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第158話 ツッコミ千本ノック!映画キン肉マン観賞会(第一部)

 異世界162日め。時刻は第4刻半(地球で言う午前9時)。おれとガーラが2階の居住スペースから降りてくると、事務所には既に所員全員揃っていた。このところヤクザと対決したり日本で元カノと修羅場になったり新領地で温泉を掘り当てたりとなかなかに劇的な日々が続いていたが、今日は平穏無事に過ごしたいものだ。


ミキオ「おはよう。みんな早いな」


永瀬「あの…お客様がお見えです」


 朝から面倒くさそうな表情を浮かべつつ秘書の永瀬がそう言ってきた。この反応はあれだな、あの姉弟だな。朝から鬱陶しいことだ…。


エリーザ「重役出勤か、召喚士」


 やはりこいつらか。応接室から聞こえてきた声は姉のエリーザ・ド・ブルボニアと弟のアルフォード・ド・ブルボニア。西方大陸の雄国オーガ=ナーガ帝国の皇太女と皇子の姉弟のものである。こいつらがこの事務所に大した用もないのに来るのはいつものことだが、今日は見知らぬ男を連れてきている。


ミキオ「…その人は誰」


アルフォード「うむ、レズンザンド・ド・ブルボニア。オーガ=ナーガ帝国帝位継承第2位、トーチオ地方の領主であり大公だ。皇帝陛下の第二子であり、母親は違うが私の兄でエリーザ姉上の弟ということになる」


 アルフォードがそう紹介したレズンザンドという男は身長こそ高いがガリガリに痩せており、まるで闘病中のような風貌だ。トーチオは確か中規模国に匹敵する広域の地方で、そこの領主というだけあって確かに豪勢な衣装を着ているがどうにも貫禄がない。眼に生気がなくしょっちゅう咳をしている。しかもちょっと震えている。


レズンザンド「ゴホッゴホッ。レズンザンドです。よろしくお願いします」


ミキオ「どうも…でお前ら今日は何の用だ」


エリーザ「われら皇族に対する貴様の無礼はいつものことだから許そう。実はこのレズンザンドだが、ご覧の通り病弱でな。皇族としてどうにも力強さがない。これから嫁取りをして後継ぎを残さねばならんというのにだ。レズンザンドの病弱ぶりには父である皇帝陛下も頭を痛めておるのだ」


レズンザンド「いやぁ、そういうのは姉上やアルフに任せて、僕はひっそりと余生を過ごしたいなァと…」


エリーザ「馬鹿者! まだ余生などという歳ではなかろう!」


ミキオ「大公、あんたは大領主、しかもエリーザに何かあった時は帝国の皇帝となる立場だろう。そんな気弱なことでは民が付いてこないんじゃないのか」


レズンザンド「いや、僕にそんな野心はありませんよ。なんなら僕の所領は妹にあげてもいいし」


 古来、権力者の兄弟というものは世継の選定にあたっては往々にして血肉の争いに発展したりするものだが、この兄弟はそういうのとはまるで無縁だな。全員が権力に対する欲望がなさ過ぎる。たぶん皇帝などという仕事は面倒なばかりで大して旨みを感じないのだろうな。


エリーザ「なんと情けないことを…」


アルフォード「そこでだミキオ、以前ルマンドン兄やプティにニホンの映画とかいうやつを見せてくれたじゃないか。あれをこのレズンザンド兄にも見せて欲しいのだ。それも今回はたくましい筋肉男がいっぱい出てきて、健康な肉体の素晴らしさを実感できるような物語をな」


ミキオ「筋肉男ねえ…」


 『ランボー』か、『コマンドー』か、おれが考えあぐねていると横からおれの東大時代の学友で事務所の共同経営者ヒッシーが言ってきた。


ヒッシー「そういやうちらの学部でキン肉マンにやたら詳しい先輩いたよニャ」


ミキオ「ああ、いたな。じゃその先輩に頼んでみようか」


永瀬「え、その先輩って東大の?」


ヒッシー「キン肉マンマスターこと針毛園美貴(はりけえん・みき)さんだニャ。近隣区で肉まん屋をやってるニャ」


ミキオ「つまり近隣肉まんだな」


永瀬「で、出たーっ! 変な先輩回!」


 永瀬は変なノリでリアクションした。




 翌日。おれと永瀬、それにエリーザ、レズンザンド、アルフォードの3兄弟は青のアンチサモンカードで地球の群馬県安中市にやってきた。先輩とは昨日既に話をつけてあり、それなら先輩の自宅で鑑賞会をやろうという話になったのだ。


