第155話 ホットウォー!異世界温泉は燃えているか(前編)
異世界152日め。午前の王国議会が終わり、おれは王命により謁見の間に呼び出されていた。宮殿のなかでもひときわ荘厳な作りの部屋であり、正面に国王、左右両脇に宰相と侍従長がいておれを待ち構えていた。
国王「臣ミキオ・ツジムラ、貴下の多大なる功績を認め、ここに侯爵位を授与する」
ミキオ「呼びつけた理由はやっぱりそれか。おれは伯爵でいいと言ってるのに…」
出世するんだからいいじゃないかという人もいるだろうが、何しろおれは神の子だから人間界での出世なんかには興味ない。それに“伯爵”という呼び方の響きが気に入っていたのだ。日本人のおれは伯爵と言えばドラキュラ、ルパン三世のカリオストロ伯爵、それにマジンガーZのブロッケン伯爵などを思い出す。敵キャラばかりだかどれも強くて威厳がある。対するに侯爵はあまり思い浮かばない。そして何よりあまりに急速な出世は同僚からの反感を買う。侯爵だとバッカウケスと同等になるわけで、あいつなんかいかにも嫉妬しそうだ。
侍従長「これ! 無礼ですぞ!」
国王「既にそなたは3村の領主。受けてくれねば国の秩序が成り立たぬゆえな。すまぬが受けてくれるか」
ミキオ「まあ…そこまで言うなら…」
国王らの押しが凄いのでやむを得ずおれは陞爵を受けることにした。爵位なんておれにとっては「からあげグランプリ金賞」の称号と同じ。無くても全然いいがあれば箔がつくかな、程度のものだ。
宰相「ツジムラ殿はわずか半年で男爵子爵伯爵と来て遂に侯爵になられた。これは連合王国史上初の偉業ですぞ」
ミキオ「だろうな」
国王「お主もとうとう侯爵か、これでいつ王家に婿に入ってもおかしゅうない身分になったのう!」
国王の魂胆は見え透いていたが、もう普通に口に出すんだな。何か言って言質を取られたらいけないのでおれは全力で黙った。
国王「ところでツジムラ侯爵、もう新領地には行かれたか?」
この陞爵に先立っておれはワムロー地方ヒソ村という領地を新たに知行されたのだ。
ミキオ「いや、まだだ。午後から行ってみようと思ってる」
国王「左様であるか。おぬしにはもっと良き土地をやりたいのだが、なかなか空きが出ぬでのう。とは言えヒソ村は外様ではあるが人口も多く、風光明媚な良きところぞ。是非お主の手で盛り立てて欲しい」
ミキオ「承った」
面倒な拝謁の儀も終わり、おれは事務所に戻った。
ミキオ「と言うわけで、おれは今日からツジムラ侯爵となった」
永瀬「おめでとうございます」
ペギー「おめでとうなのです!」
ヒッシー「まだ異世界転生して半年だニャ。こんな短期間で出世する人なかなかいないニャ」
ミキオ「いやもうここまでだ。これ以上はいらない。公爵なんてなったらもう小国の国主レベルだ」
ザザ「でもお前が今回貰ったワムロー地方ヒソ村てのは人口5万人、村って言うけど小国レベルだぜ」
ミキオ「えっ? そんな大きい村なのか?」
永瀬「これまでツジムラ侯爵が知行された領地は人口8000人のマギ地方ウルッシャマー村、人口2万人のコストー地方ヤシュロダ村のふたつで、それと比べても圧倒的です」
なるほど、地球だとリヒテンシュタインやモナコが人口3万人クラスの小国なので、確かにそれよりは大きい。日本で人口5万人の都市だと岩手県宮古市とか石川県七尾市なので選挙なしでいきなりそこの市長になる感じか。あらためて考えると恐ろしいな、封建制。
ザザ「ワムロー地方はもと『ワムロー国』だからな。併合して連合王国に組み込まれたけどもとは独立国、ヒソ村はその中心都市だぜ」
ミキオ「詳しいな、ザザ」
ザザ「あたしの叔母さんがワムローに嫁に行ったからな」
