第164話 緊急特別報道・ハイエストサモナーやらせ疑惑!(後編)
ガターニアの人気魔法配信番組『シラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック』でなぜかおれの特集が組まれ、おれの召喚魔法はインチキだという疑惑が報じられていた。調べてみると司会者の男はおれに恨みのあるネーギン芸能社の所属だった。メディアを使っておれに対するネガティブキャンペーンが行われているのだ。おれは反撃することに決め、ミキオⅡとともに生放送中の番組に殴り込むのだった。
この番組“シラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック”が始まる頃、夜だというのに我らが最上級召喚士事務所には所員全員が集まっていた。副所長のヒッシー、秘書の永瀬、事務員のザザ、書生のガーラ、新人研修中のペギーそれにこの国の王女フレンダである。リビングにある大型水晶玉でみな固唾を飲んで番組を見ていた。
ブラッカ「いようみんな、失礼するぜ!」
裏口のドアを開けて入ってきたのは元格闘技世界チャンピオンでヤクザ、今は私立探偵のブラッカ・ミギューという牛人である。
ザザ「入んな。もうみんな集まってるよ」
ブラッカ「肉まん買ってきたぜ、みんなで食ってくれ。おう、もうツジムラの旦那は乱入したのか」
永瀬「これからあの特上級召喚士のおじさんと召喚魔法対決になるみたいです」
フレンダ「ミキオが負ける筈ありませんの!」
ブラッカ「そりゃそうだが、旦那にゃあ徹底的にやって欲しいぜ。俺の用意した切り札もあるからな」
一方、大手魔法配信局である“ガターニア魔法送局”のスタジオでは、おれとミキオⅡの乱入に司会のシラネ氏がうろたえながらもどうにか体制を整え、召喚魔法対決の準備が進められていた。
シラネ「そ、それではですね、本日のゲスト、特上級召喚士のキグニー・アラル先生がこちらの疑惑の人ツジムラ氏と召喚魔法で勝負されるとのことで、今から始めて頂きたいと思います!」
女子アナ「これでツジムラ氏の能力がヤラセかどうか、わかるわけですからね!」
何を言ってるのか。そもそも火のないところに煙を立てたのはそっちだろうに。
ミキオ「で、どういう方法で勝負をつける?」
キグニー「ルールは私が決めさせてもらおう。それぞれ召喚したモンスターで対決だ」
ミキオ「1回の勝負で召喚できるのは1体だけなのか?」
キグニー「そ、そんな1日に何体も召喚できないだろう…」
なんだこいつは。1日に1体しか召喚できないのか。レベル低いな。どこが特上級召喚士なんだ。
ミキオ「いや別に何体でも召喚できるが」
キグニー「くっ、くぬっ…やれるもんならやってみたまえ!」
シラネ「視聴者の皆様、お待たせいたしました! これより世紀の特上級召喚士キグニー・アラル先生と自称最上級召喚士ミキオ・ツジムラ氏との召喚魔法対決が始まります! キグニー先生が勝てばこの番組の報道が正しかったということが証明されると、こういうわけです!」
キグニーのおっさんはスタジオの床に魔法陣を書き、くっさいお香を焚いて小銭をちゃりんちゃりんとばら撒いて魔法召喚の準備を始めた。こいつの流派の召喚術ってこんなに面倒な準備がいるのか。絶対どっか省略できるだろ。
キグニー「トーカイリンリンソクチョウ、トーカイリンリンソクチョウ! どうかどうか我がささやかなる望み叶え、ここにその姿を現したまえ! きえい! ジャイアントバイパー! むはーっ! ふぬーっ! キエーッ!」
こいつは呪文までカッコ悪いな。だいたい召喚プロセスが長くてタイパが悪い。呪文詠唱したあとキエーとかムーンとか言いながら3分ぐらいたってようやく魔法陣からもくもくと白煙が立ち昇り、中から巨大な蛇が出現した。巨木のような太さと長さの大蛇である。生物としては巨大だがモンスターとしては中の中といったところだろう。バイパー(=マムシ)だから毒を持っているんだろうが、噛まれなければどうということはない。おれは胸のポケットから赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「詠唱略、ここに出でよ、汝、源頼光とその四天王!」
ざわつくスタジオ内。
スタッフA「あんな短いモーションで召喚できるのか…」
おれのコールに応じて赤いサモンカードに描かれた魔法陣から完全武装の武者5人が出現した。平安時代の武将で清和源氏三代目、源頼光とその部下である四天王すなわち渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武である。頼光四天王は酒呑童子と呼ばれる悪鬼や妖怪土蜘蛛などを退治し平安京を守護したと伝えられる豪傑たちだ。
キグニー「に、人間を召喚するとは…それも複数…ふぬーっ! ムキーッ!」
キグニーは焦りながらも手で印を結び叫び続けている。ああしないと召喚獣を操れないのだろう。
源頼光「夢かうつつか幻か、此処がいずこかは知らねども、我らが召喚されたるはこの妖蛇を討ち取れということ。そこな大蛇よ、この従四位下源頼光とその四天王が退治てくれようぞ」
