ売り場に置いてある元祖SDはやや大きく複合的な素材を使用しているため丈夫で値段もちょっと高い」


永瀬「そうですか…(聞いてない)」


ミキオ「ガンドランダーコーナーまであるのか。ガンドランダーはおれは響かなかったなぁ…おおっ! なんと、武者真悪参(マークスリー)が外伝に分類されている!?」


副館長「真悪参は戦国伝と外伝を繋ぐ存在ですからね」


 真悪参はもとは戦国伝の世界の住人だが外伝世界に転生して善の騎士ガンダムと悪のサタンガンダムに分離したという設定があるのだ。


ミキオ「いや詳し過ぎるだろ…副館長、君はいったい何物なんだ?!」


副館長「お忘れですか、ツジムラ先生。私、先生が立ち上げに尽力なさったシンハッタ国立漫画家育成学院の元生徒です」


 シンハッタ国立漫画家育成学院はおれが漫画省顧問を務めていたシンハッタ大公国にある漫画家養成のための専門学校だ。漫画好きなシンハッタ大公に頼まれ手塚治虫を講師として招聘したりして協力した。


ミキオ「そうか、あそこの出身なのか…そう言えばこんな生徒もいたような…」


副館長「はい。ですので割とニホンの漫画については学んでおります。今回も先生がお持ちになられた箱にコミックボンボンとコロコロコミックが数冊入っておりましたので勉強させて頂きました」


 コロコロコミックは1977年に、コミックボンボンは1981年に創刊し部数を競った小学生向けの月刊漫画雑誌である。ドラえもんやビックリマンを扱っていた先行のコロコロコミックに対してボンボンはガンダムを中心に扱って猛追し91年から3年間は部数を抜いていたという。


ミキオ「なるほど、しかし展示がやや偏っている気もするが」


 この美術館、ボンボンが扱っていたSDガンダムは大々的に展示されているが、コロコロが扱っていた魔神英雄伝ワタルのプラクションシリーズはあんまりいい場所に展示されていない。こっちも皇帝龍や合体魔神ゴーストンなど見ごたえのあるフィギュアがあるのだが。


副館長「ええ、私はボンボン派ですので」


ミキオ「あっさり言うんだな」


 当時のキッズたちの間ではコロコロ派、ボンボン派にクッキリと分かれていた。おれの体感ではコロコロ派はミニ四駆やポケモン、ハイパーヨーヨー好きなアクティブな子が多かった気がする。ボンボン派はやっぱりオタク気質というか、やや世の中を斜めに見るタイプのヒネた子が多かったかに思う。もちろんおれは両方買っていた。


永瀬「わたしコロコロコミックは一応知ってるんだけど、コミックボンボンというのが知らなくて…」


ミキオ「ああ、コロコロは今も発行してるがボンボンは2007年に休刊になったからな」


永瀬「そうなんですか」


副館長「ボンボンはいろいろと突っ走ってましたからね。私がいちばん驚いたのは『女性の胸の柔らかさを予想する』という特集企画で…」


永瀬「ええ! 何それ!」


副館長「プリンを固めに作ったり手のひらに風を当てたりして想像してみるという特集なんですが、児童雑誌でこれをやるか! という」


永瀬「バカじゃないの!」


副館長「編集者は想像しなくても絶対知ってると思うんですけどね。まあ不評だったらしくそれ以降はその企画は無くなりましたが」


ミキオ「ま、ボンボンにはそういうカラーもあった。『温泉ガッパ ドンパ』とか『やわらか忍法SOS』とか、これ本当に小学生が読んでもいいのかと思うようなお色気漫画も多かったからな」


副館長「先生、今度飲みましょう。黄金期のボンボンについて一晩中語り尽しましょう」


ミキオ「いいな」


永瀬「そこ、意気投合してないで次の展示に行きましょう」


 永瀬が割って入ってきたのでおれたちは次の展示場に移動した。


副館長「次の展示はシールです。これも先生のコレクションにありましたのでたっぷりとスペースを取って展示させて頂きました」


 シールコーナーには大きな額に1枚ずつ小さなシールが飾られ、絵画のように展示されていた。


ミキオ「おお、なんという光景!」


永瀬「あーあ、お菓子のオマケシールをこんな1枚1枚額に入れちゃって…」


ミキオ「天下のビックリマンのブースは小さめ! 逆に『秘伝忍法帳』や『レスラー軍団抗争Wシール』のブースが異様に広い!」


副館長「私、ボンボン派ですので」


永瀬「え、こっちはビックリマンシールじゃないんですか? 何ですか、これ…?」


ミキオ「『秘伝忍法帳』は同名のエスキモーアイス、『レスラー軍団』はカネボウフーズのガムラツイスト及びラーメンばあに付属していたシールだ。どちらもビックリマン人気には及ばなかったがボンボンがノリに乗っている頃に特集ページと漫画が掲載され高い人気を博した。レスラー軍団はアニメ化もされている」


永瀬「ふーん(興味ナシ)。このナントカにんぽう帳とかいうやつ、子供が描いたみたいな絵ですね…」


ミキオ「秘伝忍法帳はいわゆるヘッドシール以外がユルいことでも有名なのだ。ヘッドが出ないととても損した気分になる。その代わりヘッドシールはホログラムが使用されていてとても豪華な出来だぞ」


 その辺りも副館長はわかっているので、ホロ製のヘッドシールは目立つ場所に配置してある。


副館長「そういうギャップもまた味ですよ、味。本当にニホンの文化は素晴らしい。というところで次のブースにご案内致します。次は『OH!MYコンブ』のリトルグルメを再現した軽食コーナーになってるんですよ」


ミキオ「もはや美術館関係ないじゃないか!」


 OH!MYコンブは企画・監修:秋元康、漫画:かみやたかひろによるコミックボンボン黄金期の連載漫画だ。いわゆるグルメ漫画ではあるが、子供が扱いやすい素材(ベビースターラーメンやチョコボールなど)を使っているのが特徴である。サイダーと麦茶を割って作るリトルビールが有名だ。


 ボンボンガチ勢の副館長に先導され次のブースに移動していると、慌てた様子の職員が駆け込んできた。


職員A「お二方、大変です! 玄関にガターニア芸術家同盟と名乗る団体が押しかけて来てまして、責任者を出せとの一点張りで…」


副館長「何だって?」


職員A「この美術館は芸術を冒涜しているとかで」


永瀬「え、正論じゃないんですか?」


ミキオ「何言ってるんだ、90年代キッズカルチャーだって立派な芸術だ! おれが対応しよう。副館長、一緒に来てくれ」


副館長「はい!」


 鼻息荒くするボンボンガチ勢の副館長と、まったく興味なさげな永瀬を伴いおれは美術館の玄関口に向かった。どうやらおれは知らずのうちにこの異世界ガターニアに90年代キッズカルチャー博物館とでも言うべきものを作ってしまい、それが芸術家同盟とやらの不興を買ってしまったようだ。次回へ続く。

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