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第157話 ホットウォー!異世界温泉は燃えているか(後編)

 新しく加増されたおれの所領・ワムロー地方ヒソ村の視察に来たおれたちは悪質代官を処罰し、同時に村の主要産業であるミスリル鉱山が枯渇していたことを知る。だがその鉱山からはなんと温泉が発見され、村はにわかに活況を見せる。勢いに乗ったおれたちは露天風呂に浸かりながら会見をするというパフォーマンスを行なうのだった。


 会見の直後、代官所には鳩小屋に収まらないほどの鳩が殺到していた。凄い反響だ。まだ宿泊施設も整っていないのにちょっとこれは発表を早まったかな、などと考えているとその鳩の手紙を見た新代官メイムが青ざめていた。


メイム「ご、御領主…大変なことになってしまいました…」


ミキオ「何だなんだ、何があった」


メイム「さっきの入浴会見のライブ配信で…その…総務課長の局部が見えてしまっていたらしく…」


ミキオ「えっ?!」


 おれは神与能力のひとつ、記憶潜行(メモリーダイブ)を発動させわずか数秒で過去の記憶映像を巻き戻して確認してみた。ああなるほど、確かにメイムがおれの新恋人なんじゃないかとゲスな質問をしてきた記者に憤った総務課長が勢いよく立ち上がって記者を諌めた時に、腰に巻いていたタオルが外れているわ…。


メイム「ど、ど、どうしましょう、御領主」


ミキオ「どうしようもない。総務課長の謝罪動画を公開するしかないだろう…」


 以前もこんな騒動があったなぁ。おれの周りは何でこんな連中ばっかなんだ。


メイム「わたしのせいです。わたしが露天風呂での会見なんて言い出さなければ…」


ミキオ「こんな珍事は想定のしようもない。気にするな」


 その後、総務課長タホーンセン・ダイロンユが魔法配信で正式に謝罪した。珍奇で珍妙な事件ではあったが陳腐な芸能かわら版が記事にした程度で、話題はすぐに沈静化した。そして翌日以降、事態は意外な展開を見せる。




ミキオ「えっ、女子高生の間であの総務課長がブーム?!」


永瀬「総務課長ってあの…生放送であれを見せちゃったひと?」


ザザ「らしいぜ。うちの妹が言ってた。クラスの間で“もろだし課長”として大人気だってよ。なんかグッズとかも出てるらしいぜ」


 事務所の事務員でギャルエルフのザザ曰く、そういうことらしい。もろだし課長…あまりにそのまんまなネーミングだ。かつて日本でも90年代前半に“死にかけ人形”などという不気味な人形や、佐川急便のトラックに描かれた飛脚のふんどしを触ると幸せになれるという都市伝説が女子高生の間で流行ったりしたが、どの世界でも女子高生というのはわからないものだ。というかザザに妹がいたこともいま知った。


サラ「すいませーん、ミキオ先生いてますか〜?」


 入り口のドアを開けて知り合いの治癒系魔法使いサラが入ってきた。そう言えばこいつも女子高生だ。


ミキオ「ここにいる」


サラ「おったおった〜。ミキオ先生てあの“もろだし課長”の知り合いなんやろ、キーホルダー3つくらい頼まれへん〜?」


ミキオ「お前もか」


 あの総務課長のグッズが女子高生の間で大流行しているのはどうやら本当のようだ。不祥事を起こした役人が大人気とは、えらい世の中になったものだ。


ザザ「あたしも探してるんだけどさ、なかなかいま手に入りにくいらしいぜ」


サラ「ほんまに〜? 友達から頼まれてんけどな〜」


ミキオ「いや、あの総務課長が公認のグッズを出してるわけがないからどこかの業者が作ったパチもんだとは思うがな…」


 おれが困惑しながら答えていると鳩小屋にいた秘書の永瀬が言ってきた。


永瀬「侯爵、ヒソ村のメイム代官から鳩です。緊急会議をやるからすぐ来てほしいと」


ミキオ「あいつ、やる気があるのはいいがちょっと前のめり過ぎるな…ザザ、サラ、おれはヒソ村に行ってくる。そのもろだし課長に会ってくるぞ」


ザザ「すげえ! 本物かよ!」


サラ「なー、サインもろてきて〜」




 “逆召喚”でおれと永瀬がヒソ村の代官所に転移すると、すでに会議は始まっており、四角く囲むように配置されたデスクの真ん中には例の総務課長が真っ赤な全身タイツを着て、いやおそらく着させられて死んだ魚のような目で立っていた。全身タイツの股間の部分には円形に切られた黒い紙が貼られ、そこに“MORODASHI”と書かれている。


ミキオ「…まあ、だいたいどんな会議が行われていたか想像はつくが…」


メイム「あっ御領主! 聞いてください、例の事件があってからこのダイロンユ総務課長が女子高生の間でブームなのです! 非公式のキャラクターグッズなども発売されており、もはや社会現象とも言える状態です。我々としてはこの機会を逃さず、彼をこのワムロー温泉のキーキャラクターとして売り出すべきだと考えます!」