この頼光は30代か、切れ長の目に眼光鋭い荒武者だが貴人のような気品も兼ね備えている。頼光はジャイアントバイパーを真っ直ぐに見据えると“童子切”と呼ばれる大太刀を抜いた。これは大江山の悪鬼・酒呑童子を討ち倒したと言われる伝説の豪刀である。バイパーはその刀身の反射光だけで恐れおののき、動きを止めた。
女子アナ「何と言うことでしょう、ツジムラ氏が召喚した5人のサムライにジャイアントバイパーが威圧されています!」
渡辺綱「初太刀御免!」
先陣を切ったのは頼光四天王の筆頭、渡辺綱だ。彼は京都一条戻橋の上で茨木童子と呼ばれる鬼の腕を切り落とした逸話で有名だ。渡辺綱はバイパーの牙を恐れもせず接近し、“髭切乃太刀”と呼ばれる長刀で宣言通り初太刀を浴びせた。
次は坂田金時。彼はお伽噺で有名な金太郎であり、他の四天王が壮麗な鎧兜に身を包むなか彼のみは赤銅色の肌を剥き身にしておりひときわ異様だ。坂田金時は丸太のような腕をふるいジャイアントバイパーに躍りかかっていった。がしっ。坂田金時はジャイアントバイパーの首を掴み締め始めた。バイパーは暴れのたうち回るが坂田金時はがっしりと首根を掴んだまま話さない。おれも生で金太郎さんを見たのは初めてだが、伝承通り恐るべき怪力の持ち主だ。
坂田金時「おのおのがた、今ぞ!」
卜部季武、碓井貞光が切りつけると大蛇は最後の力を振り絞り暴れ、さしもの金時もその腕を離されるがすぐに頼光がその首を駆け上っていった。
源頼光「南無八幡大菩薩、この頼光が武威、ご照覧あれ!」
頼光は豪刀“童子切”を真っ直ぐに刺し下ろし、バイパーの脳天から顎下まで貫いた。シャーッッ!! バイパーは絶叫するがここでキグニーの召喚魔法が限界となり、満身創痍のままあっさりと消えていった。
キン! 頼光と四天王が刃を鞘に収め鍔の金属音が響いた。あんな化物と戦ったというのに彼らは顔色ひとつ変えず息も切らしていない。つまりこの程度のモンスターは彼らにしたら格下なのだろう。ジャイアントバイパーが消えてほどなくして彼ら平安の妖怪ハンターたちもまたタイムアップとなり平安京に還って行った。
シラネ「す、す、す、凄い! あんな巨大な化物が、いとも簡単に?!」
女子アナ「これはその、何というか、何でしょう、意外な結果となりましたが…いかがでしょう、キグニー先生!」
キグニー「もう私に振らないで…」
もと特上級召喚士、今はふつうのおっさんのキグニー・アラルはがっくりと肩を落とし、膝から崩れ落ちていった。渾身の召喚魔法が敗れ精も根も尽き果てたのだろう。
ミキオ「さて、勝敗は言うまでもないだろう。何なら次はそこにいるミキオⅡに戦わせてもいいが」
シラネ「い、いえ、もう結構です」
ミキオ「ではおれの召喚魔法については証明されたということだ。この番組でいろいろと言われていたようだが、それについても全部番組側の間違いだったということで良いだろうか」
シラネ「そ、それは、あの、その…ディレクター!!」
シラネ氏は本番中だというのにディレクターを呼んで何やら小声で話し合っている。偉そうにしているがこいつはカンペを読まされているだけで何の決定権もないのだろう。
シラネ「…はい、えー、それではですね、昨日今日と緊急特別報道ということで報じてきました当番組のハイエストサモナーさん、ツジムラさんの情報なんですが、その、えーと、スタッフによる確たる裏付けがされていない状況での報道だったということです。あらためてツジムラさん及び視聴者の皆様に対しお詫びとともに訂正させて頂きます」
シラネのおっさん、なんか微妙に自分の責任を避けながら謝ってるな。こっちはあんたの看板番組で報道被害にあったんだからもっと全面的に謝って欲しいんだがな。仕方ない、反省の色もなさそうだし用意しておいた切り札を使うか。
ミキオ「じゃあ最後に、シラネさんもおれの召喚魔法を疑っていたことだし、ここであらためてハイエストサモナーの召喚魔法を見てもらいたい」
シラネ「え? いやそんな大丈夫ですよ? もう疑っておりませんので。時間もそんなに無いですし」
突然のおれのアドリブに狼狽し嫌そうな顔になるシラネのおっさん。おれを糾弾する番組で予定を狂わされ、おれの勝ち姿を大々的に放送することになったのだから相当面白くないのだろう。
ミキオ「大丈夫だ、すぐ終わる…詠唱略、ここに出でよ、汝、シラネ・オーダッコ氏の愛人と隠し子!」
シラネ「ひええっっ!」
おれが赤のサモンカードを床に置いて呪文詠唱すると、魔法陣の中から紫色の炎を伴って妙齢の女性と幼稚園児くらいの男の子が出現した。
愛人「やっと会えたわ、どういうつもりなのよ、このロクデナシ! 養育費払いなさいよ!」
隠し子「パパー」
シラネ「いやっ、ちょっ、カメラ止めて! 何で来んねんお前ら! こらっ、寄ってくんな! お前なんか俺の子かどうかわからんやろっ!」
これがおれがブラッカに頼んで調べてもらった切り札である。シラネは自分は愛人作って隠し子までいるくせに善人ぶって有名人のスキャンダルを報じていたのだ。しかも本妻にはそのことは言わず、認知もせず養育費も滞っていたということだ。スタジオ内はわめき叫ぶ愛人と泣く隠し子とで地獄絵図となっているが、これも自業自得だ。とりあえずこれでこの悪質な番組も終わり、おれのような報道被害に遭う者もいなくなるだろう。おれは満足してミキオⅡとともに事務所に帰還した。