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第156話 ホットウォー!異世界温泉は燃えているか(中編)

 新しく加増されたおれの所領・ワムロー地方ヒソ村の視察に来たおれたちはなぜかオーガ=ナーガ帝国の皇太女エリーザと出逢う。どうやら代官が勝手に帝国への併合を申し出ていたらしい。おれとエリーザは一杯食わされた形となり、厳しく代官を問い詰めるのだった。


代官「ま、ま、ま! ご両人とも、落ち着きください! すべてはこのヨリナレスに策あってのこと!」


ミキオ「策だと?」


エリーザ「申してみよ」


代官「は。実はこの村、永きに渡りミスリル鉱山の地として潤ってきましたことはご存知かと思います。しかしながら昨年、遂にそのミスリルを掘り尽くしてしまいまして」


 ミスリルはファンタジー物によく登場する希少な魔法金属である。銀よりも強く輝き鋼よりも硬いとされる。


エリーザ「ほう」


ミキオ「で?」


代官「ですので他の産業を興すために我々代官所の者が頭をひねってみたのですが、どうにも良い案が浮かびませぬ。そこで連合王国とオーガ=ナーガ帝国、両方に町興しのアイデアを出して頂き、良き方に村を統治して頂こうと、こう考えまして…」


 悪びれもせずそう言ってニヤリと笑う代官。この男全然ダメだな。他力本願なのも代官として失格だし、そもそも国王にも内緒で外国に併合話を持ちかけるなど言語道断だ。


エリーザ「話にならんな」


代官「へっ?」


エリーザ「我が帝国と連合王国は友邦。この村ひとつのために王国と事を構えようとは思わん。だいいち代官の身でありながら村を売るとは御主君への裏切りぞ。そなたが我が帝国の者であったらこの場で首を刎ねておったところだ」


代官「い、いやっ! これはすべて村と村の民のことを考えてのことで…」


エリーザ「そもそもな、私はこの召喚士を異性として意識しておるのだ。この男の所領を奪う気なぞさらさらない」


代官「…」


ミキオ「まあ、それはともかく。代官、あんたは悪いがクビだ。ワムロー所払いのうえ官位剥奪を申し付ける。どっか他の土地で生きてくれ。以上」


代官「ひっ! ひええっ!」


エリーザ「優しい領主で助かったな。私はこれで引き上げるぞ。ではまたな」


ミキオ「ああ」


 エリーザ一行は立ち去り、“ずん”の“やす”に似た代官ヨリナレスもがっくりと肩を落として代官所を去っていった。


ミキオ「あの程度の策でおれとオーガ=ナーガ帝国を天秤にかけようと思っていたのか。図々しい」


永瀬「でもこれで次の代官探しと村の産業振興策という2つの課題を抱えることになってしまいました」


 確かにその通りだ。なんだか知らない間に村の大改革を任されたことになっているな。急に代官がクビになりおたおたしている役人連中におれは声をかけた。


ミキオ「すまないが、この代官所で最も村の事情に詳しい者を紹介して欲しい」


職員A「でしたら代官補のメイムが適任かと思います」


ミキオ「その者は今どこに」


職員A「代官の横暴に耐えかねて諫言したところ、怒りを買って自宅蟄居を命じられております。これより連れて参りますので」


ザザ「へー、女みたいな名前だけど骨のあるやつじゃねーか」


ミキオ「なかなかの人物のようだな」




 30分後、おれたちの前に連れてこられたのは高校生かと思うくらいの童顔で小柄、か細くて地味な女の子だった。制服みたいな紺のスカートで白のブラウス、長めの髪を束ねている。


ミキオ「…君がメイムさん?」


メイム「メイメンティ・ワターヤ。22歳です。メイムとお呼びください」


ザザ「女なのかよ…」


ミキオ「ずいぶん若いが、その年齢で代官補?」


メイム「この村で中央の大学を出たのがわたしだけでして」


 おれの別な所領、コストー地方ヤシュロダ村も助役が24歳だった。この連合王国ではわりとそういう人事が多いのだが、年齢や実績に拘らず若者が大役に抜擢されるのはいいことだ。


