第162話 緊急特別報道・ハイエストサモナーやらせ疑惑!(前編)
異世界164日め。うちの事務所は国王から借りている建物なのだが、もともとは他国の大使館だったそうで二階には大きめの部屋がいくつかあり、今はおれと魔人ガーラと新人研修中のドジっ子エルフ・ペギーがひと部屋ずつ使って住んでいる。仕事が終わったら相互に干渉しないルールとなっているのだが、今夜はなぜかペギーがおれの部屋のドアをどんどん叩いている。
ペギー「先生! せんせぇ! 大変なのです!」
おれは23歳、ペギーも中学生にしか見えないが24歳。年頃の男女が夜分に同じ部屋にいるのはよくないのでおれはドアを開けて廊下に出た。
ミキオ「騒々しいな、Gでも出たか」
ペギー「違うのです! いま下で水晶玉見てたんですけど、ずっとミキオ先生のこと言ってて」
水晶玉というのは魔法配信の受像機のことだ。この世界では魔法によって動画が撮影され、各家庭の水晶玉に配信されているのだ。地球で言うテレビのようなものだが、大手魔法送局が配信しているチャンネルもあればYouTubeのように個人配信者が配信しているチャンネルもある。
ガーラ「またミキオのスキャンダルが出たのか」
あまりにペギーが騒ぐので自分の部屋からガーラが出てきた。
ペギー「いや、そういうのとも違ってて」
ミキオ「わかった、なんだか知らんがとりあえず見てみよう」
おれたちは階段を降りて下のリビングルームに向かった。この家で水晶玉が置いてあるのはそこと事務所だけなのだ。バランスボールくらいあるリビングルームの大きな水晶玉では人気番組『シラネ・オーダッコの追求報道ザ・ショック』を配信していた。シラネという中年男が司会で毎回様々なテーマで討論したり糾弾したりしていくスタイルのゲスな番組である。
ミキオ「これにおれが?」
ペギー「見てて欲しいのです」
水晶玉の中の番組を見ていると、司会者のシラネが深刻ぶった顔をしている。この番組はたまに見るがいつもこの司会者は誰が頼んだわけでもないのに一般人の代表ぶってて嫌な感じなのだ。
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シラネ「するとなんですか、やはりあのツジムラ氏の召喚魔法はインチキ、ヤラセであると」
証言者A「はい、間違いないです。私の知り合いのおばあさんが亡くなった旦那さんを召喚して欲しいということで依頼したら全然別の人が来て、それでも高額の料金を請求されたらしいのです」
シラネ「大変なことになってまいりました。大邪神大戦の英雄、また最近では広域暴力団イオボアファミリーを鎮圧させた最上級召喚士として名高いあのミキオ・ツジムラ侯爵の召喚魔法がやらせだったという疑惑が起きているのです。CMのあと、いよいよ疑惑の核心に迫ります!」
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『緊急特別報道・ハイエストサモナーやらせ疑惑!』という怖ろしげなフォントの番組サブタイトルがアップになり、番組は生コマーシャルに入った。
ミキオ「これは酷いな…」
ガーラ「そのおばあさんというのは何のことだ」
ミキオ「こないだの一件だな。あるばあさんが死んだ旦那を召喚してくれという依頼があったので現地まで行って召喚したらそのばあさんがすっかりボケてて、自分の連れ合いの若い頃の顔を忘れていたんだな。別人だ別人だと騒ぎ立てて大変だった」
ガーラ「高額請求というのは」
ミキオ「うちの規定料金しかもらってない。どうせこの番組が話を盛っているんだろう」
日本でも捏造報道やインチキ番組による報道被害が横行していた、もしくは今もしているが、自分が当事者になってみるとなかなか複雑な気分だ。
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シラネ「さて、お送りしています緊急特別報道、ハイエストサモナーやらせ疑惑についてですが…ここで新たな調査結果があるということで」
女子アナ「はい、ツジムラ氏ですが、この人は他の召喚士が持たない“逆召喚”という能力を持っていると称してまして」
シラネ「逆召喚?! 聞いただけで怪しげな能力やねえ」
女子アナ「これは空間を転移して他の場所に瞬間移動することができる能力ということなんですが、この能力についてもトリックを使ったやらせであるという疑惑が起きているんです」
シラネ「どういうことでしょう」
女子アナ「こちらをご覧ください、先ごろコストー地方ヤシュロダ村の代官兼村長に就任されたツジムラ氏の弟さんということなのですが」
シラネ「うり二つじゃないですか。双子なのかな」
女子アナ「逆召喚というのはこの弟氏を使った巧妙なトリックなのじゃないかという疑惑が巻き起こっているんです」
