第163話 緊急特別報道・ハイエストサモナーやらせ疑惑!(中編)
ガターニアの人気魔法配信番組『シラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック』でなぜかおれの特集が組まれ、おれの召喚魔法はインチキだという疑惑が報じられていた。調べてみると司会者の男はおれに恨みのあるネーギン芸能社の所属だった。メディアを使っておれに対するネガティブキャンペーンが行われているのだ。おれは反撃することに決めたのだった。
第10刻(地球で言う20時)、『シラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック』のOAが始まった。この世界には録画という技術がないので基本的に魔法配信はすべて生放送である。
シラネ「さて、今夜も始まりましたシラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック。わたくし司会のシラネでございます」
女子アナ「アシスタントのニーナ・タイナです」
シラネ「本日も予定を変更して『緊急特別報道・ハイエストサモナーやらせ疑惑』をお送りしたいと思います。とにかくね、このツジムラさんという人はフレンダ王女を始めオーガ=ナーガ帝国のエリーザ皇太女やジオエーツ連邦のクインシー女王と浮き名を流してきたわけなんだけれども」
女子アナ「本当のところはどうなのかはわかりませんが、やっぱり悪い言い方をすれば女ったらし、女性の敵という印象を持ってしまいます」
シラネ「そのツジムラ氏は本業は召喚士、それもご自分で最上級召喚士(笑)なんて名乗られてらっしゃるわけだけれども、その召喚魔法についてもやらせ、トリック、霊感商法の類ではないかという疑惑が起きているわけですよ。この召喚魔法というのは私ら庶民からしたら結構な高額の料金を請求しておいてですよ、これが実はトリックだったとなれば一体これはどうなってるんだという話になりますわね」
司会者のシラネはあくまで庶民派ぶってて気色悪い。ゴールデンタイムに看板番組持ってるんだからガッポリ稼いでいるだろうに。
女子アナ「本日はゲストの方にお越し頂いています。特上級召喚士のキグニー・アラル先生です」
キグニー「こんばんは」
特上級召喚士というダサい二つ名を名乗るこの中年男は紫色の召喚士コートを着ている。気難しそうで威圧的な風貌だ。
シラネ「いかがですか先生、召喚士業界でのツジムラ氏の評判というのは」
キグニー「いやぁ、あんまりいい噂は聞かないね。大体ね、普通は魔法召喚というのはモンスターを召喚するものと相場は決まってるんです。私らそれで商売してるんだから。ところが彼の召喚術は人間からその持ち物、抽象概念、挙げ句に時間まで召喚するというんでしょう。そんな召喚士聞いたことない。そもそもこの“召喚魔法大全”にモンスター以外の召喚術なんか載ってないんだからできるわけがないんですよ」
そう言いながらキグニーという男はハードカバーの板表紙本をばんばんと叩くパフォーマンスをする。どうやらこの世界の召喚士は普通はあの本で魔法を学ぶようだ。
シラネ「やはりツジムラ氏の召喚魔法については同業の皆さんも懐疑的だと」
キグニー「そう言わざるを得ない。彼の言う『逆召喚』てのもね、要は転移魔法なんだけどもこれだって何十年も修行を積んだ専門の高等魔導師じゃないと不可能なんですよ。しかも移動距離など多くの制限がある。それを彼はあの若さでポンポン簡単にやっているというんでしょう。まず不可能ですよ。トリックとしか思えない」
シラネ「なるほどなるほど」
ここで特上級召喚士キグニーはカメラ目線となって人差し指をカメラに突きつけた。この場合のカメラというのは撮影用の小水晶玉のことである。
キグニー「ツジムラさんね、この番組を見ているんなら今ここに来たらいいじゃないですか。来なさいよ、その逆召喚とやらで。ここで正々堂々とやりましょうよ!」
シーンと静まり返るスタジオ。
キグニー「ま、彼が本物ならすぐにここに瞬間移動できるわけでね」
スタジオ内爆笑。人生最大のウケを得てご満悦のキグニー。だがその表情は瞬時に凍りついた。おれがその目の前に“逆召喚”してきたのだ。
キグニー「ひっ、ひいっ?!」
ミキオ「突然失礼する。お呼びとのことでまかり越した召喚士のミキオ・ツジムラだ」
どよめくスタジオ内。来るなら来いと言っていたから来てやったのになんでこんなに騒いでいるのか。司会のシラネ氏や女子アナは明らかに動揺が隠せず泳いだ目のままオタオタしている。当然ながらおれが突然現れるという台本が無いのでどう対応していいかわからないのだろう。
シラネ「こ、これは…」
キグニー「い、インチキだ! 例の双子の弟を使ったトリックに決まっている!」
頭の悪い男だなぁ。そのトリックは両方を別な場所で見ている観客がいるからこそ成立するんであって、ひとりが突然現れた場合には成立しないだろう。
ミキオ「ミキオⅡ、これ見ているか? 見ているなら来てくれ」
