第165話 異世界激震!90年代キッズカルチャーの乱(前編)
異世界167日め。おれはいつものように王国議会をに出席し、閉会後に旧知のバッカウケス侯爵とともに王宮内の回廊を歩いていた。
バッカウケス「そう言えばツジムラ侯爵、君は明後日からの王宮展覧会には何を出すか決めたのか?」
王宮展覧会。そう言えばそんなこと言ってたな。こっちは所領で温泉が湧き出たりワイドショーで報道被害に遭ったりで慌ただしくてすっかり忘れていた。
ミキオ「何するんだっけ」
バッカウケス「何を言ってるんだ、もう明後日だぞ! 王宮展覧会は毎年行われる由緒ある国家行事で、王国の貴族はみな家中の秘宝を一品展示することになっているのだ」
家中の秘宝、そんなもの持ってないぞ。そもそも半年前にこっちに転生してきたばっかりなので秘宝なぞあるわけがない。
バッカウケス「はっはっは、ツジムラ侯爵! どうも最近は君に負けっぱなしだったが、とうとう僕が勝利する時が来たな! 当家は数多の財宝を所有しているからな、仮にうちの隣に展示となった場合、比較されて悲惨なことになるぞ! 恥をかく前に何か対策した方がいいんじゃないのか!」
しばらくおとなしくしていたがまたコイツのマウント病がでてきたな。こんなことにまで勝ち負けを持ち出してくるとは浅ましいことだ。
ミキオ「いや、展覧会とは勝ち負けを決めるものではないと思うのだが…まあいい、何か考えるとしよう」
永瀬「それでこんなもの持ってきたんですか」
事務所に持ってきた数個の段ボール箱を見ながら秘書の永瀬はそう言った。
ミキオ「まあBBを展示してもいいんだが、展示中に喋ったりしたら面倒なのでな」
万物分断剣「当たり前だ! 我を骨董品と一緒にするな!」
事務所の神棚に飾ってあるBBが名前を呼ばれたので口を挟んできた。BBこと万物分断剣はもと魔導十指ジョー・コクーの魂が宿った聖剣だ。威厳もあり装飾も美しいので展示したら好評間違い無しだが、さすがに魂を宿す剣を展示するわけにはいかないか。
ザザ「で、この箱の中身は何なんだ」
ミキオ「うちの実家から持ってきたおれの秘蔵のお宝。子供の頃から趣味で集めた90年代のオモチャだ。元祖SDガンダムやガンダムBB戦士、魔神英雄伝ワタルなどだな」
永瀬「えっまさか、これを展示するの? さすがに異世界ナメ過ぎじゃない?」
ミキオ「まあ出さないよりはマシだろう」
ヒッシー「懐かしいニャ~」
ザザ「異世界ニホンのオモチャってことか」
おれが段ボールから取り出した元祖SDガンダムの箱を事務員のザザが珍しそうに眺めていた。
ミキオ「そう、これは頑駄無大将軍(二代目)。言わば初期元祖SDのフラッグシップモデルだ。二代目だが最初に発売された。通常の元祖SDより大型の商品だな。武者フェニックスと合体して武者フォートレスに変形する」
ザザ「へー…」
ペギー「頭がでっかいのです」
ミキオ「SDだからな。これは初代頑駄無大将軍。二代目の父親。炎鳳凰と合体し大鳳凰となる」
永瀬「ガンダムに親とか子とかあるんだ」
ミキオ「SDだからな。そしてこれが三代目頑駄無大将軍。あの武者七人衆の長兄・武者頑駄無が出世した姿だ。新星鳳凰と合体し超鳳凰となる」
ペギー「…」
ミキオ「そしてこれが四代目頑駄無大将軍。武者荒烈駆主が出世した姿だな。スーパーケンタウロス形態や超破鳳凰に変形する」
説明を聞いていたザザが呆れ顔で言う。
ザザ「全部同じじゃねーか」
ヒッシー「違うのニャ~!」
ミキオ「これだから素人はダメだ。もっとよく見ろ。二代目と初代と三代目は背負い物が違うし、四代目はちょっと青い差し色が入ってるだろ」
ザザ「お、おう…」
永瀬「これあれだ、こち亀の有名なシーンのオマージュだ」
永瀬が何かを悟ったかのように呟いたが、おれは構わず続けた。
ミキオ「これはBB戦士の新世大将軍。地上最強編の武者衛府弓銃壱が出世した姿だ。神馬凰形態と太陽砲発射形態へ変形する」
ザザ「…」
ミキオ「これもBB戦士、武神輝羅鋼編に登場した、武威凰大将軍だ、飛駆鳥大将軍の長男に当たる。対翼鳳凰と合体して…」
永瀬「侯爵、もうその辺で」
ヒッシー「でも出品できるのはひとつだけだニャ。結局どれを出品するニャ?」