ミキオ「いいだろう。メイム、本日をもって自宅蟄居を解く。職場復帰してくれ」


メイム「はっはい!」


ミキオ「この村のことを我々にいろいろ教えて欲しい。まずはそうだな、さっき言ってたミスリル鉱山あたりから見ようか」


メイム「わかりました、ではご案内致します。いま馬車を用意しますので」


ミキオ「いや時間が勿体無い、逆召喚で行こう」


メイム「はい?」


  おれは青のアンチサモンカードを取り出し、間髪を入れず呪文詠唱した。


ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、ヒソ村のミスリル鉱山!」




 次の瞬間、おれたち一行は黄色の炎を纏いヒソ村のミスリル鉱山(跡)に転移していた。


メイム「す、凄いです…! 御領主がこんな魔法を使えるなんて…」


ミキオ「おれの本業は召喚士だからな。これがヒソ鉱山か」


メイム「は、はい。ヒソ鉱山は40年ほど前に発見されて以来莫大な利益を生んでこの町を栄えさせました。が昨年ついに掘り尽くして今は周辺の街も寂れまして…」


 しかしこの世界の採掘事業は基本的に人力だ。人力での鉱石採掘など限界があるのではないだろうか。万物分断剣や魔人ガーラをもってすればまだ採掘できるかもしれない。


ミキオ「中に入ってみよう」




 鉱山の内部は当然ながら真っ暗で、エルフのザザによる“魔法篝火(マジックトーチ)”という簡単な生活魔法や、人造魔人であるガーラの眼から放つサーチライトで照らされた。便利な連中だ。やはりこの二人を連れてきたのは正解だった。単管と木板で仮設された階段を降りていくと最深部に達した。地下20mほどだろうか、強い地熱であたりの空気が暖かい。というより暑い。太陽の下の地上より暑いのではなかろうか。


ザザ「あちいな! 地下がなんでこんな暑いんだ」


永瀬「まるでサウナね」


メイム「ここが最深部です。硬い岩盤に阻まれて、人夫の力ではこれ以上は掘り進めなかったとのことです」


ミキオ「じゃ人間を超えた力で掘ってみよう。みんな、下がっていてくれ」


 おれは腰に備えた万物分断剣を構えた。これは魔導十指のひとりだった竜人ジョー・コクーが転生した神剣で、刃に纏った鋭気であらゆるものを断つことができる。ビームやエネルギーすら斬れるのだから岩盤なんかわけないと思うのだが…おれは半分の気合いで地面に向けて万物分断剣を振り下ろした。渾身の気合いでやったら鉱山ごと割れてしまいそうだ。


ガーラ「…やったか?」


ミキオ「確かに硬い岩盤だ。だが亀裂は入ったぞ」


 慎重におれがもうひと振りしようとした時、岩盤がみしみしと音を立てて割れ始め、亀裂がどんどん拡がっていった。


永瀬「ちょ、ちょっ、辻村クン…!」


ザザ「やべーぞ、ミキオ! これもう地割れだぜ!」


ガーラ「地下水脈が噴き出しているぞ!」


ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら全員、意の侭にそこに顕現せよ、地上!」


 逆召喚で地上に戻ったおれたちは坑道からどばどばと勢いよく噴出する地下水を目にしていた。いや水ではない、白い湯気をあげているのでお湯つまり温泉だ。成分は調べてみないとわからないが、この坑道の硬い岩盤の下には温泉が湧き出ていたのだ。どうりで地熱が強いわけだ。あたりは一気に硫黄の匂いと湯気に包まれた。


永瀬「これって…温泉ですよね?」


ミキオ「おそらくな」


メイム「ということは、やはりミスリルは掘り尽くしていたのですか」


ザザ「何言ってんだ、お前! 温泉だぞ、ミスリル鉱山と同じくらいに儲かるぜ!」


メイム「え、ええ?!」


ミキオ「これで新しい産業は確保できたな」




 おれが湧き出た湯の成分を東大の知り合いに持っていって調べて貰ったところ源泉の泉質は含硫黄・ナトリウム・カルシウム塩化物泉。まぎれもなく温泉だった。この事実をヒソ村代官所で報告すると役人たちは歓喜、観光都市への転換が論議され翌日からは官製入浴施設の建設と企業の誘致が行われた。


 源泉湧出から3日後、簡易的ながら官製入浴施設第1号が完成したという報告を受けおれは秘書永瀬を伴いヒソ村に急行した。と言ってもなんだかんだでこの3日間毎日ヒソ村に行っているのだが。


 おれたちが代官所に入ると会議室では代官補メイムを中心に熱い議論が交わされていた。


メイム「あっ、お待ちしておりました御領主! ヒソ村の官製露天大浴場が完成しました! 御領主お望みの岩風呂ですよ!」


ミキオ「素晴らしいスピード感だ、なかなかの手腕だな、メイム」


メイム「御領主に紹介して頂いた錬金術師さんが良い仕事をしてくださいまして」


 おれが紹介したのは魔導十指のひとり、“鉄壁のアルゲンブリッツ”である。普段は天然気味のおっさんだが錬金術師としての技量はガターニア随一、多くの弟子がおり、その弟子何人かに来てもらったのだ。この世界の錬金術師は腕の良い者になると一夜で城を作れるレベルらしい。