シラネ「なるほど! 仮にA 地点にツジムラ氏がいてどこかに隠れて、B 地点に突然弟氏が出てきたら周囲からは瞬間移動したように見えますわね。本当だとしたら、これはえらい話やね」
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ミキオ「酷い、これは酷い」
ペギー「ミキオ先生に対する名誉毀損なのです! 今から抗議の鳩を飛ばすのです!」
ミキオ「鳩程度じゃ一切動じないだろうな」
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シラネ「さて、ハイエストサモナーことミキオ・ツジムラ氏について様々な疑惑が浮かび上がってきましたが、残念ながら番組の終了時間が近づいて参りました。明日のこの時間も引き続きツジムラ氏のやらせ疑惑についてお送りしたいと思います。明日のゲストは何と、特上級召喚士と呼ばれる召喚魔法の大家、キグニー・アラル先生です」
女子アナ「キグニー先生もツジムラ氏については物申したいことがあるそうですからね」
シラネ「ツジムラさん、この番組をご覧になってですね、もし何か言いたいことがおありでしたら逃げずにこの番組に出てくださいよ。番組の中でおっしゃったらいいじゃないですか。我々はいつでもお待ちしておりますのでね」
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ガーラ「これは…喧嘩を売られているな」
ミキオ「馬鹿らしい。こんなのに構ったらマスコミに骨までしゃぶり尽くされるだけだ。無視無視」
ペギー「い、いいんですか? この番組結構登録者数多いのですよ?!」
心配するペギーを背に、おれは空中に手を振って自室に帰って行った。日本で買ってきた漫画が読みかけなのだ。
翌朝、おれが事務所に出勤すると既に大騒ぎになっていた。また始業前だというのに玄関前には野次馬の人だかりができているようだ。
永瀬「侯爵、おはようございます。今日はもう覚悟してください」
秘書の永瀬はこれから起こる面倒事を予想してか、本当に嫌そうな顔をしている。
ザザ「お前、また名前が売れたな!」
事務員のザザはニヤニヤして妙に嬉しそうな感じだ。こいつは神経が太くてポジティブ思考なので雇い主が渦中にあってもその状況ごと楽しめるタイプなのだろう。
ヒッシー「みんな昨日の追求報道見てるニャ。奥さんも一体どうなってるのって言ってたニャ…」
大学の同期で事務所の共同経営者ヒッシーはどんよりした表情をしている。奥方はかなりカーッとなる人なので昨夜相当言われたのだろう。
ミキオ「あんなの無視しときゃいいじゃないか」
永瀬「そうもいかないです。鳩小屋には伝書鳩がひっきりなしに来てるんですが、これはほとんどが問い合わせと、既に発注していた召喚依頼をキャンセルする内容です」
ザザ「営業妨害もいいとこだな」
ミキオ「まったく、マスコミにやすやすと騙されるのは地球もガターニアも同じだな」
ペギー「でもおかしいのです! あのシラネさんの態度、明らかに最初からミキオ先生をインチキと決めつけているのです!」
ミキオ「まあ確かにそうだが、マスコミなんてそんなもんじゃないのか? あの番組は個人じゃなく大手魔法送局の配信なんだろう?」
永瀬「調べてみたんですが、あのシラネ・オーダッコという司会者の所属事務所はネーギン芸能社とのことです」
ヒッシー「あっそれ、三大大陸アイドルフェスの時にうちの研究生を引き抜いて自分たちのグループに入れたヤワーダ・ネーギン氏の事務所だニャ!」
あいつか。あの件はワカナのスキャンダルであっちが自滅しただけで、こっちは何もしてないのだがな。完全に逆恨みだな。
永瀬「しかも『追求報道ザ・ショック』のプロデューサーとしてネーギン社長が、制作協力としてネーギン芸能社がクレジットされてます」
ザザ「ネーギン芸能社てのは昔からイオボアファミリーがケツ持ちしてたって噂があるんだ。そっちの線でもミキオを恨んでるんじゃねーのか」
ヒッシー「点と点が繋がったニャ」
永瀬「だとすればこれはツジムラ侯爵と我が最上級召喚士事務所に対する明確なネガティブキャンペーンです」
ミキオ「仕方ない、黙ってもいられないようだ。これより我々は反撃に転じる」
ザザ「おっ」
ペギー「腹を括ったのですね!」
ガーラ「いいぞ、ミキオ! おれに敵の破壊を命じろ!」
ミキオ「まあ慌てるな。反撃開始は今夜だ。おれはちょっとこれから“悪夢のブラッカ”に会ってくる」
“悪夢のブラッカ”とは元格闘技チャンピオンで暴力団組織イオボアファミリーの若頭、今は足を洗って私立探偵を営んでいるブラッカ・ミギューのことだ。おれは逆召喚用の青のアンチサモンカードを置いて呪文詠唱し、黄色の炎に包まれて転移していった。次回へ続く。