針毛園「おう辻村、久しぶり」


 針毛園先輩はおれより3学年上、筋トレで鍛えたマッチョ体型だ。久しぶりに会ったがどうしたことかアフロヘアを伸ばした昔のブライアン・メイ(クイーンのギタリスト)みたいな髪型になっている。


ミキオ「ご無沙汰してます。針毛園先輩。これは東大の同期でいま一緒に会社をやっている永瀬一香、それに外国の友人エリーザとレズンザンドとアルフォードの3兄弟です」


針毛園「よろしく。そこの彼、背は高いけどガリガリだね。トールマンに似てると言われない?」


レズンザンド「いやちょっとわかりませんが」


 初対面の男を誰も知らないマイナー超人に例える針毛園先輩。この先輩に会うのは大学以来だが、ますます濃くなっている気がする。トールマンというのはインド出身で身長3mの細い超人だ。扉絵の応募超人発表で登場しただけだがキン消しにはなっており、当時の少年たちにはハズレ扱いされていた。


ミキオ「今日はお世話になります。髪型変えられたんですね」


 何気なくいった言葉だったが、先輩は待ってましたとばかりに、そのアフロヘアをむんずと掴んで外すと、その下はつるつるのスキンヘッドだった。


針毛園「そうさ! 悪魔になるのは一度だけ、試合が終われば正義超人に生まれ変わるつもりだったのさ!」


 先輩の強烈なドヤ顔。そしてそれと対極的に周囲の空気がピシッと凍りつく。これは『キン肉マン』原作に登場する超人バッファローマンの名シーンの再現なのだが、もちろん永瀬やブルボニア兄弟が知っている筈もなく、ただただ唖然として先輩を見ていた。


エリーザ「秘書殿、秘書殿! いま我々は何を見せられているのだ?」


永瀬「さあ…わたしもさっぱり…」


 エリーザが永瀬に小声で耳打ちしているがもちろん永瀬が知るわけもない。


ミキオ「お見事。さすがです先輩」


 仕方なくおれが小さく拍手してやると、先輩はしてやったりといった表情を浮かべ再びアフロヘアを装着した。


針毛園「辻村はわかってくれるよな、良かった。このために頭を剃った甲斐があったわ」


 こ、このために剃ったのか…なんと恐ろしい…日本にはいろんなジャンルのオタクがいるがキン肉マンオタクとガンダムオタクは気合いが違う。もう実生活捨ててる感すらある。いやこの2つのコンテンツは覚えるべき履修科目が多過ぎて必然的に実生活を犠牲にせざるを得ないのだ。


エリーザ「召喚士のセンパイはいつも変だが、今日のは大概じゃないか?」


永瀬「しっ、聞こえますよ」


針毛園「ではさっそく私のジムに案内しよう」




 おれたちは先輩が“ジム”と呼んでいた離れの農舎に入った。先輩の実家は農家であり、肉まん屋で稼いだ金で農舎を改装したようだ。中にはトレーニング用の器具などの他にちゃんとしたレスリング用のリングがあり、確かにジムと呼んでも差し支えないレベルだ。


アルフォード「ほう…」


エリーザ「センパイ殿はここで何をしておられるのか?」


針毛園「ここで超人の技を再現したり研究したりしてYouTubeにその考察動画を上げている。相手はそこのドールだな」


 と言って指差す方向にはあまり詳細を描写したくない等身大の空気人形がある。つまり超人ごっこだが、そのためだけにこんなリングを作るんだからやはり気合いのレベルが違う。この人はガチだ。


針毛園「最初に確認しておきたいんだが、君たちキン肉マンについてはどれくらい知っているの?」


ミキオ「自分は原作漫画はだいたい読みました。テレビアニメもちょこちょこ」


永瀬「わたしは名前くらいしかわかんないです」


エリーザ「皆目わからん」


アルフォード「右に同じ」

 