ミキオ「BB戦士、美駆鳥大将軍。これで行こう。金銀のメッキパーツやラメ入りクリアパーツなどがふんだんに使われ、その豪華絢爛さでSDガンダムの頂点とも言われるモデルだ。大輝煌鳳凰と鳳凰要塞艦の二つの形態に変形が可能だ」
ザザ「もうそのナニナニに変形っての言わなくていいぞ。どうせ覚えねーから」
ペギー「でも凄いカラフルなのです。なん十色使ってるのか数え切れないのです…」
おれの熱の入った説明に女子3人は引き気味だったが、ともあれ展覧会にはこのBB戦士・美駆鳥大将軍を提出することにした。これでお茶を濁せれば目的達成だ。おれは何事にも目立つことが嫌いなのだ。
翌々日、王宮展覧会当日。平日なので事務所は普通に営業日だったのだが、午前中にバッカウケス侯爵が息を切らせながらドアを開けて飛び込んできた。
バッカウケス「つっ、ツジムラ侯爵! まったく君という男は! よく今日まであんなものを隠していたものだな! おかげで僕のメンツは丸潰れじゃないかっ!!」
急に何を言い出すのだこの男は。
ミキオ「落ち着け。深呼吸しろ。そしてあったことを頭の中でまとめてから話せ」
バッカウケス「あ、ああ…すーっ、はーっ」
言われた通り深呼吸するバッカウケス。意外と素直な男だ。
ミキオ「で、どうした」
バッカウケス「今日、例の王宮展覧会が開催された。君の展示品は当家のコーナーの隣だ」
永瀬「やっぱそうなんだ」
ザザ「同じ侯爵だしな」
バッカウケス「そしたら何だ、君はあんなとんでもない財宝を展示してたんじゃないか! 魔法配信で美術評論家が君のビクトリーダイショウグンを絶賛したために王宮催事場には朝から大行列ができてるんだ!」
ミキオ「え!」
これは想定外だった。まさかSDガンダムを見るために大行列ができるとは。
ミキオ「単なるプラスチックの塊なんだけどな…」
永瀬「この世界にはまだプラスチックはありません。純金よりも高価な物になるかと」
ミキオ「なるほど…いやそれにしても…」
おれが困惑しているその時、事務所の前で豪華な馬車が停まりひとりの矍鑠とした老人が降りてきた。王国の侍従長オーサクア・ナガレーム氏である。侍従長とは王家と宮廷のすべてを取り仕切る重職であり、その人がわざわざ来るのは異例のことだ。
侍従長「ツジムラ侯爵、すぐに正装して参内くだされ。国王陛下が侯爵のビクトリーダイショウグンについて大変にお気に召され、説明を望んでおられる」
ヒッシー「えー!」
ザザ「えらいことになってきたじゃねーか」
ミキオ「国王か…面倒くさいが無視もできないか」
侍従長「当たり前でしょう! 早く着替えなされ!」
おれが宮廷内の催事場に赴くと、既に国王は来ており、多くのギャラリーと共におれの展示したBB戦士美駆鳥大将軍を食い入るように眺めていた。まるで90年代のハローマックの店頭で完成見本品を見ている子供のようだ。
国王「おお、ツジムラ侯爵! そなたはまた素晴らしい秘宝を持っておったのだな。このビクトリーダイショウグンについて説明してくれい、ライブ配信もされておるゆえ国民に伝えて欲しいのだ」
見れば確かに魔法配信用のカメラ(送信用の小水晶球のこと)も来ている。後戻りはできないな。おれは仕方なく解説をすることにした。
ミキオ「えー、これはBB戦士No.139美駆鳥大将軍という。V2ガンダムがモチーフで、1994年に発売されたものだ。このように迦楼羅鳳凰と合体させることで大輝煌鳳凰、鳳凰要塞艦形態へ変形することができる」
おれが美駆鳥大将軍をいじって変形させると国王やギャラリーから大きな歓声が上がった。
ギャラリー「おーっ!?」
国王「と、鳥に変形した?!」
ミキオ「そう、更には父親である新世大将軍の翼を装着することでより強力で美しい形態へと変化する」
おれが持参した新世大将軍の翼を美駆鳥大将軍につけるとまたも国王とギャラリーから驚きの声が上がった。
国王「こ、これは更に壮麗さが増したではないか…感服した、これはさぞ高価な異世界の宝であろう」
ミキオ「まあ、確かに未開封未組立のものならプレ値が付くと思う」
高価と言ってもメルカリで1万円もしないだろうが。