 そう言うメイムの目は血走っている。局部を出して不祥事を起こした人物をキーキャラクターにするとは、大丈夫かこいつ。


ミキオ「あんたはそれでいいのか、総務課長」


総務課長「私はもうあんなことをしでかしてしまった以上、何も言う権利ありませんので…」


 そう言う総務課長のこめかみには白い物が混じっている。50代なかばと言ったところだろうか、事件当日よりいくぶん白髪が増えているような気がする。真面目な人なのだろう。こんな人をオモチャにしていいのだろうか。


メイム「具体的には公式魔法配信チャンネル“もろだしチャンネル”の開設と、もろだしキーホルダーやもろだしシール、もろだしTシャツなどのグッズ販売等です。もろだしフィギュアはこのボタンを押すと勢いよく立ち上がり前が見えてしまう仕掛けです」


 そう言って試作品のフィギュアを見せてくるメイム。これはダメだろ。悪ノリが過ぎる。メイムはここが商機とばかりに視野狭窄になっているようだ。


ミキオ「OK、OK。まずこちらから“もろだし”をアピールするのはやめよう。あくまで不祥事だし、この人の今後の人生にも関わってくる問題だ」


メイム「うーん、そうですか…」


 残念がっているが、当たり前だろう。この人は芸人じゃないんだから。


ミキオ「とは言えせっかくのブーム、逃すのは勿体無いというのは同意だ。ダイロンユ総務課長をワムロー温泉の広報担当とし、彼の似顔絵を使ったキャラクター商品を展開してはどうだろう」


観光課長「いいですね」


財政課長「それくらいが落としどころでしょうかね」


総務課長「ありがとうございます!」


ミキオ「公式魔法配信チャンネルのタイトルは『ワムロー温泉情報局』としよう。MCはメイム、サブMCは広報担当のダイロンユ氏だ。グッズ開発は観光課に一任するが“もろだし”というワードはNG。なるべく穏当なものにするように」


メイム「わかりました!」


観光課長「やってみます」


ミキオ「急いでくれよ、オープンは今週末。あと4日しかないぞ。あ、それと総務課長」


総務課長「は、はい」


ミキオ「この色紙にサイン書いといてくれないか、5枚頼む」




 4日後の光曜日、ついにワムロー温泉の官製入浴施設第1号である“ワムロー温泉 異世界の湯”のオープン日となった。施設には露天大浴場の他に内湯、打たせ湯、湯上り処兼食堂、土産物売り場などがあり、各所にダイロンユ総務課長の等身大パネルが置かれた。また土産物売り場にはダイロンユ総務課長本人が常駐し、午後からは彼のサイン&握手会も予定している。もちろん売り場にはダイロンユ総務課長Tシャツやキーホルダーなども置かれており、総務課長推しを全面に出した形だ。


永瀬「いよいよですね、侯爵。もう外には行列ができてますよ」


 今日はうちの事務所のメンバーも全員来ており、運営をサポートすることになっているのだ。


ミキオ「予想以上の盛況ぶりだな…」


メイム「総務課長の一件が大きな話題となり人気がブーストしたようです。災い転じて福となす、ですね!」


 まあ今回はたまたまラッキーパンチが当たっただけなんで、あんまりそこを自慢げに言うのもどうかと思うが。


総務課長「領主様、今日は本当にありがとうございます、事務所の方々まで来て頂いて…」


ザザ「すげぇ! リアルもろだし課長だ!! 握手して!」


総務課長「どうもどうも」


 にこやかに握手に応じる総務課長。もはや慣れているのだろう。


ヒッシー「普通のおじさんなのにニャ…」


ペギー「今日はわたしたちも温泉に入ってくつろげると聞いて来たのです!」


ミキオ「それは後でな。今はあの大量のお客をさばき切らねばならん。永瀬とザザは物販の売り子、おれとヒッシーは行列の整理、ペギーは食堂のホール、ガーラは物品搬入等だ、頼んだぞ」




 第10刻(地球の20時)、“ワムロー温泉 異世界の湯”の営業時間が終わりようやく嵐のような時間が過ぎ去った。おれとヒッシーとガーラは営業の終わった男湯に浸かっていた。


ヒッシー「いや〜くたくただニャ…凄い人手だったニャ〜…」


 今日のおれたちは入場整理から調理補助、ホール、湯もみ、最後には浴室清掃まで手伝った。おれも侯爵だがヒッシーもこう見えて婿入り先の伯爵家後継ぎ、こんなに身を粉にして働く貴族もなかなかいないだろう。


ミキオ「今日の来客数は5000人あまり、物販も売れに売れ、収益も莫大な額となった。同時にオープンした村内の民間温泉旅館もどれも大盛況とのことだ」


ヒッシー「これでツジムラ侯爵領も潤うニャ…ガーラは温泉浸かって錆びないのニャ?」


ガーラ「おれは全身オリハルコン製、不朽不滅なのだ」


 ロボットが温泉に入ってどうするんだとも思うが、まあ入浴前にちゃんと洗ってるし、ガーラのやりたいようにやらせてあげよう。


ミキオ「今回は間に合わなかったが、サウナも作らねばならんな。となると水風呂と外気浴ができる場所も作りたい。あと名物料理も考えたいな。課題は山積みだ」


 女湯の方から「イチカ、シャンプー貸してくれ!」というザザの声が聞こえてくる。彼女らにも今回は働いてもらった。この温泉は間違いなくヒソ村の主幹産業となっていくことだろう。珍事もあったが、あの総務課長には特別ボーナスを出さねばなるまい。

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