レズンザンド「僕もです」


針毛園「ふっふっふ、いいだろう、アウェイの方が燃える。私は炎の逆転ファイターだからな」


 キン肉マンについて我々がほとんど知らないことが逆に先輩の闘志に火をつけたようだ。


ミキオ「彼ら、特にこの長男レズンザンドにキン肉マンの映画を見せて欲しいんです」


針毛園「なかなか現代に旧キン肉マンの劇場版を見たいという人も珍しいな。では観賞会と行こう。奥にシアタースペースがある」


 おれたちはジムこと農舎の奥、60インチのモニターと大量のDVDケースが並ぶラックのあるシアターに移動した。DVDもアニメ版キン肉マンやキン肉マンⅡ世、闘将!拉麺男などが全巻揃えてある。さすがのラインナップだ。天井まで届くガラスケースには何百体もの“キン消し”が兵馬俑のように並べられている。全部同じ“肌色”だ。


アルフォード「うおっ! 何だこの怪しげな人形は??」


針毛園「キン肉マン消しゴム、通称キン消しだ。消しゴムとは呼ばれるが塩化ビニール製でありいわゆる消しゴムとしては使用できない。70年代のスーパーカー消しゴムや怪獣消しゴムからの流れだな。当時はガチャガチャというカプセル自販機に3体入って100円だった」


ミキオ「凄まじいですね…」


針毛園「掛け値なしに全種類コンプリートしてるからね。しかも全部肌色で。王位争奪編パート3はマジでレアだよ」


ミキオ「わかります。これはもう偉業ですよ」


 肌色キン消し全弾フルコンプがいかに驚異的なことか、この場で理解しているのはおれだけだろう。地球上でこれを達成してる人間はおそらく10人いないと思う。


永瀬「男子ってこういうチープなもの集めるの好きだよね…」


ミキオ「そのマンモスマンなんて1つで65万円くらいするぞ」


永瀬「えっ?!」


針毛園「コレクターの世界は奥が深いからね。ということでそろそろ映画を観よう。劇場版第1作『キン肉マン 奪われたチャンピオンベルト』。1984年公開、白土武監督。これは彼の映画デビュー作品だ。東映まんがまつりの中の一作品なので45分しかない。同時上映は宇宙刑事シャイダー、超電子バイオマン、Theかぼちゃワイン」


ミキオ「なかなかのラインナップですな」


永瀬「まったくわからない」


 宇宙刑事シャイダーは女刑事の連続パンチラで、超電子バイオマンは女優の失踪で、かぼちゃワインはデカ女ブームの火付け役としてそれぞれ後世に名を残す作品なのだが、その話はまたにしよう。


 先輩がDVDを操作するとオープニングが始まり、串田アキラ氏による主題歌『キン肉マンGo Fight!』が流れる。歌詞の中で女性コーラスから“茶化し”が入る珍しいタイプの楽曲だ。テレビ版と同じ映像なのだが、これを製作した時には方向性が定まっていなかったのか、のちにアニメ版ではキン肉マンの恋人となり最終回では結婚することになる二階堂マリが凄い顔をしてキン肉マンを引っぱたいているシーンが目を引く。マリさんこんなキャラだったのか。ブロッケンマンの腕に思いっきりナチスの紋章ハーケンクロイツが描かれているのも今となってはアウトだろう。


 おれは久しぶりに観たキン肉マンの第一期オープニングで色々と思うことがあったが、横のブルボニア兄弟は不満げな顔をしている。


エリーザ「絵が…荒い!」


アルフォード「こないだ観たプリキュアとかいうアニメと較べると雲泥の差だな。これ本当に映画なのか?」


永瀬「まあ40年くらい前のアニメですから」


 アニメすら存在しない異世界の連中に言われてもな…そう思っていると画面の中では飛行しているキン肉マンから黄色い屁が漏れて一緒に飛んでいたテリーマンやミート君らが臭くて落ちていくシーンとなっていた。さっきの二階堂マリはスカートがめくれて花柄の下着が見えている。


エリーザ「品が無い! 見るに堪えん!」


アルフォード「まあまあ姉上、子供はこういうのが好きなのだ。もう少し観てみようではないか」


 マリさんの花柄が気に入ったのかどうかは知らないが、アルフォードがちょっとやる気を出し、当時の子供たちを熱狂させた楽しくも下品なオープニングが終わったところで次回へ続く。



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