おれがカメラに向かって呼びかけると、あっさりとミキオⅡが転移魔法を使ってスタジオのおれの横に来てくれた。実は事前に打ち合わせして待機させていたのだ。彼は破滅結社のノウ博士がおれの髪の毛から作り出したおれの複製人間であり、当初は敵だったが意気投合したのでおれの領地の代官を任せている。おれとはまったく同じ容姿で区別がつかないのでサングラスをして臙脂色のコートを着てもらっている。
ミキオⅡ「来たぞ」
ミキオⅡが登場し、さらにどよめくスタジオ内。
ミキオ「紹介する。おれの分身でミキオⅡという。コストー地方ヤシュロダ村の代官兼村長だ。おれほどではないがおれに近い召喚能力を持っている」
ミキオⅡ「よろしく」
キグニー「い…いや…」
シラネ「え、えーと、あの、そのですね。説明しますと、いまスタジオには召喚士のミキオ・ツジムラさんが…どこからか突然いらっしゃいまして、また弟さんも突然お越し頂いたと、そういう状況なわけですが…」
なんだこいつは。転移魔法で来たと言ってるのにあくまでも認めたくないのか。番組で事前に決めた方向でしか対応できないのなら司会業なんかやめちまえばいいのに。
ミキオ「何度も言うが呼ばれたから来たんだ。呼んだからには用件を言ってもらいたい。正々堂々やりましょうと言っていたな。おれと正々堂々何をしたいんだ?」
女子アナ「き、キグニー先生、ツジムラ氏がこう言っていますが!」
司会のシラネが壊れてしまったので女子アナが苦し紛れに特上級召喚士のキグニーに振ってきた。こいつら本当にアドリブに弱いな。
キグニー「き、君の召喚魔法はやらせだという声が上がっているんだ!」
ミキオ「どこで」
キグニー「いや、その…この番組の調査でだ!」
おれとミキオⅡは吹き出しそうになった。なんだ、じゃあやっぱりマッチポンプなんじゃないか。
ミキオ「なるほど。この番組からやらせだという声が上がり、この番組で叩いていたわけだな? だが逆召喚、いわゆる転移魔法についてはいま見て頂いた通りだ。おれは王都フルマティの7番街にある自宅から、ミキオⅡはヤシュロダ村の陣屋から来た。転移の瞬間はしっかりとカメラに撮られていただろうからトリックではないことがわかるだろう。何なら番組開始前にこの局でおれとミキオⅡがどこかで目撃されていたかどうか調べてみると良い」
ミキオⅡ「まあこうしてふたりで同じ場所に現れているのだからそんなトリックは成立する余地がないと思うがな」
キグニー「う…ぐ…ぬ…」
歯噛みする特上級召喚士キグニー。彼もどうせ出来上がった脚本を読んでいただけなのだろう。おれはこんな小物連中にネガキャンされていたのか。すっかり馬鹿らしくなったがここで帰るわけにもいかない。カメラに写っていないところで司会者のシラネとディレクターらしき人物が何やら話している。しばらくゴニョゴニョやっていたがどうやら話がまとまったようだ。
シラネ「そ、それではですね、ツジムラ氏の召喚魔法は果たして本物かどうかということで、キグニー先生と召喚対決して頂くということでどうでしょうか?」
キグニー「え?!」
ミキオ「いいよ」
明らかにびびっているキグニーをよそにおれは即答してやった。いついかなる状況でもこんな小物に負ける筈はない。
シラネ「い、いいんですか?! 我々番組スタッフが見てるなかでの召喚対決ですよ?」
ミキオ「いいと言っている。おれが負けたら最上級召喚士の看板は下ろしてもいい」
女子アナ「本当ですか?!」
ミキオ「どのみち負けたら最上級とは恥ずかしくて名乗れないだろう」
キグニー「はっはっは、聞いたぞ! 今の言葉忘れるなよ!」
ミキオ「その代わりあんたが負けたら特上級召喚士だっけ、その二つ名はもう名乗るなよ」
キグニー「ぬっ…ぐっ…ふぬっ…」
女子アナ「よろしいですか、キグニー先生?」
キグニー「い、いや…それは…その…」
冷や汗をだらだら流し苦悶の表情を浮かべるキグニー。当然だろう。正攻法でやり合ってもおれに勝てないことはわかりきっているだろうし、いくらダサい二つ名でも特上級召喚士の看板を下ろすということはもうプロの召喚士としてやっていけないということだ。おれのように事務所を構えているのだとしたら社員全員を失職させることになる。
女子アナ「キグニー先生?」
キグニー「ふぬ、ぐ、くく…(泣)」
歯を食いしばり、涙と鼻水を流しながら逡巡するキグニー。彼にも守らねばならぬ物があるのだろう。少し可哀想にもなってきたが、だったら最初から喧嘩を売るなと言いたい。
ミキオ「おれに勝てる気がしないのならやめてもいいぞ。ただし番組内でおれに対するデマと不当な誹謗中傷についてお詫びと訂正して欲しい」
シラネ「キグニー先生、やりますよね? やるて言わんと番組これえらいことになりますよ」
この司会者、本当にクズだな。この召喚士よりも自分の番組のことを心配しているのか。
キグニー「…わ、わかった…」
必死で言葉を絞り出した召喚士キグニー。どうやら無謀にもこの最上級召喚士と召喚魔法で勝負したいらしい。ちょっと可哀想ではあるが公共の放送を使っておれのデマを流し不当に誹謗中傷した報いを受けて頂きたい。次回、怒涛の完結編へ続く。