国王「ううーむ、これは見れば見るほど美しい…どうだろうツジムラ侯爵、これを王家の持つ海辺の御領と交換してくれぬか」
ミキオ「いっいや! それはさすがに申し訳無い。おれ自身の想い出の品でもあるし、遠慮させて欲しい。また来年展示するので」
国王「そ、そうか、残念だのう…」
国王はしょげていたが、ギャラリーたちは「海辺の御領よりも価値のある宝か」と驚愕しいつまでもおれの美駆鳥大将軍を眺めていた。うっとりする者、議論する者、スケッチする者までいる。まあ確かにこの時代のBB戦士は金銀メッキやクリアパーツが多用され、色プラ化も行き着くところまで行った感もあり、今見ても驚くほど美しいが、それにしても国王や貴族たちがSDガンダムを見るために群がる様は異様であり壮観だ。
おれが事務所に戻ると、見知らぬ男が来ていた。妙に恰幅のいい、福々しい大男だ。
カッドン「ミキオセンセ! お待ちしてましたがな。わては商人やっとりますターレ・カッドンちゅう者です」
永瀬「先程からお待ちになられてまして」
大商人カッドンの噂は聞いたことがある。確かこのガターニアの三大大陸を股にかけて商売を行なう商人だ。一国の王に匹敵する資産を持ち、利になりそうなところにはどんな辺境でも自ら足を運んで行くという。
ミキオ「お噂はかねがね」
カッドン「お噂て、そらこっちの台詞でんがな! センセの噂はどの大陸におっても嫌でも耳に入ってきますよって」
ミキオ「そう…」
どうせロクな噂じゃないんだろう。スキャンダルがどうの、ヤラセがどうのと。
カッドン「で、今日わてが来たのはでんな、センセが今回王宮展覧会に展示してはるビクトリーダイショウグン、えらい大評判やないですか。わての商人としての勘やと他にもええもん持ってはるんやろなと思いまして」
ミキオ「まあ、無いこともないが」
おれは目の前の空間にマジックボックスを開き、中からいくつかの段ボール箱を取り出した。すべて清瀬の実家から持ってきたものだ。
ミキオ「元祖SDガンダムやBB戦士、魔神英雄伝ワタルのプラクションシリーズ、ガンダムクロス、ガシャポン戦士それにカードダスなどだ」
おれが90年代のオモチャを次々に取り出すと、大商人カッドンは目を見開いて驚いた。
カッドン「おほーっ! こ、こ、これは宝の山やがな! どれもこれも強烈な色彩で個性的、独創的や!」
カッドンは鼻息荒くしながらおれの持ってきたオモチャを見ていた。そこまでか? とも思うがまあこの世界を代表する大商人なんだから彼の目利きに間違いはないんだろう。
永瀬「子供のオモチャですよ?」
カッドン「何言うてはりますのや! こら超一流の美術工芸品でっせ。何千何万ちゅう数のええもん見てきたわてが言うてるんやから間違いありまへんのや」
なるほど、ブリキ人形の鉄人28号から始まって超合金マジンガーZ、ガンプラを経てさらにSDガンダムという進化の経緯を見てきているおれたちからしたら見慣れたものだが、中世レベルの文明の人がいきなりSDガンダムの頂点であるBB戦士美駆鳥大将軍を見せつけられたら未知の美術工芸品に見えるのかもしれない。
カッドン「こらアレやな、これ全部売ってしもたらそれで終わりや。勿体無いからこれでセンセの所蔵品展やりまひょ! めちゃめちゃ儲かりまっせ!」
ミキオ「いやいいよ、おれは金儲けなんかに興味ない」
カッドン「センセ、違いますがな! わてはこの貴重な文化遺産が大事やから言うてますのや。こんな優れた美術品を死蔵させとったら文化の死滅でっせ! このエスデーガンダムのデザイン、造形、色彩感覚が今後この国のアーティストにどれだけのインスピレーションを与えると思てまんのや!!」
さすが大商人、すごい迫力でグイグイ来る。おれの太刀打ちできる相手では無さそうだ。
ミキオ「わかった、わかった。この段ボール全部あんたに預けるからいいようにしてくれ」
カッドン「おおきに。悪いようにはしまへんよって、任しとくなはれ!」
目が金貨の形になりギラギラと輝き出した大商人カッドン。彼にとっておれの秘蔵の90年代男子玩具コレクションはこの上ないお宝に見えるらしい。この男に任せておいて本当に良いんだろうか。当惑しながらも次回へ続く。