永瀬「ザザの言う通りで、ワムロー地方は中央大陸の最西端、この王都よりは海峡を隔てた西方大陸のオーガ=ナーガ帝国の方が近いくらいの遠方にあるエリアですが、元独立国なので住民も気ぐらいが高く、中央から派遣された領主など軽く見られる可能性があるとのことです。安易に考えない方がいいかと」
ミキオ「いや、安易なつもりもないが…わかった。気を引き締めよう。午後から視察に行く。永瀬とザザ、それにガーラは同行してくれ」
永瀬「魔人も連れて行くんですか?」
ミキオ「ナメられないようにな。BBも帯刀して行こう」
午後、おれたちはおれの転移能力“逆召喚”によって中央大陸の西端、ワムロー地方ヒソ村に転移した。なるほど話に聞いたとおり田舎ながら豊かそうな都市だ。おれはナメられないように正装をし、腰にBBこと万物分断剣を下げて来た。
ガーラ「思った以上に大きな村だな」
ミキオ「家々が大きく、垣根が低い。つまり豊かで治安が良く、泥棒が少ないということだ。あれが代官所らしい、行ってみよう」
おれたちが巨大な洋館に入ると、すぐに職員たちが出迎えてくれた。おれは芸能かわら版のスキャンダル記事のせいで顔が知られているのですぐにおれたちが領主一行だと気付いたようだ。
代官「ツジムラ侯爵閣下、当村へようこそお越し頂きました」
そう言って挨拶してきた先頭の男は50代の中年男性。妙に東アジア人っぽい顔で有名人で言うと“ずん”の“やす”に似ている。代官の言葉に合わせ全員で深々と頭を下げる職員たち。さすがに侯爵ともなると下げられる頭の角度が違う。地球で大学院生やってた頃には考えられなかった腰の折り方だ。
代官「私、代官のユーカリノユス・ヨリナレスと申します」
ミキオ「このたび領主となったミキオ・ツジムラだ。あなたが代官か、村長は?」
代官「ここはもと王家の直轄領でして、王国から派遣された代官が統治を任されております。村長は置いておりませんが、強いて言えば私が代官兼村長です」
つまり権威と権力が一体化しているわけだ。合理的でいいが、独裁体制になり易いとも言える。
ミキオ「急に来てすまない。視察というのは普段の姿を見なければ意味がない、というのがおれのポリシーでな」
代官「いえいえ、何もやましいところはありませんので、いつでもお越し下さって結構ですよ、はは」
ん? 何か変だなこの代官。やましいところもないのに自分から『やましいところ』なんて口に出すか?
ミキオ「じゃまずは代官所から見せて頂こうか」
おれが移動しようとするとなぜか代官のヨリナレスがその行き先を防ごうとする。
代官「あっ! こちらはちょっと! お客様が見えてますので!」
何だこの態度は。見せたくないものでもあるのか?
エリーザ「貴様、召喚士ではないか!」
様々な思いを巡らせていると応接室の方から聞き慣れた迫力ある声が聞こえてきた。オーガ=ナーガ帝国の皇太女エリーザ・ド・ブルボニアである。皇帝の代行として摂政宮を務める27歳の烈女でおれとはたびたび顔を合わせている。
代官「あっ、いやっ、これは…」
ミキオ「エリーザ、お前がなんでこんなところに?」
エリーザ「それはこっちの台詞だ」
ミキオ「いや、おれはこのたびこのヒソ村の領主になったのだが…」
エリーザ「なんだと?! 代官殿、話が違うではないか! そなたこの村は領主不在ゆえとオーガ=ナーガ帝国に併合を申し出たのではなかったか!」
ミキオ「帝国に併合だと?!」
聞き捨てならない言葉だ。領主のおれにとっては売国、エリーザにとっては詐欺行為ということになる。エリーザは既に左腰の指し物(剣)に手を置いている。冷や汗だらけになる代官。おれとしても本当に村を外国に売ろうとしていたのなら見過ごせない。一気に空気が緊迫しつつ次回へ続く。