ミキオ「よし、この官製入浴施設第1号を“ワムロー温泉 異世界の湯”と名付ける。さっそくプレス向けに記者会見をやろう。かわら版屋も呼んで一気に宣伝攻勢をかける」


役人たち「おお!」


メイム「でしたらわたしたち代官所管理職一同が露天風呂に入浴しながら会見しましょう。御領主は有名人ですし、絶対マスコミが食いつきます!」


永瀬「ええ、入浴しながら?」


ミキオ「パフォーマンスというわけだな。確かにインパクトはあるが…」


メイム「やりましょう! このワムロー温泉のいいアピールになります!」


 このメイムという娘、なかなかエネルギッシュな人物だな。突飛なことも言うがグイグイと人を引っ張っていく力がある。露天風呂に入りながらの記者会見なんて普段なら絶対断るアイデアだがおれはメイムを買って承諾した。




 翌日、綺麗に整備されたワムロー温泉の官製入浴施設第1号“異世界の湯”の露天大浴場でおれたちは入浴しながら記者会見を行なった。領主であるおれと代官補のメイム、それに中年〜壮年男性の管理職が3人である。もちろん全裸ではなくタオルは巻いている。魔法配信によるライブ中継も行なわれ、なかなか盛大な会見となった。


メイム「記者の皆様、お集まり頂きましてありがとうございます。わたくし、当ヒソ村代官補のメイムでございます」


総務課長「総務課長のダイロンユです」


観光課長「観光課長のフジアです」


財政課長「財政課長のホホです」


ミキオ「領主のミキオ・ツジムラだ。このたび縁あって当地の領主を務めることになった。よろしく」


記者A「週刊ブースンです! ツジムラ侯爵、今日の会見のご趣旨は!」


ミキオ「いつもどうも。このたび当村のミスリル鉱山跡から湯量が豊富で成分の良い源泉が発見され、これを“ワムロー温泉”と名付けた。このワムロー温泉は肩こり・神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・慢性婦人病などに効果が期待される。これらに悩まされている方は是非お越し頂きたい」


メイム「ワムロー温泉では今週末にこの“異世界の湯”がオープンとなります。こちらは日帰り入浴のみでご利用頂けますが、宿泊可能な民間の温泉旅館も続々とオープンする予定です」


記者B「週刊シンチャオです! 侯爵はプライベートではウワサの彼女と入浴されるんでしょうか?」


メイム「今日は温泉以外の質問はお断りしてますので!」


ミキオ「おれにウワサの相手などいないが、ワムロー温泉はカップルや夫婦での入浴も可能な個室風呂も用意している。記者さんたちもこのあと是非ご入浴頂きたい。それといい機会なのでここで発表させて頂きたいことがある」


記者C「婚約ですか、侯爵!」


ミキオ「違う違う。ここにいる代官補のメイムことメイメンティ・ワターヤを本日をもってヒソ村代官に任命する」


メイム「ええっ!?!?」


記者D「ずいぶんお若い代官となりますが」


ミキオ「メイムは22歳だが能力、知識、人望、アイデアいずれも優秀でこれ以上の人材はない。末永くこの村を盛り立てて欲しい」


メイム「はっはい! ありがとうございます!」


 突然の人事発表だったがこの村の代官にはメイムしか適任者がいない。他の管理職もそれは重々承知なようで、メイムに対し惜しみない拍手が贈られた。


記者E「とか言いながらその方、新しい恋人なんじゃないんですか、ツジムラ侯爵!」


総務課長「なわけ無いでしょう、いい加減にしたまえ!」


 憤った総務課長のダイロンユ氏が勢いよく立ち上がり、記者を諌めた。これは怒って当然だ。


メイム「“ワムロー温泉 異世界の湯”は今週末からオープンとなります。皆様是非お越しください! 本日の会見は以上となります、ありがとうございました」


 いつもの通りこの世界のマスコミのゲスい勘ぐりはあったが、このあと記者の連中を風呂に案内し、効能などをあらためて説明しもてなしてやった。ライブ配信も好評で、視聴者数は500万人にも昇ったらしいがまあこれは若い女性がバスタオルを巻いていたとは言え入浴しながらの会見というサービス演出もあったからだろう。その若い女性代官の誕生もいいニュースとなり宣伝効果はてきめん、代官所への問い合わせの鳩が殺到した。これで明日からワムロー温泉への観光客がひっきりなしだろう…と思っていたがそこには大きな落とし穴があったのだった。次回へ続く。

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